真実の愛に運命の出会いをぶつけてみた結果、思いもよらぬ謀が釣れました
「ラウラ・アマート!不細工無愛想で気の利かない貴様のような女はこのエンリコ・カラブレーゼにまったくふさわしくないッ!この天使のようなルル・ノタリ男爵令嬢こそが私と真実の愛で結ばれた唯一無二の相手だッ!!よって貴様とはこの時この場をもって婚約を破棄するッ!!」
まあ。
なんという事でしょう。
まさかこの貴族学院においてこのような事をしでかす恥知らずが現れるとは。
しかもあれはカラブレーゼ伯爵の嫡男。
顔は確かに美形と言えるでしょうけれど、卒業生でもない者が卒業祝賀パーティーで壇上に上がりあのように喚き散らすなど、品位と頭の中身が疑われますわね。
その隣にべったりと暑苦しく絡みついているルル・ノタリという名の浮気女の勝ち誇った傲慢で下卑た笑みときたら目も当てられませんわ。
そのうえあの美しいラウラ嬢をつかまえて不細工無愛想とは、あの恥知らず、一体どこに目がついているのかしら?
幼稚で派手なドレスに着られている浮気女とは全く比べ物にならぬ淑やかで優秀な令嬢ですのに。
わたくしは今、フォンタナ貴族学院の卒業祝賀パーティーに参加している。
パーティーの主催は学院の生徒会。
主賓は卒業生の皆様。
在校生からも生徒会役員の他、卒業生の婚約者や身内、来年から生徒会に所属することが内定している者たちが招待されて参加している。
わたくしは生徒会役員内定者としての参加だが、第三王女としての立場もあり、従者ヴァレリオと侍女ソニアを伴ってきた。
会場の雰囲気も盛り上がってきて、準備されている趣向がそろそろ始まろうか、という頃合いでいきなり起こされたこの騒ぎ。
二年生のラウラ嬢は生徒会役員ですから参加するのはもちろんのこと、エンリコがラウラ嬢の婚約者として参加しているのもかろうじて頷けますけれど、ルルはなぜこの場に入り込めたのでしょうね?
招待状の確認に手落ちがあったのでは?
それにしても生徒会会長はどこで何をしているのかしら。
この場の責任者でしょう。
己の手際を見せつけるにちょうど良いこういった好機を逃すとは。
他の生徒会役員たちも唖然としたままで動く気配がありませんわね。
とにかくこの恥知らずどもを速やかに片付けなくては今日の主役である卒業生の皆様に大迷惑ですわ。
気は進まないけれどわたくしが口出しせざるを得ないようですわね。
「ヴァレリオ。ここへわたくしの護衛騎士たちを呼んできなさい。あの二人を片付けます」
「かしこまりました」
ヴァレリオが静かに急ぎ足で手配に向かう姿を見送ってから、わたくしは侍女のソニアを伴い恥知らずとラウラ嬢の側まで足を運んだ。
パンッ!!!
わたくしが手を打ち鳴らすと会場中の目がわたくしに集まる。
「ラウラ様。お辛いことでしたわね。あとはわたくしに任せて下さいませね」
茫然自失といった体のラウラ嬢の目が大きく見開かれる。
すかさずソニアがラウラ嬢へ近寄り、その手を取るようにして後ろへ下がる。
「な!まだ話は終わっていない!」
「この無礼者!」
わたくしは一喝し、頭に血が上っている恥知らずを睨みつけた。
壇上の恥知らずと浮気女はわたくしが誰かようやく気づいたようで、顔を青褪めさせて縮み上がった。
「誰にものを言うておる?誰の許しを得て壇上へ上がったのじゃ?このわたくしを差し置いて頭が高い。茶番を止め直ちにそこから降りよ」
わたくしが高飛車に命じると、恥知らずと浮気女は慌てて壇上から下りた。
そこへヴァレリオが護衛騎士たちを引き連れてやってきた。
いつもながら絶妙な頃合い。
「早う、そのうつけ者どもを連れ出しなさい」
「はっ」
護衛騎士たちに引き摺られるようにして何やら喚き散らしている二人は退場。
ソニアに寄り添われてラウラ嬢も会場を後にする。
わたくしは会場にいる皆の顔を見回し、視線を集めた。
そしてとっておきの笑顔を浮かべる。
途端に会場中から、ほぅ、というため息が漏れ聞こえてきた。
