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9 コロンビアロード・フラワー・マーケットとピーターシャム・ナーサリーズ

 日曜日。日本にいれば、自分の家にいれば、朝はゆっくりと眠っているだろう。けれど、ここはロンドンだ。せっかくの旅先。温泉宿でもないのに、のんびりしているのはもったいない。

 そんなわけで、日曜の朝に開催している、コロンビアロード・フラワー・マーケットに行くことにした。


 エリアとしてはロンドンの東側。ショーディッチと呼ばれる、ハイテク新興企業やお洒落な若者が集まる地域だ。


 ショーディッチの歴史は古く、12世紀にセント・レナーズ教会とホーリーウェル・アウグスティヌス修道院が建設されたのが、始まり。その後ここには劇場が二つほど作られ(前項で記載した、シアター座と、加えてカーテン座)、シェイクスピアの初期の戯曲が上演された。ここで上演する劇団が結成され、やがてその一座がサザークにグローブ座を建設した。現在のシェイクスピア・グローブ座の大本になった建物である。


 この地域は、テムズ川岸の港が近いこともあり、移民が多く住んでいた。17世紀頃にはフランスから迫害を逃れてやってきたユグノー(フランスのカルヴァン主義、カルヴァン派のことを指し、亡命先で多くの経済効果を生み出した)やユダヤ移民が多く住み、ヴィクトリア期に入ると、ロンドンの中でも最底辺のスラム住宅が複数建ち並び、貧困で有名なエリアとなる。また、このあたりは工場や倉庫などが多かったこともあり、第二次大戦中はナチス・ドイツ軍の空爆を多く受け、大きなダメージを負った。その後製造業の衰退により、工場の多くが閉鎖したが、元々貧困層が多いエリアだったので、1990年代後半からはその賃料の安さに惹かれたアーティストやクリエイターが多く住むようになった。中でも有名なのは、1979年に亡くなったシド・ヴィシャスだろう。セックス・ピストルズのメンバーで、彼のカリスマ性や過激なパフォーマンスはパンク・ロックを愛する人々の中では伝説になっている。また、バンクシーの作品は、このショーディッチの街中でいくつも見ることができるので、先に紹介したイズリントンと共に、作品を探す散歩をするのも悪くはないだろう。


 2010年以降は、イギリスのハイテク新興企業が多く進出し、現在非常に注目されるエリアとなった。

 さて、どうして日曜日だけのマーケットなのか。元々ここでは土曜日に、日用品や野菜などを売る市民のためのマーケットが開かれていた。だがこの辺りにユダヤ人が多く住むようになると、ユダヤ教の教えの『安息日シャバット』(ただの休日ではなく、働くことを一切禁じている日。厳格な場合、エレベーターのボタンを押すことすら労働に値する)が金曜の日没から土曜の日没までなので、土曜のマーケットは廃れていった。代わって日曜日になると、ここに住む人々が自分の庭で育てた植物を持ってきて売るマーケットが始まる。それが連綿と続き、今のフラワー・マーケットに発展していった。

 ヒューイ、とマーケットが始まる笛が鳴ると、皆が花を抱えて家を飛び出す。


「そこは私の場所だよ!」

「こっちが先に取ってたんだ!」

「ああっ! 争っている間に、別の人に取られたじゃないか!」


 こんな風にワイワイとしながら、場所取り合戦を繰り広げる。そんな光景が当時は見られたらしい。


 コロンビアロード・フラワー・マーケットが開催される場所の最寄駅は、チューブならばオールド・ストリート駅かベスナル・グリーン駅、オーバーグラウンドであればショーディッチ・ハイ・ストリート駅だろう。だが、いずれも駅から少々歩く。そんなときには、バスに乗っていくのが一番だ。

 ハックニー・ロード・コロンビア・ロードというバス停が近い。そこを降りて少し歩けば、お目当てのマーケットに到着する。


 左右に広がる黄土色のレンガの建物は、アルフィーズ・アンティーク・マーケットと同じタイプ。ロンドンの東側や移民の多いエリアなどでよく見かける。その一階部分はお店のカラフルな門構えが続き、その手前には花を入れたバケツがひしめくテントが続いていた。ちなみにこのテントは、運動会の本部で使うようなテント、というと伝わりやすいのかもしれない


