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第1話 追放神官・ゴオト

 目の前には、壁に背を預けるように体を沈めている、完全に白骨化した人間。

 埃が積もり、更には形容しがたい色に変色した肉片が、骨に僅かにこびりついている。

 腰に着けている鞄から柔らかい布を取り出すと、俺は慎重に埃を拭ってやる。

「済まねぇな。この場所じゃあ、こんなことしか出来ねぇ。もう少し我慢してくれや」

 魂の気配はとうに無くなっている。成仏したのか、それとも魂も魔物に喰われちまったのか。

 聞いてくれる相手もいなけりゃ聞かせる相手だっていねぇ。だが俺は、話しかけるのを止められなかった。

 目の前の遺体を通じて、アイツに語りかけてるのかも知れねぇ。弔ってやることも出来なかった、たった一人の親友に。

 あの時の後悔が、今も俺をここに立たせてやがるんだ。

 馬鹿げた、ただの自己満足だと。普通の連中が見れば指を差して笑うだろう。

 笑いたい連中は勝手に笑ってろ。これが、俺の『信仰の形』ってヤツなんだから。

 教会を追放されて、周りの連中が離れていっても手放せなかった、俺の『信念』。

 頭蓋骨から埃を払ってやれば、空っぽの眼窩が少しだけ笑っているように見えた。

 ようやく、俺は安堵の息を漏らす。

 それにしても、だ。

 金目の装備品は全て剥ぎ取られ、最早原型を留めていない布切れを纏っているだけの遺体。その左肩は砕けて崩れかけていて、明らかに強い衝撃を受けた痕跡がある。

 肩が砕けるほどの強烈な攻撃をしてくるような魔物がいるってぇ話、少なくともこの階層じゃ聞いた覚えはねぇ。

 てことは、『人間』に襲われた可能性があるってことだ。断定はできねぇし、やっぱり魔物の可能性もあるけどな。

 唯一の幸運は、遺体まで闇市場に売っ払っちまうような野郎に見つからなかったってことだけだ。

「……クソだな」

 ただ一言だけ吐き捨てた。

 死人を冒涜するような真似をする奴も、死ぬ原因を作った奴も。

「念のため、ギルドに報告、だな」

 ため息混じりに言いながら、下ろした背嚢から大きな布を取り出す。

 コイツを──目の前にある、骨だけになった遺体を包むためのものだ。

「……もし本当に人間にやられたってんなら、後からちゃんと調べてやらねぇと。こういうのは大抵、『続く』からな」

 誰に聞かせるでもなく、俺は呟く。

「魔物でも、死んでる奴でもねぇ。生きてる人間が一番クソなんだよ。他人を踏みにじって平気な顔してるような奴が」

 再確認するように、俺は独りごちる。

 確かに『犯人』は気になる。調査だってしてやりてぇが、優先順位を間違える訳にはいかねぇ。

 まずは、ちゃんと弔ってから。全てはそれからだ。

「流石にお前さんをこのまま運べねぇんだ。ちょっと痛ぇかも知れねぇが、我慢してくれよ?」

 慎重に、骨を一本ずつ外しては、布の上に置いていく。

 周りの床も調べ、全ての骨を拾い上げたのを確認すると、赤ん坊にしてやるように布で包む。

「さあ、戻るとしようぜ。こんな真っ暗な場所じゃあなくて、お日さんの下によ」

 布の中で、骨が澄んだ音を立てた。


 街の中心部からは少し外れた場所にある冒険者ギルド。その扉をくぐった途端に、耳障りな声が聞こえてきやがった。

「それにしても、あの盗賊みたいな格好した神官崩れ、マジで死体の回収の依頼しかしてないんだな」

 ここからじゃ顔は見えねぇが、背負ってる大剣と声には覚えがある。

「ああいう依頼は臭いし汚いし面倒だしで、こっちとしては願ったり叶ったりだけどよ、何か胡散臭いよなあいつ」

 受付嬢と喋ってるのは、中堅どころの戦士だ。確か俺よりは年下だったはず。名前は覚えてねぇ。

 そいつの背後から近寄っていく俺に気付いた途端、受付嬢の表情が固まる。

「誰が胡散臭ぇクソ雑魚ゴミカスクズ神官だコラ。俺にもはっきり聞こえるようにもう一遍言ってみろや」

 無感情に、低い声で。

 そいつの左肩に顎を乗せながら、背後から右肩に手を回す。

「あッ……」

 明らかにやっちまったって気配がする声。

 そいつは慌てて俺を振り解くと、そそくさとギルドから出て行っちまった。追放神官が、って捨て台詞を残しながら。

「ったくよ。日和(ひよ)るくれぇなら最初(ハナ)からその口閉じてろってんだ」

 裏で何を言われているのか、それが分からないほど俺は純粋じゃねぇ。残念ながら、な。

「あ、ゴ、ゴオトさん、お疲れさまです」