高飛車な王女のように振る舞った後に見せる明るく邪気の無い笑み。
この笑顔はわたくしの武器ですの。
「余興にしてはあまりにも陳腐な寸劇でしたわね。ですがお目汚しの二人は永久に消えました。今宵の宴はまだ始まったばかり。楽しい趣向はこれからですわ。さあ皆さん、存分に卒業祝賀パーティーを楽しみましょう。あらためまして、卒業生の皆様。ご卒業まことにおめでとうございます」
わたくしは再びとっておきの笑顔になり、ヴァレリオが抜かりなく用意したグラスを持ち、それを掲げた。
会場中の皆がわたくしに続いてグラスを掲げ、卒業生たちにお祝いの言葉を贈る。
会場の空気は一変した。
楽曲が奏でられ賑やかな談笑が始まったのを見て取り、わたくしは今頃になって飛んできた生徒会会長に一瞥をくれた。
「ヴァレンティーナ王女殿下。この度の不手際、まことに申し訳ございません!」
「来るのが遅すぎますわ。それに謝罪すべき相手はこの宴の主役である卒業生の皆様ですわよ」
「はい……」
まったく頼りない生徒会会長ですこと。
現二年生で最も身分が高いというだけのお飾り。
それをこの場で証明してしまいましたわね。
陳腐な茶番もそういった意味では役に立ちましたわ。
それに。
子は親や家の有り様の写し鏡。
嫡男が軽々しく大勢の前で高らかに婚約破棄を宣言するなど、もはや末期状態。
どうやらカラブレーゼ伯爵家は近く没落してもおかしくない状態のように思われますわね。
このような場での婚約破棄騒ぎは酷く迷惑で悪趣味ですけれど、炙り出しにはもってこいですわ。
アマート子爵家にとってはもっけの幸いになりそうですわね。
ラウラ嬢に傷がつかぬようわたくしも口添えをして確実にあの恥知らずの有責にしなくては。
恐らくカラブレーゼ伯爵家はすでに何らかの瑕疵で王家に目をつけられているはず。
この騒ぎをエドアルドお兄様に報告し、その辺りの情報を引き出してみましょうか。
何よりこのわたくしが二人は永久に消えた、と言ったのですもの。
結果は推して知るべし、ですわ。
◇ ◇ ◇
翌日、わたくしは兄のエドアルド王太子殿下に面会を申し込み、指定された時刻に殿下の執務室へ行った。
「昨夜は上手く場を収めたそうだな」
「ありがとうございます」
「主催の生徒会役員は何をしていたのだ?」
「騒ぎが起きた際、会長は不在、役員数名も呆気に取られたまま動きませんでしたの。ですからわたくしが致し方なく動きました。決してでしゃばったのではありませんわ」
「会長も役員も使えそうにない者ばかりだな。まあいい。来年はお前も生徒会入りだろう。せいぜい引っ掻き回して立て直せ」
「わかりました。ところでカラブレーゼ伯爵について教えていただきたいのですけれど」
「あれは女にだらしがない詐欺、恐喝が得意の屑だ。まだ妻が生きている頃から外に愛人を作って好き放題していたようだ。しかも当てつけのように妻とはまったく違うタイプの女ばかり愛人にしていたらしい。妻の方は好きでもない相手との政略結婚が不満で浪費に走っていたようだ。夫婦でそれでは金はいくらあっても足りなかっただろう。あれは愛人を使って美人局のようなことまでしていた。これまでなかなか尻尾を掴ませなかったが、嫡男があれだ。調子に乗りすぎて隙ができたようだと奴を探っている捜査官が目の色を変えているぞ」
「そうでしたの。つきましてはわたくしも少々お手伝いさせていただきたいのですけれど」
「もう十分したのではないか?ラウラ嬢に口添えをしてやり学院長と生徒会の名で屑の家に厳重な抗議をしたのはお前の入れ知恵だろう」
「それは完全にエンリコの有責にする為のもので当たり前の事をしたまでですわ。それよりエンリコにも慰謝料以外にちょっとした制裁が下されたとしても問題はありませんでしょう?」
「あれは屑の家とアマート子爵家、ノタリ男爵家の間の話だ。これ以上お前は首を突っ込めないぞ」
「もちろんわかっています。家同士の事には指一本触れないとお約束致しますわ」
「いったい何をするつもりだ?」
