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それほど、だったあなたに  作者: 帆々
ビジョンの中でもがく

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1

 会場に着いてすぐ家に電話した。夫が出たが、すぐに総司に代わってもらう。出がけに気になった風邪気味の声が、電話では伝わりにくい。


 大丈夫なのかと聞けば「うん」と返事が返る。お昼の用意もしたし、夫にもくれぐれもと留守を頼んであった。


「冷房かけ過ぎないでね。冷えると熱を出すかもしれないし…」


 夫に再度念を押し、通話を終えた。


 総司はもう四歳で幼稚園にも通う。高熱の流感も経験している。まあ大丈夫だとは思う。


 普段ならそこまで神経質にならないが、家を空けているため不安が増していた。せっかくの休日にママが家を空ける罪悪感も加わる。


 しょうがない。イレギュラーな形であるがこれが今のわたしの仕事だ。


 ケイタイをしまい、スペースの設営を初めている咲夜さんを手伝う。今日は大きな同人誌即売会イベントで、搬入した本の数も半端じゃない。刷りたての本の詰まったダン箱の数を見て、よみがえる懐かしさの後で怖くなる。


 甘い予想を裏切って売れ残り、ここで大量に在庫が出たら…。


 そもそも会場ではけなかった本だ。次のイベントや通販に回す分がぐんと増え、その処理にほとほと困るだろう。六対四の売り上げがどうののレベルの話じゃない。悲惨だ…。


 臆病が顔に出たのか、咲夜さんが「姐さん」と呼ぶ。本を並べる手も止めない。


「『ガーベラ』さんとはまだケタが違うでしょう、これでも」


「そ、そうかな…、よく覚えてないな」


「またのんきな。覚えておきましょうよ、ゴールドレコードなんですから」


「告知による前評判も上々だった」と励ましてくれるが…。


 現役大手サークルの咲夜さんとは立場が違う。わたしは子供も抱え生活がかかっている。「昔はこうだったから~」と薄い根拠に安穏といられない。


 大量に刷られた自作の本(合同本だが)山々を見て、ぶるっちゃって。いい歳がみっともないとは思う。でも家庭を持つと女って守りに入っちゃうもんなんだよ。それって普通のことだと思う。


 後先考えずにガンガン行っちゃえる人の方が稀なんだよ…。


 そんな小心を心の中で吐いていると、咲夜さんが顔を上げた。濃いアイメイクの目が射るようにこちらを見つめる。


「姐さん…」


 また、あの『輝くクールジェンに』がどうの『他を圧するアイスブルーの氷の鎧をまとえ』だの、解釈不能な言葉が続くのだろう…。


「腹、くくりましょうや」


 思いがけずドスの利いた声にぞくっとなった。芯から人を震わせる声だ。角刈りの「若い衆」がそろうお家の雰囲気も異次元だったし…。迫力のある人なのだ。


 すぐに返事もできなかった。遅れて、その目がわたしを通して別のものを追っていることに気づく。


 ふと、彼女がわずかに顎で何かを示した。「え」と肩越しに振り返る。こちらから数ブロック離れたスペースに、見覚えのある人々を見つけた。咲夜さんを壮絶に裏切ったかつての仲間が、固まり合って設営に励んでいる。


 彼女たちも参加するんだ、と素直に驚く。『⭐︎お・ま・た・せ⭐︎新刊出ました!!』と華やかなポスターが見えた。あんな計画的な悪意のあるドタキャンをしながら、自分たちの原稿はせっせと仕上げていたことがわかる。器用というか何というか…。


 咲夜さんの声の凄みの理由はこれだ。わたしのビビリが原因でないことにかなりホッとする。


「気にしないでいよう」


 あちらをガン見したままの彼女の肩をぽんと叩いた。「はい」と素直な返事が返る。


 しかし、あの子たちもこの咲夜さんを裏切るなんてイロイロ恐ろしそう…。角刈りの「若い衆」がそろうお家のことは周りに隠していたようだし(同人友だちを家に呼んだのはわたしとアンさんが初めてだとか)。逆に可哀想な気もする。自業自得であるが。


