リセット不能の乙女ゲーに悪役令嬢は命がけで挑みます
神様の思し召し。それは、人一人の生を捻じ曲げてしまうほどに強いのだ。
◇
『千葉陽平を、生き返らせてあげようか?』
幼馴染が、死んでしまった、その夜のことだった。たしかに青だったのに、トラックが、飛び出してきて、強く押されて、気付けば目の前が真っ赤だった。
……私を庇って、彼のほうが死んでしまったのだと、気づくのにはそう時間はかからなかった。
心が、ポッカリと穴が空いてしまったように、スカスカして、寂しくて、どうすればいいのか分からなくて、ひたすらベッドに突っ伏して泣いていた夜のことだった。
そう、頭上から声が降ってきた。
今思えば、怪しすぎて、信じられないような状況だ。
でも、そのときは切羽詰まって、ろくに頭も働かなくて、私は気付けば答えていたのだ。
「うん、できるのなら、彼を返して」
そう返した途端、白い光が私を包んだのだ。
◇
目を開けたら、異世界だった。緑の大地に、色とりどりの花。ずっと向こうには、某夢の国のシン○レラ城のような豪奢なお城。
『私は神様よ。……ここはフィーゼル公国。今まであなたがいた世界とは違う世界よ。ここで、「ヒロイン」を王子とを縁付かせ、幸せな結末に持っていけたら、元の世界に返して、千葉洋平も生き返らせてあげるわ』
はい、参考資料。と、置かれたのは真っ白な表紙に「マジ恋攻略本」と書かれた、雑誌サイズの厚い本。
『この世界は、あちらのあなたのいた世界にあった乙女ゲームとやらの題材になった世界よ。そこに出てくる「ヒロイン」で聖女のリリアナを、絶対に死なないように幸せになさい。あの子がいなくなると、世界が壊れて困るのよ』
それだけ言い残して、声は消える。
……これ、どうすればいいの? その時の私はただただ呆然として、空を仰ぎながら、しばらくしてから、例の本を読み始めることに決めたのだ。
それが、確か5年前の話。
「マジ恋」はとても主人公死亡率の高いゲキムズ乙女ゲーだったらしい。
例の神様とやらに渡されたのは、そのマジ恋のゲーム攻略本。有志のマジ恋ファンがこれからのプレイヤーのためにとまとめたものらしい。
それによると、私はこの世界の悪役令嬢だったようで、はじまりがあの謎の平原にいたのは、私がこれから入る魔法学園のために素材採集に行っていたからだったみたいだ。神様が困る私を見兼ねて、例の天の声形式で教えてくれた。(なんで令嬢がこんなとこにいたんだよ、と護衛が迎えに来たときに思ったのでそれを知ってとても納得した)
それから数ヶ月、私は学園に入学した。そして、件のヒロイン、リリアナさんとの対面も果たした。私の婚約者であり、神様にリリアナさんと結ばせろとのご指示を受けた相手である王子様とも。
5年制のこの学園の卒業とともに、ストーリーはエンディングを迎え、完結する。度々助言をしてくれる神様によると、ゲームでいうハッピーエンドでそれを迎えられたら私は元の世界に、彼のいる世界に戻れるのだ。
苦しかった日々もあと一日。今日を乗り切れば、終わるのだ。
あと、私と王子の婚約破棄を穏便に終えられさえしたら。
神様の条件としてはこうらしい。
『さすがに死んじゃった魂をそのまま異世界から異世界へ移動させるのは骨が折れるし、ちょっと無理があるから、君が死なずにストーリーをハッピーエンドに持っていってもらわないといけないからね』
初めて聞いたときは、え、それだけ? と思ったものだった。が、現実はそう甘くなかった。わざわざ警告されるだけある。
私はこの世界で、ハッピーエンドの場合、攻略本の中の王子ルートでは全ルートで死に至っているのだ。
処刑、刺し違え、自殺……などとバラエティ豊かに死んでいく。
主人公が穏便に結ばれるためには、王子の婚約者の座が私がいなくなることで空くのが一番自然だからだろう。いやいやなんで乙女ゲーのくせしてそんなに血の気が多いのやら。
主人公に嫌われず、王子にも嫌われず、婚約破棄。とってもとっても難しかった。私に非がないのに婚約破棄なんてしたら、王家の評判が下がってしまう。かといって、私に非があると判断されるには、それこそ処刑級の悪事を仕出かすことが必要。そうなると元も子もない。
一度は八方塞がりで、もう無理かと思った。諦めかけていた。でも、一つだけ抜け道があったのだ。私が死なずに、穏便に、誰も被害を被ることなく婚約破棄する方法が。
「ギルバード様、少し、宜しいでしょうか」
今日は、今は、卒業パーティの真っ最中。ここでなら、国の貴族がたくさん集まったここでなら、私からの婚約破棄を握りつぶされずに公的な事実として受け入れさせることができる。
