表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

チョイス④ 猫か犬か?

「え?! いいの?」


 チャコはリビングにて、仕方がないという表情の両親に向け、ここ数年食べる時にしか見せた事がない心底から溢れる笑顔で喜びを露わにしていた。

 

 (どっちにしようかな〜♪)


 小学校六年生の時に友人の家で飼っていたフェレットと戯れを満喫したチャコ。つまりペットが欲しくなったのだ。すぐさま両親に訴えるもあっさり却下。しかし、硬軟織り交ぜた粘り強い交渉を数年続けた結果……『12月の期末試験で一教科だけでも学年一位なら』という約束を取り付けた。そしてチャコは揚げ足を取るかの様に数学に全振り。他教科は完全シカトし、ついに数学学年一位を達成。驚くべき事に他の教科に関しては赤点スレスレで乗り切ったのだ。

 その結果を両親に突きつけ、クリスマス前にやっと許可を得た。あとは希望の種を知り合いのペットショップに注文。2週間以内にお迎えする――そんな段取りだ。


 チャコの願望は犬か猫。どうせ飼うなら、人間のペットに関しては一番身近な二代巨頭しか頭にない。

 チャコが部屋に戻り、喜びの葛藤を始める前にここで簡単にペットとしての犬と猫を比較してみよう。

 日本における飼育数は犬が約600万頭、猫が約900万頭。猫の方が多いのは様々な理由があるが、一番は生活環境。集合住宅が多い日本では当然と言えば当然。これを世界規模で確認すると犬が約5億、猫が4億と逆転する。

 無論チャコがその様な知識など知る由もなく、自室の机に座り今にもヨダレが出そうな呆け顔でそれぞれを飼育した際のイメージをシュミレーションしていた。


 今回の選択

 ①犬

 ②猫

 ③同等の値段のノートPC


 一応説明しておくが、ペットの他に並行して交渉を重ねていたノートPC。ペットを飼うという枠組みからみた場合、選択肢にはあるはずがない無生物だが、クリスマスプレゼントという枠組みからみた場合は、選択肢に存在しても十分差し支えない。だが、今のチャコはやはりペットを飼えるという喜びのみしかなく、一瞬浮上した選択肢③は消え去った旨を読者の皆さまにはお伝えしておく事としよう。


(あ、昼間いないからな……)

 早速選択を開始したチャコ。真っ先に飛び込んで来たのは、平日は両親は仕事の為に不在という家庭事情における現実。

 この想いが先に飛び込んで来た事――己の欲望が常に先行するチャコにしては珍しかった。つまり、ペットにとってひとりぼっちの寂しい時間があるという事。この視点から考えた場合、チャコの中では犬は寂しがりや、猫はマイペースという概念が存在する。これはあながち間違いでもない。

 犬と猫、両方飼った事のある方はこんな経験はないだろうか?

 あなたの帰宅時、玄関までやって来て喜びを露わにする犬。あなたが帰宅しても玄関に来ない猫。

 あなたがソファで本を読んでいる側にいてじっとしている犬。気まぐれで甘えてくる猫。更に、ふらっとどこかへ行ってしまう事もある猫。

 これは進化の過程で犬は群を作り集団行動をしてきた――それに対して猫は単独で生活をしてきた。

 そのため、犬はあなたを主人として認識していますが、猫はあなたを同居人と思っており、安全な寝ぐらと食事がある場所と認識している個体が多いようです。


(寂しがりやは犬の方だよね……)

 もちろんチャコもそういった習性の違いは認識している。

(でも犬の方が番犬にもなるし、懐いてくれるイメージがあるな〜。それに猫は人見知りとか激しい子もいるって聞いた事あるし……)


 犬のポジティブファクターである「番犬になる」という特性。しかし、同時にネガティブなファクターがある事も気づくチャコ。

(あ……でも、いない間にあんまり吠えると近所迷惑になるかな……)

 猫は鳴いたとしても音量は低い。

 チャコの家は一軒家だが住宅密集地でもある。今まで良好な関係を紡いで来たご近所関係を、突然飼い始めた犬の鳴き声によるトラブルで壊すわけにはいかない。

 外面良好を自負するチャコ。

 現段階で考慮している内容は以下の通り。

 ①平日昼間は家族が不在という家庭特性。

 ②交渉の末のペット許可なので、ご近所に迷惑をかけないようにしないといけない。

 ③でも、過剰なまでのスキンシップも満喫したい。


(あ……犬は散歩……それは健にも手伝わせれば……あ! 健にも確認した方がいいよね?)

