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Sous le Cerisier(スゥ・ル・セリジエ)


「道子さん、今度の日曜日って、ヒマ?」

 元・同僚の奥瀬愛ちゃんから来たLINEに秒で返信する。


「ヒマだよぉ、ヒマヒマ ラブちゃん遊んでー」

 長く付き合っていた彼氏と別れたばかりで暇を持て余していた。

 日曜日のたびに彼の趣味のサッカーと、そのチームメイトたちとのバーベキューやボーリングの予定ばかりだった。


 彼と別れるってことはその辺りの付き合いもごそっと全部なくなってしまうということで、手帳に書かれていた予定はほとんど白紙になった。



「櫻井先輩って覚えてる? あたしたちが入社した時、担当だった先輩」

「もちろん覚えてる。キレイだったよねぇ、櫻井先輩。そんですごく優しかった」


「ブラックな会社の唯一のオアシス」

「だね、だねだね。櫻井先輩辞めちゃって、すぐ私たちも耐えきれなくなって辞めちゃった」

 私もラブちゃんも、担当SV(スーパーバイザー)の櫻井先輩が大好きだった。キレイで優しくていつもなんだかいい匂いがしていた。

 香水とかじゃなくて、あれは、なんの匂いだったんだろう。

 コールセンターで常にクレーム対応を強いられている上に、CPH(Calls(コール) Per (パー)Hour(アワー))という1時間に何件以上電話を取れというノルマや、管理者からの無理解な叱責、タイムカードを押さない休日出勤、サービス残業とサービス早出というまさにブラックのてんこ盛り状態の会社だった。


 私もラブちゃんも辞めてしまった今となっては、その会社がどうなっているか知る由もない。




「あたしね、この間偶然バッタリ櫻井先輩に会ったの。名掛丁通りからクリスロード商店街に入った所で」

「えー、いいなぁ、ラブちゃん。私も櫻井先輩に会いたい、お元気だった?」

「うん、元気だった。相変わらずキレイで。国見に新しくフレンチレストランできたの知ってる? お店の名前は『Sous (スゥ) le() Cerisier(セリジエ)』って言うんだけど」

「あー、WEBタウン情報で見たかも。スゥ・ル・セリジエって、『桜の木の下で』って意味なんでしょ? なかなか良さげな感じのお店だった」

 そうだ、開店情報を見た時、フレンチなんだけど堅苦しくなくて家庭的な温かみのあるのお店だなぁって思って、お値段もそんなに高くなくて手頃だったから、近いうちに彼を誘って行ってみようと思ったんだ。まぁ、誘う前に振られちゃったんだけど。……ついつい自虐的なことを考える。



「そのお店で働いてるんだって、櫻井先輩。ホールなのかなって思ったら、なんとシェフなんだって」

「えぇぇー? ええ? シェフってあの、あれ? お料理作る?」

 びっくりしすぎて当たり前のことを口にしてしまう。



「ふっは、道子さんあたしと同じ反応。あたしも櫻井先輩に『シェフってお料理を作る人ですか?』って聞いちゃった」

「だって、だってさ、前職が飲食店とかなら、まだ分かる気がするけど、コルセンだったし」

 櫻井先輩のあのいい匂いはバターとかミルクの匂いだったのかも。ふとそんな事を考える。



 次の日曜日、朝10時に国見駅で待ち合わせの約束をしてLINEのやり取りは終了した。

 久しぶりにラブちゃんに会えるのも櫻井先輩に会えるのも楽しみ。それから新しいお店に行くのも、フランス料理も全部楽しみだ。

 何を着ていこうかな、久々の予定にワクワクする。あんまりカジュアルすぎない、だけど頑張ってオシャレしました感が滲み出ない、丁度いい塩梅の服と靴と鞄とアクセ、あれこれ悩むのは実は好き、ワクワク感が増してくるような気がする。




 仙台駅から国見駅までは、仙山線で15分 少しだけ肌寒いのは標高か、それとも単純に今日の気温なのかな。そんなことを考えていたら、軽快なクラクションの音が響いた。駅からお店が少し離れているからとラブちゃんが車を出してくれたのだ。

 スカイブルーとクリーム色のツートンカラーの軽自動車はラブちゃんのイメージにピッタリ合っている。



「道子さんごめん、あたしこの後、ちょっと会社に用事ができちゃったから、急いで食べて途中でお店出なきゃないかも」

「あ、全然いいよ、でも大丈夫? もしあれだったら別日にする?」

 助手席に乗り込みシートベルトを閉めながら聞いてみる。別に予約しているわけじゃないし、別の日にしても問題はない。



「ううん、道子さんはゆっくり食べて。なんかね、帰り道は駅までオーナーの息子さんが送ってくれるらしいのよ。ふふふ、どうする? ロマンスが生まれちゃったりしたら、ってないかぁ、道子さん彼氏一筋だもんね」

