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表象

作者: 望月叶奏

私には、人がモンスターに見える。

「あ、あいつはうさぎの怪物だ。」だとか

「この人、キツネみたい。」だとかなんとか。

 別に、そうやって見たいわけじゃない。だけど、私には見えるの。

 人は人と言えども、人ではないんだなと感じることが私にはよくあって、それがおかしいことだなんて思ったことはない。実際、自分が似てると思った怪物に性格が似てることが多いから。

 中学の時、猫の怪物に見える友達がいた。その子は、クリクリ二重の可愛い系の女の子で、私みたいな塩顔とは比べ物にならなかった。クラスの男子はみんなその子のことが好きだったらしくて、私はすごくアホらしくなったけど、まあ、私も男だったら好きになっていただろうなという容貌と所作ではあった。

 だけど、彼女は仮面をとるとただの猫だった。SNSで、男性になりすました匿名アカウントでクラスの女子のSNSに悪口を書き込んだり、質問箱には答えた人が確実に自爆するような小賢しい質問を送って、自分の気に入らない人間を干すということをしていたりした。本人は、その質問に答えることに夢中で、その質問に答えることによって承認欲求が満たされる。だけど、完全に操作されている。まあ、大体質問箱みたいにインフルエンサー気取って自分の内なる自然を開示する行為を気軽にやってしまう人間も同類のような気がするが。

 そんな腹黒い人間に限って、そのような悪事を隠すのが上手い。誰もそのことには気づいていないようだった。私は、気づいてもいちいち言わなかったけど。だって、目をつけられたくないんだもの。私は、クラスで全然目立つ方じゃなかったから良かったけど、彼女みたいに少しキラキラした女の子は彼女の標的だった。

 まあ、高校ではその子とは離れたので全然今は気にしてないけど。

 そんなふうに、人ってかなり自分の内面を表層に表現していると私は思うの。

 キツネに見えるとか、カバに見えるだとか、そんなの誰にでもあることじゃないかなと考えたことはある。けど、それでいいの。私は、自分のことを特別だと思いたい。誰にでも持ってる力が、私だけにしか備わっていないと思い込みたい。そうなの。そんなこと、私たち人間にはよくあることでしょ。例えば、友達に父親がいなくて、シングルマザーの元で育ったとかそんなことは聞かなくても背中を見れば分かる。背中に、不安がのしかかっている。お父さんがいない。可哀想。そう、思うの。だけど、あんまり聞きたくない。ある程度仲良くなってから、私は聞くようにしてるの。そしたら、やっぱりいないって。全然、話したがらない、話の話題を変えてくる。ごめんね、そんなこと聞いちゃって。だけど、私は私が特別だと思いたい。だから、結果を確かめたかっただけなの。それでいいじゃない。人間なんてちっぽけで愚かで賢い生き物なのだから。

 

 いつの日か、豆腐みたいなモンスターに見える人に出会った。その人は、いつもボケーっとしていて何を考えているのかわからない。ほんとにずっと、ボケーっとしていて、私もそれを見てボケーっとしている。私も、豆腐みたいなモンスターに見えるのかしら。元々塩顔だから、ちょうど良いかもしれない。豆腐に塩をかけて食べることは中々無いけど、納豆に塩をかけることはたまにある。流石に納豆みたいなモンスターには今まで出会ったことはない。

 ごめんね。そうなの。私は、多分怖いの。若者特有の、自意識が過剰なその感じ。ほんとは、自分がどう見られているのかが怖くていつも怯えている。だから、他人が鏡のように自分の醜いところを映してくれている。そう感じているの。私って、どうなのかしらね。

 私の名前は、橘黎。れいちゃんってよく言われる。私はこの名前があんまり好きじゃない。なんか、すごく冷たい感じがするから。黎明期っていつも、冷たい、そんな感覚がするの。地球だってそうだと思う。始まりは、いつも冷たい。

 私には、高校教師の姉がいる。橘未来。みくちゃんって私は呼んでる。本当は、みらいって名前なんだけどね。とても優しいお姉ちゃんで、今まで喧嘩をしたのは片手で数えるくらい。結構仲が良い方なんじゃないかな。ぶっきらぼうで陰キャな私と違って、華があって沢山の人から愛されている人なの。私はそんなお姉ちゃんに憧れていたと思う。

 お姉ちゃんは狸のモンスターだった。つまるところ、可愛いってことかもしれない。けど、狸はそれだけじゃない。そんなのは表層に現れている一面に過ぎない。真実は、もっと奥底にある。お姉ちゃんの、内臓に触れた人にしかきっとわからない。だから、私は一生それを知ることができない。




 今日は退屈な日だった。もうすぐ夏休みが始まるというのに、夏休みは何の計画もなくてただぼーっと過ごすことになるのだろうか。豆腐くんみたいには、なりたくないなぁと思いながら、晴れ渡る空の中グラウンドでサッカーを楽しんでいる男の子たちを見ながらぼんやりと自分の世界に入り込んでいた。