「エンリコが声高に叫んだ真実の愛とやらには運命の出会いをぶつけてやろうと思っていますの」
「ほう」
◇ ◇ ◇
十日ほど後。
わたくしはヴァレリオから報告を受けた。
「エンリコ・カラブレーゼ伯爵令息とラウラ・アマート子爵令嬢との婚約はエンリコの有責で破棄され、ラウラ嬢にはきっちりと慰謝料が支払われました。伯爵がエンリコの非を認めラウラ嬢に真摯な謝罪をしたそうです。そしてエンリコ・カラブレーゼ伯爵令息はルル・ノタリ男爵令嬢と婚約を結び直した由、確認致しました」
「それを許すカラブレーゼ伯爵も大概だけれど、エンリコも厚顔無恥ね。では早速ジュリオとレジーナに動いてもらいましょうか」
「すでに話は通してあります。あの恥知らずどもは毎日のように街に繰り出しては散財しまくりあちらこちらへ迷惑をかけまくっているようで。明日にはレジーナが動き、あの恥知らずと運命の出会いを果たすことになっております。その直後にジュリオが出ます」
「ふふ。楽しみだこと」
わたくしの作った魔道具の有効性を検証する良い機会ですわ。
そのうえレジーナが上手く入り込めば色々と面白い証拠を手に入れられる可能性もありますわね。
そうなればお兄様と国家憲兵や捜査官にも恩を売れるというもの。
伯爵本人でなくとも嫡男エンリコが作ってくれた隙があるのですから、そこは突いてやらなくては。
もちろん主目的はこちら。
エンリコとルルにちょっとした仕掛けをするのはそのついで。
あくまでもついで、ですの。
いずれにせよ真実の愛で結ばれた二人ならば当然乗り越えられるはずの悪戯のようなものですから、二人の盤石な関係に亀裂など入ることはないでしょう。
◇ ◇ ◇ジュリオ視点
俺は双子の姉レジーナと共にヴァレンティーナ第三王女殿下から仕事を命じられた。
今日は殿下が作られた魔道具の指輪を身につけて対象者に近づく計画だ。
この魔道具の指輪を身につけると髪と瞳の色、そして声が変わる。
俺は本来の茶髪で茶色の瞳のジュリオから金髪碧眼のレオに変わり、同じく茶髪で茶色の瞳のレジーナはストロベリーブロンドで碧眼のノーマに変わるという寸法だ。
計画が完遂すれば俺とレジーナは元の姿に戻り、レオとノーマは永久に消え去る。
それにこの魔道具で声を変えられるのはとても便利だ。
殿下の影として働いている俺もレジーナも、顔の印象を変え、声色を変え、喋り方を変え、体つきを変え、歩き方や様々な動作を変えて別人に化けるのはお手のものだが、声の印象は案外記憶に残りやすく馬鹿にできない。
この魔道具は声帯に働きかけ声の質を変えてくれるので声色を変えるより自然に喋れるから、仕事がやりやすい。
ゆくゆくは憲兵や捜査官が仕事で使うことを想定した魔道具らしく、今回は俺たちが実地で機能確認をすることになったのだ。
俺が目的地の近くで待っていると、先に動いたレジーナもといノーマが対象者エンリコの腕に絡みついて一緒にやって来た。
上手いこと運命の出会いを果たしたようだ。
二人はそのまま待ち合わせ場所に先に来ていた対象者ルルの元へ歩いていく。
「ちょっと?エンリコ様。誰ですかその女」
ルルはデートの待ち合わせ場所にやって来たエンリコが知らない女と腕を組み肩を抱いているのを見咎め、声を荒げた。
「ここへ来る途中で無頼の輩からこの僕が助けてあげたご令嬢だ。可哀想にまだ恐怖に震えているんだよ。見捨てることなどできないだろう?」
「でも!」
「あ、あの、わたくし、もう大丈夫ですわ……それに……お二人の……邪魔をするつもりじゃ……なかったんです……」
ノーマはルルの剣幕にびくりと身を震わせ、恐々と喋り、目をうるうるさせて縋り付くようにエンリコを見上げる。
しかもその手はまだエンリコの腕に絡めたままだ。
エンリコは満更でもない様子でその手を撫でた。
「なに。邪魔ではないよ。落ち着くまで一緒にいてあげよう」
「あ、ありがとう……ございます」
ルルは歯噛みをしてノーマを睨んだ。