「おわー、カラフルすぎる!」


 明るく華やかな色の花がセロファンでまとめられていて、三束で10ポンドとか、どれも4ポンドだけど三束買えば10ポンド、なんて厚紙に書かれて花束の上に無造作に置かれている。バラだけでも相当な種類があり、もちろん他にも季節の花が色とりどりに並んでいた。一束のボリュームもそれなりに多く、ここのマーケットで花を購入するのは、安いと感じられる。地元にもこういうマーケット、欲しいなぁ。


 少し進むと、苗や鉢植えなども出てくる。大きな何段ものワゴンに並べられた花苗は、日本には持って帰れないのに、欲しくなってしまう。歩いている人々は両手にいっぱいの花束を抱えていたり、いくつもの鉢植えの入ったビニール袋をぶら下げていたりと、行き交う人を見ているのも面白い。

 ホテルに飾るために一輪ほしいな、と思って見ていたけれど、人がどんどんと増えてきて、ゆっくり見ることができない!


「さすがは園芸大国イギリスだわ……」


 思わずそんな呟きが出てしまう。

 人だかりでどうにもならなくなってきたので、このまま遅めの朝食とすることにした。このコロンビアロード・フラワー・マーケットは、実は花だけではなく、食べ物のストールも結構楽しい。少し歩くと、『タルトとコーヒー』なんて看板が出ていたので、そこに立ち寄る。手のひらサイズのタルトとコーヒーを、適当に置かれた椅子に座って青空の下で食べると、なんだか落ち着く。もちろんこれだけでは足りないので、このあとはショーディッチの駅の方に向かい、ブリックレーンにあるベーグルのお店でソルトビーフ・ベーグルとサーモン・クリームチーズ・ベーグルを買う予定。


 その前に、小腹を満たしたので花屋ではなく、通りに面した雑貨屋を覗く。このエリアはヴィンテージの食器や花器、園芸用品の店舗も並んでいる。


「うっ、この木のボックスかわいい……」


 細い花瓶が三本入るスリムな木のケース。家にあったらさぞや可愛らしいだろう。けれど、少々重い。これを持って帰るのは大変だろうな。


「こっちのお皿も良いなぁ」


 1970年代から1980年代のお皿らしい。そうか、この年代はすでにヴィンテージ扱いになるのか、なんて自分の生まれた年を思い少し切ない気持ちを持ちつつ、クラシカルな絵付けの皿をじっと見つめる。


「いや、我慢しよう」


 食器や園芸用品は重いので、よほどの一目惚れじゃないと買わないようにしないといけない。まぁ、守られることは少ないのだけれど。

 この通りから一本入った裏側にあるエズラ・ストリートにも、小さなマーケットが開かれている(エズラ・ストリート・マーケット)。マーケットというには小さな蚤の市だが、だからこそゆっくりと見ることができて、コロンビアロード・フラワー・マーケットの人波に疲れた私には癒やしになる。

 アンティーク・リネンの店や、大きな花器を売っている店、オリーブの漬物の店があったり、古いキッチン用品を売っているお店など、統一感がないのもたまらない。あっという間に見て回れてしまうけれど、だからこそ立ち寄るにはぴったりのマーケットだ。


「よし、ベーグル買ったらピーターシャム・ナーサリーズに行こう」


 一通り見終えた私は、まるで決心を自らに伝えるかのようにそう独りごちると、ブリック・レーンに向かった。

 そうそう、もしもあなたが古着が好きならば、このブリック・レーンはお勧めだ。私はイギリス人の身長ではサイズがあわないのであまり行かないが、ブリック・レーンの北側には古着屋が集まっている。北側、というのは、ショーディッチ・ハイ・ストリート駅寄り。南側はアジアンや中東のレストランが集まっているので、間違えたらすぐに気付くだろう。この北側に入るとすぐにあるのが、今回私が目的にしているベーグルの店。


