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世界最後の日に何食べたい?

作者: 6969







「世界最後の日に何食べたい?」


 それを友人に聞かれたのは中学の時だったか、高校の時だったか。


 言った人間は制服を着ていたはずだが、それが中学のモノだったのか、高校のモノだったのかはいまいちハッキリしない。


 中学はセーラー服だったし、高校はブレザーだったので、似ても似つかないはずだが、それでもハッキリとは思い出すことが出来ないのだ。


 そして、その発言も友人がしたというだけで誰がした発言なのかも曖昧である。


 もしかすると、中学でも高校でも聞かれたのだろうか。




 こんな時に思い出すなんてどうかしている。


 だが、もしかすれば今日が私にとっての地球最後の日になりそうなのだから、今思い出すのが正解なのかもしれない。





 自分のお腹から包丁が生えているのを見ることができる人間は、一体世界にどれだけ居るだろう。


 お腹は痛くない。


 敢えて言うならば、刺された衝撃と熱さだけを感じる。


 周りの人間は下手なスプラッタ映画のような悲鳴をあげず、ただひたすらスマホで撮影をしている。


 嫌な現代社会の見本って感じだな、と他人事のように思う。


 全然、実感はない。


 刺された本人なのに。


 だが、流石に撮影されるのは不快だ。


 肖像権とかしらねぇのかよ。


 あー、もし死んだら、コイツ等は絶対に呪う。




 気が遠くなっているのは出血のせいか、それともこの状況に脳が耐えきれなくなっているせいか。





「ちょっと、何であんたが此処にいるのよ! 間違ったじゃない!!」


 私を刺した見知らぬ女性が、近くにいた女性に掴みかかっている。


 いや、しかも人違いだったんかい。


 うん、見覚えないなとは思ってたよ。


 辻斬りか無差別かと思ったけど、違うんだ。


 刺した後も全然逃げないなと思ったら、本当に刺したかった相手を捜していたらしい。


 すごいメンタルしてるじゃん。


 もはや、此処までくれば凄いよ。


 はぁ、と息を吐こうとして初めてお腹から酷い痛みがした。





 あ、私マジで刺されてるな。


 何故か、そこでようやく実感し__







 暗転。







 次に目が覚めたのは絢爛豪華な調度品のある部屋でもなければ、質素な中世の家でもない。


 見覚えがないのに、どこか見覚えがある天井。


 定期的な機械音。




 天国や地獄が病院みたいな形をしていないのであれば、ここは間違いなく病院である。




「・・・・・・異世界転生するかと思った」


 そう呟いた声は掠れすぎて、自分の耳でも聞き取れなかった。


 あと、喉が刺されたように痛む。


 刺されたってちょっと今は洒落にならないな。


 しかも、身体中が怠い。




 私は何とか指先を動かし、探り出したナースコールを押した。









「うちの子は可哀想なのよ!! 不倫相手を刺そうとして間違えただけなの!! 可哀想なんだから、訴えを取り下げなさいよ!!」


「可哀想だと思わないのか!! お腹には子供もいるんだぞ!!」


「ちょっと、此処は病院ですよ!! 騒がないで!! 警察呼びますよ!!」


「お前ら全員人でなしだ!! 血も涙もない!! 地獄に堕ちるぞ!!」


「普通、子供がいる子を訴えないわよ!! 常識ないんじゃないの!!? 頭おかしいわよ!!」


 廊下で騒ぎが起きている。


 お、これ、私宛の騒ぎかもなと感じる。


 何せ相手は不倫された妊婦だったので。


 意識を取り戻した後、やってきた警察の人がそう言っていた気がする。


 ぼんやりしていたので大分聞き流してしまったが、そう言っていた。


 私を刺した後、不倫相手と殴り合いの大喧嘩になって負けたらしい。


 ボコボコにされてたよと聞かされ、思わず笑ってしまった。


 傷は開いたし、警察官共々、看護師さんにボロクソに怒られた。