 開場の時間までに設営は終わった。


 この日、咲夜さんの案で浴衣を着ての参加だ。むっと湿度も高く、着なれない浴衣でより暑さを感じる。濃紺の絞りの咲夜さんに、わたしの方はくすんだ白地に偲菊が散っている。亡母の形見だ。


 彼女はイベントに和装をよくするそうで、たもとのさばきも慣れた感じで様になっている。


「かっこいいね、さすがに」


 ちょっと見とれると照れたように目を伏せる。まぶたが真っ茶でで全塗りされていなければもっといいのに…。と思うがそれは飲み込んだ。


 定刻になり開場。いきなり辺りに喧騒が広がった。


 不安とは裏腹にどんどんとスペースに積んだ本は売れていく。売り子をしながら目の当たりにするその光景は、嬉しさと手応えそしてほっとする安堵をくれる。


「雅姫さん…ですよね? 間違いなく」


 お釣りと本を手渡す際に問われた。同年代だろうか、女性のお客だった。肌の白さ目につく。


「『ガーベラ』の?」


 探るようでややケンのある声だった。「クレームか?」と思いつつも頷く。


「そう、ご本人ならば、読者としては光栄だと言いたいところですが…」


 女性は本をぱらぱらと繰り、わたしを見る。


「往年とはタッチに奥行きが加わりましたね。そこはハナマルを差し上げます。ですが、どうにもコマやカットに粗さの目立つところも…。昔の雅姫作品の随所にあった描き込み感が、もしや異質になってきたのか~、という不安は若干ざらりと読後に残ります」


「ざらりと…、はあ…」


「ま、それら変化を一概に経年による作家の劣化とは思わず、そういった技術の昇華の仕方もアリか、とわたしは見るタイプですね」


「はあ…」


 隣りで同じく売り子をしながら、咲夜さんが横目でこちらを見ていた。「んああ? いちゃもんか?」とでも問いたそうに唇がすでに威嚇的に歪んでいる。


「あの…、お待ちの方もいますから…」


 臨戦気味の咲夜さんの袖を引き抑えつつ、声を挟んだ。既に会計待ちの列が長い。メッセージはありがたいが、あんまり長いと困る。


 結果、わたしの声など聞こえた様子もなかったが。


「ふう」


 女性は息をつく。


「総合的にハナマル。かな? うん、でも微妙。うん本当に微妙」


 微笑みを残し、後ろのお客に場を譲った。


 褒められたのだか、けなされたのだか。


 微妙。


 首を傾げたくなるがその暇もない。すぐに次のお客に対応する。


「うわ、生で見た『ツンデレ太夫』」


「ね、見た見た。生「ハナマル」破壊力ある」


 お客同士がひそひそくすくす言っている。


 ツンデレダユウ?


 お客が教えてくれた。「微妙~」の女性は同人界隈のSNSで有名人らしい。


「いっつもイベントでサークルに辛口のコメかますのに、SNSじゃメロメロに褒めちぎっているんです。それが大掲示板でも話題になって広がって…」


 それから誰が名付けたか『ツンデレ太夫』と呼ば出した。同人界のちょっとしたアイコンにもなっているのだとか。色白だからなかな。


「へえ」


「だからさっきの「微妙~」とか、全然気にしなくていいですよ。SNSで絶対本音が出て「雅姫様LOVE!! 最高神アッハ~ン♡とか書いちゃう人ですから。あはは」


「最高神アッハ~ン」。


 何じゃそれ。



 交代で昼食をもそもそ食べた。


 わたしがトイレから戻ってくるとスペースが空だった。売れ行き好評につき在庫はほぼない状態とはいえ、ぎょっとなる。急いで中に入り、咲夜さんは、と探せばすぐに姿が目に入った。


 彼女は、数ブロックしか離れていない以前の仲間たちのところにいた。もしや仲直りでも、とまず思う。が、うかがう様子じゃそのようでもない。


 咲夜さんが数の多い彼女たちを相手に威嚇しているように見える。今日の(姐さん風の)浴衣姿でいかつい。また背も高く姿がいいのが、逆に悪目立ちしてしまっている。野次馬も集まり始めていた。


