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第10話 陰で蠢く者

 机の上に乱雑に積まれた無数の本。それは、普段本と接する機会の少ない者が、調べ物をするときの特徴でもある。

「あー、見つからない! やっぱり俺の考えが甘過ぎたか」

 アレフは椅子の背に体を深く預けさせながら、諦めたように上を向く。

 年季の入った飴色の天井には、蜘蛛の巣一つ掛かっていない。

 僅かに開いている扉の隙間からは、廊下を満たし始めた闇が、静かに入り込んでいる。

 静かな教会の書庫では、ランプの中で灯火が燃える音すら目立つ。

「はあ。結局、銀貨を1枚無駄にしただけか」

 とは言っても、その銀貨はゴオトから渡された3枚のうちのひとつなのだが。

 ──銀貨1枚あれば、あの美味いと評判の店の塊肉の煮込みとか食べられたよな。惜しいことをしてしまったが……まあ、仕方がないか。

 臨時収入を無碍にしてしまったことに若干の後悔を抱きながら、アレフはゆっくりと立ち上がる。

「……っと、本は元の場所に直せって言われてたな、そういえば」

 背表紙に貼ってある番号の書かれた紙片を頼りに、本棚を巡っては収納していく。

 教会の歴史。聖職者の列伝。教会内での規範・規則。異端者の末路を描いた寓話集など。

 そのどれもが中々の分厚さだが、普段大剣を振り回している彼としては、然程苦にならない重さのようだ。

 最後に机の上に残ったのは、教会の聖職者と構成員の名簿。

「あー……これ、どこから出してきたんだっけ……」

 片付けた本の表紙ほどの厚さのそれを片手に、アレフは本棚の間をうろつく。

 どの本棚の隙間にも入れられそうな薄さながら、どの本棚に入れても浮くであろう絶妙な薄さ。おまけに収納の目印となる紙片は、背表紙に貼られていない。

 直しては取り出し、取り出しては直し、違和感を覚えては再び別の場所へ。

 それを何度も繰り返すこと数十分。ようやくアレフは、元々収められていたと思しき場所を見つけ出した。

 扉のすぐ横に据え付けられている、両開きの棚の中。同じくらいの薄さの冊子が詰め込まれている。

 力任せに指で隙間を作り、無理矢理に名簿を押し込む。

 どさり。

 果たして名簿は収納することは出来たものの、代わりに別の冊子が押し出されて床へと落ちた。

「あ、やっちまった。床に落としたのは流石にマズいよな、これ」

 さり気なく左右を見回し、ついでに廊下も覗き込む。

 誰も居ない。存外に大きな音がしたが、どうやら教会関係者には聞かれていないらしい。

 胸を撫で下ろしながら、安堵の息を吐くアレフ。しかし次の瞬間には、彼の視線は床の上の冊子に釘付けになっていた。

 『処罰者通達及び告示書類保存帳』。革紐で簡潔に綴じられた表紙には、そう書かれた紙片が貼り付けられている。

 嫌な胸の高鳴りを、アレフは感じていた。ダンジョンに潜るときにも、強い魔物と戦っている最中にも感じたことのない、嫌な鼓動を。

 人目が無いのは確実であるにも関わらず、周囲を確認しながら、彼はその冊子を拾い上げる。

 表紙を開く。

 1頁目。僧侶ラウル、教会内での窃盗の疑いにより謹慎処分。

 19頁目。修道女セリーナ、不特定多数との不貞行為により謹慎及び奉仕活動の後、再教育。

 34頁目。神官グレイル、司祭殺害を企てた疑いにより神聖塔送りの後、追放処分。

 47頁目。僧侶マルクス、民への略奪行為に端を発する一連の行為により『奇蹟』の行使不可化を確認。追放処分。

 そして68頁目。

 四辺を赤いインクで塗られた、他のものとは明らかに雰囲気の異なる書類。そこに、アレフの求めていたものがあった。

 書面に記されている処罰対象の名前は──ゴオト、その人だった。


『【第21号通達 監査部告示第3094番】

神官ゴオトは、許可なき遺体解体及び改葬を繰り返し、その過程において金品を不正に取得、並びに遺体の売却を行った事実を確認した。

これらは死者の魂を穢し、神意を踏みにじる重大な背信行為である。

よって本日付をもって聖職を剥奪し、教会籍を抹消する。

本通達到達日以降、教会施設及びその管轄地への立入を永久に禁ずる。

当該人物との接触・援助・擁護を行った信徒は共犯とみなし、資格停止及び相応の処罰を科す。

なお、本件に関する異議申し立ては受理しない。』


 紙面に目を走らせ終わるや否や、アレフはすぐさま冊子を閉じた。

 嫌な鼓動がまだ続いている。それどころか冷や汗とも脂汗ともつかないものが、背筋を流れ落ちている。

 見てはいけないものを見てしまった。知るべきではないものを知ってしまった。彼の頭の中で、その2つが渦巻いている。

 だが、同時にアレフの中で疑問が湧き上がる。

『本当は弔ってやりてぇが……回収するのは無理、だな』

『祟られて呪われたくねぇなら、テメェらもちゃんと祈っとけ』

『アイツが死んだら、俺が弔う。そう、約束したんだよ。でも俺は、その約束を守れなかった』

 彼が耳にしたゴオトの言葉。そして回収した死体に怪しい点があったというだけで、わざわざもう一度現場を訪れて調査するという行為。

 個人的には信頼していない。信用もしていない。だが。

 ──本当にあの男が、この書類に書かれてるような『遺体の売却』なんて、するんだろうか?



