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第4話 迷宮城砦

 この街──ランズガルスの中心に、まるで山か丘みてぇにそびえ立つバカデカい建物。それが迷宮城砦だ。

 元々はこの地を治めてた王さんが大昔に建てたモンだが、増築と改築を繰り返すうちに、今の威圧感マシマシの姿になったらしい。

 とまあ、これは『地上』の話だ。迷宮城砦の真の姿ってのは『地下』にある。


 足を滑らせたりしねぇように。急ぎつつも慎重に。地下に続く広い通路を降りていく。

 すり減った石畳ってのは意外と滑りやすい。濡れているなら尚更だ。

 途中、地上に戻る連中と何回かすれ違ったりしたが、目当ての奴等はいなかった。やっぱり一度、現場まで行くしかねぇみてぇだな。

「……おい」

「あン?」

 後ろを歩いていたアレフに唐突に話しかけられて、俺は思わず気の抜けた返事をしちまう。

「お前は、何処まで潜ったことがあるんだ?」

 当たり障りのねぇ質問。今、聞くことかよ、それ。

 まあ、答える俺も俺だけどよ。

「一人だと、第5階層の7区画が最高だな」

 この迷宮城砦の地下ってのは、ぶっちゃけ、どのくれぇの深さがあるのか未だに判明してねぇ。

 冒険者ギルドの最高位の連中が、最近ようやく第12階層に到達したって話を小耳に挟んだ程度だ。

 まあ、深く潜ろうとして、そのまま『呑み込まれた』連中ってのは、それこそ数え切れねぇほどいるんだろうが。

「……意外とやるんだな。追放神官の癖に」

「さてはテメェ、一言多い性格ってよく言われるだろ?」

 こんな場所で腹を立てても仕方がねぇが、それでも一応、トゲ程度は返しておく。

 俺の言葉を聞いて、アレフは黙っちまいやがった。何がしてぇんだテメェは。

 無言で歩き続ける。俺とアレフの靴音と、俺の杖が石畳を叩く音。

 既に第1階層に入ってるが、内部は緊張するくれぇに静かだ。魔物の声も、コウモリとかの小動物の声もしねぇってことは、冒険者ギルドの連中がちゃんと駆除してるってことだろう。

 この迷宮城砦──確かトゥヴィエルザ城ってのが正式名称だったか──の地上部は、役所やら憲兵隊やら何やらで人間様の棲み処になっちまってる。魔物は日の当たらねぇ地下から出て来んなって理屈だ。

 壁には、ぼんやりと光る石が等間隔で埋め込まれている。コイツは光水晶(リュミナイト)って名前の、魔力を蓄積して発光する鉱物の一種だそうだ。これが壁に設置されてるのは、この区画が冒険者ギルドの管理下になってるっつうことらしい。

 息を吸えば、カビ臭ぇにおいと大量の湿気でむせそうになる。だから雨上がりに潜るのはイヤなんだよ。

 空気も重くて淀み切ってやがるしな。

「おい」

「何だよ」

 また話しかけてきやがった。

 本当に場の空気ってのが読めねぇ男だな。女と初めて逢い引きして会話が弾まねぇ童貞野郎かテメェは。

「お前は何故、死体回収の依頼ばかり受けているんだ?」

 思わず顔が歪む。違う連中からも何度訊かれて、もう飽き飽きしてんだよその質問。

「はあ? 決まってんだろ。金だよ金。金のためだよ。他に何があるってんだよ」

 世間一般が想像している、追放神官に対する先入観。それに沿った答えを用意しておきゃ、連中は勝手に納得しやがる。

 説明するのも面倒だ。『そういうこと』で良いじゃねぇか。理解者なんざ、一人か二人居りゃそれで十分だ。

 それに、当たり前だが、金だって大事だろ?