 お客のないのを確認してそちらへ向かう。


 案の定、咲夜さんは多勢を相手に元気にがんを飛ばしている最中だった。


「どうしたの?」


 彼女の肩に手を置く。聞けば、うちの合同本をけなしたのばかにしたの、他愛ない。そのきっかけも、彼女らが「文句ありげにウチを見ていた」だ。咲夜さんの言いがかりと取られてもおかしくない。


 咲夜さんの側には裏切られた恨みがまだ新しい。一方彼女たち側にも、咲夜さんの知らない不満や鬱憤が深そうでもある。両者がぶつかれば、簡単に喧嘩になるだろう。こんな風に。


「困ります。何やかんやと因縁みたいなことを言われても…。もうそちらとは関係がないんですし。それに、わたしたちにはわたしたちの「今日のイベントを思いっきり楽しもう」って期待があるんですから。本当にいい加減にして下さい」


 言い方にあれこれ引っかかりはあるものの、今はこちらの分が悪い。わたしは咲夜さんの腕を引いた。


「ごめんね、お邪魔して。もう行きますから」


「姐さん!」


 抗う彼女の腕を力を込めてつかんだ。そのままスペースへと引っ張ってきた。


 その背中に声が届く。


 こちらに聞かせるつもりはなかったのかもしれない。あの子たちもかつても絶対盟主咲夜さんを相手に興奮したはずだ。甲高い声が絡み合う。


「知ってる? 『ガーベラ』って。大昔のすごい大手らしいよ。あの人そうだって」


「知らない。っていうか、まだやってんのかって、そっちが驚き。昔の栄光ってやつ? しがみついているみたいで、寒いしキモい」


「ババアの若作り、無理が痛いね」


「そう、それ! 単純にそれなのに、咲夜がやたら崇拝してさ。見てて馬鹿っぽい。うわ、同類に見られたくないって思った…」


 うるせーな。


 わたしにとってはそんな程度の外野の声だった。


 しかし、咲夜さんがわたしの腕を強引に振り解いた。カンっと下駄の音を響かせて彼女が駆け出した。向かうのは先ほどの女の子たちのブースだ。


「咲夜さんっ」


 その声と同時だった。彼女はスペースのきれいに陳列された新刊を、勢いよく手で払いのけた。「ふざけんな!」。


「姉ちゃんよ、誰に向かって舐めた口利いている」


 他人に向け発した押し殺した声だが、わたしの背もぴんと緊張したほど。凄みに、反社的な闇を感じたが、そうではないし。そうではないはず。たまたまお家に「角刈りの若い衆」がそろっているだけ…。


