チョイス③ 告白 後編
逆ギレ意識のまま自室のベットに横になったチャコは再び起き上がり、にゃ〜とすり寄って来た飼い猫に「うるさい!」と一喝する、枕を壁に投げつける、「健のバカ!」と独り言を叫ぶ等、ひと通りの見るに堪えない八つ当たりを済ませた。
そして落ち着きを取り戻した後、姉としての立場と思春期特有情緒不安定の狭間で葛藤していた。
(ちょっと大人気なかったかな……)
(いや、嫉妬とか言う健がいけないんだよ)
(でも、なんか健が取られたみたいに思ったのは事実だし……)
(このままじゃいけないよね?)
この瞬間以下の選択肢が生まれた。
①ごめん……と謝る。
②いつもの喧嘩の様に、家族という絆を利用した自然回復狙い。
③しばらくシカト継続。
お察しの通り、チャコと健の姉弟仲はかなり良好であった。もちろん双子という血の絆もあるが、チャコにとっては健が家事をこなしてくれる、健にとってはチャコの存在が毎日の刺激になっているという、若干チャコが物理的におんぶに抱っこな利害関係があった。そして2人が会話をしない日は生まれてこのかた一度もないという事実もある。
よって選択肢③というのはあってないようなもの。つまり論外であった。
もちろんチャコも同様に、健との会話なしの一日のルーティンは寂しさの極みであり、一応選択肢にはあるもののとりあえずオールスター集めておけ! 的なものであった。
そんな二人なら①は容易いのでは? とお思いになる読者もいるだろう。ところがどっこい、それは二人が思春期であるという事、及びチャコが若干めんどくさい性格属性持ちという事などが複雑に絡み合っていた。
昨年こんな事があった。
チャコと健は、よせばいいのに本場中国の方が経営する個人経営本格的プチ高級中華料理店に行った。当然資金的な事情や本場中華料理の知識など毛頭ない二人は、ラーメン二つと餃子二つという、円形の回転テーブルが全く意味を成さない注文をした。
しかし、やって来たのはラーメン一つと半ラーメン一つ。オーダーミスが発生したのだ。当然チャコはクレームを入れる。かたことの日本語で謝罪した店員が持って来たのは、半ラーメンがもう一つ。
つまり――
ラーメン=半ラーメン+半ラーメンという事だ。もちろん計算式上は問題ない。だが、釈然としないチャコ。
「ねぇ、健。理論上、たしかに0.5プラス0.5は1だけど、なんかとって付けた対応みたいでヤじゃない? 普通、一人前のラーメン作りなおして、半ラーメンはサービスでどうぞが普通じゃない?」
笑いを堪えながらチャコを諭す健。
「そうか? 姉ちゃんよく見ろよ。他の具は半量だから1だが、ナルトは二枚になったから得なんじゃないか? 問題ないだろ」
「あっ! そうだね!」
このように、いかにお得に物事が進むかのみが基本信条であるチャコは、自分勝手な理論で1.5人前のラーメンを所望する若干めんどくさい女子高生なのだ。もっと言うなら、健の言葉でナルトが一枚増えた事に気づき、釈然としない気持ちをあっさりと手放す……それがチャコであった。
(やっぱ、とりあえず謝っておこう。夕食はたしかハンバーグって言ってたから、機嫌損ねて小さいサイズになったらたまったもんじゃないからね)
選択した①謝罪。
しかし、そこには誠意という言葉・気持ちは皆無であった。ただの損得勘定である。
◇◆◇◆◇◆
チャコが誠意皆無の謝罪を行うためキッチンへ行くと、既に健が夕食の準備をしている。
ペタペタと手作りハンバーグ内の空気を抜いている健。
「健……さっきはごめんね。突然怒って……」
「問題ない。いつもの事だ」
「で、どうするの?」
「なにが?」
「樹里亜ちゃん」
「とりあえず考える」
「そっか」
「明日何事もなかったように話しかけて様子を伺うよ」
「うん」
「姉ちゃんは浮いた話はないのか?」
「え?」
ここでまさかのキラーパスがチャコに飛んで来た。
もちろん女子高に通うチャコにそんな話はあるわけがない。しかし、ここですんなり「ないよ」と答えないのがチャコのめんどくさい所。
そして、選択肢発動。
①「好きな人はいるよ」とドヤ顔、もしくは赤面し、はにかみながら演技をする。
②「あるわけないじゃん」と普通に答える。
③「ひ・み・つ」と人差し指を口に当てウインク。
チャコは普段から、あるはずのない姉としての威厳という物にこだわっている。先ほど逆ギレしたのも、先を越されたというプライドが駆り立てたのも要因の一つだ。だからこそ、すんなり②を選択する事が出来ない。それに敗北を認めた様な気持ちになる――つまり……浮いた話が全くない、健に先を越されて嫉妬しブラコンまで発動し、部屋で八つ当たりをかました、ただの逆ギレボッチ女になってしまうからだ。
では①の場合はどうだろうか?
健に対して、自分のプライドを守る嘘をつく事には全く抵抗がないチャコ。しかし、ドヤ顔だと嘘くさくバレてしまう危険性がある。しかし、健が信じた場合は根掘り葉掘り聞かれるのは明白である。出会いを、痴漢されていたのを助けてもらったと設定し嘘をつく事は可能だが、その先……つまり相手の学校・容姿・趣味などに話が及んだ場合は脳内がスムーズ処理しきれず、答える事が出来ないのは明白だ。そんな事はチャコ自身もわかっている――しかもはにかみ演技などした事もない。こうして選択肢①も一瞬で却下。
そして残る選択肢が③しかなくなったチャコ。
「ひ・み・つ・テヘッ!」
「…………」
まさかの頭コツンまで発動し、健を絶句させた。しかし、両親よりもチャコの事を知る健は憐れむような目つきで問いかける。
「要はないんだよな?」
「え?」
「そういう話はないんだよな?」
「……あ、うん……はい……」
「じゃあ好きなタイプも変わりないな?」
「え? あ、うん……」
「誰だったか?」
「プ、プロレスラーの橋本真也さん……亡くなっちゃったけど……」
「なるほど。ハンバーグ焼くから橋本真也さんの試合DVDでも見て待っててくれ」
「うん……わかった。待ってる」
今回の選択は惨敗したチャコであった。