第2話 葬儀
腹が立つくれぇに青い空。絶好の葬式日和ってヤツだ。
太陽が迷宮城砦のてっぺんに差し掛かる真っ昼間。参列者は三人だけ。
俺と、葬儀屋と、墓守。
身元が分かりゃ、家族や仲間なんかも呼びようがあるが、何処の馬の骨とも分からねぇような奴の場合なら、これでも多い方だろう。
「我らが神よ。天に還りし魂に安息をお与え下さい」
葬儀用の黒い法衣に袖を通すのは
3日ぶりだ。
追放されたとはいえ、一応は俺も神官だからな。こういう真似をすることだってある。
真新しい墓穴に下ろされた棺。中には、俺が昨日回収してきた遺体が入れられている。
俺が見つけてきた奴くれぇは、最後まで責任持って面倒見てやらねぇと。
「どうかこの祈りが聞き届けられますよう」
長ぇ祈りの言葉なんて、教会連中のただの自己満足だ。短く簡単でいいし、心の中で呟くだけでもいい。
じゃねぇと、小せぇガキや喋れねぇ奴の願いは神に届かないのかって話になっちまうだろうが。
一番救われてぇのは、死んだ本人とその家族だってのに。
何処からか、鳥のさえずりが聞こえてくる。
木々の葉が風に揺られ、ざわめく音。
俺の言葉が終わってから少し間を置いて、棺に土が被せられていく。
固まった血の塊か、腐って変色した肉。そんな茶色をした土が。
小さい石の混じった土が棺を叩くたび、扉をノックしてるみてぇな音が響きやがる。中にいる奴が起き上がって出てくることなんざ、絶対に有り得ねぇのにな。
墓守の兄ちゃん──レオンは、ただ黙々とスコップを動かしている。
何度か土が跳ね返って、俺の着ている法衣の裾を汚す。だが、別にそれでいい。この汚れだって、誰かの終わりに立ち会った証だ。
もっとも、教会の上の連中なら、馬鹿みてぇに怒り狂いそうだがよ。
「……ゴオト」
隣に立っていた葬儀屋の嬢ちゃん──フューネが、静かな声で話しかけてきた。
「いつも、ありがとう。多分、この人も喜んでると思う」
「だと良いんだがな」
我ながら気のねぇ返事だ。神官崩れに祈られたって、嬉しくねぇ人間だっているだろうに。
だが、感謝されるのは悪かねぇ。顔にも口にも出したりしねぇがな。
「ゴオトが持ってきてくれる遺体は綺麗だから。他の人だと、中にはどうしようもないような状態のこともあるし」
「……俺は当たり前のことをやってるだけなんだよ」
褒められて、思わずぶっきらぼうに答えちまう。照れてんじゃねぇよ、オッサンのクセに。
「そう言や、親父さんの具合はどうなんだ?」
話を逸らすように、話題を振ってみる。
土を被せる音だけが響いている。
「良くなったり、悪くなったり。安静にしておくようにって、お医者様が」
少しだけ視線を落としながら、フューネは寂しそうな顔をする。
「今日も無理して来ようとしてたの。だから、ベッドに縄で縛り付けておいた」
「おいおい」
恐ろしいのは、この嬢ちゃんの言ってることは比喩や冗談じゃなくマジモンの本気ってことだ。
これには流石に、親父さんに同情しちまうな。
「ところで今回の遺体、お前さんの見立ては?」
フューネは一瞬俺の方を向くが、すぐに半分以上埋まった墓穴の方を見る。
「骨盤の形からして、男の人。身長はレオンよりも高いかも。年齢はゴオトの前後10歳くらい。亡くなってから1年は経ってない、と思う」
聞かれることを想定していたんだろう、淀みなく諳んじるフューネ。
「左肩の骨が砕けてたのは、たぶん武器で殴られた跡だと思う。棍棒とか、大きい槌とか、そういう感じのやつで」
この嬢ちゃんは、遺骨から色んなことを読み取るのが得意だ。家業が家業だけに、知らず知らずの内に身についたんだろうな。
お陰で、人間が関わってる死に方したのがほぼ確定しちまった訳だが。
「そうか……」
「調べるんでしょ? いつもみたいに、訳有りの遺体は」
間髪入れず訊いてくる。俺は黙って頷く。
「気をつけて。今回のは、少しおかしな感じがするから。何というか、不穏な気配がする」
葬儀屋のカンってヤツだろうか。
「それに、これ」
フューネは黒いスカートのポケットから何かを取り出し、俺の手のひらに乗せる。
おそらくは青玉だろう。透明感のある鮮やかな群青色の宝石が嵌め込まれた、銀色の無骨な指輪。銀なのか白金なのかは、ちょっと判断がつかねぇけども。
素人目に見ても、この宝石は明らかに高くて良いモンだってのが分かる。
「棺に納めるときに見つけたの。遺体の首の骨、ちょうどこの辺りに引っ掛かってた」
言いながらフューネは、自分の首の真ん中辺りを指す。俺だったら喉仏がある位置だ。
「明らかに曰く付きじゃねぇか」
俺は大袈裟にため息を吐いてみせる。
首の骨に引っ掛かってたってことは、息絶える寸前に呑み込んだってことだろう。
盗賊やら何やら、もしかしたら致命傷を負わせた奴に奪われないように、ってことかも知れねぇ。
指輪をよく見りゃ、宝石が埋め込まれている台座にうっすらと、複雑な継ぎ目がある。手順を踏めば取り外せそうな、そんな雰囲気のヤツが。
コイツはたぶん、指輪型の印章だ。確か、教会の老害どもが持ってたなこういう代物。どう転んでもきな臭い匂いしかしなくなっちまったぞ、こりゃ。