王家側としては、聖女であるリリアナよりも私の方を婚約者とすることで、うちの公爵家との繋がりをさらに強めておきたいらしい。あくまで元は平民のリリアナは第2候補。
最優先は私なのだ。だから、婚約解消の申し立ての握り潰しなんて簡単に一瞬で行われる。この貴族社会で、伊達に5年過ごしていない。それくらい分かる。
「どうしたんだ? 何か、緊急のことがあったのか?」
「ええ、緊急ですの」
「分かった、聞こう」
「わたくしとの、婚約を破棄してくださいませ」
ざわり、と空気が揺れた。
「……何故? 理由を聞いてもいいか、それが正当なものだと判断できない場合は受理できない」
王子にも体面というものはある。リリアナのことが好きなのは明らかに分かるのだが、物語の中と違って主人公を虐めたなどという非のない私との関係を切るほど大胆で馬鹿ではないらしい。……ここで喜んではいわかりました、ってほうが楽なんだけど……
まぁ、こう言われることは予想済みだ。すぐに通るとは思っていない。
「わたくし、病に罹っているらしいのです。元来、身体が弱かったこともあり、このような状態では未来の王妃となるであろう貴方の婚約者を続行することが難しいのではないか、と思われましたので、申し立てることに致しましたの……」
「病、か……」
「これが診断書でございます」
お金を積んで、ちょっと脅して揺さぶって、無理やり手に入れた偽の診断書を王子に差し出す。
「っ、そうか……」
表情を歪めて、悲しげに王子が私を見る。元来、優しい人なのだ。そんな彼に嘘をつくのは申し訳ないが、背に腹は代えられないのだから仕方ない。ごめんね、と心の中で精一杯に謝る。
「なんと…… おいたわしや……」
「あれほど努力されていたのに……」
周りからは、驚きから同情に変わった声が飛び交っている。
「……その話は、私からしてもよいか?」
「王! もちろんでございます、このように王家に我が家の願いを聞き入れていただいた恩を仇で返す形になってしまったこと、誠にお詫び申し上げます」
「いや、よい。公爵からも話を聞いている。ゆっくり療養して、過ごされるといい。今まで息子が世話になったな」
王が優しげに目を細めて、慈しむような目線を向けてくれる。
それから数秒、彼はパーティ会場で私達を取り囲むように群れている貴族たちに言い放つ。
「では、ちょうどこのように国の皆が集まってくれたいい機会であるし、私から宣言させてもらおう。……ここに、アンジェリカ・サフィールとギルバード・フィーゼルの婚約を破棄することを宣言する」
あぁ、長かったな…………
そこからは、覚えていない。確か、はじまりのときのように、白い光に包まれて、そこでふっと意識が途切れたのだ。
◇
「あ、れ?」
目を覚ませば、目の前に広がるのは、カーテンで仕切られた空間の、シミ一つない白い天井。アルコールの独特な芳香臭が鼻をついた。ぐっと力を入れて上半身を起こすと、やはりそこは病院の一室。
「7月、14、?」
それは、あの事故の起こった日。
『あぁ、やっと目覚めたのね。ご苦労様。完全に事故をなかったことにするのは少々難しくてね。彼を死なずに現世に留めることを別の神に頼ませてもらったわ。怪我はしているけれど、生きているよ。あの神のサービスである程度治癒しておいてくれたみたいだし。……じゃあ、さようなら。今までありがとうね』
頭の中に声が響いた。……あぁ、彼に、彼にもう一度会えるんだ。
「こちらこそ、ありがとうございました」
人間の力など及ばない、その領域の願いを叶えてくれた。突然異世界に飛ばされたのはさすがにちょっと不服だったけれど、本当にありがたかった。
もう、返事は帰ってこないだろうけど、私は神様にお礼を告げた。
「あ、起きたらナースコールしろってあるじゃん」
手元の椅子に置いてあったメモパッドの一番上の紙に、走り書きで指示されている。ベッドの脇にあったナースコールの赤いボタンを、私は急いで押した。
前の記憶では、怪我もしてないし失神しただけだったからすぐに解放されるだろう。
開放されたら、彼に会いに行こう。私にとっては5年ぶりの再会に、つい顔がにやけたのが自分でも分かった。
前代未聞の悪役令嬢視点での乙女ゲー攻略は、ハッピーエンドで、ここにて終わる。
今思えば、悪役令嬢も悪くなかったのかもしれない。
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