 女の子たちも声にのまれてひるんでしまっている。


 が、一瞬の後で中の一人が金切り声で叫んだ。


「…けい、警備の人!! 警備の人!!!!」


 そんな人を呼ばれては堪らない。イベントがパーだ。大量に刷った本もパーだ。


 わたしは急いで咲夜さんの背中に取りつき、彼女を力任せに床に押しつけた。自分もその隣りで土下座だ。


「姐さんっ」


 無理に抑える下から咲夜さんが暴れるが、押さえつけた。「お願い。謝って」と。謝って事を大事なく収められるのなら、それに越したことはない。誰にとっても損はないはず。


 わたしの哀願が効いたのか、咲夜さんはおとなしくなった。


 既に人だかりができていた。それへの体面もあるだろう。土下座しているこっちが被害者に見えなくもない。思いがけず相手はあっさり引っ込んでくれた。


「二度と関わらないで下さい」


 その言葉に何度も頷いて返した。咲夜さんを連れ、スペースに戻った。


「っくしょう…」


 噛みしめた唇から言葉がもれた。同時に彼女の瞳からぽろぽろ涙があふれ出す。自尊心のある咲夜さんのことだ。今回のことは身を焼かれるように悔しく辛いだろう。


 それが知れるから、そばにいてこっちも切なくなった。ティッシュを差し出し、声をかける。


「忘れるのは難しいから、別のこと考えよう…。この後、アンさんも顔出してくれるって…」


 わたしの声など耳に入っていかないようだ。鼻をすすり、涙でつぶれた声が言う。


「っくそ。…姐さんのことまで、あいつら…。自分が情けない。こともあろうに、姐さんにあんなみっともない格好させて…」


 自分のことよりわたしのことで怒りを覚えてくれている。気持ちがしんとなった。大丈夫、もっとみっともないこと(バススタッフ)しれっとしてたことあるから。


「平気平気」


 ちっともみっともなくなんてない。必要だから頭を下げただけだ(土下座だが)。


 咲夜さんは涙にぬれる目をこちらに向ける。濃く塗ったアイメイクが崩れ、壮絶なグラデーションの目元になってしまっていた。


 だから、まぶたに濃い色の全塗りは…、


 拭うウエットティッシュを探る。「そんなあっさり…」と歯噛みするような声だ。


「悔しくないんですか? あんなひどい侮辱を…」


「当たってるからね、ほぼ。ははは…」


 軽く受け、ウエットティッシュでメイクを落とすように促した。お客が現れた。わたしが対応している間、咲夜さんは目元を拭っている。粗方落ち、すっきりした目つきになっている。


「そっちの方が可愛いよ」


 素直な意見を言うと彼女は目を逸らす。ぶすっとした声で、「お世辞なんか…」と返した。


「…姐さんは…そんな……のじゃ、ない。全然、違う…!」


 咲夜さんはさっきの元仲間たちが言った、わたしへの陰口に対して口にしている。


 真剣な言葉が妙に照れ臭くて、こそばゆくて。肩から頬が変にこわばってしまう。嬉しいくせに。


「ありがとう」


 そう返すのが精いっぱいだった。「そんなにいいもんじゃないよ~」と内心赤面しつつ。


 自分以上に自分は知らない。誰かがわたしに描いてくれるイメージは、多分きっとその人の求めるものが混じった、わたしに近い別物だ。


 それでも嬉しい。


 アイメイクを取り去った目の辺りを頼りなさそうに気にしている咲夜さんの横顔は、今も悔しげに陰って見えた。


 何を言ってもきっと気持ちに響かないだろう。


 そこでいい気分転換のネタを思い出す。「ねえ」と隣り彼女の腕に触れた。顔を上げた咲夜さんにあちらを顎で示してやる。方向はさっきの元仲間のスペースだ。


「え?」


「あれ。どうするんだろう? もう昼過ぎたのに…」


 狭いスペースの足元に積まれた在庫のダン箱が一つ二つ…。咲夜さんが払いのけたあのテーブルにも、平積みの本がまだどんとたっぷり残っている。


 交流メイン、雰囲気を楽しむのがメイン。といくら体裁を装っても、売上に無関心ではいられる訳がない。イベント参加で一番きついのは、持ち込んだ本の在庫が山と出ることに尽きる。


「うわっ」


 驚いた声がした。相手の売れ行きに目がいかない辺り、咲夜さんという人の純粋さが知れる。目や手に余る癖があり問題児でもあるが、根はいい子なのだろう。おそらく。


 人気の看板作家であった咲夜さんがグループから抜けた。その結果はある意味当然と言えた。


 きっつい売れ行きが残念で気の毒ではあるが、まあそれは完全に他人事だ。


「あっはははははは~!! はっははははは!! あははっ!!!」


 遅れて響いた高笑い。こっちもおかしくなる。


 もうすっぴんに近い彼女の目もとに笑顔の涙がにじんでいた。


 信頼を裏切られて、更にその相手から馬鹿にされ、切り捨てられ…。嫌な記憶だ。簡単に忘れられないだろう。でも理由の如何はともかく、今笑って笑顔でいる。目先が変わったはず。


「ぎゃはははっ!!あ~っははは!!! ひ~っ、い~っ!!」


 しかし、笑い過ぎだって。


 ま、いっか。

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