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第17話 誰が為の『誠実さ』

 俺は、正直戸惑っていた。

 状況が分からねぇからじゃない。俺みてぇな奴に跪いて懇願しているこの姉ちゃん──ミカエラの気持ちが、嫌っていうほど解るからだ。

 そりゃそうだ。死んだ奴に会いたい、死んだ奴を生き返らせたい、そう願ってる奴なんて、それこそ数え切れねぇくらい居る。

 俺だって、そうなんだからな。

「……私の方からも、頼む」

 隣で突っ立っていたエドゥアルトが頭を下げてくる。

「勿論、父上に会わせたいというのもあるのだが……私にとっては大切な兄上、ミカエラにとっては掛け替えのない元婚約者なのだ。どうか、頼む」

 声を出すのも躊躇しちまうような、重い沈黙。

 さっきレオンの魂を呼び戻したのを見て、藁にもすがるような思いで俺を頼ってるんだろう。

 でも、だからこそ、俺も誠実にならねぇといけない。それが、どんなに残酷なことであったとしても、だ。

「…………それは」

 鉛のような空気の塊を吐き出した後、一拍置いて、俺は続ける。

「それは、出来ねぇんだ。すまねぇ」

「貴様ッ!!」

 俺が言い終わるや否や、エドゥアルトは俺の胸ぐらを両手で掴む。

「何故だッ! 貴様は先程あの男を生き返らせたではないか! 何故兄上を生き返らせることが出来んのだッ! 金か? 金が欲しいのか!? 金ならば貴様の望むだけくれてやるッ! だから、頼む、兄上をッ!」

 俺を揺さぶりながら、凄まじい剣幕でまくし立てるエドゥアルト。ジュリアとミカエラは、間に入ることすら出来ずに、呆然と見つめている。

「頼む……、兄上を……」

 最後の方は涙声になりながら、エドゥアルトは俺から手を離すと、そのままベッドに突っ伏す。

 くぐもった嗚咽が、部屋の中に響く。

 胸が痛すぎるが、これが、俺の『誠実さ』ってヤツなんだよ。

「ねぇ、ゴオト」

 ジュリアが小さな声で訊ねてくる。

「意地悪……とかじゃなくて、本当に、生き返らせられないの?」

 顔を上げたミカエラも、俺を見つめてくる。

「……教会の人間が出来るのは、あくまで『魂を呼び戻す』ことだけだ。『生き返らせる』ことは出来ねぇ。ごっちゃにしてる奴も多いけどな」

 正直に言や、言いたかねぇし、言葉にしたくもねぇ。俺自身の限界ってモンを自分で認める気がしちまうからだ。

「教会の、神官より上の連中が出来るのは、運命に定められていない死を迎えちまった奴の魂を、元の体に呼び戻すことだ。当たり前だが、遺体が無けりゃ呼び戻すのは不可能だし、遺体が腐ってたり、損傷が酷すぎても無理だ」

「……だが、教会は『生き返らせる』と喧伝しているぞ。それに、『骨の一欠片、血の一滴から死者を復活させた』という伝説まであるだろう?」

 ベッドから顔を上げたエドゥアルトが、睨みつけるように俺を見る。

 目が、少し赤くなってるな。

「ああ、『聖ステラーリス』の伝説だな。でもな、所詮伝説は伝説でしかねぇんだよ。少なくとも、俺が教会に居てた間は、そんな芸当が出来る奴なんて見たことねぇ。もし仮に居たとしたら……色々すっ飛ばして大司教にでもなってたんじゃねぇかな」

「という事は、大司教様なら……」

 希望を見つけたようなミカエラの言葉だが、俺はそれを断ち切らざるを得ない。

「いや。今の大司教にそんな力はねぇよ。それどころか、満足に『奇蹟』を使うことすら出来ねぇんじゃねぇか? 実際、世話係に取り立てられた僧侶や神官が使い潰されまくってるのを見たしな」

 教会内のある一定以上の連中なら知っている、公然の秘密ってヤツだ。

 そりゃそうだ。教会に預けられた遺体を、金目当てで『裏』に流してやがるんだ。そんな教義に反することを長年続けてやがるんだから、とっくの昔に神に見放されてらあ。

「テメェらが思ってる以上に、教会ってのは腐ってんだ。死者を生き返らせることだって、金儲けの一つとしか思ってねぇよ。失敗したとしても『信仰が足りなかった』で済ませちまう」

 俺の言葉を聞いて、その場に居る全員が黙っちまう。知らなけりゃ良かった、そんな雰囲気さえ漂わせながら。

「…………生き返らせるのが無理ならば、せめて遺骨だけでも、バウムガルテン家代々の墓に入れて差し上げねば」

 弱々しいが意志の灯った言葉。半分強がり聞こえるが、嫌いじゃねぇな。

 ……そういやあの時、墓が暴かれて棺が開いてたよな。遺骨は、どうなったんだ?