「……強欲クズ野郎が」

「お、追放神官から格上げか? 恐悦至極ってヤツだな」

 はいはい、予想通りの反応ご苦労さん。

 わざとらしく茶化してみるが、アレフはもう、俺と口を聞く意思すらねぇみてぇだ。

 俺も、信用してこねぇような奴と腹を割って話す義理なんざ、最初からねぇ訳だが。

 そのまましばらく無言で歩いていきゃ、第2階層に続く階段が見えてきた。だが、少しばかり様子がおかしい。

 下り階段のある広間は明らかに通路より薄暗く、何ならひんやりとした風がこちらに流れてくる。

「おい」

 最低限の声を掛けた。それだけで察したらしい、俺の後ろで剣を抜く音がした。

 冷たい空気が段々とこっちに近付いてきやがる。そして、そいつは俺達の前に姿を現した。

 虚空をふよふよと漂う濃い霧の塊。微かに青白い光を発しながら、言葉ですらねぇような声、それか音に近いモンを発している。

残留思念体(ファントム)かよ」

 コイツは霧みてぇな見た目通りに実体ってモンがねぇ。だから武器は素通りだ。

 普通なら魔術師が魔法をぶつけて終わりの雑魚なんだが、生憎この場には魔法を使える人間なんざいる訳がねぇ。

 だったら。

「ちぃとばかし目ェ閉じてろ!」

 アレフに向かって叫ぶ。それと同時に、心の中で『祈りの言葉』を唱える。

 杖を垂直に構え、石突の先端が石畳に触れたと同時に、一瞬の激しい光が周囲を覆い尽くした。

 『閃光(フラッシング)』。僧侶とかそれ系が使える神の奇蹟の一つだ。

 カランという金属音が響く。光が収まったときには、件の残留思念体は姿を消していた。

 強い光で散らす。これも対処法の一つだ。あんまり知られてねぇがな。

「コイツが、核になってたみてぇだな」

 石畳の上に転がっていたそれを拾い上げる。随分と古びた銀貨だ。今は使われてねぇヤツだろう。

 こういうモンが人間の感情や思念を吸収して魔物化したのが、さっきの類だ。迷宮城砦のみならず、洞窟や廃城みてぇな暗い場所ではたまに見る。

 こんな浅い階層で出てきやがるのは、流石に珍しいがな。

「『目眩ましの指輪』か? まさかあんなやり方があったとは」

「あー、まあ、そうだな」

 説明すんのも面倒だ。曖昧な返事で、道具を使ったことにしておく。

「ほら、ついでに貰っとけ」

 残留思念体の核になってた銀貨をアレフに投げて寄越す。骨董屋に行きゃそこそこの値段で引き取ってもらえるだろ、たぶん。

「んじゃ、さっさと下りるとするか。遅れるんじゃねぇぞ」

 先に階段を下りながら、以前小耳に挟んだ与太話を思い出しちまった。

 残留思念体と遭遇した日は、運気が最悪の日だ。だから宿屋で一日寝て過ごした方が良い。

 それが本当なのか迷信なのかは分からねぇが、運が悪いのなんざ、俺にとっちゃいつものこった。

 ……マジで、何事も無けりゃいいんだがな。



「おい。17号区画に見張りなんて居たか?」

「いや、一昨日潜ったときには無人だったぞ。つうか、あんな連中見たことねぇな」

 物陰に隠れながら、声を潜めて話す俺とアレフ。視線の先には17号区画の入口──の前に立っている見張りっぽい三人組。

 いかにも高価(たか)そうな黒い鎧と外套(マント)を着けてやがるから、一見すりゃ何処ぞの騎士連中に見える。

 第2階層に降りてから何もねぇなと思ってたら、これかよ。

「そもそも今日、17号区画に別の誰かが潜ってるなんて話、俺は聞いてねぇぞ?」

「別のギルド経由なら有り得るかも知れんが……俺も聞いてないな、それ」

 珍しく意見が一致した。不本意だが。

「で、どうするんだ?」

 聞かれたところで、やれることなんざ一つしかねぇだろうに。

「決まってんだろ、んなモン」

 言うが早いか、俺は物陰から出ていく。アレフが止めようとした気配がしたが、この際気にしねぇ。

 手をヒラヒラと振りながら、見張りらしき連中にこう言った。

「よお、ご苦労さん。済まねぇが、通してくれねぇか?」

 できるだけ軽薄に、そして自然な口調で。

 俺が近付いていくと、三人組はそれぞれの得物の切っ先をこちらに向けてきやがった。

 剣に槍に戦鎚。随分と統一感がねぇ騎士様達だな、おい。

「っと、んな物騒なモン向けられたら縮み上がっちまうだろ? こちとら立入申請済みの善良な冒険者だってのによ」

 誰が善良だ、って小声の突っ込みが聞こえた。いつの間にかすぐ後ろについてきてたアレフだな。

 腰の鞄から申請書の写しを取り出して連中に突き付けてやりゃ、三人の騎士は別の区画の方に行っちまった。聞いたことねぇようなデケェ舌打ちをしながら。

 空気が動いて、妙な臭いがしたような気がする。気のせいだと思いてぇんだがな、流石に。

「あいつら、怪しいな」

「同感だ」

 アレフの言葉に、俺は思わず頷いちまう。

「得物は随分使い込んでいる様子だったのに、鎧が少し綺麗過ぎる」

「ああ。おまけに連中が着けてた外套、丈がマチマチだ。ああいうのは普通、個人に合わせて仕立てるモンだからな」

 最早、嫌な予感が『予感』ですらなくなってきやがった。

「……連中が戻ってくる前にさっさと入っちまうとするか。マジで中に取り残されてるってんなら、早ぇとこ見つけてやらねぇとな」


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