 マジでボロクソに怒られすぎて、もう二度と笑えなくなるかと思った。




 そのボコボコにされた女性の両親かなぁ、多分。


 本人はボコボコすぎてまだ暴れられないから、来てないんじゃないだろうか。


 二人は私の部屋番号までは知らないのか、追い出されたのか、騒ぎは通り過ぎていく。




 いや、どう考えても会社から帰る道すがら、人違いで殺されかけた私が一番かわいそうだろうが。


 それとも、彼方の目線では、不倫相手を殺すのを邪魔した女という事になっているのだろうか。


 そして、不倫相手からすれば、自分が刺されなくてラッキーだ位の感想なのかもしれない。


 何かもう、言葉も出ないな。




「あー・・・・・・」


 誰もいない部屋で呟く。


 最初は集中治療室、次は四人部屋だったのだが、先生曰く「配慮」で個室に移された。


 多分、あの家族のせいだろう。


 今日初めて聞いたが、多分何度も来ていたのだろう。


 うん、あんなのがいたら別室に隔離して面会謝絶にするよな。


 そう私は今、面会謝絶状態だ。


 自称家族でも通さないようにと言われているし、病室からあまり出ないようにと言われている。


 家族も駄目なんてと思ったが、今のを見れば納得だ。


 親族を自称して入り込みかねない。


 それで、他の患者に何かあればまずいし、四人部屋だと私を完全な面会謝絶にできないというわけか。





 あぁ、それにしても__





「お腹空いたー」


 そう、お腹が空いたのである。




 絶食からの重湯が出たばかりなのだが、全然お腹に溜まらない。


 常にお腹が空いている。


 お腹が空く、それはツラい事だ。


 食事だけが私の幸福度を上げる行為だというのに。


 本当にシンドイ。


 刺されて一番キツいのは食事だと言ってもいい。


 ・・・・・・いや、雨の日に刺されたところがヒキツって痛いのもキツいけれども。


 でも、食事。


 やはり、食事なのだ。





 まずは、重湯。


 そう、重湯が出たときには驚いた。


 ようやく、絶食から解放されたと思ったら汁が出てきたのだ。


 最初はお粥かと思った。


 でも、お米がなかったのだ。


 いくら底を浚っても米粒一つとして出てこなかった。


 不勉強すぎて知らなかったので、普通に嫌がらせかと思った。


 そんなに、私のこと嫌いか・・・・・・と普通に落ち込んだ。




 だが、重湯とは古くから日本にある食事らしい。


 お米に対して十倍程度の水でお粥を炊き、その時に出る上澄みの汁。


 それを重湯と呼び、消化にも大変良いのだという。


 体調が悪いときや食欲がないときに摂取する物らしい。




 私にはこんなにも食欲があるのに・・・・・・何という事だろう。


 悲劇だ。





 一緒についている紙パックのジュースや牛乳のみが私の救いだった。


 コレがなければ本当に心が折れていたし、病院から脱走していた。




 近頃はようやく重湯はお粥に変わった・・・・・・そう、ようやく、お米とご対面することができたのである。


 そして、お米が入っている割合も徐々に増えてきた。


 だが・・・・・・もっと、そう、もっとお腹に溜まる物が食べたい。


 味の付いた物が食べたい。


 ・・・・・・まぁ、刺されてすぐそんな物を食べたら、文字通りお腹が弾ける羽目になったのかもしれないが。


 だが、もうそろそろいいんじゃないだろうか。





「世界最後の日に何食べたい?」


 あの問いには何と答えたんだったか。




 確か周りはパンケーキだのハンバーグだのカレーだのと答えていたはずだ。


 それで、私は何と答えたんだっけ。





 だが、今は__






「か、カツ丼食べたい、カレー食べたい、牛丼食べたい、焼き肉食べたい、ハンバーグ食べたい、ケーキ食べたい、焼きそば食べたい、ラーメン食べたい、天ぷら食べたい、お寿司食べたい、ハンバーガー食べたい・・・・・・ガッツリとした・・・・・・味の濃い・・・・・・」