 そうだ、まだラブちゃんには言ってなかった、彼と別れたこと。



「あ、、っと、その、実は別れてしまいまして、ってか振られたんだけど」

「えええーー、ええ、ちょ、聞いてないよぉ。あー、悔やまれる、用事さえなかったらじっくり話聞けたのに、今度! ね、また今度ゆっくり」

「あんまり愉快な話じゃないけどね、よくある話。向こうの浮気、で、私が責めて、それで終わり」

「ひど、それなら尚更もう新しい恋始めなきゃ。口コミ見たらオーナーの息子さん超イケメンらしいですよ」

 正直まだちょっと新しい恋を始めるにはパワー不足な感じもするけれども、美味しいもの食べて、イケメン見たらちょっと元気出るかもね、なんて思っている間にレストランの駐車場に着いた。




 見晴らしのいい高台にあるそのお店は思っていたよりもずっと可愛らしいお店だった。もともとあった二階建ての一軒家をそのまま改装したんだろうか。ダークグレーの屋根から張り出した(ヒサシ)は淡いピンク色で店名にもピッタリだと思った。風でひらひらと揺らめいているのが桜吹雪みたい。

 


 『Sous le Cerisier』という手書きのウエルカムボードが、ちょっと傾いているのがまるで微笑んでいるように見えた。

 重厚な観音開きの扉を思いっきり開けると、ふわっと風が通り抜けて、髪を優しく撫でた。

 カランコロンカラン、ドアベルの音も高すぎず、低すぎない絶妙に心地いい音。


 吹き抜けの天井が高くて、視界の真ん中にどどんと大きな木がある。これって、もしかしてお店の名前の……。



「いらっしゃいませ。こちらは桜なんですよ。樹齢は80年位ですね。このお店はこの桜の木ありきで設計したんです」


 真っ赤なカッターシャツに細身のブラックデニムを身の纏った女性が、おそらくメニューと思われる革製のブックレットを右の脇の下に挟んで、私たちをにこやかに出迎えてくれた。


 噂のオーナーさんだろうか?

 イケメンの息子がいると言うからにはおそらく四十代か五十代なはずなのに、目の前にいるのはどう見ても二十代前半位の若々しさで、肌も髪もツヤツヤ、スレンダーなのにお胸だけは結構ボリューミー、この世の女性たちの憧れを具現化したみたい。これが美魔女ってことなんだろうか。



 その美魔女オーナーに促され、桜の木をぐるりと取り囲むように回る螺旋(らせん)状の階段を一段ずつゆっくりと昇る。

 見事な枝が二階の手すりあたりまで伸びていて、なんだか夢の中にいるみたい。

 桜の木って、花が咲いている時はもちろん全力でピンクだけれど、それ以外の時期も、幹や枝からピンク色のオーラを放っている気がする。


「是非、桜の時期にもいらしてくださいね、それはそれは見事なんですよ」


 そう言いながら、オーナーは二階の一番奥、窓際の席に私たちを案内してくれた。

 大きな一枚ガラスの窓の向こうに、街が小さく見える。桜の時期には天井から吊るされたシャンデリアがピンクの花を照らすのだろう。空気が揺れるたびに、そのシャンデリアがキラキラと小さな光を反射させる。薄く流れるインストゥメンタルの音楽も見事にマッチしている。全部が調和の取れた美しさだ。

 

 雰囲気も居心地もすごくいい、初めて来たお店なのになんだか懐かしくて、胸の奥が熱くなる。ちょっと泣きそうな気分だ。



 オーナーが革製のブックレットを私たちの前に広げてくれる。


「本日のランチメニューはこちらの『冬〜早春のメニュー』4種類です。シェフ特製のコースでどれもオススメですよ」

 この時期は冬から早春のメニューなんだ。他の季節のメニューも見たかったかも。



「ふふふ、いいですよ。ついでに只今検討中の『春のメニュー』もお見せしちゃいます」

 ウィンクをしたオーナーがもう一種類のメニューも広げて、くるりと見事なターンの後、スッと去っていった。もしかして私、声に出しちゃってた? 恥ずかしい。



 メニューはどれもこれも全部美味しそうで、私たちは小さな悲鳴をあげてしまった。だってだって全部食べたい。



◎LUNCH A(2,800円)