 ちなみに健はペットなど所望した事は生涯一度もない。むしろ、両親に交渉を重ねていたチャコを内心、呆れさげすんでいた。

 しかし、ここでチャコの思考に健が登場したのは、ペットの世話という物理的作業が発生する事に対して手伝わせるというジャイアン理論。これは、もしペットを飼った場合のシュミレーション段階からチャコの中では当然のように存在していた。「ペットを飼ったら健もお世話をするのは当たり前」という絶対的な概念であった。


(とりあえず聞いてみよう。たしか帰ってるよね?)


 もちろん健がどちらを選択しようがすんなり受け入れるつもりは全くないチャコ。聞く事は聞くが、それは社交辞令のようなもの。今後ペットを飼うことになったからよろしく! という報告に過ぎない。手伝いはさせる、あくまで決定するのは自分、健の意見は参考にしないという理不尽極まりない意思を持ち、いつものように健の部屋にノックもせず入室。着替えか何かの気まずい場面だったらどうしよう……なんて思考はチャコには存在しない。


 ガチャ

「ねぇねぇ健。ペット飼うんだけど犬と猫どっちがいいかな?」

「……なんだ突然? しかもノックもしないで」

「いいじゃんか別に。双子なんだから」

 普段から双子という職権乱用理論を展開するチャコ。

「……まあいい。犬か猫かの話だな?」

「うん。迷っちゃってさ」

「種類はどうするんだ?」

「犬ならドーベルマン、猫なら三毛猫かな……」

「性別は?」

「オスのがいいかな?」

「三毛猫もか?」

「うん」

「……おい」

「え?」

 

 賢明な読者ならおわかりだと思うが、三毛猫にオスは理論上存在しない。毛色を決める遺伝子によるものだが、詳しくは割愛する。無論チャコはそのような事は全く知らない。


「あのさ、三毛猫にオスはいないぞ?」

「そうなの? じゃあどうやって子供作るの?」

「……まあ、とりあえずそれはあとで説明するとして、ドーベルマンだったら20万はするぞ?」

「えっ?! そんなに?!」


 値段――

 チャコはせいぜい高くても10万くらいと踏んでいた。しかし、まさかの倍に驚愕。支払いは両親とはいえ、20万はさすがのチャコも申し訳ない気持ちに苛まれた。


「三毛猫はいくらくらいなの?」

「ペットショップじゃ売ってないぞ? 里親募集とか保護猫を譲り受けるとかじゃないか?」

「え? じゃあタダかも知れないの?」

「そういう事になるかな」


 ここで選択肢は以下のように変化する。

①20万のドーベルマン

②タダに近い三毛猫


(20万もするならちゃんとちゃんと面倒みないとまずいよね?)


 値段で動物を比較するのは良くない思考だが、チャコは咄嗟にそう脳裏をよぎる。もちろん健と協力体制の元で面倒をみるという事は覚悟を決めていたが、20万という値段を聞きVIP扱い。つまり至れり尽くせり、寂しがらせるなんてもってのほか――という謎のプレッシャーがチャコにズシリとのしかかっていた。

(あれ? ペットショップで買うはずだよね? という事は……)


 解説するのも呆れるが、強欲なチャコに以下の選択肢が生まれる。

①タダに近い三毛猫+ノートPC(実質20万)

②20万のドーベルマンのみ。

 なんと、タダに近い三毛猫を引き取り、なおかつその浮いた費用を己の物欲にすり替えたのだ。

 学年一位を取ったからペットを飼う。それとは別に、クリスマスプレゼントとしてノートPCをゲットしようというのだ。もちろん親に却下された場合は、学年一位とクリスマスは別の話だ! という理論を突きつけ強引にねじ伏せようとさえ考えていた。


「おい。まさか、三毛猫タダで引き取って、ノートPCを買ってもらおうかな? なんて、考えてないか?」

「え?」


 チャコは双子の職権乱用をしているが、健は双子ならではの以心伝心を発動させ指摘した。


「…………」

「やっぱりな。あのさ、それはさすがに強欲過ぎないか?」

「そ、そうだよね……」

「それにペットを飼うという事は、値段とか関係なく命を責任もって預かるという事だぞ? カワイイだけじゃ駄目じゃないか?」

「う、うん」

「もう一度ペットを飼うという意味と責任を考えなおした方がいいぞ」

「うん……わかった」

 道を誤ろうとするチャコを、健は引き戻した。

(なんか有頂天になってたけど、よく考えたら家族になるんだよね……病気とか、ご飯とか色々な事あるんだよね……死んじゃったら悲しいし、立ち直れない気がする……)

 その夜、チャコは珍しくなかなか寝つけず考えていた。やはり、いざお迎えするとなると、責任を持って色々考えなければならないと気づいた。

 

 そして翌日。

 チャコは両親に話をし、ペットは断念した。しかし、ちゃっかりノートPCをゲットした事は言うまでもない。


 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