 端的に言うと薄味食事の限界であった。


 禁断症状が出そう。





 食事にはゼリーが付き、ポタージュ、茶碗蒸しにヨーグルトが出てくるようになった。


 だが、味は薄い。


 薄すぎる。


 もっと、もっとそう、がっつりとしたものを胃に入れたい。





 そんな、今日のメニューはお粥に野菜の煮汁(柔らかくなった野菜の破片入り)と摺り下ろされたリンゴ、具のないだろう茶碗蒸しに見たことのないメーカーの野菜ジュースだ。





 やはり、薄い。


 味がうっすい。


 白米が食べたい。





「こ、このままでは健康になってしまう・・・・・・」


「いいことじゃないですか」


 配膳してくれたお姉さんが口を挟む。


「あと、夕食は柔らかい白米の指示でてましたよ」


「え!!!!!」


「声が大きいです」


「すみません」





 夕食まで待ちきれずにそわそわとしても、個室だから注意する人もいない。


 ということで、私は思う存分そわそわした。






「夕食の時間ですよー」


「はい!!」


「声がでかい」


 ようやく配膳しに来てくれたお姉さんに全力で答える。


 少し、嫌そうにされた。


 だが、気にしない。


 なぜなら、白米を食べることができるから。





 ようやく重湯からもお粥からも脱出し、柔いお米が食べられるようになった。


 これは素晴らしい進歩である。





 噛みしめようと思ったら柔らかすぎて潰れたけれど、そう、これだ。


 私はずっとお米が食べたかった。


 その思いを噛みしめながら、お米を噛む。


 やはり、二口目も潰れて噛みしめることはできなかった。





 お米に歯ごたえが出始めた。


 なんて素晴らしいのだろう。


 最初はそう思えたのに、段々ともっと違う味が食べたいという欲が出てきた。


 人間とは欲深いものだ。





 私はパジャマのまま院内を徘徊する。


 あまり、出歩くなとは言われているが、これは重要な事なのである。




 目的地は一つ。


 病院内にあるコンビニだ。


 売店もあるのだが、そちらは品揃えがよくない。


 あと、私が入院している階よりも上にあるので、何だか行きにくいのだ。


 だから、一階に入っていて、外部の人も利用するコンビニの方が行く。





「いらっしゃいませー」


 久々に聞く文言だ。


 入院していると聞くことないからなぁ。




 コンビニに入って中を探索する。


 入り口近くに雑誌ラック。


 ちょっと欲しいかもしれない。


 チラリと見れば愛読しているファッション誌もあった。


 だが、これを持ち帰れば確実に外出はバレる。


 ナースステーションを通るときに隠せないし。


 なので、諦めよう。


 また、許可が出てからじっくりと見ればいい。


 今は本命の方が大切だ。




 雑誌コーナーを通り過ぎると、日用品が並ぶ。


 だが、此処ではない。


 というわけで、そこも通り過ぎる。


 その先にはアイス、デザートが並び、おにぎり、お弁当、パンのコーナーが続く。


 パンのコーナーには地元のパン屋さんの商品も並んでいるようだ。


 あ、懐かしい。


 これ、おばあちゃんちでよく貰ってたパンだ。


 シンプルな昔ながらの揚げパンに、きな粉がたっぷりまぶされていて凄く美味しい。


 そして、滅茶苦茶デカい。


 そう、滅茶苦茶デカいのだ。


 絶対にバレる。


 持ち帰れない。


 食べたいけど、我慢だ。




 お弁当のコーナーにはカツ丼もあるし、有名店の名前を冠したラーメンもある。


 うわ、絶対に美味しいやつだ。


 パッケージだけで美味しいって分かる。


 伸びそうになる手を何とか止める。


 駄目だ、駄目だ。




 デザートコーナーには新作が並んでいる。


 季節限定桜餅。


 季節限定!!


 今しか食べられない!!


