喰忠庭園-都市伝説的強愛による呪術式終末論-
目が覚めたら、世界が滅びていた。
外に誰もいない。人どころか、動物もいない。
それ以外は普段通り。ライフラインも滞りない。
電気はつく。水も出る。信号も律儀に色を変える。ただ、人だけがいない。
「……夢なんかなぁ」
慌てふためくのが普通なんだろうが、僕はそうならなかった。煩わしい感情のやり取りをせずに済む、とさえ思った。
昔からどこか冷めていて、諦めて、こなすだけの人生。
面白みのない日常から、人が消えただけ。
夢オチなんてごめんだ。現実であれ。
そう思いながら職場へ向かう。シフトどおりに動くしか、やることが思いつかなかったからだ。
僕の職場は空中庭園だ。植物や景観を整える仕事をしている。
遠くからでも見える庭園の緑は、健在していた。
「……あそこだけ、えらい変わっとるやん」
直近の記憶とは明らかに違う。緑が増えている。植物が好き勝手に育った森に見えた。
人の手が入らなくなったせいかとも思ったが、一日でこうなるはずもない。その証拠にあたりのそれらに、特別変化がない。
どうせ僕しかいない世界。足を止める理由はない。
普段通り、出勤するように庭園へ向かっていた。
人で賑わっていた建物内は流行りの曲が流れている。それを聞いてご機嫌な人はいない。
エスカレーターに乗り、職場を目指す。人の居なくなった世界でどうするかは、そこで決めるとしよう。
空中庭園に着けば、人がいない以外の変化に初めて出会う。覆い茂る緑が影を作り、世界の異物になってしまった僕を守ってくれているようにも思えた。
僕は一気に力が抜けた。
レンガで出来た花壇に腰を下ろして、風を浴びる。
普段は意識していなかったものの、人に思い入れはないが、この場所は特別らしい。
ここを寿命が尽きるまでの棲家として過ごしたらいい。
人のいない世界に居心地の良ささえ感じる。
もしかすると数日後には寂しさが込み上げるのかもしれない。しかし、そう思ったところで誰もいない。
なら、この現実を受け入れるだけ。
もし他の人間がいたとしても、受け入れるだけだ。
青空を見上げると、石畳に何かが落ちる音がした。足元に滑り込んできたのはスマートフォン。そして同時に、人の声。
「嘘……」
信じがたい、と喉を震わせる女性の声。
驚いて顔を動かせば、歳の近そうな女性が僕を見て目を潤ませていた。
人が他にも存在した。
どうやら世界の独り占めではないようだ。
なんと声をかけたらよいかわからず、空中庭園の管理者として振る舞うことにした。
「今日は、臨時休業にしようと思ってまして……職員も私以外おらんので」
「あ……あぁ……」
女性は両手で口を覆い、怯えるようにポニーテールを揺らす。自分以外に人がいると思わなかったという驚きと安堵のものかもしれないけれど。
ただ、現実はひとりぼっちから「大勢の人がいない」へ変わった。
もう少しのんびりしていたかったのが本音だが、情報を共有したほうがいいんだろうか。
「あの。外に、人――」
「私のせいなの、コレ……こうなったの、私の……!」
女性は僕に喋らせまいというかのように、息を荒げながら慌てて被せてきた。
視線は合わない。斜め下を向き、顔を赤らめて、手は無意味なジェスチャーのような動きばかり。
「地上に人は1人もおらんかった。けど、あなたのせいって言うのはちゃうやろ。何をしたら、1人で大勢の人間が一晩で消せるん?」
畏まって話すより、ラフに話した方が良さそうだ。足を組んで問いかける。
女性は目線を変えず、びくびくと怯えながら、まるで地面にしがみつくように座り込んだ。
「猿の手……」
「猿の手?」
「し、知らないですか? 3つ願いを叶えてくれる、呪物なんです」
「それが?」
「作ったの……」
「はぁ……」
創作の真似事をした、と。それは短編小説の中の話であって、猿の手を作ったとしても願いが叶うとは信じがたい。
それに、何を願ったというんだ。
妄想に付き合うのは時間潰しになるからいいとしても、人が消えた理由として決めつける根拠には弱すぎるやろ。