いつも自分が使う手をそっくりそのままやってのけるノーマにお株を奪われ、いつもと逆の立場になったことに腹を立ててすごい形相でノーマを睨みつけている。
愉快だな。
レジーナもといノーマの演技力は最高だ。
「何よ!こんな女に騙されて!!エンリコ様なんかもう知らないッ!」
ルルは癇癪を起こし、喚いてその場から走り去った。
さて。
次は俺の出番だ。
レオとなった俺はルルの後を追いかけた。
しばらく後を追い、それから先回りして曲がり角で待ち構え、タイミングを見計らって小走りにやって来たルルとぶつかる。
「おっと!これは失礼。お嬢さん。怪我は無いかい?」
俺は心配そうにルルを見て、ひと目で心を奪われたような表情を作り、それから甘ったるい表情を作って微笑みかけた。
見上げてきたルルの目が見開き、俺の顔に見惚れる。
こんなに安っぽい出会いの演出でも十分効果があったようだ。
すぐにルルは俺に満面の笑みを浮かべた激甘の表情を向けてきた。
◇ ◇ ◇レジーナ視点
私は今、カラブレーゼ伯爵家のエンリコの部屋にいる。
肝心のエンリコは前後不覚に酔い潰れてベッドに転がっている。
ワインに睡眠薬とほんの少しの媚薬を混ぜたものを盛って飲ませてやったから明日の朝まで目覚めないだろう。
薬の効果で今頃は夢の中でよろしくやっているはず。
この男を落とすのは簡単だった。
魔道具の指輪でルルと似たような容姿のノーマに化け、暴漢に襲われそうになったと横道から飛び出してエンリコに縋りつき、盛大に怖がり震えてみせて運命の出会いを演出。
その暴漢はエンリコが伯爵位をちらつかせて怒鳴るだけで逃げていった。
もちろんその暴漢も私の仲間。
そのあとは助けてくれたエンリコの美貌に見惚れ、ひたすら感謝しまくり、エンリコに一目惚れした素振りを見せておいた。
お次はエンリコとルルが仲直りデートをしているカフェでの再会。
下調べの段階でルルの食事の仕方が下品であることはわかっていたので、偶然を装ってカフェで過ごす二人の間に割り込み、口の中に食べ物が入っていても平気で喋り、音を立てて食べ、食べこぼすルルとは対照的に上品に食べて見せればエンリコは呆気なくルルを捨てた。
腐っても伯爵家嫡男であるエンリコだから、ルルの食事のマナーにはイライラしていたようだ。
ノーマも男爵家令嬢であるように思わせておいたのでエンリコとしては自分好みの容姿であるノーマへ乗り換えるのにかけらも迷わなかったという訳。
この屑男はひと月もしないうちにノーマを怪しげな場所に引っ張り込もうとしだした。
もちろんその気があるような素振りをしつつ場所については難色を示せば、エンリコはこっそり屋敷にノーマを招き入れる手筈を整えて誘ってきた。
夜間、使用人の使う出入口から使用人の格好をしたノーマを引き入れ自分の部屋に引っ張り込んだエンリコ。
ずいぶん手慣れているので使用人にも協力者がいるはずだ。
きっとルルや他の女もこうして度々引き入れていたに違いない。
やはりこいつは屑だ。
私は屑が飲酒可能な年齢になってもいないのに下心満載で用意していたワインに薬を盛って酔い潰してやった。
さらに寝具をくしゃくしゃにし、エンリコの服を床に散らかしてそれらしい場を作り上げておいた。
さて。
本番はここからだ。
私は魔道具の指輪を別の物にはめ替えた。
こちらは認識阻害で姿を消す事ができるヴァレンティーナ王女殿下お手製の魔道具。
深夜、屋敷内が寝静まった頃合いを見計らい、私はエンリコの部屋を出ると気配を殺して伯爵の執務室へ向かった。
◇ ◇ ◇
「結局、婚約からふた月も持ちませんでしたね」
わたくしは王宮内の執務室でソニアに淹れてもらったお茶を飲みながら、ヴァレリオからエンリコとルルの顛末を聞いた。
「エンリコはノーマに化けたレジーナにあっさり陥落。ルルはエンリコを上回る美形のレオに化けたジュリオの手管にあっという間に陥落。何なんですかねあの二人。ああいった手合いが軽々しく真実の愛などと言うから言葉の価値が安っぽくなるんです。困ったものです」
「それでエンリコはどう動きましたの?」