 うわ、いや、駄目だ。


 負けるな、負けるな私。


 全ての誘惑を断ち切れ。


 私ならできる。




 そこまで大きくないはずのコンビニの奥へ、思いの外時間がかかりながら進む。





 目当ては一つ。


 そう、一つ。


 それだけだ。


 ソレしか買ってはいけない。




 奥の奥、ソコに目当ての物はあった。




「コレだ!」


 ふりかけである。


 それもバラエティーパック。


 白米にフリカケるだけで色々な味を楽しむことができる魔法の粉。


 私はそれだけを手に取るとレジに急いだ。




 ここには誘惑が多すぎる。


 決して食品コーナーには目を向けないで早足だ。





「ありがとうございましたー」


 無事に任務は終了した。


 店員に見送られ、コンビニを後にする。




「あー」


 コンビニには行きたいけど、食べられない物を見るのはキツい。


 そう思いながら、エスカレーターを昇り、病棟に続くエレベーターを目出して進む。





 病院の総合受付を横切った時である。


「だから、腹を刺された女の病室を教えろっていってんの!!」


 聞き覚えのない女性の叫び声が聞こえた。


 聞き覚えはないが、腹を刺された女という単語には馴染みがありすぎる。


 私である。


 うん、私だな。


 腹を刺された女ってそう何人もいないよな。


 なら、うん、やっぱり私だよね。




 そちらには反応せずに、不自然ではない程度に早足になる。


 担当医に面会謝絶をどうするか聞かれたが、やっぱり全力で断っておこう。


 部屋知ってどうする気だよ、こえぇな。








 卵、海苔、さけ、おかか、たらこ、そぼろ。


 最高だ。


 ふりかけって言うのは人類の英知の結晶に違いない。


 白米だけでも勿論美味しいが、ふりかけをかければ世界が変わる。


 世界すら平和に導くことができる力がふりかけにはあるはずだ。




 固さを取り戻しつつある白米に・・・・・・まずサケのふりかけを使う。


 白だけだったそこに美しい橙のそれが降り積もる。


 すごい。


 白米じゃない。


 それに言葉にできない感動を覚え、箸で一口すくい上げる。




 噛みしめれば米の甘みが広がり、後から追うようにしてサケの味が舌を擽る。


 味がある。


 そう、味がある。






「あー・・・・・・生きてる」


 私は口に広がるその味に、確かな生を実感した。


「生きてるわ、私・・・・・・」





 白米が固さを取り戻し、配膳される食事にもようやく彩りと噛み応えがでてきた。


 が、やはり味は薄い。


 いや、健康的だ。


 健康的すぎる。





「こ、このままでは健康になってしまう・・・・・・」


「いいことじゃないですか」


 配膳してくれたお姉さんが口を挟む。




 デジャブ。




 まぁ、確かに健康的なのは良いことだ。


 だが、不健康になってでも美味しい物が食べたい。


 不健康な物ほど美味しいのだ。




「というか、あなたもう少しで退院じゃないですか」


「え!!!!!」


「声が大きいです」


「すみません」





 もうすぐ退院!


 退院!!


 つまりはジャンクな物が食べまくれるということだ。





 やった!!