思考の沼にはまりかけていた俺を引き戻すように。カンと、不意に高い音が響いた。
墓穴を埋め戻す作業を終えた合図。レオンがスコップで、墓石を軽く叩いた音だ。
コイツは色々あって喋ることが出来ねぇ。だからこうして、音を出したり身振り手振りで伝えてくる。
「……じゃ、戻るとするか」
棺を墓に納めた後、墓守の小屋で軽く休憩するまでが、俺達の中での『葬儀』の一区切りになっている。
土まみれになりながらも、足取りは軽いレオン。その後を静かに歩くフューネ。
反射的に閉じていた手を、俺はゆっくりと開く。
日の光を浴びて、手のひらの中で意味ありげに輝く指輪。俺はそれをズボンのポケットに放り込む。
「一人くれぇ、亡くなった奴の『真実』を調べる野郎がいたって良いだろうが。それが、俺の罪滅ぼしなんだからよ」
指輪型の印章と、負傷した痕。
少し遅れて、俺も二人の後を歩き出した。
空はやっぱりムカつくほど晴れていて、太陽は普段通りに輝いていた。
それから少し後。迷宮城砦第2階層17号区画。
大人二人が横に並べる程度の幅の石造りの通路。足音を響かせながら進むのは、満身創痍の4つの影。
いかにも探索者といった風体の女性に肩を支えられながら、戦士らしき男はよたよたと歩む。
「ジュリア、やっぱりお前だけでも」
「ダメ。そんなの無理。ギルはあたしに、みんなを見捨てて一人で逃げろっていうの?」
ギルと呼ばれた戦士の男に、ジュリアは反論する。彼女もケガを負っているが、程度は比較的軽いようだ。
「……お前なら、多少は戦えるし、走るのも速い。だから、先に行って、助けを」
剣を支えに、体を引きずりながら歩いていた重戦士が口を開く。
鎧の左肩部分は破損し、左腕はだらんと垂れ下がっている。
「ヴォルガ、それもたぶん無理。あいつら、追ってきてないよね? だったらきっと……あいつらの仲間がどこかで待ち伏せしてる」
ジュリアの声が震えている。感情を必死で抑えている証拠だ。
この17号区画には出入口が一つしかない。それは相手側も十分に把握しているはずだ。
「ごめんねジュリアちゃん。私が杖を折られてなかったら……」
「もう、メイはいい加減泣かないの。あれはヴォルガをかばった結果でしょ?」
ぐずぐずと泣き止まない魔術師の少女を、ジュリアは元気づけようとする。
探索中の、冒険者らしき格好をした不審な三人組との遭遇。
やたらと手慣れた動き。
あのとき咄嗟にメイが杖を間に振り下ろさなければ、ヴォルガは不意打ちが直撃して死んでいたかも知れない。
目眩ましの指輪を使わなければ、逃げることすら困難だっただろう。
──あたしだって泣きたいよ。けど、何とかしっかりしなきゃ。今、仲間を守れるのは、あたしだけなんだから。
ジュリアは唇を真一文字に固く結ぶ。彼女の足は震えている。
「俺達、死ぬのか、こんなところで……」
死。四人の誰もが思い浮かべていながら、決して口には出さなかった言葉。
「止めてよギル! あたし達全員、絶対生きて帰るんだから!」
思わず叫ぶが、無事に帰れる保証は何処にもない。ただ、黙っていれば雰囲気に飲み込まれてしまう。ジュリアを感情的にさせたのは、ただその空気だけでも吹き飛ばしたい一心からだった。
「生きて、帰る、か。そんなの、本当に、出来るのか?」
苦痛に顔を歪ませながら、ヴォルガは途切れ途切れに吐き出す。
「神様でも、誰でもいいから、お願い……助けて……」
時折ヴォルガを支えながら、メイは祈るように呟いた。
神様。誰でもいい。その言葉が、ジュリアの脳裏に『彼』の姿を思い出させる。
──まあ、俺は3日後に同じ場所に潜る予定でいるからな。
不意に、ジュリアは立ち止まった。
彼女の脳裏に思い浮かんだのは、垂れ目気味で無精髭で黒髪の、口の悪い追放神官の姿。
──今どき潜行届を出すよう言ってくるくらい几帳面なんだから、絶対、絶対に来るよね?
「ねえ、みんな」
真剣さを湛えた声と表情。仲間の注目がジュリアに集まる。
「明後日、この区画に探索に来るって言ってた人がいたのを思い出したの。それまで、耐えられる?」
ギルとメイは互いに顔を見合わせる。ヴォルガは黙って頷く。
「食べる物なら、少しだけど予備のがあるわ。見張りもあたしがやるから、お願い」
メイが頷き、ややあってギルも頷いた。
「ありがと。じゃあ、こっちへ」
道を少し引き返し、逃げる途中で見つけた、地図に載っていない部屋へと身を滑りこませる。
この区画には、強い光によって壁が一時的に消失する仕掛けが多い。
この空間も、そのような仕掛けに守られたものの一つなのだろう。
ジュリア達が襲撃から逃れるために使った『目眩ましの指輪』。それが発動するときに生じる閃光によって開放されたのだ。
件の指輪は効力を失い、もう使うことは出来ない。壁が復活すれば、ジュリア達には外に出るための術はない。誰かに見つけられなければ、待っているのは緩やかで確実な『死』だ。
それでも彼女達は一縷の望みに賭けた。
──ゴオト、あたし、信じてるから。