 深夜。この街──ランズガルスの門を出てしばらく進んだ先。

 青黒い闇が広がる平原には、薄い月明かりが照らし出している4人の人影。

 黒い鎧こそ纏ってはいないものの、彼らはゴオトが第2階層の17号区画で遭遇した者達に相違ない。

 見張りに立っていた3人と、青い鎧の騎士に同行していた1人。

 彼らのリーダー格と思しき男が、ズボンのポケットから装飾品のようなものを取り出す。金属製の枠が嵌った透明な宝石。それを革紐に通しただけの、簡素な首飾りのようなもの。

 不意に、宝石が一定の周期で微かに明滅を繰り返し始める。

 それは徐々に速く、強くなり、漏れ出した光が粒子となって地面に降り落ちる。

 光の粒子は地面に複雑な幾何学紋様を描き出し、更には一つの図形を構築していく。

 魔法陣。高位の魔術の発動に際し、魔力の効率を上げるための回路。

 複雑さは行使する魔術の位に比例するらしい。青白い光が魔法陣全体に行き渡り、眩く輝いた次の瞬間。

 草が生え、ただ闇に満たされていただけの何も無かったはずの場所に、一人の人間が立っていた。

 白髪交じりの黒髪。灰色の髭。金色の瞳。細身の長身に貴族の正装にも似たローブを纏い、左手には分厚い黒革の装丁の本を持っている。

「ザイオン様」

 魔法陣の中心に立つ、ザイオンと呼ばれた男は、4人の方を見遣る。

「それで、どうなのだ」

 低い声。男達に緊張が走る。

 明らかに言い淀んでいる4人。互いに視線を交わしながら、発言の擦り付け合いをしている様子に、ザイオンは一つ咳払いをした。

 瞬間、男達は姿勢を正し直立する。これは機嫌を損ねつつあるという予兆サインなのだ。

 苦々しい表情で、リーダー格の男が口を開く。

「……奴の、ヴィクトールの死体は、回収できておりません……」

 ザイオンはリーダー格の男を睨みつける。そして、左手の黒革の装丁の本から白紙のページを1枚抜き取った刹那。

「『窒息サフォケーション』」

 ザイオンの一言が響き渡ると同時に、男がその場に崩れ落ちた。

「! かっ! かはっ! ッ! ッッ!! くひゅッ、ひゅッ、こひゅッッ!!」

 地面に仰向けに倒れながら、手足をばたつかせる男。他の3人に動揺が広がるも、これ以上機嫌を損なえば矛先が自分に向けられるのは確実であるため、何の反応も出来ない。

「命令していたはずだが? 私が来る前に全てを終わらせておけ、と」

 ザイオンが指を鳴らせば、『窒息』の魔術の効力が解除されたらしい、地面に倒れていた男が、弱々しく上半身を起き上がらせる。

 その顔は、暗闇の中でも判るほどに真っ赤──というよりも赤黒い色になっていた。

「本当に貴様等は無能な屑の集まりだな。ヴィクトールの殺害に成功したのは褒めてやろう。だが、所持品から身に着けていたものから全てを持ち帰ったにも関わらず、肝心の印章一つ見つけることすら出来んとは」

 挑発するような一方的な叱責。4人の男達は、必死で怒りを堪えているようだ。

「反論があるなら申してみろ。発言権なら与えてやろう。貴様の小汚い命と引き換えに、な」

 酷薄な笑み。そこには、彼らを同じ『人間』として見ている節すらない。ザイオンにとっての彼ら4人は、あくまで便利な『駒』に過ぎないのだ。

「……それにしても当主殿(あにうえ)にも困ったものだ。まさか自ら勘当した癖に、死ぬ前に息子ヴィクトールにもう一度だけでも会いたいなどと言い出すとは」

 その口調に、困った様子は全く感じられない。在るのは、嘲笑と欲望。

「お陰で、私にも二度と無い機会が回ってきたのだ。印章さえ手に入れられれば、この家の全てが私の物になる。なのに、貴様等とくれば」

 ザイオンは男達を一睨みする。

 欲望に突き動かされている者特有の危うい瞳。それは、男達を威圧するには十分過ぎた。

「……ざ、ザイオン様」

 4人の中で最も背の低い男が、恐る恐る口を開く。

「ヴィクトールの死体を回収することは叶いませんでしたが、何処に埋葬されているのかは、突き止めております」

 思いがけない報告に、ザイオンはニヤリとわらう。

「……先に言えば魔力を無駄に使わずに済んだものを。まあ良い。これで、あの兄想いの世間知らずをおびき出す餌が出来た。中々、愉快なことになりそうではないか」


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