「ま、ご自身でも分かっているとは思いますが、家でもね、消化に良い物を食べて」


「え」


「いきなり重いものとかね、胃に負担がかかるような物は避けていただいて」


「え」


「君もね、大人だから大丈夫だと思うけどね。また、入院したくはないでしょ?」


「え」


「また重湯からスタートになるよ」


「え」






 ふりかけで凌いだ入院生活がついに終わりを迎えた。


 だが、薔薇色の生活とはいかないらしい。






「こ、この世の終わりか?」


 そうして、両手一杯に荷物を抱え、私は自宅へと帰還することになった。













 いくらこの世が地獄だろうが、お腹は減るし、働かなければご飯は食べられない。


 だが、待って欲しい。


 私は会社の帰りに刺されたのだ。


 つまり、会社に行くのは危険きわまりないのである。




 というわけで、私はリモートワークに切り替えることになった。


 本当は転勤した方が身の安全的にはいいのだが、部署に移動できる人員がいないらしい。




 リモートワークはいい。


 移動の時間がなくなるのはストレスが減る。


 それに、満員電車に乗らなくていいのは最高だ。


 だが、運動量が減るのは少し、問題かもしれない。


 あと、周りの目がないので業務時間に間食し放題なのも。


 ジャンクじゃないメニューで攻めているはずなのに、普通に体重が増加した。






「また重湯からスタートするのは絶対に嫌だ・・・・・・」






 私は食事を見直すことにした。


 そうだ、献立表。


 給食の献立を作るみたいにしてはどうだろう。


 まずは胃に優しそうなメニューを書いて、ソレを日にちごとに纏めてみればいい。




 私は早速、ペンを持ち、ノートをめくる。





 お粥。


 雑炊。


 うどん。


 そうめん。


 そば。


 鍋。


 味噌汁。


 お吸い物。


 コンソメスープ。


 ポタージュ。


 中華スープ。


 トマトスープ。


 ミルクスープ。


 春雨の生姜スープ


 あんかけ豆腐。


 カレイの煮付け。


 ふろふき大根。


 豆腐ハンバーグ。


 卵かけごはん。





 ソコまで書いて、手が止まる。





「世界最後の日に何食べたい?」


 そうだ、そう聞かれたとき、私はこう応えたのだ。





「卵かけごはん!」









 卵かけごはん。


 それはお米に生卵を絡めた料理。


 俗に言うTKGというやつだ。




 そう、生の卵。


 生の卵を使う料理。


 卵にはサルモネラ菌という細菌が付着しているので、国によっては命がけごはんになってしまう行為である。




 一部の国をのぞいては__





 日本ではできるのだ。


 なぜなら、衛生管理が徹底されているから。


 鶏舎の環境を整え、流通時には卵からの洗浄と殺菌が行われる__そう、日本は卵を生食を前提にしている数少ない国なのである。




 そうであれば、だ。


 卵は生で食べなくてはいけない__否、食べたいと思うのが人間というものである。


 だって、此処までくれば生卵は日本を象徴する食の一つと言って良いのだから。


 というわけで、私の好物の一つは卵かけごはんだ。


 シンプルにして技術の結晶って素晴らしいと思う。


 そして、日本人の多くはソレを当たり前に享受しすぎて、気付けていないのも、凄いことだ。





 あぁ、ソレを思い出すと。





「最高の卵かけごはんが食べたい・・・・・・!」





 最高の卵かけごはんってなんだ。


 それは、きっと材料選びから始まる。






 青森の卵。


 十個で八千円。


 神奈川の卵。


 二十個で九百九十円。


 京都の卵。


 二十個で千八百四十円。


 愛知の卵。


 十個で三千九百八十円。


 高知の卵。


 三十個で千八百円


 山口の卵。


 二十個で二千四百三十円


 大分の卵。


 二十個で千四百円。


 北海道の卵。


 十個で千九百円。





「おぉ・・・・・・この卵、青い・・・・・・あー・・・・・・南米の鶏の卵なんだ・・・・・・アローカナ? へー・・・・・・卵が青いってアニメみたいで凄いな」


 ネットの海に潜り、ひたすら卵を見る。


 最高の卵かけごはん。


 それって、高級って意味だろうか。


 高級。


 一番高いのを買う?


 段々と思考がループしてきた。




「・・・・・・お、卵かけごはんにお勧めの卵がある。もう、これにしようかな」


 こういうのは考え続けたら負けな気がするし、これにしよう。


 多分、どれも美味しいのだろうし、うん。


 こういうのはフィーリングに頼る方がいい。




 サイトの説明を見る。


 最近は卵を贈答用にする人もいるのか。


 新たな気付きだ。


 確かに消え物だし、料理をする人にはいいのかもしれない。


 スクロールしていく。





「卵かけごはんには・・・・・・半熟のゆで卵がお勧めです?」


 スタッフさんへの質問コーナーの一文に目が止まる。


 にこやかな顔写真からでる吹き出し、その中の一文が強調されていた。





 半熟のゆで卵の卵かけごはん?






 私の身体に雷が走った。






 半熟のゆで卵の卵かけごはん?