 強張った表情を笑顔で隠しながら、受付の嬢ちゃん──確かエイミーって名前だったか──が声を掛けてくる。

「……おうよ」

 一言だけ返して、俺は書類をカウンターに置いた。例の遺体を葬儀屋に引き渡した証明書だ。

「ありがとうございます。これで今回の死体回収の依頼は終わりですね」

「死体じゃなくて遺体な」

 さり気なく訂正してみるが、エイミーは聞いてるんだか聞いてねぇんだか。

「それと、今回の遺体には武器で襲われたような損傷があった。念のため注意喚起しといてくれや」

 他の連中がどうなろうが、俺の知ったこっちゃねぇ。だが、伝えねぇままで新たな被害者が出ちまったら、それはそれで夢見がわりぃだろうが。

「分かりました。立入申請書を出された方には伝えておきますね」

 今回の依頼書の空白に、走り書きで記される俺の言葉の内容。よく見りゃ、依頼主の名前欄には線が引かれていた。

 匿名の依頼。確か、前回も前々回も、その前もそうだったような気がする。まあ、遺体回収じゃよくある話なんだが。

「あと、3日後に同じ区画にもう一度向かうつもりでいるんだが」

「では前日の夕方までに、こちらの書類をお願いします。役所への提出はこちらの方で一括でしておきます。もし潜行届を出される場合は当日でも結構ですので」

 言いながら、エイミーは少しだけ黄色みを帯びた紙を2枚押し付けてくる。

 受け取ろうとして、俺の指がエイミーの手に当たりそうになった。

 反射的に、エイミーは手を引っ込める。

 ……遺体を扱った手なんて、触りたくねぇもんな、普通は。

「おう。じゃあ、また何かあったら声掛けてくれ。どうせ他の連中はやりたがらねぇからな、『死体回収』なんて仕事はよ」

 遺体が魔物化したり、肉や骨を魔術の材料に使うような奴がいたり。そういうのを防ぐための大切な仕事なんだぞこれは。本当に解ってやがんのか。

「じゃあ、頼んだぜ」

 遠巻きに俺を見ている他の冒険者連中。視線が合えば露骨に逸らしやがるし、聞かせる気のねぇヒソヒソ話だって耳に届いちまう。

 ちゃんと聞こえてるんだよ。左耳は多少欠けちまってるが。

 少しだけ振り返って、周囲を一睨みする。結局は、それで黙っちまうような奴等しかいねぇってことだ。

 視線を戻せば、カウンターの皿には依頼達成証と銀貨が17枚。

「おっさん、早くどけよ。俺ら急いでんの!」

 若い冒険者のパーティが、横から強引に受付の前に割り込んできやがった。

 崩れて音を鳴らす銀貨。俺はわざとらしく大きなため息を吐く。

 用意された報酬を乱暴に掴むと、俺は早々にギルドを後にした。

 歓迎されてねぇにも程があるな、俺はよ。


 俺が行きつけの酒場は、ギルドがある場所とは別の区域にある。

 途中で何度か、小せぇガキ共とぶつかりそうになっちまった。元気が有り余っていて羨ましい限りだ。

 そんなこんなで酒場に入れば、否が応でも空席が目立つ。昼飯時はとっくに過ぎてるんだから、まあ、そういうモンだろう。

 店主と目が合う。俺は黙って、銀貨を一枚カウンターに置いた。

 流れるように、店の隅のテーブルに陣取る。窓から外の光が射し込んでくる、俺の定位置だ。

 間を置かずに店主が運んできたのは、葡萄酒とライ麦パン、そして肉の入ってない野菜の煮込み。

 盆の上にはグラスが2つ。

 俺はパンの載った皿を向かいの席に置く。そして横にグラスを並べると、葡萄酒を注いでやる。

 俺は手を組んで、静かに目を閉じた。

 骨になるまで顧みられなかった、赤の他人のための祈り。そして、死んだ俺の『親友』への祈り。

 言葉なんて要らねぇし、教会の連中が使ってるような作法だって必要ねぇ。こういうモンは『気持ち』が大事なんだからな。

 人も少ねぇ時間帯だから、祈るにはちょうど良い──。

「あれ、また祈ってるの? ホントにゴオトって物好きよね」

 ……うるせぇのが居やがったか。

「そんな風に露骨にイヤそうな顔されたら傷付くんだけど?」

「いつからそんくれぇで傷付くようなタマになったんだテメェはよ。聞いてやるから神の前で告白してみやがれ」

 コイツはジュリア。冒険者としては駆け出しと中堅の間ってトコだ。

 聞くところによりゃあ18歳って話だから、大体俺の半分くれぇの歳だな。

 顔を見りゃ、やたらと俺にタメ口で絡んできやがる。俺みてぇなオッサンに、未成年が一々絡んでくるようなモンでもねぇだろうがよ。

「パンもらってもいい? どうせ食べないんでしょ?」

「好きにしろ」

 ジュリアは俺の向かいに座る。如何にも探索系の職能な格好をしているが、見た目だけで判断するのは早合点だ。俺がいい例だな。