「2つ、願ったの」
女性は僕の心内を読んだのか、聞いてもいないのに話を続ける。
一つ目、と言うと、空中庭園に大きな風が吹いた。
「他の誰もいらないから、私とあなたで2人ぼっちになりたいって願いました」
「なんで……? 初対面やんな?」
「……あなたは、そうかもしれないけど……」
「……まあええわ。理由は後で聞く。もう一つは?」
「人がいなくなったけど、今の時代のままがいいなって……」
人がいないけれど、それ以外は変わらない。彼女の願いと街の様子は一致する。
けど、それだけじゃ納得は出来ない。
人が居なくなったことよりも、初対面なのに一緒がいいと言われたことの方が引っ切かった。錯乱してるのかもしれない。
「一回落ち着こうか。現実と夢がごっちゃになってるんちゃうかな」
「……」
女性は唇を噛み、小さく眉を寄せた。そして小走りで庭園内を走り、手に流木のような何かを持って僕へ差し出す。
年季を感じる黒さ。僅かに残る動物の毛。匂いはないものの、一目で死骸の一部だとわかった。
「これが、猿の手?」
こくん、と頷く。
「ほんまにあるんや……で、これが願いを叶えたって証拠は? 人がおらん、時代はそのままってだけで信じろは無理やよ」
「人がいなくなって欲しいなんて……願ってない! 他の人はいらないから2人ぼっちになりたいとは願かったけど、いらないの意味が違う!」
「同じ意味ちゃうん」
彼女は激しく首を横に振った。
違うと何度も繰り返す。受け入れられない様子というか、望んでいた結果でないことは明らかだ。
彼女の願いを頭の中で何度も唱えた。
やがて、別の意味が見えてくる。いらないと言っても、不要ではなく、関与しない……なのでは?
つまり彼女は、僕と関係を持ちたいという願いに対して、どれほど本気か知らしめるための"いらない"を無意識に代償にしてしまったということ。
「ちなみに。人がおらんくなった他に、望んでなかったことは起きとるん?」
「……ここから、出られない」
「空中庭園から?」
「……見てて」
彼女は出入り口に向かって歩き出した。
普段は閉じられている大きな扉が開園中だけ開放されている。その境目の目の前まで行くものの、ピタリと止まる。
動かず、棒のように立つだけ。
あまりに動かないので、僕は側へ行き、様子を見た。
「この下に、怖いことがある……とか?」
「……ないの」
「ん?」
涙声で、ゆっくりと手を伸ばす。
「人がいなくなっても、いろんなところに、一緒に行きたかった……人がいなくても、ご飯とか、今ある楽しい場所とか、まだ目に映したことがないことを、一緒に……どんなに楽しいだろう、幸せだろう……って!」
彼女の爪が音を鳴らす。まるで硬いものに当たったような、軽い音。
扉は開いているのだから障害物はない。僕も同じようにするが、特に異変はないのに。
彼女は両手を空間につけた。
そこに壁があるかのように、手も足も、境目より先には行かない。
「言葉通り……か」
「……2つ目の願いは叶った。街は変わらないんだもんね」
「人がおらんだけで、それ以外は普通やわ」
「その代償に、私はここから出られない。願いは叶ったけど、叶ってないの」
「なるほどな……」
願うのが下手やなぁ……と思った。
しかし、彼女は感情のままに願ったのだろう。願い相応の代償がある。しかも、それは悲劇のようなもの。
彼女がここから出られないとすれば、生きるための行為が出来ない。水は庭園整備用のものがあるとし、食事が取れないのが1番の問題だ。
つまり、僕次第で彼女の生死が決まるというわけだ。
見た感じ、パニックで空腹は紛れているようだから、とにかく落ち着かせて1番気になることを聞こう。
まずは胃に何か入れなければ。こんな時でも腹は減る。
一つ下のフロアにはレストランがあるから、そこから持ち出そう。
扉の目の前の階段に足をかけると、待ってと引き止められる。
「どこ行くの!?」
「下にレストランがあるやろ。そこから食事を持ってくる。ほんまに僕らしかおらんのやったら、話さなきゃいかんことがしこたまあるからな」