「え、卵かけごはんって、生卵だけじゃないんだ・・・・・・」


 思いもしない、考えもしていない事だった。


 さらに下に進むと別のスタッフさんのお勧めもある。


「・・・・・・卵黄の醤油漬けの卵かけごはん!?」


 それは、大分お洒落すぎないか。




 えー、凄いな。


 なんだか、私って、卵かけごはんはこういうものという固定概念が強すぎたのかもしれない。


 そっか、卵黄の醤油漬けの卵かけごはんか、絶対に美味しいよな、それ。





 スクロールしていた手が止まる。


 スタッフさんのコーナーが終わったのだ。


 そのまま注文画面に行こうとしたのだが、私の頭には次の疑問が浮かんでいた。




「・・・・・・この高い卵使うって事はさ・・・・・・お醤油も高いの使った方がいいのかな?」


 何となく不安になり、検索してみた。




 卵かけごはん、醤油。


 そう入力するとすぐに結果が表示される。





「卵かけごはん専用の醤油もあるんだ・・・・・・」


 卵かけごはんが好物だったはずだが、未知の世界過ぎる。


 私、卵かけごはんが好きと言いながら、全然卵かけごはんの事を知らなかったかもしれない。


 そうか、こういうこだわりの人たちもいるのか。


 凄いな、もう、卵かけごはんのプロフェッショナルだよ、これは。


「しかも、複数あるな・・・・・・」


 スクロールしていくと、ブログも引っかかっている。


 お勧めの卵かけごはん用の醤油があるのかもしれない。


 そう、思ってリンクを踏む。




「あれ、醤油じゃないな?」


 卵かけごはんにポン酢を掛ける派の人のブログらしい。


「へー・・・・・・ポン酢・・・・・・」




 卵かけごはん、醤油以外を検索してみる。




 めんつゆ、白だし、バター、塩、ラー油、マヨネーズ、ふりかけ、佃煮、納豆に納豆のタレ。


 凄いな、十人十色というか、なんというか。


 あ、焼き肉のたれをかけている人もいる。


 いや、それ、絶対に美味しいやつ。


 だって、焼き肉のタレだけでも美味しいもん。


 最初から美味しいでしょ、絶対。


 でもなぁ、卵いいやつだから卵の味がしっかり味わえる方がいいよなぁ。


 これは次にまわそう。


 いや、うん。




 駄目だ、またループし始めてる。




「・・・・・・なんか・・・・・・一番売れてそうな卵かけごはん用の醤油にしとこう」


 これ、見過ぎるとドツボにハマるやつだ。


 ここらへんで止めておかないと、永遠にこのループが続く事になりそう。


 そうして、私はようやく卵かけごはん用の卵と醤油を注文することに成功した。









 卵かけごはん。


 その調理法は様々だ。


 そのまま卵を割ってご飯にかける人、卵を割って事前にほぐしてご飯にかける人、卵白と卵黄を分けてから卵黄のみかける人、卵白をほぐしていれて卵黄をごはんに乗せる人。


 本当にそれぞれだ。


 最近では卵かけごはんにするためにホイップする機械だって販売されている。




 私はご飯を固めに炊き、まずは醤油をかけて混ぜてから別容器で溶いた卵をかけて混ぜるのが好きだ。





 だが、今回試してみるのは、そう。





「半熟卵の卵かけごはん、です!」


 誰に言うわけでもないのだが、とりあえず、ベットの上のクマのぬいぐるみに向かって宣言してみる。


 返答はない。


 当然である。


 ぬいぐるみなんだから。




 一人暮らしが続くと人間は皆こうなる。


 時々、テレビとツッコミも入れる。


 一人暮らしだから。


 仕方ない。





 ピーッと炊飯器が高い悲鳴を上げる。


 よし、ごはんが炊けた。


 つまりは開戦である。






 ゆで卵を好みの固さにするのは存外難しい。


 だから、何となくの慣れである。


 この間の十分は半熟って感じではなかった。


 今日は八、九分でやってみようと思う。