「ルルとの婚約を白紙に戻しノーマに婚約を申し込むため彼女の家へ向かいました。もちろんノーマがエンリコに一度だけその近くまで送らせたとある男爵家へ、ですが。やはりその家の令嬢に違いないと思い込んでいましたよ。もちろんその男爵家に令嬢は一人もいませんが、確認もせず婚約を申し込もうとのこのこ出掛けるエンリコにはもう付ける薬が無いですね。しかも、ノーマなどと言う娘はいない、と言われても、ノーマを隠すな、今すぐ連れて来い、などと騒ぎを起こしたのですから呆れ果てて物も言えません。終いにはその男爵家令息の婚約者がノーマなのではないか、隠すなよ、などと言いがかりをつける始末。そのご令息と婚約者、双方のご家族を怒らせてしまいましたから、その醜聞は瞬く間に貴族の間に広がりました。完全にエンリコの名は地に落ちましたね」
「ルルの方は?」
「エンリコとの婚約が白紙に戻ったその日からレオに会えなくなり半狂乱、と言ったところです。婚約破棄騒ぎまで起こして結んだ婚約がふた月と持たず、浮気までしていたのですから、今や誰も寄りつこうとしません。もうまともな婚姻は難しいでしょう。ノタリ男爵が見繕った所へ嫁げたらいい方だと思いますが、どうなることやら」
「真実の愛で結ばれているなら、たとえ運命の出会いがあったとしても真実の愛を揺るぎなく貫くものだとばかり思っていましたわ。運命の出会いとはなんて恐ろしいのかしら」
真顔で呟いたわたくしにヴァレリオとソニアが生温い目を向けてきた。
それはともかくとして。
あとはカラブレーゼ伯爵の始末を残すのみ。
レジーナが掴んできた情報は捜査官に渡してあるし、わたくしはその結果を待つだけですわ。
◇ ◇ ◇
ところが数日後、わたくしはヴァレリオから気になる報告を受けた。
「エンリコを見張らせていたジュリオによると、カラブレーゼ伯爵は嫡男であるエンリコの名が地に落ちても動揺する気配も無いとか。それどころか廃嫡する気でいるようです」
「廃嫡?」
「はい。親戚筋から養子を迎える動きは無いようですが、外に生ませた子でもいるのか、他に当てがあるのか。とにかく悲壮感などは皆無だそうです」
「どうにも違和感が拭えませんわね……どういうことかしら……もう一度状況を整理してみましょう」
そもそもラウラ嬢の美貌に惚れてエンリコから申し入れたという婚約。
それを破棄してすぐエンリコとルルの再度の婚約をカラブレーゼ伯爵は認めた。
しかも完全にエンリコ側の有責であるとしてラウラ嬢には慰謝料をはずんだ。
あまり深く考えていなかったけれど、そもそもエンリコはなぜあのような婚約破棄騒動を起こしたのかしら。
父親に頼んで家同士の話し合いで破棄する方が無駄に醜聞を広げずに済んだはず。
実際、婚約破棄も再婚約も慰謝料のこともすべてがすんなり片付いていますわ。
そもそも騒動にしなければ、解消なり白紙に戻すなりして双方の傷をもっと浅くすることもできたはずですのに。
「ソニア。エンリコはラウラ嬢と婚約していた間、きちんと義務を果たしていたのだったわね?」
「はい。婚約破棄騒動の際ラウラ嬢に確認してみたところ、定期的なお茶会は短時間で切り上げることはあっても欠かすことはなかったとのことでした。夜会のエスコートもきちんとしていたようです。ドレスなどもラウラ嬢に似合う物を毎回贈って寄越したそうで、あの騒動の日のドレスも贈られた物だったそうですし、会場入りまではきちんとエスコートもしたそうです」
「あのような屑でも義務は果たしていた、と。しかもラウラ嬢に似合う物を贈って……」
違和感がありますわね。
あの日、ルルは幼稚で派手なドレスを身に纏っていたけれど、恐らくあれはエンリコが贈った物のはず。
ただあれはルルにはお似合いのドレスかもしれないけれど、彼女の良さを引き立てるものではありませんでしたわ。
一方のラウラ嬢のドレスはエンリコの色が使われ、ラウラ嬢の良さを引き立てるものでとてもよく似合っていましたわ。
それをエンリコが贈った?
