第8話 第2階層17号区画③
まだ昨日の湿気が残っている、城砦迷宮の地下。
光水晶のぼんやりとした灯りに照らされた通路を進んでいくのは、俺と、ジュリアと……。
「いや、何でテメェまで着いてきてやがるんだよ?」
アレフだ。
「昨日あんな事があったばかりだろう? 戦力なら、どれだけあっても困りはしないと思うが」
しれっと言い放つアレフ。微妙に正論なのが、余計に腹立つな。
何か企んでやがるような気もするが、それはこの際置いておくことにする。
「先に言っておくが、今日は金は払わねぇぞ? あくまで『善意の同行者』扱いだからな?」
釘を刺しとかねぇと、後で何を言われるか分かったモンじゃねぇからな。
「分かってる。俺はお前のように、がめつくはないからな」
……一々神経を逆撫でしてきやがるな、コイツは。
ジュリアが反論しそうになるが、それを手で制す。まあ、言わせたい奴には言わせとけ。
「ところでゴオト、今日の潜る目的って何?」
まだ言ってなかったか。
「ちょっとな。この間回収した遺体に不自然な所があった。そいつを調べに、回収した現場に行くんだよ。何か残ってるかも知れねぇし」
「不自然な所?」
ジュリアが不思議そうに訊ねてくる。
俺は少しだけ迷って、『それ』を口に出す。
「……人間に殺られたっぽい跡だよ。葬儀屋の嬢ちゃん曰く、棍棒か槌か、そういう類の武器で殴られた跡なんだとよ」
人間に殺られた。その言葉が、ジュリアとアレフに動揺を与えたのは明らかだった。
心なしか、ジュリアの顔色が悪い気がする。
「人間に殺されたとは限らないんじゃないのか? 魔物の中には、武器を使うような奴だっているだろう? 棍棒で人間を襲うとすれば、食人鬼とか」
確かに、迷宮城砦で食人鬼を見たって話も、聞いた覚えはあるが。
「念のために言っておくが、これから向かうのは第2階層の17号区画だからな? 第2階層に食人鬼が出たってなりゃ、それこそ大騒ぎどころの話じゃねぇぞ。即討伐隊結成モンじゃねぇか」
今のところ、目撃例があるのは第7階層から下なんだよな。それだけヤバい魔物ってことではあるんだが。
「じゃあ、やっぱり……」
ジュリアが不安そうに呟く。
「だから調べに行くんだよ。白黒はっきりさせねぇと、対策の立てようもねぇだろうが。思い違いならそれでいい。正体不明なことほど恐ろしいモンはねぇしな」
「正体不明、なぁ……」
何で俺を見ながら含みのある言い方をするんだよ、このポンコツ野郎は。どっからどう見たって俺は、善良な追放神官だろうが。
「そ、そういえばさ、ゴオトが持ってるその袋って、何?」
悪くなりかけた空気を打ち消すように、ジュリアが口を挟む。
俺の半分も生きてねぇようなガキに気ィ使われるなんざ、我ながら情ねぇ大人だな、ったく。
「さっきギルドで急に頼まれたんだよ。17号区画の壁にコイツを埋め込んできてくれ、ってな」
袋の中に入っているのは、レンガ状に切り出した光水晶が1個と、そいつを引っ付けるための特殊な接着剤、後は石を切り出すための鏨と金槌だ。
冒険者ギルドにはダンジョンを整備する部署なんかもあったりするらしいが、俺みてぇな奴にすら頼むってことは、そもそも人手が足りてねぇんだろうな。
「ねえねえ、その仕事の報酬ってさ、どれくらいなの?」
「タダ働きに決まってんだろ。こんな雑用に金出すほど、ギルドなんてモンは太っ腹じゃねぇんだよ」
「それって単に、良いように使われてるだけなんじゃないのか?」
アレフの言葉に、俺は嫌なモンを思い出してしまう。
まだ俺が教会に居た頃、下っ端の僧侶はひたすらこき使われてたよな。俺も経験あるが。
ありゃもう、やりがいの搾取なんて言葉じゃ言い表せねぇようなひでぇモンだった。
「……ゴオト?」
思わず黙っちまった俺の顔を、ジュリアが覗き込んでくる。
「何でもねぇよ。おら、とっとと行くぞ。遅れんなよ」
昔の記憶を振り切るように、俺は早足で歩き出した。
足音だけが、やけに耳の奥に入り込んできている気がした。
17号区画は昨日と同じで薄暗い。違う点と言や、例の騎士連中の仲間らしき見張りが居ねぇところか。
一安心と言や一安心だが。
「んじゃ、早速やるかね」
区画内に入ってすぐの壁、腰の高さ辺りの場所を選んで、鏨の先を食い込ませて金槌で叩く。
甲高い音が響いて、壁の一部を成していた石が、呆気ないほど簡単に砕けて剥がれ落ちる。
「……そういえばさ、この城砦迷宮の地下って、誰が作ったんだろう?」
石の欠片を拾い上げながら、ジュリアがふと疑問を口にした。
「この壁や床や天井だって、石が敷き詰められてる。自然の洞窟とかそんなんじゃなくて、明らかに人の手が入ってるよね?」
「それはだな」
おもむろにアレフが答え始めた。
「この場所には大昔、大きな穴があったらしい。その穴からは大量に魔力が湧き出していて、信仰の対象や宗教の聖地になっていたそうだ。この地を支配した王が自分の権威を表すために、穴を塞ぐように上に城を建てた。それが迷宮城砦の始まりなんだと」
「でも、それって地上部分の話だよね?」
「まあいいから聞いてくれ。困ったのは、穴を聖地や信仰の対象にしてた者達だ。彼らは王に、穴の中に入ることが出来るように願いを出した。それを聞き入れた王は地下部分を造り、整備することにした」
「お、そっから先は知ってるぞ。造ったは良いが、穴の中の魔力と結び付いて、構造を写し取ったみてぇに下に広がってった。それがこのダンジョンが出来ちまった理由、なんだってな」
剥ぎ取った跡に接着剤で光水晶をくっつける。接着剤に含まれている魔力に反応して、ぼんやりとした光を放ち始める光水晶。
これでひとまず、ギルドからの頼まれ事は完了だ。しかし、まあ。
「まさかテメェが、んなことに詳しいとはな」
「ここのギルドの迷宮城砦探索講習で説明してもらったんだが、聞いてないのか?」
あ、コイツ、昨日の穴に落ちかけた件を根に持ってやがるな?