「あのよ……」

 俺が口を開きかけたとき、また部屋の扉を叩く音がした。

 入ってきたのは、アレフと、血塗れで倒れてた黒い鎧の兄ちゃん。確か、マルクって名前だったか。今は鎧は着てねぇけども。

 部屋に入るなり、マルクは土下座する。

「申し訳ありませんエドゥアルト団長! 不肖マルク、あの者等を止められず、本当に申し訳ありませんでした!!」

 頭を床に打ちつけんばかりの勢いに、思わず呆気に取られちまう。

「済まぬが、最初から順序建てて話してくれ」

 エドゥアルトが諭せば、マルクは一つずつ言葉を紡いでいく。

 同じ宿屋の同じ部屋に泊まっていること。夜明け前に、他の4人が部屋を抜け出した気配がしたので後をつけたこと。着いた先が墓地だったこと。暗闇に乗じて墓を暴き始めたこと。それを見つけた墓守と戦闘になったこと。戦闘を止めるために間に割って入ったこと。そして。

「……あの者等は、確かに言っていました。『ヴィクトールの骨を手に入れたことを報告せねば』、と」

 やっぱり、奪われてたみてぇだ。でも、何で。

「あ、あのさ、エドゥアルトさん」

 不意にジュリアが口を開く。

「この、マルクさん?が着てた黒い鎧って……? 確か、第2階層で初めて会ったときも着てたけど……」

 言われてみりゃ、確かに、あのときエドゥアルトの後ろに居た兄ちゃんか。

「私が団長を務める騎士団の、一般団員用の鎧だ」

 ジュリアは一瞬、迷ったような顔をする。

「あのね、あたし達のパーティ、17号区画で誰かに襲われて、ゴオトに助けてもらったんだけど……」

 少しだけためらいながら、ジュリアは続ける。

「ヴォルガを襲った人、同じ黒い鎧を着てたの」

 沈黙する間すら与えず、今度はアレフも口を開く。

「ゴオト、俺達が17号区画に入るときに入口で見張ってた連中、あいつらも同じ黒い鎧じゃなかったか?」

 思い返してみりゃ、そうだな。

 ジュリアとアレフの話を聞いて、エドゥアルトはひたすらに深刻な顔をしてやがる。

「……そんな、まさか、彼等が?」

「おい、自己完結してんじゃねぇ。こうなっちまったら、全員に話してくれ」

 俺の声に、渋々といった様子で頷くエドゥアルト。

「5名、黒い鎧を着た者が居たのは分かるな? 私が騎士団から連れてきたのはマルクだけなのだが……残りの4名は叔父上にお借りした、叔父上の私兵なのだ。先にランズガルス入りして、下調べをしておくという話だったのだが」

「私兵なんでしょ? どうして騎士団の黒い鎧を?」

「それは私にも分からない。ただ、叔父上は『私兵の格好は合わせておく』とだけおっしゃっていた」

 全員が黙っちまう。

「もしかすると、騎士団を装って何やかんやする計画があった……とか?」

 アレフの指摘に、一段と深刻さを増していくエドゥアルトの表情。

 青い瞳の奥に渦巻く葛藤が、簡単に分かってしまう。でも、誰もそれを指摘しねぇ。そんなモン、指摘出来る訳ねぇだろ、そりゃ。

「まさか、兄上は、叔父上に……?」

 唇を噛むエドゥアルト。顔色を悪くするミカエラ。

「……あ、そう言えば」

 不可侵の雰囲気の中、アレフが思い出したように言う。

 コイツの空気の読めなさ、ある意味凄ぇな。

「宿屋の主人から手紙を預かってたんだ。エドゥアルトさんに渡してくれって」

 上着のポケットから取り出した手紙。それは明らかに上質な紙で、場違いなくらいに豪華な装飾が施された封筒に入れられている。

 少しだけ乱暴に受け取ると、エドゥアルトは封筒の上部を裂いていく。指、震えてやがるな。

 便箋を開き、書面に目を走らせた途端。

「ああ…………」

 絶望感の滲んだ小さな声が、俺の耳に届いた。

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