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それほど、だったあなたに  作者: 帆々
ため息と吐息の違い

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20/70

3

 

 百坪ほどもあろうか。庶民には縁のないたっぷりとした優雅なガーデンスペースだ。


 庭へ開け放たれた座敷からこちらに声がかかる。「お嬢」と。


「ロース持ってきました」


 咲夜さんは振り返りぞんざいに顎でテーブルを指す。新鮮な肉の盆を持った角刈りの男性が、彼女の命に従った。炭の起こったグリル周りには肉や野菜、飲み物などふんだんに用意されている。


「これ下げて」


 すかさず空いた皿を男性に突き出す。恭しく皿を受けり「坊ちゃん、ジュースは?」とこちらまで気遣いを忘れない。


 わたしは礼を言って大丈夫だと断った。


 総司がタレのついた肉を噛み切る途中で、「ママ」と呼んだ。


「何?」


「卵焼かないの? 目玉の。ここのおうち、お肉ばっかり。かまぼこは? ピンクのソーセージは何でな…」


「総司、お口のお肉食べちゃいなさい」


 急いで問いを遮った。目玉焼きやかまぼこ、魚肉ソーセージでかさ増しする我が家の焼き肉を、無邪気にさらされるのは勘弁だ。


「うん」


 はむはむと口を動かす総司の頭をちょっとなぜる。高い肉は明らかにおいしいらしい。


 そこで咲夜さんが座敷へ顔を向ける。「タイチ!」と先ほどの男性を声高に呼んだ。その辺りに控えてもいるのか。すぐに現れる。


「坊ちゃんがご所望だよ。かまぼこと卵、急いで持ってきな」


「いいの、咲夜さん。いいの。子供の言うことだから、ごめんね。わがまま言わせて。放っておいて」


「そんな姐さん、遠慮なんか水臭い。うちのモンなら存分に使ってやってくれて構わないんですから。『クールジェンヌ』はそれらしく氷の騎士然としていて下さいな」


 また『クールジェンヌ』…。余計な恥ずかしい修飾も増えているし…。


「いいの、いいの。ありがとう」


 ピーマンを生でかじっていたアンさんが「かまぼこはヘルシーね。欲しいわ」と。咲夜さんの命が飛んだ。


「ほらタイチ、何してんだい? 急いで!」


 この日、わたしは以前イベントで知り合った夜叉神咲夜さんのお宅にお邪魔している。


 何のめぐり合わせか、彼女は『ガーベラ』時代からのわたしのファンだという。同ジャンルになったその縁で「姐さんと呼ばせてもらいます」と一方的に仁義を切られ、以来慕われて?いる。


 わたしが別のイベントに参加した際は、お客として来てくれた。差し入れと一緒に熱く丁寧な本の感想も頂戴している。


 だが…、いろはちゃん情報では、咲夜さんはジャンル大手ではあるが癖ありサークルと同人じゃ有名らしい。アンさんの弁では「大物代議士絡み」とのことだ。実際お邪魔したお宅は豪邸で、腰の据わった挨拶をする男性が目につく、異世界だった。


 出会いが衝撃で驚愕だった上、住む世界が違う。しかし、話せば同人好きな普通の(アイメイクは濃いが)女の子なのだと知れた。風変わりでも悪人ではない。


 正直なところ、おつき合いは今も腰が引ける。面倒なことも避けたい。


 なのに今回お招きに応じたのは、咲夜さん主催の『幕末BLアンソロジー』の企画への参加があってのことだ。参加メンバー全員で寄せ書き風に描くイラストページの件もある。また「姐さんと親睦を深めるため、ぜひぜひ」とくどいくらいに誘われたため。


 事前に「軽い昼食を用意していますから」との招待だったが、とんでもない。この通りBBQ風の豪華なセッティングがなされていた。


 アンソロジーの参加経験は乏しい。そのための時間なら自作の本にかけたい。そう思っていた。だが一転、参加を決めたのは発行部数に魅かれてのこと。このジャンルの大手が主催し、人気サークルが集っての企画だ。個人で刷るのとはケタが違う。