むしろエンリコならルルには嬉々として贈ったとしても、ラウラ嬢にまで贈るようなことはしないのではないかしら?
センスも違い過ぎますわ。
まるで別人のよう。
もし違う人物が贈ったのであれば、それは誰かしら?
そのような事ができるとしたらそれは……いえ、まさか、ね。
でも。
エンリコの本来の好みがルルのようなタイプだとすれば、ラウラ嬢の美貌に惚れて婚約を申し込んだ、というのは不自然……。
ああ!
レジーナが言っていたではありませんか!
エンリコはマザコンで母親似の女性が好みらしい、と。
そしてお兄様の言によれば、伯爵は妻が生きていた頃から妻とはタイプの違う愛人を作っていた……。
婚約がエンリコではなくて父親のカラブレーゼ伯爵の強い意向だとしたら?
エンリコは何度もこの婚約は破棄したいと父親に訴えたけれど聞いてもらえず、強硬な手段を取らざるを得なくなりあのような婚約破棄騒動を起こしたのだとしたら?
女性の心を掴むための手練手管を熟知しているのは……。
ラウラ嬢に似合うドレスを贈れるとしたら……。
そして婚約破棄の際、ラウラ嬢に真摯に謝罪したのはエンリコではなくて……。
わたくしは吐き気を催す悍ましい可能性に思い当たった。
「カラブレーゼ伯爵もエンリコと同じ金髪碧眼…………ヴァレリオ。今すぐアマート子爵家へ人を遣わせて。恐らくラウラ嬢がカラブレーゼ伯爵の狙い」
「「!」」
ヴァレリオとソニアはわたくしの言いたい事がすぐにわかったようだ。
「殿下。もうすぐ新学年となりますからラウラ嬢は学院の寮にいるはずです。先にそちらへ行く方がいいかもしれません。私が直接参ります。つきましては殿下の護衛騎士をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんよ」
「私も参ります。ラウラ嬢と直接話した事がありますから信用していただきやすいと思いますので」
「ええ、二人に任せるわ。いざとなればわたくしの名を出してでもラウラ嬢を守ってちょうだい」
「はい。では行って参ります」
結論から言えばヴァレリオとソニアは間に合った。
ソニアは馬車で行き、先に馬で護衛騎士と共にヴァレリオが学院の女子寮へ駆けつけると、ちょうどカラブレーゼ伯爵からの使いがアマート子爵家からの使いだと偽りラウラ嬢を呼び出して連れ出そうと揉めている最中だったのだ。
護衛騎士がすぐさまその使いを取り押さえ、ヴァレリオはその使いにわたくしの名を出して脅し、おとなしくなった所で捕縛した。
伯爵の狙いはわかっていること、その伯爵はまもなく様々な罪状で逮捕されること、ここで手を引けば少なくとも極刑は免れるはずだ、と言われて観念したらしい。
ラウラ嬢はカラブレーゼ伯爵の狙いを知り、衝撃を受けて倒れたが、遅れて到着したソニアが介抱して慰めるうち、男子寮から幼馴染の子爵令息が騒ぎを聞いて駆けつけてきたとのこと。
どうやらその幼馴染の令息はラウラ嬢に思いを寄せているようで、ラウラ嬢も頼りに思っていたらしく落ち着いてきたので、後は彼に任せて二人と護衛騎士は捕縛した伯爵の使いを連れて戻って来た。
その使いを国家憲兵に引き渡して、わたくしは今度こそこの件から手を引いた。
◇ ◇ ◇
国家憲兵はその日のうちに動いた。
すでにカラブレーゼ伯爵の様々な罪状のうち、いくつか証拠は掴んでおり、ラウラ嬢の誘拐未遂をも口実として伯爵家を捜索。
伯爵の執務室には本棚の裏と執務机の引き出しの中に書類を隠す空間があり、そこから決定的な証拠が見つかった。
その隠された空間はレジーナが探り出したもの。
レジーナはそれを探り出しても中身にはいっさい手を触れることなくそのままにしておいたので、伯爵はその存在がバレているなどとは思ってもみなかったようだ。
後日わたくしは兄のエドアルド王太子殿下からその一部始終を聞かされた。
「あれは詐欺、恐喝だけでなく違法金利の金貸しにまで手を出していた。芋蔓式に他の仲間連中も逮捕に至ったが、後始末が少々厄介だ。罪状が多く爵位領地没収確実だがな。いずれにしろお前の働きは決して軽くないものだったぞ。礼を言う」
