第9話 それぞれの思惑
俺のことを、少しだけ真剣な面持ちで見つめるアレフとジュリア。
妙な緊張感。
この様子だと、誤魔化したところで、コイツらは納得しねぇだろう。
この場に居るのは俺含めて3人だけだ。別の場面、例えば、もっと人が多い状況で聞かれるくれぇなら、今のうちに言っといた方が良いのかも知れねぇ。
「……誰にも言うんじゃねぇぞ?」
そう釘を刺しておいて、俺は続ける。
「…………罪滅ぼしなんだよ。親友との約束を守れなかったことへの、な」
罪滅ぼし。俺の放った一言で、空気が一気に重くなったのが分かった。
「約束……?」
ジュリアが恐る恐る聞いてくる。まるで、毒蛇が潜んでる草むらに足を踏み入れるときみてぇに。
「アイツが死んだら、俺が弔う。そう、約束したんだよ。でも俺は、その約束を守れなかった」
今でも思い出す。アイツと最後に会って、酒を酌み交わしたときのことを。
「もしかして、ダンジョンとかで行方不明になって死体が回収出来なかった、とかか?」
アレフの頭の中にあるのは、昨日見た穴の中の遺体だろう。
俺は首を振る。
「違ぇよ。アイツは……罪を被せられて捕まった挙げ句、憲兵から拷問なり私刑なりでボコボコにされて、死んじまったんだ」
2人の表情が歪んだ。
「そんな。そんなことって……」
「意外とあるらしいぜ? テメェらも覚えとくといい。憲兵や官吏とかってのは、腐ってる奴はとことん腐ってやがるからな。俺達みてぇな住所不定の冒険者なんざ、格好の獲物にされちまう」
ククッ、と。笑いたくねぇのに、乾いた笑いが出ちまった。
「それで、その友人の亡骸はどうなったんだ?」
「……最初に言ったよな、『約束を守れなかった』って。弔おうにも、アイツの遺体どころか骨の一欠片すら戻って来なかった。俺があちこち駆けずり回って調べて問い詰めるまで、連中は認めすらしなかった。握り潰して闇に葬るつもりだったんだよ、最初からな」
ジュリアは悲痛な表情で俯いている。
アレフはアレフで、何かを考え込んでいるような深刻な表情だ。
「……もしかして、お前が追放されたのと関係」
「ほらほら、辛気臭ぇ話はここまでだ! もう何も見つからねぇみてぇだから、さっさと戻るぞ。良いな?」
2回ほど手を叩いて、大きく声を張り上げる。
アレフが何かを言っていたのを遮った形だが、俺にはもう、答えるつもりなんざねぇよ。
地面に置いたランタンを拾い上げると、小部屋の出入口へと歩き出す。
納得いかねぇって顔をしてやがったな、アレフの奴。何かおかしなことを考えてなけりゃ良いんだが。
塒に帰ってきたのは、日が少し傾き始めた頃だった。
テーブルと椅子とベッドがあるだけの、本当に『寝るためだけの場所』だ。正しく『ねぐら』だな。
この街みてぇに冒険者が大量に集まるような場所には、大抵、長期滞在の冒険者向け簡易住居がある。
短けぇ期間なら宿屋に泊まりゃ済む話だが、宿屋は宿屋で意外と金が掛かったりする。ま、色々と節約したい奴に優しい施設って訳だ。治安はあまり優しかねぇがな。
俺の塒は、通称『冒険者長屋』って呼ばれてる簡易住宅のうちの一部屋だ。
窓にはガラスなんてモンがはまってる訳はなく、ただ雨避けの板が開閉出来るようになってるだけだ。だから、今の時間帯でも部屋は暗い。
ついさっきまで使っていたランタンに火を灯せば、ようやくまともな明るさになる。
テーブルの上に布を敷いて、俺は革袋の中身をその上に広げた。詳しく調べるためだ。
手袋をしたままの手で、慎重に、一つずつ拾い上げては検める。
小さな骨の破片。
俺があの部屋に入ったときには、例の遺体以外に遺体は無かった。だからコイツは例の遺体の一部でほぼ確定だろう。ネズミとかコウモリとか、そういう暗い場所を好む小動物の死骸も無かったしな。
アレフが拾った金属片。少し丸みを帯びた形で、錆やら汚れやらが付着している。
息を吹きかけながら硬い布で擦ってやれば、分厚い錆の層が僅かに剥がれて、地の部分が顔を出した。
光沢を失った土台の金属と、こびりついている青い塗料。
『この鎧に似たものを身に着けた死体を、見た覚えは無いか?』
『兄上はこの場所で姿を消した筈なのだ! 答えろ……!!』
ふと脳裏に蘇る、青い鎧を着た気に食わねぇ騎士の言葉。
……あの貴族のボンボン騎士サマの兄みてぇだな、俺が回収した遺体は。
息を吐きながら、俺は思わず椅子に大きくもたれ掛かる。
明らかに、厄介なことに巻き込まれる気配しかしねぇ。
狭い部屋の中で、やたらと大きく響くため息の音。外からは他の冒険者連中の「酒場に行こうぜ」って声が聞こえてくる。
気を取り直して残りのガビガビな布を調べようとしたとき、ポケットの中に入れっぱなしになっている物を思い出した。