▪️本日の小さな前菜3種(人参のムース、鴨のリエット、ホタテのマリネ)

▪️メイン(下記より一品お選びくださいませ)

 ・本日の魚のポワレ~柑橘とフェンネルの香るブールブラン~

 ・若鶏とポロ葱の白ワイン煮込み

 ・キノコとベーコンのクリームパスタ

▪️焼きたてパン

▪️コーヒーまたは紅茶


◎LUNCH B(3,500円)

▪️季節の前菜(ホワイトアスパラと半熟卵のミモザ仕立て)

▪️メイン(下記より一品お選びくださいませ)

 ・鴨胸肉のロティ~赤ワインとカシスのソース~

 ・牛頬肉の赤ワイン煮込み~マッシュポテト添え~

 ・真鯛とあさりの白ワイン蒸し~サフラン風味~

▪️焼きたてパン

▪️デザート(温かいリンゴのタルトまたはクレームダマンド)

▪️コーヒーまたは紅茶またはハーブティー(カモミールがオススメです)


◎LUNCH C(6,800円)

▪️アミューズ(小さな温かいスープ)

▪️季節の前菜2品(ホタテのカルパッチョトリュフ風味、フォアグラのテリーヌ)

▪️魚料理(真鯛とポロ葱の白ワイン蒸し~冬トリュフの軽いクリームソース~)

▪️肉料理(シャラン産鴨胸肉のロティ~赤ワインと黒胡椒のソース~冬野菜の付け合わせ)

▪️焼きたてパン

▪️選べるデザート2品(温かいスフレやグラスデザートが人気です)

▪️フルーツ

▪️小菓子+コーヒーまたは紅茶またはハーブティー


◎LUNCH D(8,800円)

▪️シャンパーニュ1杯※またはノンアルコールスパークリング

▪️アミューズ2種

▪️季節の前菜カルテット

▪️魚料理(オマール海老のポワレ~冬トリュフとシャンパーニュの軽い泡立つソース~)

▪️肉料理(和牛フィレ肉のロッシーニ風~マデラ酒ソースと冬トリュフの厚切り~)

▪️焼きたてパン

▪️デザート(全種類いくつでも、お好きなだけお召し上がりいただけます)

▪️フルーツ

▪️小菓子+コーヒーまたは紅茶またはハーブティー

▪️赤ワイン、白ワインもお召し上がりくださいませ





内緒でこっそり見せてもらった春メニューもため息が出ちゃいそうなほど美味しそう。これ絶対来月も来なくっちゃ。


◎LUNCH A(2,800円)

▪️本日の小さな前菜3種(※只今シェフが試行錯誤中)

▪️メイン(下記より一品お選びくださいませ)

 ・真鯛のポアレ〜桜海老と柚子の香るブールブラン

 ・若鶏のフリカッセ〜春キャベツと新じゃがを添えて〜

 ・桜海老と菜の花のペペロンチーノ

▪️焼きたてパン

▪️コーヒーまたは紅茶


◎LUNCH B(3,500円)

▪️季節の前菜(春野菜のテリーヌと生ハムのアンサンブル)

▪️メイン(下記より一品お選びくださいませ)

 ・仔羊のロースト〜ローズマリー風味(+400円でフォアグラ乗せ可能)~

 ・オマール海老とホタテのポワレ~桜色のアメリケーヌソース~

 ・鴨胸肉のロティ~桜のリキュール香るソース~

▪️焼きたてパン

▪️デザート(桜のブランマンジェまたは本日のタルト)

▪️コーヒーまたは紅茶またはハーブティー(ローズマリーがオススメです)


◎LUNCH C(6,800円)※検討中

▪️アミューズ

▪️季節の前菜2品

▪️魚料理

▪️肉料理(ジビエ?)

▪️焼きたてパン

▪️選べるデザート2品

▪️フルーツ

▪️小菓子+コーヒーまたは紅茶またはハーブティー


◎LUNCH D(8,800円)※検討中

▪️シャンパーニュ1杯

▪️アミューズ2種

▪️季節の前菜カルテット

▪️魚料理

▪️肉料理(和牛フィレ肉?)

▪️焼きたてパン

▪️デザート(全種類いくつでも、お好きなだけお召し上がりいただけます)

▪️フルーツ

▪️小菓子+コーヒーまたは紅茶またはハーブティー

▪️赤ワイン、白ワインもお召し上がりくださいませ



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