 まずは鍋でお湯を沸かし、煮えたら冷蔵庫から卵を取りだしてお玉でそっと入れる。


 いつもの手順だが、これが一個・・・・・・いや、値段を考えるのはよそう。




 ふぅ、と一息つく。





 あとは時間まで放置して、茹で終わったら冷水で冷ますだけだ。








 固めのお米に卵かけごはん用の醤油を垂らす。


 出汁醤油だからか、普段使っている醤油よりも色が薄い。


 透き通るようだ。


 目分量で垂らしたソレをご飯に混ぜていく。




 そして、半熟、のはずの卵の殻を割り、ご飯に乗せる。





「・・・・・・」


 箸を構える。




 これで、なんだろう。


 半熟の卵をぐちゃぐちゃにして混ぜればいいのかな。




 とりあえず、卵を箸で半分に割ってみた。





「わ! 色が濃い!!」


 卵黄の色が鮮やかだ。


 とろり、といい感じに半熟に茹だった卵黄が、少しとろけてごはんの上に滑り落ちていく。


「うわぁ・・・・・・え、すご・・・・・・卵黄の色が全然違う。何か・・・・・・高い卵の色だ・・・・・・赤い・・・・・・うわぁ・・・・・・これでカステラ作ったら濃厚で美味しそう・・・・・・」


 その色味に思わず見惚れる。




 だが、ハッとして箸を持ち直す。




 折角なのだ、温かいうちに食べなくては。


 箸を入れ、更にゆで卵を刻む。


 少しだけ、もったいない気がする。


 だが、その気持ちを封印し、卵を崩していく。


 一口で食べれるくらいに切り分け、ごはんに混ぜていく。





「おぉ・・・・・・」





 白米に出汁醤油と半熟卵が絡まり、輝く。


 ここに、鰹節をまぶして、上から出汁醤油を重ねがけすれば__




「完成!」




 半熟卵かけごはん、鰹節のせ、完成である。


 早速、両手を合わせる。


「いっ、ただきます!」




 まずは一口、箸でご飯を掬い、口に運ぶ。




 白米に絡まった卵黄はいつもよりも濃厚で、するりと喉を滑る。


 そして、ソレを追いかける出汁醤油の主張しすぎないながらも、しっかりした味わい。


「うっま・・・・・・」


 すぐに二口目を口に運ぶ。


 お米に卵黄がよく絡まっている。


「あー・・・・・・なんか、お米食べてるのにお米食べたくなる味って言うか・・・・・・いや、お米が進む味って言えばいいのか・・・・・・いや、うっま・・・・・・」


 するすると箸が進んでいく。


 気が付けば、お椀は空になっていた。





「あー・・・・・・」


 そう、もう空だ。


 だが、二杯目に行きたいくらいだが、ここで医師の言葉を思い出す。





「ま、ご自身でも分かっているとは思いますが、家でもね、消化に良い物を食べて」


「いきなり重いものとかね、胃に負担がかかるような物は避けていただいて」


「君もね、大人だから大丈夫だと思うけどね。また、入院したくはないでしょ?」


「また重湯からスタートになるよ」





 我慢だ。


 そう、我慢。


 それにしても、卵かけごはんを半熟卵にするのはいいかも。


 卵が半熟ゆで卵なので、卵白がお椀に取り残されることもないし。


 いや、取り残されるというか、卵白が私から逃げてるよな、あれ。


 つるんってやつ、結構気になってたりする。





 んー、まだまだ食べれるけど胃を休めないとな。


 白湯でも飲もうか。







「世界最後の日に何食べたい?」


 あの日の言葉が脳内で再生される。




 卵かけごはん。


 そう、あの日は確かに地球最後の日に卵かけごはんが食べたかった。


 でも、今はもっと色々な物を食べて決めたいかな。







「あー、世界最後の日に何食べようかな・・・・・・」


 きっとそれは最後にして最大の楽しみであるはずだ。








「・・・・・・アイス食べたいかも」


 胃に冷たい物ってセーフだったっけ?






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