 そこから、それぞれの専門分野ごとの古着の店が並ぶ。専門分野、というのは例えば○○年代の洋服、とかレザー、とかミリタリー、ヨーロッパヴィンテージ、それにかわいい系、などなど。そんな風にわかれていない、雑然とした古着屋が好きという場合は、もう少し進んでいくと下北沢あたりの古着屋さんのような、ザ・古着屋が増えてくるのでそちらを覗くと良いだろう。それから、古着のマーケットなんてものもある。ブリックレーン・ヴィンテージ・マーケットだ。ブリック・レーンとウッドシアー・ストリートがぶつかるT字にある建物で、ピンク色の看板を目印にして欲しい。四〇以上の店舗が集まっているので、まとめてみるにはぴったりだ。ちなみに、このマーケットの隣には、ユーロワークとデニムの品揃えがロンドン一の店がある。ここの店の何が良いかと言えば──店員がおしゃれなおじさま……いや、オヤジなのだ。くぅ~、かっこいい!


 いずれにしても、古着屋の店はどこも入口に落書きがペンキでされている。わざとそうしたペイントをしているとわかるものもあれば、若者が夜中にやったんだろうな、というものもあり、バンクシーがここにドローイングしたのも良くわかる気がする。


 さて、ベーグルを購入したらチューブに乗る。次なる目的地は『ピーターシャム・ナーサリーズ』だ。ここは、ロンドン随一のガーデニングの店で、家で大量の植物を育てている私としては、一度行ってみたいと思っていた場所。もちろん、苗や種は買って帰ることはできないが、かわいい園芸グッズがあるかもしれないじゃない? そんなわけで、日本でサイトを見てからずっと気になっていた店なのだ。


 ロンドン随一のガーデニングの店、ということは、それだけ広い敷地が必要ということ。つまり、店がひしめくロンドン中心部ではないということでもある。アフタヌーン・ティーもできるのだが、予約をするのを忘れていたので、軽くお茶をする程度になるだろう。アフタヌーン・ティーは四〇~五〇ポンドくらいだったが、日本でも東京のホテルでアフタヌーン・ティーをすると、高い場合は一万円近くするのでそこまで割高には感じない。本場だし、というテンション分安いのかもしれないな。この敷地内にあるレストランは、ミシュランの星を獲得しているらしいので、そこで食べるのも良いだろう。イタリアンだけど。


 そんなピーターシャム・ナーサリーズは、ディストリクト・ラインの終点リッチモンド駅だ。このリッチモンドは高級住宅地らしい。ちなみにその一つ手前の駅はキュー・ガーデン。このキュー・ガーデンは王立の植物園で、一七五九年という古きに始まっている。世界で最も有名な植物園で、膨大な資料を要しているそうだ。世界遺産にも登録されていて、植物園ではあるが研究施設という向きが強い。一七八一年にジョージ三世が王室の子どもたちを育てる施設として作ったキュー宮殿は、今もこのキュー・ガーデンに残っている。見学も可能なので、一度訪れてみたいとは思っているが、いつも後回しにしてしまっていた……。時間が……かかりそうだから……。


 ピーターシャム・ナーサリーズは、そんな立地にあるガーデニングの店だ。

 駅を降りて目の前に並ぶバス停で、行き先に止まる番号を探す。


「65……ろくじゅうご……ロクジュウゴ……」


 ここでシックスファイブ、と出ないのが日本人。いやさ、英語のできない日本人。

 探している内に到着したバスが、該当の番号だった。ロンドンのバスは前から乗るので、乗るときに


「ダイサートに止まりますか?」


 念のため確認をした。オフコースと返ってきたので、オイスターカードをピっと……。あれ? エラーが出る。

 このオイスターカードは、ICカードで、いわゆるSuicaのようなもの。先にトップアップ(チャージ)をしておくと、気軽にロンドンの交通機関に乗ることができる(ロンドン交通局のものだけなので、ナショナルレイルは対象外)。一日の上限が決まっていて、一定金額以上は何度乗っても引き落としがされないのもとても良い。乗り放題のチケットも各種あるので、自分のスケジュールに対応する金額帯と比べて、どちらがお得なのかチェックするのがお勧め。


