第13話 思わぬ再会、そして
テーブルのこちら側には俺とジュリア。向こう側には、例の騎士サマと白い鎧を着てた女。
ギルドの別室に通されたのは良いんだが、思わず逃げ出したくなるような重苦しい雰囲気が漂っている。
……このギルドに、こんな来客用の部屋があったなんてな。この街に来てまだ2年だが、知らねぇこともまだまだ沢山あるモンだ。
「……貴様」
ティーカップの中の茶を一口含み、飲み込んだ後、騎士サマが口を開いた。
部屋を包み込んでいる重苦しさに似合わねぇ、バラの香りの茶。エイミーよぉ、茶を出してくれるのはありがてぇんだが、もう少し空気読んだモンにしてくれや……。
「何故あの時、嘘を吐いたのだ」
「あのときって……いつだよ?」
とんと心当たりがねぇ俺の態度に腹を立てたのか、騎士サマが拳でテーブルを叩く。
「ふざけるな貴様! 私が兄上の遺体について尋ねた時に『知らぬ』と言っていたではないか!!」
あ、あー。あのときか。
「あのなぁ……俺が回収した時点じゃ剣も何も持ってなかったし、鎧どころか服すらほぼ残ってねぇ状態だったんだ。そんなんじゃ、ドコの誰だか判るわけねぇだろうが。ちったあ頭働かせてみろや騎士サマよぉ?」
人差し指の先で、自分の頭を何度が突くしぐさをする。
「貴様ッ……! 栄光あるバウムガルテンの家の名を愚弄する気か!」
「はんッ、貴族の騎士サマは随分と気が長ぇようで。肝心の御令息がテメェみてぇなお怒り早漏野郎なら、これから先もお家は安泰だなァ?」
「これ以上の侮辱は許さんぞ!」
顔を真っ赤にしながら、騎士サマは勢いよく立ち上がった。
「エドゥアルト様、どうかお怒りをお鎮め下さい!」
「止めてくれるなミカエラ殿。この破戒男の腐った性根、一度この私が叩き斬って直してやらねばならん!」
「やれるモンならやってみやがれ。テメェに斬られて直るようなら、さぞかし世の中平和だろうな」
「もう! ゴオトも一々挑発するようなこと言わないの!」
互いに女に止められている状況な、俺と騎士サマ。ミカエラと呼ばれた女の声で我に返ったのか、騎士サマは再び静かに椅子に座る。
気分を落ち着かせるように、ぬるくなった茶を一気に飲み干すと、騎士サマは大きく息を吐いた。
「……真に不本意だが、貴様には感謝しているのだ。兄上の遺体を回収してくれたことにはな。真に不本意だが。真に! 不本意だが!!」
3回も繰り返すんじゃねぇよ。あと、どう見ても感謝してる奴の態度じゃねぇだろ、それ。
「つーか、どうやって俺が遺体を回収したことを調べたんだよ」
「存外に頭が回らんのだな。このランズガルスのギルドに出ていた第2階層17号区画の遺体回収依頼は、全て私が出したものだ」
は?
「依頼人には報告書や依頼に関する各種証明書の閲覧権がある。貴様も知っている筈だ」
「そいつはまあ、知ってるが……じゃあ何で匿名で依頼出してたんだよ」
貴族の名がありゃ、普段は遺体回収とは無縁な連中も請け負いそうなモンなんだがな。そっちの方が人数的にも効率が良いじゃねぇか。
「名前を出すのは簡単だ。しかし、それは逆に、悪質な者も引き寄せる結果になるだろう。例えば、不正に報酬を得ようとする者などがな。冒険者に限らず、悪人ほど知恵が働くのは世の常であろう?」
騎士サマは一拍置いて続ける。
「それに、名を出す訳にはいかぬ理由もあったのだ。兄上は……騎士団の不祥事の責任を一手に被り退いた上に、父上から勘当を言い渡されたのだから。『家とは関係の無い一個人』を探す為に、貴族として名を出す訳にはいかなかったのだ」
言いながら、騎士サマは唇を噛んだ。
冷てぇ奴、なんてことを言ってやろうかと思ってたんだが、騎士サマの様子を見て、その気持ちは消えちまった。
コイツにも、色々と複雑な事情ってモンがあるんだろう。
「……兄上の行方を辿るのは容易ではなかったが、冒険者ギルドでの書類の提出や申請等を調べていく内に、この迷宮城砦に潜った所で足取りが完全に途絶えていたことが分かった。それ以降の目撃例も存在しなかった」
「潜行届や立入申請を浚ったって訳か。で、その……亡くなっちまったと踏んで、依頼を出しまくってたってことか」
俺の言葉に、騎士サマは頷く。
「私にも騎士としての勤めがある。自由に動くことが出来るような立場ではない。遺体を売り捌くような不届き者よりも先に回収出来ればと、さしたる期待もしていなかったのだが」
なるほどな。依頼を出すだけなら、紙切れ一枚をギルドに出せば済む話だからな。
「遺体の回収依頼は全て、ゴオトという男が請け負ったと、報告書に記されていた。どの葬儀屋に埋葬を依頼したのか、ということも。尤も、実際に報告書に目を通したのは昨日なのだが」
てことは、17号区画で遭遇したときは、丁度遺体の捜索中だったのか。
それなら、あの必死さも頷ける気はする。とはいえ、もう少し冷静でいて欲しかったモンだがな。
