第15話 『復活(リヴァイヴ)』
俺の宣言に、周りがにわかに騒がしくなる。
「それはつまり、生き返らせるということなのか?」
「ゴオト、そんなこと、出来るの?」
「教会でも受け付けてない所がほとんどだよな? それを、お前が?」
ああ、もう、口々に喋んな! うるせぇ!!
「出来るかどうかは関係ねぇ! 俺はコイツに死んで欲しくねぇだけなんだよ!!」
一喝まがいに言えば、辺りは一気に静まり返った。
生温い風が木々の葉を揺らす音だけが響く。
正午を過ぎた、てっぺんから下り始めた太陽。制限時間は日が沈むまで、か。
「おい、アレフ!」
俺が呼び掛けりゃ、アレフはびくっと、小さく体をすくめやがった。
「夕方になっても俺が『戻って来ねぇ』ようなら、ブッ叩いてでもぶん殴ってでも、とにかく、どんな手を使ってでも起こしてくれ」
「えっ、あっ? ど、どういう意味……だ?」
「いいから俺の言った通りにしやがれ! 頼んだからな!!」
強引にアレフに約束を押し付けると、俺は再びレオンに向き合う。
このまま何もしなけりゃ、コイツは『不幸な一生』で人生の幕を下ろしたことになっちまう。でも、もしこれが『予定外の運命』なら。
レオンの右手を、両手で包み込むように握る。
脱力した、冷たい右手。取り戻してぇんだ、俺は。テメェの人生の続きってヤツを。
「──天頂の聖座に坐せし我らが神よ」
祈りの言葉は覚えてる。俺の師匠が何度かやってるのも、見たことはある。
「運命と時を司りし星導の神、大いなる主神たる我らがアストライオスよ」
だが、俺自身がやるのは初めてだ。
「星が照らせし道より零れ落ちたる彼の者の魂を」
でもな、救える可能性があるってのにやらねぇのは。
「拾い、救い、今一度の生命の息吹を」
アイツに……ホークに怒られちまうだろ。
「呼び戻すことをお赦し下さい」
俺は、俺が正しいと思うことを、してぇだけなんだよ。
「『復活』」
祈りの言葉を唱え終わった瞬間、世界が一回転したかのような、そんな感覚に襲われた。
天に昇っていく、いや、空に向かって沈んでいく。
底無し沼ってあるだろ、ちょうど、アレにはまったときみてぇに。
体の感覚──触覚とか嗅覚とかはある。だが同時に、視覚と聴覚は全く別のものを感じてやがる。
『俺』っていう存在が、意識に切れ目を入れられて、途中から分けられてる。そう言った方が正しいのかも知れねぇ。
とにかく、意識と肉体が別々のものを感じてるってことだ。
さて。
気を取り直して、俺は頭の上を見る。頭上と言えばいいのか、それとも頭の下と言えばいいのか、それすらも分からねぇ。何しろ初めての経験なんだからな。
頭から沈んでいってる先、空は、夜中みてぇに真っ黒で、数え切れねぇくれぇの星が輝いている。さっきまでは真っ昼間だったから、滅茶苦茶戸惑っちまう。
そういや、いつだったか師匠が言ってたな。万が一、『復活』で死者の魂を呼び戻しに行くようなことがあるなら、絶対に体の感覚を見失うなって。
呼び戻しに行った挙げ句、戻って来れずにそのまま亡くなった奴や、戻って来れたはいいが寝たきりになったり、精神に異常をきたした奴もいるって。
今更思い出したところで遅ぇな。もう、やっちまってるんだから。
なら、目的は一つだけだ。
「レオンの魂を連れ戻して、無事に帰る」
改めて確認するように口に出す。いや、別に体の方の口は動いてねぇけどな?