「すごい数出すんだ」と本音が出た。「姐さん、昔の自分が売ってた数、覚えています?」と笑われた。


 いやいや、過去は過去。今ではない。現在の自分が刷れる力量を遥かに超えた印刷部数に、素直に驚いてしまった。


 つまるところ、作家の数にきっちり分割するという売り上げに目がくらんだ。他、『雅姫』の宣伝にもなるのを目論んでのこと。


 とはいえ、この異世界にも全く動じず顔の効くらしいアンさんが一緒でなかったら、敷居を跨がせてもらうのは遠慮したはず。


 もう杞憂だったと知るが、総司を連れてくるのは避けたかった。だが、夫が企業の説明会で出かけている。それではしょうがなくあきらめた。


 BBQをごちそうになり、その後本の企画の作業に移る。彼女の部屋に案内された。きれいに片付いた広い私室は、ディズニーキャラが満載の可愛らしい雰囲気だった。


 そこでお茶をいただきながら、細々した打ち合わせを進める。彼女のデスクのパソコンには頻繁にジャンル仲間からのメール連絡が入っていた。


 咲夜さんはそれらをざっとチェックしながら、満足そうに言う。


「みんな原稿、順調らしいです。予定通り印刷所に入稿できそうです。姐さんの進行次第で、締め切りは少々なら延ばせますが…」


 わたしはこの八サークル参加アンソロ本で、二十ページの枠をもらっていた。わたし一人が遅れての参加で、気遣ってくれている。


「大丈夫だと思う。どうしてもきついようなら、また相談させてもらうね」


 扉絵の寄せ書き風の下絵を二人で描く。わたしは完全アナログ派だから、イラストも原稿もデーターでやり取りすることはできない。直接紙に描き、送るか手渡しするかしかない。これも、今日出向いた理由の一つだ。


 その間総司は手の空いたアンさんが相手をしてくれている。ハウスアニメのDVD(咲夜さんが好きらしい)を仲良く見ている。


「ねえ総ちゃん、ネロは良くないね」


 少年が苦難と向き合いつつ夢を追うスーリーの、国民的アニメだ。


 アンさんはそこで主人公の少年への持論を展開した。彼女いわく、少年は「道楽者」らしい。時勢に合わない自分の好みばかりを第一にして、生活のために頑張るまわりの人々を困らせている…。そんなことをかみ砕いて話していた。


 そんな見方を聞いたことなかったので、「へえ」と聞き入ってしまった。さすが小説を描く人は視点が違うようだ。


 総司はわかったのかわからないのか。それでも「ふうん」と相槌を打っている。


「でも、いい犬を持ってるよ」


 多分、わかっていない。


「そばにいる大事な人を困らせる人は駄目だと思う。総ちゃん、お姉さんそう思う」


 低いながらもきっぱりと言い切った。


 お姉さん…。


「お姉さん」という一人称を使うためらいのなさが、耳にぴくっと引っかかった。


 アンさん、いくつなんだろう。


 自分と重なる長い同人歴を思えば、似たような年齢なのは間違いなさそうだ。プライベートなことは互いにあまり話さないし、問うこともほぼない。それで済むのが同人仲間のよさであり、また寂しさでもあるだろう。


 快く人の子供を相手してくれる優しさのある人だ。もう少し彼女側へ踏み込んでも許されるのかもしれない…。


「アンさん、今の話面白いね」


 ペン先を紙に置いたまま彼女へ声をかけた。


 ぼそりとした声が、


「昔の男と重なるだけ」


 と言う。


「でかい犬飼ってるとこも、そっくり」


 ああ、そう…。


 ははは。


 いろいろあるよね、女をやってて長いもの、お互い。


 笑顔を彼女への返事にして、ペンに意識を戻す。ラフ線をなぞる。頭になぜかアンさんの声が響いていた。総司に向けて話していた何に心が反応するのかは定かではない。


 何だろう。


 知らず、つい、


「お姉さん、そう思う…」


 と彼女の口調でつぶやいていた。


 机を挟んだ咲夜さんが顔を上げる。アイメイクを濃く施した瞳をきらりと向ける。


「姐さん何ですか? 何がそう思うんですか?」


「へ? ああ、何でもない」


「わたしの絵、デッサン狂ってます? そうなんでしょう? 確かに前測ったら十八等身くらいあったんです、このキャラ。やっぱり変なんですね? それに幕末なのに金髪って設定もそもそもおかしいですよね? でもわたし、BLで攻めは金髪にしたいんです。受けは紫がベストですけど、栗色もベターっちゃ、ベターなんです!」