「葬儀屋の娘にも話を聞いたのだ。ゴオトという男は、どんな遺体でも丁寧に扱い、死者と接する時は常に、亡くなった者に対する敬意を忘れないのだと。追放神官の立場だとは言え、どんな聖人なのかと思っておれば……まさか貴様だったとは」
悪かったな、俺みてぇな奴で。
「……で、俺に会いに来た理由って何なんだよ。わざわざこんな別室使うくれぇだ、少なくとも、不特定多数の前では話したくねぇような内容なんだろ?」
俺の言葉に、騎士サマ──エドゥアルトは居住まいを正してこちらを見据える。
ついさっきまでクソ不機嫌だったような奴とは思えねぇ、真剣な空気だ。
「貴様、……いや、ゴオト・マンディアン。お前は、『印章』を持っているな?」
時間は少しだけ遡る。
正午をやや過ぎた時間。アレフはランズガルス市街地の外れにある、一軒の家を訪ねていた。
普通の家にしては大きな建物。そして、幅広に作られた玄関口。
黒く塗られた扉に据え付けられた叩き金を鳴らせば、程なく中から足音が聞こえてきた。
「……どちら様でしょうか」
軋んだ音を立てながら、ゆっくりと扉が開く。中から覗くのは、一人の少女の姿。
「すまないが、ここがラルスの葬儀屋で間違いないだろうか?」
隙間から少女に呼びかけるアレフ。
「……はい。ラルスは、私の父です。あの、父に何か御用でしょうか?」
警戒心を隠さない様子で、やや表情を強張らせながら、少女──フューネはアレフを見つめている。
「あ、いや、その、俺が用があるのは、君の方で」
フューネは思わず怪訝な表情を浮かべる。
「少し話を聞かせて欲しいんだ。ゴオトのことで」
ゴオト。その名を耳にして、一瞬、逡巡するフューネ。
「……わかりました。どうぞ、中へお入り下さい」
アレフが通されたのは、入って最初の部屋。簡素な応接室といった所だろうか。
葬儀屋などといったものに入るのは初めてなのだろう、物珍しげに視線だけが彷徨っている。
「それで、聞きたいこととは、何でしょうか?」
静かだが、年齢に相応しくない圧力のある声色で、フューネはアレフに問いかける。
数秒の重い沈黙。咳をする声が、どこからか微かに聞こえてきた。
「率直な意見を聞きたいんだが、ゴオトについて、君はどう思っているんだ?」
あまりにもオブラートに包みすぎたせいで、ピントの外れた質問。
だがフューネは、少しだけ考えて。
「少なくともゴオトは、あなたが思ってるような人間じゃない……と思う」
アレフの目を真っ直ぐに見つめながら、そう答えた。
「あなたも、冒険者なんですよね?」
念を押して、確認するような口調。アレフは、ああ、と一言だけ返す。
「遺体の回収の依頼、したことありますか?」
何度か、とアレフは答える。
フューネは思い出すように目を閉じる。
「……この街に、葬儀屋は両手で数えられるほどしかないです。だから、私の所にも、冒険者の方が回収された遺体が持ち込まれることは、たまにあります」
少女は僅かに顔を伏せる。垂れた前髪で、表情を窺い知ることは出来ない。
「ただ、お世辞にも状態が良いとは言えないようなものが、ほとんどです。骨が足りないくらいならまだしも、完全に原形を留めていなくて、修復すら出来ないものもありますし」
アレフの表情が曇る。思い当たる節があるのだろうか。
「でも、あの人は……ゴオトは違ってた。とても丁寧に遺体を扱ってくれていて、欠けがある場合は但し書きも添えてくれていて」
フューネは顔を上げ、穏やかな顔でアレフを見る。
「父が言ってたんです。亡くなった者に対して敬意を持って接する人間は、生と死が表裏一体であることを理解している、だからこそ、そのような人間は信用出来る、と」
アレフはバツが悪そうに、視線を少しだけ外す。
追放神官という表面だけしか見ていなかった自分に比べて、この少女は、ゴオトという人間の本質を見ていたのだ。
「もう一つだけ、聞きたいんだが、良いか?」
アレフは姿勢を正し、フューネに向き直る。
「あいつは……ゴオトは、死体を売却したから、それが原因で追放されたらしいんだ。君は……どう思う?」
彼の脳裏に、教会で目にした通達の一文が過った。
『神官ゴオトは、許可なき遺体解体及び改葬を繰り返し、その過程において金品を不正に取得、並びに遺体の売却を行った事実を確認した。
これらは死者の魂を穢し、神意を踏みにじる重大な背信行為である。』
葬儀屋の少女は、熟考するように目を伏せる。
別の部屋から、彼女の父親だろうか、咳をする男の声だけが聞こえてくる。
数秒、数十秒。
考え抜いた末に出した答えを、フューネは口にした。
「ゴオトは……そんなことしない。そんなことを、するとも思えない」
それを聞き、アレフは胸を撫で下ろした。ある意味において。
しかしその答えは、新たな疑問をアレフに投げかけた。
何故、アイツは教会を追放されたのか。
「あの」
考え込んで黙ってしまったアレフを見て、フューネがおずおずと口を開く。
「良かったら、レオンにも……あ、墓守の方にも話を聞いてみますか? ゴオトとお酒を飲んだりしてるし、私よりもゴオトのことに詳しいと思うんですけど」