「よ!れいちゃん。夏休みさぁ、違う高校の男子と合コンやるんだけど、れいちゃんも参加しない?あと一人いてくれると嬉しいんだけど。」

 声をかけてきたのは、クラスでは結構イケてる側の人間、斉藤つばさだった。どうせ人数合わせなんだ、また、と思いながら、まあ暇だからいっか、と思い返事をする。

「いいよぉ。ちょうど、夏休みなんも予定ないなぁって思ってたの。誘ってくれてありがとう。」

「それじゃあ、決まりね!三十日の三時から駅前のカラオケに集合!おっけー?」

「うん、わかった。」

 どこの男子が来るんだろう。あ、完全に聞くの忘れてたなぁ。大抵、東京の男子校の子たちが来るんだけど、たまに横浜の男子校の子たちも来る時がある。私は、東京の男子校の子の方がませていて好きだった。特に、高田馬場付近に生息している男子校生の中にはたまに卓越された野郎どもがいることがあるの。その人たちって、いろんな女の子と関わってて、まあチャラいってやつ?かな、私からすると結構褒め言葉ではあるんだけど、そんな風な人と話すのは私は楽しくて、その時だけはクラスの中では陰キャラに属しているという設定から逸脱して、ちょっとませた女の子を演じたりする。

 ゴリラみたいな男と前に合コンで一緒になった。他のやつらは、キリンとか犬みたいな人がいた気がする。私は、ゴリラみたいな人の、えーっと名前忘れちゃったなぁ、確か一郎だった気がする、一郎くんと気が合ったからタバコもらったり、バー紹介してもらってハイボールとか飲んだりしてたっけ。そのあとは、記憶ないんだけど、ってのは嘘で、記憶はあるんだけどね。 

 私は、お酒に弱いの。かなり弱くて、すぐ真っ赤になって酔っちゃうから男の言いなりになりやすい。自分ではわかってるんだよ。だけど、別にそれで良いの。楽なものよ、女ってのは若ささえあれば待ってるだけでチヤホヤされるんだから。

 私は、セックスは嫌いじゃなかった。実際は、セックスするまでの過程というか雰囲気みたいなのが好きなんだけど、行為自体も別に嫌いじゃないし、求められると答えてしまう性分だったから簡単に応じてたの。高校一年の時に付き合ってた子に初めてをあげてから、私はセックスすることに対して特別感を抱かなくなったかなぁ。やっぱり、最初ってとても怖かった。躰を許してしまったら、冷められちゃうんじゃないかなとか、躰だけの関係みたいな恋人関係になっちゃうんじゃないかなとか不安だらけだったけど、実際セックスすることは愛を伝える手段でしかなかった。


 硬くて大きな男性器が私の中に入ってくる。思わず声が出る。あ、こういうのって勝手に出ちゃうんだと思った。初めて付き合った彼のそれはとても大きくて、最初はとても痛かった。初めてやった時は、気持ち良いとか全然わからなくてただただ恥ずかしくて、だけど、彼と心だけじゃなくて躰でも繋がれたという嬉しさでいっぱいだった。彼の布団のシーツについた血がえらく綺麗に見えたの。彼と見つめ合って、「ついちゃったね」って笑ってたっけ。


 こんなもんか。


 セックスもそう、タバコもそう、お酒もそう。大抵、こんなもんか、で終わる。けど、それを続けるのが楽しくていつまでもやってる。だから、合コンとか出会いの場には行かないという選択肢はない。だけど、学校ではそんなそぶりは全く見せない。見せないようにしている。自分だけの秘密にしたいの。私は、やっぱり特別になりたいから。

 目に見えているものが真実とは限らない、とはこういうことだ。それを私は自分で、しっかりと証明してみせた。

 家にいても楽しくないの。夜になるまで、誰も帰ってこないし、漫画を読んだり、映画を見たり、そういうのに飽き飽きしてきた感じ。ほんと、そういうのは最近感じてきたことなんだけど、漫画に書いてあることだって実際世の中で起きてることなんかよりは全然たいしたことないし、映画だってそう、創られた物語って何か足りないの。だから、私は自分でスパイスを調達しに行くの。

 陰キャで売ってる私。塩顔で、クラスの男子からはあまり言い寄られない。だけど、家に帰れば、結んでいた髪もほどけ、長くて艶のある髪の毛をあらわにする。メイクなんかもちゃっかりしちゃって、また自分に足りないものを探しに夜の街を歩く。


 そんな私は、いつも鏡を見るたびに目の前にオオカミがいることに気づいてしまう。オオカミがこちらを見ている。私を見ている。それは、私じゃない。私は、オオカミじゃない。嫌だ、私は、違うの。私は、橘黎なの。ダメ、食べないで。お願い。こっちに来ないで。来ないでって言ってるでしょ。お願い、やめて。私の、目の前から消えて。消えてって言ってるでしょ。

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