「……ケーキとか、甘いのが食べたい」
「わかった。持ってくるから、落ち着いとき」
夢中で走り、初めて入ったレストランの厨房を漁る。調理をしなくても食べられるものと、リクエストの品を適当にトレーに乗せ、また走る。
庭園に戻れば、女性は先程まで僕が座っていた場所にいた。
「持って来たで」
「……あ、ありがと」
「飲み物は水な。水分も取れてへんやろ」
「うん」
素直にペットボトルの水を飲み、ケーキを頬張る。動きは遅いものの、食欲はあるみたいだ。
「まだ食料はあるから、食べたいのあったら言ってくれてええから。他のことは、話聞いた後に考えるわ。今、ジタバタしてもしゃあないし」
「……エセ関西弁」
「……なん?」
話を聞いてないらしい。怯えていたかと思えば、次は微笑ましそうに笑う。
そして僕はドキッとした。彼女の笑顔にではない。エセ関西弁の方だ。
「あなたのことたくさん知ってるよ。エセ関西弁は関西の人間に紛れるための策だもんね」
バレとる。僕が言葉を返せないでいたのが、何よりの肯定になってしまう。
「富名腰志蓮。29歳、11月6日生まれ。176センチのA型。沖縄県宮城島出身。中学からは東京。関西へは就職を機に転居。職業はガーデナー。独身で恋人なし。趣味は……なし」
「……」
「あってますか?」
「……合っとるよ」
初対面のはずが、随分事細かに知られている。
気持ち悪いと思うはずが、そう思えないのは、彼女の見た目に好感を持っているからだろう。
僕も男なんやな、と痛感した。
「なんで僕のことそんなに知っとるん」
「そ、それは……好き、だから……」
女性はもごもごとケーキを押し込んで、誤魔化している。
「初対面やんな? ちゃうんか?」
「……初めての旅行でこの空中庭園に来て、そこであなたを見て……見た目がすごくタイプで……3ヶ月に1回くらいのペースで通ってました」
「いつから」
「4年……いや、5年行くかな……」
僕が勤め始めたのは5年前。
彼女は僕を見るためだけに、地方から数万円かけて通っていたのだという。
「あれだよ……ストーカーなんです。自覚はあるの。使えるすべてを用いて、あなたのことを調べて、話しかけた時にうまく行くようにって……下準備のつもりで……」
そこまで調べて、なぜ呪物を使ったのか。
訊ねれば、理由はいくつかあるらしい。
「まず、緊張して無理でした」
「ほう」
「あとは……ほかの人に、取られたくなくて。ふたりぼっちになれば、必然と私だけを見てくれると思ったの」
「それで呪物作れるんはすごいわ。よっぽど強い気持ちがないと完遂出来んやろ。買うとかならまだしも、猿の飼育からしたんやろ?」
「うん……人の目も気にしなくちゃいけなかったし、大変だった。猿が死んでからも死骸はそばに置いておかなきゃいけないしね」
彼女の苦労は想像すればそりゃ大変だろうが、一般的な狂気とは違う方向に狂っている。
オカルトを信じ切っても、やり切れるのはごくわずかな人間だろう。
普通に声をかけてくれたらよかったのに、と言いかけた。
しかし、仕事をしていて客に好意を示され、それに答えていたかと思うと、それはゼロに近い。
つまり、彼女の行動は結果としていい方向に転んだことになる。
恋は人を狂わすと言うが、僕は自分にそれほどまでの魅力があるとは思えない。
ましてや、世界を滅ぼすほどの価値なんて。
人間関係は面倒で、愛想笑いと絶妙な距離感でやり過ごしてきた。
家族とも疎遠。友人はいらないし、恋人なんかもっといらない。
けれど彼女に今までのような対応をしないのは、有事であることのほかに、優越感が仕事をしているからだろう。
もっとこの状況を喜べばいいのに。とさえ思う。そう出来ないのは代償のせいなのだろうけど。
「一応聞いとくわ。なんで僕なん?」
「えっ……」
女性は口に運ぼうとしていたケーキを皿に落とした。
なんでそんなこと聞くんですか、と言いたげな表情をするけれど、知りたくないほうがおかしな話だ。