「ありがとうございます。それでエンリコはどうなりますの?」
「エンリコは父親に頭が上がらず、婚約も言いなりになっていたらしいが、女にだらしないところは父親そっくりだった。例の婚約破棄騒動以降、あちらこちらからエンリコの醜聞が暴かれ広がりだして収拾がつかなくなっているそうだぞ。父親の罪状には無関係だとしても手を差し伸べる縁戚はいないだろう」
「ではラウラ嬢と婚約している間も浮気を?」
「そのようだ。父親の前ではラウラ嬢を大切にしているように見せておき、裏では好き放題にしていたらしい」
「そうでしたの……」
「そういえば、あれの狙いは確かにラウラ嬢だった。息子の好みではないとわかっていてあえて息子と婚約させ、結婚後自分が手を出し、子が出来たら息子を廃嫡して実質ラウラ嬢を自分の妻扱いにして子を後継にする気でいたらしい。結局息子が婚約破棄騒動を起こして婚約は無くなったが、婚約破棄となればラウラ嬢も無傷とはいかず、これ幸いと直接自分の後妻に迎えるつもりだったらしいぞ。年齢は倍以上離れているが、あれもまだまだ顔だけは美形だからな。それを頼りに欲をかいたのだろう」
「間一髪というところでしたわね。念のため事が片付くまではと思い、エンリコから目を離さずにいたことが幸いしましたわ」
「お前もよくあれの狙いに気づいたな」
「わたくしもきちんと王族としての教育を受けましたから、このような悍ましい人間もいることはよくよくわかっておりますもの」
「確かに悍ましい話だったが、救いもあるぞ。ラウラ嬢は幼馴染のコレッリ子爵家嫡男クレートとの婚約が正式に決まった。もともと二人はお互いに好意を抱き合っていたらしいな」
「それは重畳ですわ。きっと二人で素敵な家庭を築いていくことでしょう。わたくしからラウラ嬢にお祝いを贈ってもよろしいかしら。エンリコ有責とは言っても口さがない者の中には先の婚約破棄はラウラ嬢の瑕疵と見る者もいるでしょうし、多少は釘を刺せるでしょうから」
「大袈裟にしないようにするならよし。ラウラ嬢は一方的な被害者なのだからな。お前が心に掛けていると周りにわからせておけば二人も煩わしい思いをせずに済むだろう」
「ではそうさせていただきますわ。ありがとうございます」
◇◇◇
「なんて悍ましい……ラウラ嬢が無事で本当に、本当にようございました」
執務室でお茶を飲みながらひと息入れ、ヴァレリオとソニアにカラブレーゼ伯爵とエンリコの顛末について話して聞かせたところ、ソニアが少し身震いしてしみじみと言った。
ヴァレリオは少し違う事を考えていたようだ。
「三年前の夜会を思い出しますね」
「あの某第一王子殿下のこと?」
「ええ。あれは周りがしっかりしていたため実行はされなかったようですが、まさかフォンタナ貴族学院において実際に実行する輩が現れるとは。驚きました」
「そうね。ただ実行されたからこそ伯爵逮捕に繋がり、ラウラ嬢は無事でいられた、とも言えるわね。あの騒動を目の当たりにして、フォンタナ公国時代から続く貴族学院の質や在り方もそろそろ見直すべき時が来たようにも思えましたし……本当に何が幸いし、何が物事の変革を考えるきっかけになるのかわからないものだわ。もっともこのような事件には二度とお目にかかりたくないけれど、人の世はままならないものですし……」
「今後同じような事が起きたとしても、そのような悍ましい輩の排除に殿下のお出ましを願うことは決してありません。私がすべて引き受けますからご安心ください」
ヴァレリオはわたくしと同じ十五歳。
ここ三年程の間にぐっと背が伸びて逞しい体に成長した。
わたくしの従者になってから九年ほどになるが、ずっと弟分のように思っていたヴァレリオはいつの間にか精神的にも逞しくなってきたようだ。
わたくしも何かあればヴァレリオを守ると決めている。
ヴァレリオも同じような気持ちでいてくれていること、そしてそれを口にしてくれたことが嬉しかった。
「ありがとう。ヴァレリオ。これからも頼りにしていますわ」
少し照れくさそうな笑みを浮かべたヴァレリオ。
その顔がわたくしの目にとても眩しく映った。




