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summer じいや

作者: 三千


王女サシャはいつもひとりぼっちだった。

「お友達もいないし、お父さまはお忙しいし、お母さまもルークのお世話にお忙しいから、今日もひとりで遊んで過ごすの」

寂しそうにそう言って俯いた、この国サウザンドロの王の娘、サシャ。まだ幼さの残る面影は、王である父、王妃である母の、どちらにも似てはいない。

さらにこの年、少し歳の離れた弟が生まれたばかり。その赤子は将来、王になる男子なので、父母はもちろんだが、周りも大いに喜び、そして溺愛した。

赤子はルークと名付けられ、それはそれは大切にされた。大切にされ過ぎて、箱入り息子との噂が全土に広がるまで、お披露目はされなかったほどだ。

父母はもちろんだが、ルークのお世話をする乳母しか、部屋には入れない。

サシャは、姉であるにも関わらず、この弟に会うこと、そして見ることも触れることも叶わなかった。

「でもいつかはルークを抱っこできる日が来るってハナが……」

ハナはサシャお付きのメイドだ。しかし、もう半月も、サシャは父とも母とも言葉を交わしてはいない。

「もうすぐ、私のお誕生日だし、お父さまやお母さまと一緒にルークとお祝いができると思うの。それにほら見て、じいや」

色のついた紙で作った花を、大切そうに両手に乗せて見せる。

「上手にできているでしょう? ハナに教えて貰ったの。これをもっともっとたくさん作って、ルークにプレゼントするの」

なんと、いじらしい。執事のセバスチャンはそう思った。けれど、それもきっと徒労に終わってしまうだろう。

王も王妃も、元々自分たちとは似ても似つかないサシャを疎みはせずとも、親であるなら当然の、我が子への愛情という類いのものは一切見せないからだ。だが、当の本人サシャは父母の愛を盲信し求めてしまっている。

お付きの執事セバスチャンは、その両者の乖離がとても悲しく、そして歯痒く思う気持ちでいっぱいだった。

(本日もお嬢さまはお寂しい一日をお過ごしになるのか……なんともおいたわしい)

執事セバスチャンは、廊下の隅で大きなため息をついた。

夏。

あれから2年、王子ルークも2歳になったが、姉のサシャがルークに会ったのは、これまでにルークの誕生日の2度のみ。

サシャは初めての対面の時、折り紙で作った花の束をルークにプレゼントしたが、赤子ルークはそれを握ってぐちゃぐちゃにしてしまった。

だがサシャは、そんなルークを優しく撫ぜた。慈愛の眼差しで見つめ、そっとそのふくよかなほっぺにキスをした。

「ルーク、私の可愛い弟……」

けれど、何が気に入らなかったのか、その様子を見た王妃が、サシャが作った折り紙の花束を、ルークから取り上げて、その場で捨ててしまった。

「ルークが誤って口にするようなものを、持ってこないように。もうあなたは下がりなさい、サシャ」

そう言われて自室へと戻り、サシャは孤独なまま、ひっそりと泣いた。

執事セバスチャンはその光景に酷く胸を痛めていた。

(可哀想に、サシャ様。いくらサウザンドロ国の後継ではないとはいえ、この扱いは本当に不当過ぎる。サシャ様があまりにも可哀想ではないか)

そしてセバスチャンは一念発起する。

この夏、サシャ様に楽しみを作って差し上げようと考えた。

執事セバスチャンは、サウザンドロ国の地方の出身である。片田舎を治める領主を父に持ち、後を継ぐ兄を思い、17の時、領地から出立した。

サウザンドロの王室のお膝元で、商家の経理を担うこと2年。その商家の主人の勧めもあり、当時募集していた王室の執事の職に応募し、それまでの実績と実直な性格を評価されて、面接に受かった。

「セバスチャン、あなたには、サシャのお世話をお願いしたいわ」

王室に入ってからは、執事という仕事をただただ真っ直ぐに勤め、その結果王や王妃からの絶大な信頼を得、その後直々にサシャのお付きの執事を頼まれ、快諾した。

サシャは素直で大人しい性格で、大人の言うことをよく聞く王女であった。ただ、ころころとよく笑い、そして笑うと可愛らしい顔をくしゃりとさせ愛嬌があり、周りの者まで笑顔にする性質を持っていた。

「じいや、今年のルークのお誕生日には、本物のお花を贈りたい。綺麗なお花の種を、庭師のヤンに貰ってきたの。この鉢に植えようと思う」

にこっと微笑みながら、一生懸命に土を運び、そして種を植える。毎日水をやり、芽が出たら喜び、そしてかいがいしくお世話を続けた。

きっとルーク王子の誕生日には、華やかな花束ができるだろう。

だが、それも半年も先の話だ。

このところ、サシャの寂しさは増していくばかり。父に会えず、そして母にも会えない日が続いている。そんな父母に、ルークは王位継承者というだけで、毎日愛情をたっぷり注がれているのだというのに。