ゆっくりと沈んでいく先に見える星空。俺が所属していて追放された星導教会は、星の巡りと時間を司る神アストライオスを信仰している。だから、亡くなった者は星を目印にして天に還るって言われてんだ。
だから、天に還る前に連れ戻さねぇとならねぇ。もちろん、星の輝きに紛れちまってる大量の魂の中から、レオンの魂を見つけ出すことも。
……どこに居やがるんだ、レオンの奴。
そんなことを考えた瞬間、視界だけが星と魂の輝きの中に放り込まれる。
目眩とも、幻覚とも、白昼夢とも異なる違和感。無数の光が頭の中に直接飛び込んで、意識が花火みてぇに爆発しそうになる。
「んおっ……!」
俺は慌てて、レオンのことを一旦頭から追い出す。その瞬間、視界はさっきまでと同じ状態に戻った。星々と魂は、遥か遠くで輝いている。
「そういう意味かよ……」
絶対に体の感覚を見失うな。師匠の言葉をようやく理解する。
「さて、どうしたモンかね」
あの中にレオンの魂が居るってのは確実なんだが、一つ一つ確認していく訳にもいかねぇ。
日が沈むまでに戻らねぇと、俺も帰れなくなる。それに、アイツが完全に天に還っちまったりなんかしたら、もう魂を体に戻すことは不可能だ。
時間が無さすぎる。
どうすりゃいいか考えるってのは、時間が余ってるからこそ出来る訳で。今の状況だと、とにかく動かねぇと。
とりあえず俺は、空の彼方に沈んでいく魂達を追うことにした。
また一つ、俺の横を光を放つ球体──魂がすり抜けていく。
水の中に銀貨を落としたみてぇな速さで、魂が空へと消えていく。なのに俺は、その半分以下の速さでしか進むことが出来ねぇ。
泳ぐときみてぇに、足をばたつかせながら腕で空気を掻いてみるが、本当に速くなってんのかよ、こりゃ。
もしかすると、俺はまだ『生きている』から、入国拒否でもされてんのか? 俺を爪弾きにするのは、教会連中だけで十分だってのに。
気持ちだけが焦っていきやがる。アイツらにデカい口叩いたのに、情けねぇったらありゃしねぇ。
それに、どうやって見つけりゃいいのかっていう見当も付いてねぇんだ。
頭の中で薄っすらとレオンの姿を思い浮かべながら、ひたすらに見える範囲を見回していく。
俺より背が高くて、戦士みてぇに筋肉質で、浅黒くて、鳶色の髪で、青い目で……。
何て考えてりゃ、また視界が意思とは無関係に、遥か先へと飛んでいく。慌てて視点を引き戻そうと瞬間、端に映ったもの。
星の光と光の球。それらに混じって、一人だけ、人間の形をしてた奴。
レオンだ。
絶対に見失う訳にゃいかねぇ。大急ぎで、アイツの元に向かいたい。そう強く願った瞬間。
俺の体は空に沈んでいく魂を次々に追い越して、凄まじい速さで進んでいく。
ここは魂の領域だ。だから、意志が力を持つってことか。
光が次々と視界に飛び込んでは、通り過ぎていく。チカチカして、かなり目には悪そうだ。正直、老眼気味のオッサンにはキツイ。
目が回って頭が痛くなっちまいそうになりながらも、何とかレオンの元には辿り着く。
アイツは、俺には気付いてねぇ。それどころか、どこか虚ろな表情でゆっくりと沈んでいってる。
「……ほら、帰るぞ、レオン」
言いながら、俺はレオンの腕を掴んだ。
瞬間、レオンの顔が眠りから覚めたみてぇに、驚いた表情でこっちを見やがる。
何でゴオトがここに?