葬儀屋の嬢ちゃん──フューネに渡された、例の遺体の首に引っ掛かっていた指輪だ。
テーブルの上に置いて、改めてじっくりと眺めてみる。
遺体の中から発見されたとは思えねぇような綺麗な状態だが、フューネが洗っといてくれた可能性は否定出来ない。
台座部分にある複雑な継ぎ目が、ランタンの光で明確な線になってやがる。まるで俺を挑発するみてぇに。
気に食わねぇが、乗ってやるよ。
心の中で悪態を付きながら、指輪を持ちながら台座部分を捻る。
何度か左右に捻っていれば、カチッという音と共に、宝石ごと台座部分は呆気なく外れた。
露わになったのは、指輪に彫られた何かの紋章らしきもの。当初思っていた通り、コイツは指輪型の印章らしい。
その紋章を虫眼鏡でじっくりと観察してみりゃ、やっぱり見覚えがあるものだった。
あの騎士サマの青い鎧に描かれてたヤツの一部っぽいなこの感じからすると。印章の方は左右逆転してるけどな。
「……ああ、どうすんだよコレ」
思わず声に出ちまった。俺は頭を抱えてしまう。
緊急で仕方がなかったとはいえ、『ああいうこと』をしちまったんだ。相手からの印象は最悪だろう。
下手すりゃ……いや、下手しなくても、顔を合わせた瞬間に剣を抜かれてぶった斬られるかも知れねぇ。
そうでなくとも、『死体を漁る不届き者』認定されちまいそうだ。
とは言っても、だ。数少ない遺品を遺族に返さねぇのは、俺の主義に反するんだよなぁ……。
「はあぁ」
馬鹿デカいため息。返すにしても、考えるのは後回しだ。一旦、コイツは置いとくことにしよう。うん。
そして俺は、残る最後の品を調べ始めた。
色んな液体が染み込んで中々凄まじい色に変色している、ガビガビの布。
布だった頃の柔らかさは完全に失われて、折り曲げればそのまま割れちまいそうだ。
じっくりと虫眼鏡を通して見てみりゃ、服とかに使われてるものよりも細い糸が使われているのに気付いた。
てことは、コイツは……ハンカチか何かか? 本当にあの騎士サマの兄ってんなら、そんくれぇは持っててもおかしかねぇが。
更に丹念に見ていけば、隅の方に微妙に色と太さが違う糸が使われているのが判った。
生地の上に途切れ途切れに続く、太さの違う糸。恐らくは刺繍だな。
そいつを読み取っていけば、ある文字が浮かび上がってくる。
「……カ…………?」
一文字。それはきっと、人の名前なんだろう。遺体の生前の名前か、それとも別の大切な誰かの名前なのか。
「あぁ、クソ。面倒臭ぇな……」
見つけてしまった以上、放っておくことなんざ出来ねぇ。
我ながら損な役回りだ。金にもならねぇどころか、下手すりゃ命の危険すらあるかも知れねぇのによ。
だって俺はもう、あのボンボン騎士サマに、どうすれば何事もなく渡すことが出来るかを考えちまってるんだからな。
「本日は寄付をしていただき、真に感謝致します」
恭しく頭を下げる、修道服の女性。その先には、アレフが居た。
「それで本日は、教会の書庫の利用をご希望だとか」
静かな口調の修道女に、アレフは大きく頷く。
「はい。少し、調べたいことがあるんで……教会の書庫を使えれば、と」
少々居心地悪そうな様子のアレフ。どうやらこのような雰囲気はかなり苦手らしい。
「教会の保持しております知識の扉は、どなたにも平等に開かれております。どうぞ、こちらへ」
先導する女性。アレフはその後をついていく。
彼が踏み出す度、床板がぎしりと軋んだ音を立てる。
乳白色の擦りガラスは、赤みを帯びた日の光で染まっていた。
外の喧騒からは、完全に隔離された空間。
「こちらです」
扉の鍵を開ける音に、アレフは現実に引き戻される。
女性が扉に手を掛け、ゆっくりと開ける。紙独特のにおいが外へと流れ出ていく。
中を覗き込めばそこには、空間を埋め尽くすように本棚が並んでいた。
「読み終わった書物は、必ず元の場所へ戻して頂くようお願いします。持ち出しは禁止です。用がお済みになられましたら、お声がけの方、よろしくお願い致します。それでは、また後ほど」
女性が廊下を戻っていくのと同時に、アレフは大きく息を吐いて、呼吸を整えた。
──やっぱり慣れないよな、こういう、教会の静かな雰囲気って。
別に声に出しても良いはずなのだが、ついつい心の中で呟いてしまう。
──さて、この中から探さないといけないのか。
アレフは目の前に立ちはだかる本の壁を見遣る。既にげんなりとした表情になっているのだが、彼自身は気付いていない。
「もっと簡単に済むと思ってたんだが……流石に見通しが甘かったか……?」
アレフ自身、別段読書家という訳ではない。だが、彼にはこの場所を訪れた目的があった。
「……教会だから、たぶん、調べられるはずだよな」
──アイツが、ゴオトが、何故教会を追放されたのかっていう、その理由を。