(なぜ、姉弟でこんなにも差をつけられるのだろうか。どちらも自分の子どもではないか。同じように愛すべき存在なのではないのだろうか)

日々、笑顔が消えていくサシャのためになにか楽しみをと、セバスチャンは思う。

ふと、地元の祭りを思い出した。

「そうだ。祭りのあの賑わい、地元の民のあの楽しそうな笑顔。あの楽しさがあれば、サシャ様も元気になられるのではないだろうか。この夏は、サシャ様が楽しめるよう、趣向を凝らしてみよう」

そう心に決めると、セバスチャンはさっそく用意を始めた。

まず、メイドのハナに、折り紙の花の作り方を習い、仕事の合間に他のメイドたちに作って貰うよう、頼んだ。

もちろんサシャには見られないよう、細心の注意を払い、秘密裏に事を運んでもらった。

その後、庭師のヤンに頼んで大きな大きなたらいを貸してもらう。

祭りの会場は、サシャはもちろん王や王妃が寄りつかない場所、城の裏庭に設置。見られてしまっては元も子もない。慎重に大きなたらいを運び、そこに水を張った。

そして、蝋を塗った折り紙の花を浮かべる。

それを掬う、大きめのスプーンも作った。

地元の夏祭りでも人気のある、花すくいだ。

また、別のものも用意した。

国王が気分転換する遊びの中に、ダーツの趣味があった。そのダーツの予備の矢が、備品倉庫に保管されている。もちろん、備品倉庫はセバスチャンが管理していて、鍵も持っている。その中から数本拝借し、尖った先に丸いボールを刺した。万が一にもサシャが怪我をしないようにと、安全性は確認済みだ。

そして、長テーブルに人形や動物の置き物を並べ、その人形や置き物にダーツの矢が当たると、人形が倒れる仕組みにした。

また、セバスチャンは料理長に頼み、オードブルを。フィナンシェ専用のパティシエに頼み、アフターヌーンティーの用意を。

「サシャ様はお喜びになられるだろうか」

セバスチャンは細く、息をついた。

「まあ! ステキ! とてもキレイだわ」

サシャを促して、裏庭へと誘う。裏庭へ続く小道に火を灯したランタンを並べた。その柔らかく温かい灯火が、サシャをお祭り会場へと導いてゆく。

「ねえ、じいや。これ、全部私のために?」

即答に躊躇してしまった。ぐっと喉が鳴り、言葉を飲み込んでしまったのだ。

が、もちろんその通りであるのは間違いがない。セバスチャンはそのまま答えた。

「……はい。サシャ様に楽しんでいただこうと」

サシャは足を止めた。振り返って嬉しそうに微笑みかけてくる。

「ありがとう。とても嬉しいわ」

サシャはそのままゆっくりと歩き出した。いつもより、足取りは軽い。けれど、ランタンの灯りでオレンジに燃ゆる小道を、大切に一歩一歩、踏みしめるように歩いていく。

(サシャ様はいつもお優しい。私の気持ちを汲み取って、こうして……)

つんと鼻の奥が痛んだ。

そのまま夏祭り会場へのエントランスに入る。

「わあ!! 待って!! ここは??」

後ろに付くセバスチャンに、振り向いて問いかける。両手を重ねて、目を丸くしている姿が、あまりに愛らしい。

「私の地元の夏祭りを、再現しました。私の村では、毎年夏にお祭りを開催します。そこでは老若男女、食べたり飲んだり遊んだり、夜通し楽しむのです」

「そうなのね。そんなに楽しいなんて、羨ましい限りだわ。でも、その楽しさを私にも分けてくれようと、準備をしてくれたのね。優しい人。ありがとう、じいや」

そして、セバスチャンが案内する。

「こちらは花すくいと言って、この壊れやすい紙のスプーンで、水に浮かぶ花をすくう遊びですが、やられますか?」

「やりたいっ!!」

そして、セバスチャンが渡したスプーンを持ち、たらいの前にしゃがみ込んだ。ドレスの裾が地面についてしまって、所々砂が付いてしまっている。が、普段ならドレスの裾に気をつけてください、レディーらしくされてください、などと進言するのだが、今日だけは無礼講。