「聞いたような気もするが、んなモンは一々覚えてねぇんだよ。……よっこらせ、と」
「もう、ゴオトやめてよ。まるでおじさんじゃない!」
立ち上がりついでに出ちまった一言に、ジュリアの突っ込みが入る。
「いやいや、俺はオッサンだからな? オッサンにおじさんって言ってどうすんだよ」
ふとアレフに目をやれば、肩を震わせながら笑いをこらえている。何でこんなのでツボに入ってんだよ。
「クソっ。テメェらはちったぁ年上を敬えってんだ」
俺はわざと大げさにため息を吐いた。
「行くぞ。ここからが本番なんだからな」
3日ぶりに立ち入った小部屋は、以前と変わらない状態に見えた。
俺が例の遺体──左肩を破壊された遺体を回収した場所だ。
──お前さんが亡くなった場所を荒らしちまうような真似をするが、俺は知りたいだけなんだ。どうか勘弁してくれよ?
手を組んで目を閉じながら、心の中で語りかける。
再び目を開けりゃ、アレフとジュリアは不思議そうに俺を見ていた。
「やっぱりゴオトって……変わってるというか、物好きよね」
「祈ってたのか? 何と言うか、追放神官とは思えないような敬虔さだな」
コイツら、好き放題言いやがって……。
「祟られて呪われたくねぇなら、テメェらもちゃんと祈っとけ」
神官風の冗談を飛ばしながら、俺はランタンを地面に置いた。
オレンジ色の光が照らし出す、まだ床と壁に残っている人型の染み。体液やら何やらで象られた、そこに確かに人間が居た痕跡だ。
前に来た時はあくまで『遺体の回収』が目的だったから、詳しくは調べてねぇんだ。
「それで、どうするの?」
「触りたくねぇだろうし、遺体があった場所は俺が調べる。テメェらはその周辺とか、隅の方とか調べてくれ」
手早く指示しながら、俺は腰に着けた鞄から虫眼鏡を取り出した。ある意味、俺には必須の道具かも知れねぇ。
姿勢を低くしながら、人型の染みを虫眼鏡で丹念に観察していく。
正直に言や、中々の臭いがする。だけどな、これだって誰かココに確かに存在したって証なんだよ。
「……ん?」
遺体があった場所の床。染みとほぼ同化するように床に貼り付いていたものに、俺は気付いた。
指先で慎重に、少しずつ剥がしていく。
形容し難いっつうか、絶対に形容しちゃ駄目な色に変色した、ガビガビになった布の一部……か? 手のひらほどの大きさはあるか。
後は、前に見つけられなかった小さな骨の欠片くれぇだな。
俺は見つけた物を、革袋に入れる。
「テメェらの方はどうだ?」
遺体があった場所を粗方調べ尽くし、俺は2人に声を掛ける。
「こっちは何も無かったよ」
ジュリアの声。
「何かの破片……か? 俺が見つけたのはこれくらいだな」
言いながら、アレフは指先ほどの大きさの金属片を幾つか手渡してきた。
錆が浮いていてよく分からねぇが、もしかすると何かの手掛かりになるかもな。
ランタンの灯りに翳しながら検べていた俺をじっと見ていたかと思えば、アレフが重々しく口を開いた。
「なあ、お前は……どうして死んだ奴にそこまでするんだ? 相手はもう、この世に居ないんだぞ?」
「それは……あたしもちょっと気になってた。でも、聞いちゃいけないことなのかな、って」
ジュリアが続く。
俺は思わず頭を掻く。
言うべきか、言うまいか。俺は迷っていた。