「祈ってたってことは、また今日も『仕事』してきたの?」

 どさくさに紛れて、グラスの葡萄酒にも口を付けてやがる。ちゃっかりしてんな、コイツ。

「最近さあ、ちょっと多かった気がするんだよね、『仕事』の依頼。あたしがいるパーティでは受けたことなかったけど」

 ライ麦パンをちぎっては、口の中に放り込んでいくジュリア。

「依頼人の名前が線で消されてたやつばっかりだったのも気になるし。なんかちょっと、変な感じがするっていうか。まるで誰かが誰かの死体を探してるみたい」

 その言葉に、今日回収した遺体のことを思い出す。ここ最近の『仕事』の中で、明らかに人為的な損傷があったのは、あれだけだった。

 依頼者が匿名なのも遺体回収ではよくある話だが、他の人間から見ればこその違和感だってあるのかも知れねぇ。

 ここ最近の依頼が第2階層に集中してたのも、言われてみりゃあ『変な感じ』はするな。

「ただの気にし過ぎだろ。つか、誰かって誰だよ」

 言いながら、野菜の煮込みから豆をすくって口に運ぶ。今日のは少しばかり味が薄いな。塩が足りてねぇんじゃねぇのか?

「それは分かんないけど……。ま、その話は置いといて、明日助っ人頼めないかな? 第2階層の17号区画に潜る予定なんだけど、頭数が足りないの。最近、見慣れないのがうろうろしてるって話も聞くしさ。ね、お願い」

 いきなり本題を切り出したかと思えば、拝み倒してきやがる。

 コイツが潜る予定でいる区画は、俺が今日、遺体を回収してきた場所だ。

「明日は先約があるから無理なんだよ。つーか、暇でも引き受ける訳ねぇだろ。こんな不良クズ神官なんてアテにすんな。ガキはガキ同士で仲良くやってろ」

 続けて人参を口に放り込むが、皮が残ってやがった。下手くそが。

「そっかー、残念」

 そう言ってジュリアは大げさに肩を落とす。

 教会を追放された奴に助っ人頼むとか、頭沸いてんのかよ。一度でもパーティ申請したら、テメェらは教会から出禁喰らっちまうんだぞ。あいつらは性格悪ィからな。

「……まあ、俺は3日後に同じ場所に潜る予定でいるからな。付いてきてぇなら勝手にしろや」

 俺の言葉を聞いた途端、ジュリアの表情が変わった。

「ホント!? じゃあ付いていっちゃおうかな、勝手に」

 あ、完全に失言だったなこりゃ。

 コイツに絡まれる理由も、懐かれるような理由も、俺にはねぇはずなんだがな。何でこうなっちまうんだ。

「そういやテメェ、明日潜るっつってたな。許可取りはともかく、潜行届はちゃんと出しとけよ」

 皿に沈んでいた、溶けた野菜の塊をすくう。琥珀色の汁だけが皿に残っている。

「えー、やだ、面倒くさい。そもそも誰も出してないでしょそんなの」

 潜行届ってのは、どの階層のどの区画に行くかってのを、ギルドに事前に書類で知らせておくヤツだ。

 一応最初に指導されるはずなんだが、今じゃ大半の奴が出してねぇ。むしろ、出したら受付にイヤな顔をされちまう。

 まあ、俺は毎回出してるんだが。

「ガキのクセに手間と時間を惜しむんじゃねぇよ。年上の言うことの一つくれぇ黙って聞いとけ」

 野菜の煮込みを完食した俺は、勢いよく立ち上がる。

 コルク栓を押し込んだ、半分以上残っている葡萄酒の瓶を左手に持ちながら。

「もう帰るの?」

 ジュリアの前の皿には、当初の半分以下の大きさになったライ麦パンが寝そべっている。

「言っただろうが。明日は先約がある。朝(はえ)ぇんだよ」

 その言葉だけを返して、俺は酒場から出ていった。

 外はいつの間にか人通りが多くなっていて、行き交う連中のざわめきで少し騒々しい。

 長く伸びた影。黄土色の地面。

 ふと見上げりゃ、夕焼けの気配がする空に、星が一つだけ輝いていた。

 迷宮城砦。この街の中心にあるダンジョンの、一番高い尖塔の上に。

 死んだ後、魂は星を目印にして天へと還るらしい。なら、今日見つけたアイツは天に還ることが出来たんだろうか。

 考えたところで、答えなんて出る(わき)ゃねぇが。

「……お前も、ちゃんと天に還れてりゃいいんだがな」

 ふと口をついて出ちまった言葉。誰にも弔われなかった、俺の親友。

 思わず左手を握り締める。持っていた葡萄酒の中身が、どぷんと音を立てた。

「大丈夫だ、忘れてねぇよ。名前も知らねぇお前さんのことだって、ちゃんと調べてやらあ」

 俺は小さく呟いた。

「……もし誰かに殺られたってんなら、余計にな」

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