メイドのハナにも汚れて良いように、比較的古いドレスを着せるようにと、指示を出しておいた。

「じいや、見て!! ほらすくえたわ!!」

見事、赤色の花をスプーンの上に載せて、はしゃいでいる。

「お上手ですね。サシャ様は才能がおありになるようです」

「この紙で作った花は、私が以前ハナに教えてもらった折り紙ね」

「覚えていらっしゃいましたか」

「ルークのために、たくさん折って花束にしたことがあるの」

「はい。その通りでございます」

「ルークがとても喜んでくれて……」

その花束は、赤子ルークが握ってぐちゃぐちゃにしてしまい、その上王妃に捨てられてしまった。

「……そうでございました」

思い出し、胸が痛んだ。セバスチャンは居た堪れなくなり、サシャを次のテントへと促した。

「サシャ様、こちらは的当て言う遊びです。このダーツの矢を持って、こうして……狙いを定めて……それっ!!」

セバスチャンが投げた矢は、人形と動物の置き物の間をすり抜けていった。

「……失敗でございます」

気まずい空気が流れたが、サシャがそんな重い空気もすぐにも明るくしてくれる。

「ふふふ。じいやは運動神経が悪いのね。こんなの、簡単よ。見てて」

サシャがセバスチャンからダーツの矢を受け取り、そして投げた。

サシャが投げた矢は、見事に人形に当たり、そして倒れた。

「ほらごらん! もう一度やってみる」

そして、何度も何度もサシャは人形や置き物を打ち当てると、その度に飛び上がって喜んだ。

(とても楽しんでおられる。夏祭りをやって良かった。それにしても、なんと可愛らしいお姿だろう……)

セバスチャンはサシャのいじらしい姿に胸を締め付けられるような思いがした。サシャに対しては、並々ならぬ愛しさを感じ、自分が慈しみの目で見つめてしまっていることに、とっくに気づいていた。

それからサシャは、オードブルを食べ、そして特別に作られたスイーツを平らげると、セバスチャンの元へと、勢いよく走り寄ってきた。

そして、珍しくセバスチャンに抱きついた。

「さ、サシャ様、」

サシャとの距離がいつもより近く、どきっと胸が鳴った。

「じいや!! とても楽しかったわ!! 私、夏のお祭り、大好きになったわ!!」

動揺はしたが、鉄面皮でそれを見せない。

「それはようございました」

セバスチャンも微笑みを浮かべながら、そう言った。

「私、じいやの生まれた土地にも行ってみたい」

「それはそれは田舎でございますよ」

「それでも行ってみたいの」

「では、夏祭りの時期にお供いたしましょう」

そして、サシャはセバスチャンから離れると、花すくいですくった赤い花を、ドレスの胸にそっと掲げた。

「こうすると、とても綺麗だわ。ドレスが華やぐのよ」

セバスチャンは、背広の内ポケットから裁縫道具を出し、そこから一つ、ピンを取った。

サシャから花を受け取り、それをピンに刺して、サシャのドレスの胸に付けた。

「とてもお美しいです」

サシャは頬を染めて、恥ずかしそうに俯いた。

「あ、ありがとう……」

セバスチャンは、サシャの艶やかな髪に触れようとして、手を伸ばした。が、やめた。

王女と執事は一定の距離を置き、こうでなくてはならないと、自分に言い聞かせながら。

「サシャ様、そろそろ帰りましょう」

気がつくと、祭り会場を夕闇が覆っていた。そうして促そうと背中に手を添える。

すると、サシャが「セバスチャン」と名前で呼んだ。それはとても特別なことだった。

「初めて名前で呼ばれましたが?」

セバスチャンが、どうされましたと頭を傾ける。

「今までずっと、じいやだなんて呼んでいてごめんなさい。初めてセバスチャンに会ったとき、メイドのハナに、執事の事はじいやと呼ぶのが決まりですと言われたの。でも、じいやと言うのは、歳を取ったご老人の事なのね。私、ずっと騙されてたわ」

ふふふと微笑み、そして。

「いつも一緒にいてくれて、いつも側にいてくれて、私を励ましてくれて、私を楽しませてくれて、ありがとう。これからもずっと、私の側にいてくれる?」

気がつくと、セバスチャンの目には涙が溜まっていた。ほろ、と涙が頬をつたい、落ちてゆく。

セバスチャンはサシャの髪に手を伸ばし、そっと撫でた。

「もちろんでございます」

そして2人は城へと入っていく。心ゆくまで楽しんだ夏祭りの会場を、後にして。


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― 新着の感想 ―
好きです。最後の衝撃の事実にえっ、てなりました。そういえば執事と書いてあるだけで、老人だとは書かれていない。素晴らしい叙述トリックだと思いました。 どうか二人に幸あらんことを願います。
拝読させていただきました。 どうかこの王女と老執事の未来に幸あらんことを。
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