「引かないで、ね? 暴走してるから」
もう引かれるようなことは散々話したのだから、すんなり話してくれたらいいのに。保険をかけなくてもいい。
彼女は長くなるからまとめると言い、こめかみに指をあててこねた。
頓智でも考えていそうなしぐさ。しかし、その時間は短い。
「一目ぼれした。でも、好き! ってより、絶対的な正解を見つけたって感じかな」
「一目ぼれはまあ……容姿がタイプってことやんな。それはわかる。正解ってなんやねん」
「私を救う神のような存在ってこと。全部好き。見た目も声も、匂いも、経歴も、エセ関西弁で話すのも。冷めてて人を寄せ付けないのも好き。女性の影が怖いから、人と距離をとって、あわよくば避けられててほしいと思うことも……ううん、思ってる」
肯定してくれるのは嬉しい。が、純粋ではない。「避けられて欲しい」は首が傾く。
「開園から閉園までいたの。あなたが誰かに声をかけられるたびにね、嫉妬してた。笑顔なのに笑ってない顔を見てね、素で笑う理由が私だったらなぁとか考えてた。もし私の思い違いで素で笑いかけている人間がいるなら、死ねばいいのに」
「……滅んでますがな」
「だって、独り占めしたいんだもん。こんな滅び方は望んでなかったよ?」
彼女の目は輝いているし、顔も赤い。やはり純粋かもしれん。
「好きでいれば怖いこともないし、苦労も好きになってもらうための課題なんだって思えるの。その視線と感情さえ私に向けてもらえたら、ほかの人も物も、全部全部捨てれる覚悟でいたよ」
有言実行しとるし。神はどっちや。
「なら、普通に僕と付き合いたいとか願えばよかったやん」
「それは違う。自然に好きになってほしいの。気持ち悪がられても、結果的には押しに負けてほしい」
「じゃあこの状況はまさにそれなんやな……」
「……でも、これが間違ってることも分かってる。うっかり世界を滅ぼしたけど、あなたが望まないんじゃないかって考えたら、押しに負けるもなにもないよね。私は空中庭園から出られないし、あなたがここに来なくなったら終わり。だからね、叶ったようで、叶ってないんだよ」
ここに閉じ込められているのだから、僕が拒減すれば彼女の全ては無になる。
惨いがい、それもまた代償だろう。
好きになれと言われても、名前も知らない女性だ。まして、僕はこんな性格。
切り捨てることはいくらでも出来る。彼女がいなくても、自由に動けるんだから不自由はない。
何も聞かずにさよなら、はさすがに良心が痛む。
ならば数日一緒に過ごして答えを出そう。いくつか条件を添えて……と考えている間に、女性がまた話し出した。
「だから、3つ目の願いはあなたに託す」
表情も声色も強張っている。
「80億人と日常を復活させるか、私を自由にするか。決めて」
「んな急な……。いまさっき会話したばかりの人間に頼むことやないやろ」
「頼めるもん!」
今までで、一番声が大きい。
勢いで立ち上がってしまうんだから、思い付きでないことはわかる。
「志蓮は私の神様だから……私の存在ごと、あっていいか悪いか、決めてほしい」
究極の選択を簡単に迫る。世界に復活か、自分に好意を向ける人間を選ぶか。
倫理的には前者だ。それはわかる。1人の命に対して、滅んでいい数字ではない。
ならばと、いいとこどりの元通りを望んだとして、代償の大きさは検討がつかない。
どちらか一つ、なのだろう。
「名前は……?」
「千年、央」
「央はどうしたいん」
「……お察しの通りです」
「まあ、そうか。でも、僕に全振りでええの? やっぱり誰かがいなくて寂しいとか、あるんちゃうん」
「ない。猿を飼育し始めてから家族に絶縁されてるし、ストーカーしてるから友達もいないもん。だから滅んでどうぞって思う」
「無敵の人やな」
「でも……あなたが他に、一緒にいたい人がいるなら、人類は復活したほうがいいよね。あなたを不幸にしたんじゃないかって、心配で」
かすかに残った罪悪感。
僕から大事を奪ったのでは、嫌われる理由を作ったのでは……と。大事なのはそこなのだろう。