そんな声が頭に響いた。
「決まってるじゃねぇか。お前を呼び戻しに来たんだよ」
でも、俺は死んだはずじゃ……って、この期に及んでグダグダ言うな。
「俺が呼び戻せるってことは、テメェの死は『予定外』だったってこった。分かったんならとっとと帰るぞ。フューネ、泣いてたからな」
戸惑って、迷ってた様子だったが、俺がフューネの名前を出した途端、表情が変わりやがった。
何にせよ、戻るって意思があるのはいいことだ。
「じゃあ、一緒に戻ろうぜ」
なんてカッコつけてみたのは良いものの、振り返って俺は愕然とした。
もと来た場所──っていうか空間か──は真っ黒になってやがったからだ。
なるほど、これが呼び戻しに行ったものの戻って来れなかった奴なんだな……って納得してる場合じゃねぇんだよ。
体の方の感覚は残っているから、まだ完全に戻って来れなくなった訳じゃねぇ。
掴んだ腕から、レオンの不安が伝わってくる。済まねぇな、こんな半端モンな神官でよ。
糸のように細い体の感覚を、何とか辿っていけば……。
!! 痛ッ!!!
不意に頬を打たれた感触があった。つーか、左頬を打つな! まだ騎士サマに殴られた分の腫れが引いてねぇんだよ!
半分キレそうになりながらも、痛みが飛んできた方向は判った。
俺が、俺達が帰るべき方向が。
「さ、今度こそ帰るぞレオン。戻ったら、酒だけじゃなく女も教えてやるからよ」
太陽は既に遠くの山に沈み始め、空を赤く焦がしている。
空の反対側は群青色へと変わり、夜へと移り変わろうとしていた。
「……時間だな」
誰一人喋らなかった重苦しい雰囲気の中、地面に腰を下ろしていたアレフが立ち上がる。
レオンの手を両手で握ったまま、微動だにしないゴオト。そんな彼の元へと近付いていくアレフ。
「お前が、俺に頼んだんだからな?」
まるで自己弁護のように独りごちる。
「えっ、ちょっと、何するの!?」
「ま、待て、早まるな貴様!」
焦って止めようとするジュリアとエドゥアルト。その声を無視して。
パァーン!
場違いな、小気味の良過ぎる音が響いた。アレフがゴオトの頬に平手打ちを喰らわせたのだ。
剣を扱う大きな手。それなりに手加減はしているはずだが、それでもゴオトの上半身が揺れる程度の威力はあるようだ。
「まだ起きないか。なら、もう一発」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って! 流石にそんな大きな音がするくらいの平手打ちしたら、ゴオトが保たないから! やるならあたしがやるから!」
「いや、頼まれたのは俺だしな……」
そんな唐突に始まった押し問答を尻目に、エドゥアルトが声を上げる。
「……ん? おい、この墓守、息が……!」
皆の注目がレオンに集まる。いつの間にか彼の胸は上下を始め、呼吸を再開していた。
「あ……! 良かった……本当に、良かった……」
フューネは再び顔を両手で覆う。しかし今度は嬉し泣きだ。
「ゴ、ゴオトは?」
ジュリアがゴオトの顔に視線を移した瞬間、閉じられていた彼の目がゆっくりと開いた。
「ゴオト……!」
「おいコラ、テメェ!!」
感涙を打ち消すかのように、ゴオトの罵声が響く。
「もう少し手加減ってモンをしやがれ! すっげぇ痛かっただろうが!!」
「は、はあッ!? 殴ってでも叩いてでも起こしてくれと頼んだのはお前の方だろう? 何で俺が怒られないといけないんだよ!」
先程までの重苦しい雰囲気から一転した騒がしさに、エドゥアルトは思わず無言でこめかみを押さえる。
「……ゴオト、大丈夫?」
アレフとゴオトの罵り合いの隙間を縫うように、ジュリアは問いかける。
「ん? ああ、まあな。それより、早ぇトコ、レオンの奴をどっかで休ませてやらねぇと」
言いながら腰を上げ、立ち上がろうとした瞬間。
「…………あ?」
ゴオトの鼻から、血が垂れ落ちた。
「……ぁ」
立ち上がることも出来ないまま、彼はその場に崩れ落ちる。
そして、意識を失った。