 咲夜さんの描くデフォルメされた人物は愛嬌も味もあり、決しておかしくない。


「…うんうん、可愛いよその子。変なんかじゃない。人気もあるし…」


 迫力のアイメイクはこちらをたじろがせる凄みがある。「何でもない、独り言」と再度訂正しておいた。


 そこへアンさんが割り込むから、話がややこしくなる。


「あら、わたしは受けこそ金髪を推すけど。攻めはだからシルバーがベストね」


「アン姐さんのお言葉ですが、シルバーはいただけませんね。あれは…」


「シルバーって響きが気に入らないならプラチナに変えるわ。あの高貴な色こそ、攻めのきらめきにふさわしいんじゃない? 受けの希少性と換金性は金がやっぱり映えそうよ」


 攻めのきらめき…。


 受けの換金性…。


「なら、古来から禁色ともされた紫こそ!」


「わたしね昔の『闇⚪︎パープルアイ』って漫画がトラウマなのよねえ。紫はちょっと無理…」


 アンさんがぶつぶつと返す。


「わたしはトラウマなら『ガラスの⚪︎面』かな…。月影先生の件でもう…」


「ああ、わかるわかる。あの照明の落ちる事故は怖いわよねえ」


「違いますよ。過去の恋バナのところですよ。先生の「女」の面が受け付けなくて…」


「許してあげないさいよ、辛い過去しょってんのよ」


 ははは。


 腐女子(この二人のみかも)の会話ってぽんぽん弾む。ビックリボールみたい。どこに飛んでいくかわからない。面白い。


 にやにやしながら聞く。ここにいろはちゃんが加われば、また違った意見が飛び出しそう。それも興味深い。 彼女はちょっと理論的だから、何を言ってくれるのだろう…。


「…だから、沖田総司にシルバーはマズイっすって」


 え?


 耳が拾った咲夜さんの言葉にどきりと胸が鳴った。


 オキタソウジ?


 まるで、うちの総司とあの沖田さんの苗字が引っ付いたみたいじゃない…。


 意識して瞬時に頬が熱くなった。


 歴史上の人物だ。単なる偶然。わたしは何を…、


 馬鹿みたいに反応したりして…。


 こんなの、


 変だ。


 まだ二人はわいわい何やらしゃべっている。うつむいて手の甲で頬を冷やす。


 おとなしくアニメを見ている総司に目をやった。それから二人の話に気を向ける。


 いつの間にやら話はとんでもない方向へ。二人はBLに欠かせないというある小道具について意見を交わしていた。


「背景と滑り重視」の馬油至上という咲夜さん。対して、語感と透明感からスクワランを作品上愛用しているというアンさん。


「姐さんは和物を描かれるんですから、やっぱり馬油ですよね? 刀傷の薬にも転用できるから何かと使い勝手がいいですよ」


「雅姫さん、何ぽかんとしてるの? あなたもすっかりBL描きなんだから、イタシたときの潤滑剤を避けては通れないでしょ? ねえ何を使ってるの? こっそり一人でいいの見つけたんじゃないの? エキストラヴァージンオリーブオイルに溶かした氷河を混ぜて乳化さえたクリームとか…」


 溶かした氷河…。


 それを物語上一体どうやって持ち出すのか? 幕末の日本で…。


「姐さんは史実をきれいに描き込まれるから、馬油派ですよね? アン姐さんのおっしゃるように秘蔵のアイテムがあるんですか?」


「ははは…、まさか」


 秘蔵アイテムも何も。


 そんなもの描く気すらなかった。なのに、それぞれ思い入れたっぷりの作家愛用アイテムがあるなんて(この二人のみかも)、考えもしなかった。


「まさか、…禁断の『そのままエクスカリバー』派ですか?! 異端ですよ、姐さん! 今のリアルを求めるBL界じゃ…」


「咲夜さん、でも雅姫さんならやりかねないわ。禁じ手だろうがタブーだろうが、犯しまくるはず。それでまた伝説を築くのよ」


「ああやっぱり…、姐さんのお後、いつまでもついていかせてもらいます」


 あんたら、アホか。

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