央にとって80億人の命なんて、端からどうでもいいのだ。
僕が笑顔を向けた人に「死ね」と躊躇いなく言える人間だ。愛はとっくに呪いになっている。
幸か不幸か、僕も一人で気楽だと思っていたわけだし。好き云々はともかくとして、利害は一致している。
それに、彼女は僕を神として崇めている。
たった2人の世界でも、誰かの優位に立てるというのは悪くないかもしれない。
日常に戻るのは容易に想像出来る。面倒な毎日の繰り返し。
今まではどうにもならない人間の感情に、期待しないでいた。
期待しなくても、僕の言葉一つで転がされる様を見れるのはまさに神の所業に近い。
だとしたら、選択に悩むことはないか。
花壇に置かれた猿の手を拾う。触っても、なんとも思わない。
「もう、決めたの?」
「決めたよ」
「ど、どっち……? あ、えっと、反対する気ないし、受け入れるよ。でも……もし私でないなら、最期に……」
「僕は道徳に従うだけや。ちゃんと受け入れてな」
言葉は聞かない。聞いたところで、今すぐに答えるつもりもない。
彼女の手を引いて扉の前に立たせた。今は跨ぐことの出来ない、境界線に。
僕の選んだ道徳とは、今の僕に取って正しいを意味する。
「僕は君を自由にする。死ぬまで僕の言葉に一喜一憂しいや」
トン、と背中を押す。彼女は短い言葉で驚いて、よろめきながら階段の踊り場に立つ。
「出ッ……でら……」
「人類は2度滅んだな。共犯や」
誰に咎められることもない。見知らぬ80億より、僕を神と呼んでくれる女一人を選ぶ方が、よほど面白いだろう。
好き放題。2人だけの世界で、僕は彼女よりも自由である。
猿の手は消え、願いは叶った。その代償はまだわからない。
「本当に……良かったの?」
「あとから後悔するかもしれんけど、思い切りが大事やん。ていうか、僕が後悔せんようにするのが君の役目やろ」
「なんか、人が変わったみたい……意地悪な言い方するんだね」
「不思議やねぇ。本当の僕はこっちかもしれんなぁ。それとも、央がそうさせるんかもな」
へらへら笑ってみせる。これは素だ。
欲しがっていた笑顔を向けられて、央は分かりやすく喜んで、照れた。
空中庭園に風が抜けていく。
仕事をしていた時は雑音を流す癒やしだったが、今は違う。
自分を得たのだと、背中を押されたような感覚が確かにあった。
庭園から見下ろしていた街は風景でしかなかったのに、今は景色に見えるんだ。
自分ごと生まれ変わったようで、気持ちは明るい。
「そういえば、なんでここで願ったん? 僕がおるから?」
踊り場に立ったままの央へ声をかける。手招きしたが、彼女は後退り。
なんや、手に入ったからどうでもよくなったんか。
しかし、そんな様子でもない。
「……わ、私……高いところが苦手で。でも、苦手なところで願ったら、効力強まる気がして……」
「なんやそれ」
「5年前に旅行に来たのだって、付き添いだったし! ここに通ったのだって、あなた目当てだったし! 早く地上に行きたいの!」
「ふぅん……?」
ここに拘る理由はない。けれど、神と言われたからには翻弄したくなる。
「僕はしばらくここにおるわ。降りたいんやったら、好きにしぃ」
「えっ!? えぇ……ゔぅ……わかったよぉ……」
泣く泣く庭園内に入って来ては、景色のよく見える窓辺に腰を下ろした。
恐怖も相まって、やけに近くに座ってくるんだからちゃっかりしている。
「わっ」
「ギャッ」
悪戯に背中を叩き押せば、びっくり箱が飛び跳ねるように驚いてくれる。
それがおかしくておかしくて。
さすがにこの笑顔を向けられても嬉しそうなそぶりは見せないが、どさくさに紛れてくっついて来た。
「ストーカーと一生一緒におるんかぁ。失敗したかもしれんなぁ」
「後悔すんの早くない……?」
「夢中にさせたろうと思わんのか。まだまだストーカーの風上にとおけんな」
人のいない街。動く信号。車のない道路。
隣では、央が満足そうににやついている。
あれほど面倒だった人間関係も、たった一人なら悪くない。
世界が終わって初めて、僕は自分を見つけた。