 いや、そうではなくて。


「なんで?」


 エラーが出たことで焦って日本語で呟くと、運転手は「コンタクトレスカードを持っていないか?」と聞いてきた。コンタクトレスカード? と一瞬疑問が浮かんだが、そういえば最近ロンドンの交通機関はクレジットカード(コンタクトレス)で乗れるようになったのを思い出した。慌てて財布からコンタクトレス(タッチ式)のクレジットカードを出してピッっとしたら、運転手からとても良い笑顔が返ってきた。


「あー、リッチモンドで良かった」


 ロンドン中心部のように混雑している場所で、こんなことがあったらきっと私はテンパっていただろう。人の少ないバスだったことで、焦らないですんだ。

 オイスターカードについて便利だと書いたが、このコンタクトレスのクレジットカードも同じように一日の上限が決まっている。私は毎年イギリスに行くので、昔買ったオイスターカードを使い回しているが、これからロンドンに行く場合は、わざわざ新しくオイスターカードを買う必要はない。オイスターカードはSuicaと同じく、最初にトップアップが必要だし、オイスターカードの返却をしないと、残っているお金が戻ってこないなど、細々とした面倒さがある。クレジットカードであれば、使った分だけ差し引かれるし、普段使っているもので良いので、手持ちのカードも増えないで済む。唯一気になるのは、出しやすいようにカバンの一番外のポケットなどに入れておけないことくらいか。さすがにそんな気軽な場所に、財布を入れておくことはしたくないからね。


 バスは街並が見えるので楽しい。駅周りの店が集まっているエリアを越えると、広い庭を持つ家々が現れてくる。なるほど、高級住宅地。キュー・ガーデンが近いと言うこともあるのか、そもそもガーデニングが大好きなお国柄だからか、どの家も美しく庭が造られていた。見ているだけでワクワクしてくる。その奥に見える家々も、歴史を感じるものばかり。そういえば、イギリスでは古い家ほど価値が高くなるそうだ。日本とは逆だが、それも地震大国との違いなのだろう。無論価値観の違いということもあるのだが。


 ダイサートに到着したので、降りる。思ったよりも降りる人がいたのに驚くが、別に皆がピーターシャム・ナーサリーズに行くわけではないらしい。三々五々の方向に別れていった。バス停から降りて右側、バスの進行方向に向かって歩く。数分進むと、通りの右側に可愛らしい絵と文字で『ピーターシャム・ナーサリーズ』と書かれている看板が出てきた。楕円の中左右に象の横顔が描かれているそれは、ピーターシャム・ナーサリーズのロゴマークなのだろう。左側の象の鼻には、切り花が引っかかっている。お洒落じゃないの。その看板の指す矢印に向かい、小道を入っていく。小道にはいると、すぐ右手に小さな教会が現れた。セント・ピーターズ・チャーチと書かれている。教会の名前で出てくるピーターは、ペトロのことだ。言わずと知れたイエス・キリストの十二使徒の一人で、初代ローマ教皇とも言われている。弟のアンデレと共に漁師をしていたときに「人間をとる漁師にしよう」と言われ、兄弟で弟子になったという。このペトロの名前を冠した教会は世界中にあるが、一番有名なのはサン・ピエトロ大聖堂だろう。教会の名前はこうした付けられ方が多いので、覚えておくと旅が少し楽しくなる。

 教会の前を通り過ぎると、突き当たりに牧場が広がった。


「お馬さん!」


 何故こういうときに、人は「馬!」といわずに人の名前のように「お馬さん」と呼んでしまうのか。


 馬の背には毛布のような馬の洋服が掛けられている。寒いのだろうか。のんびりと草を食べている様は、永遠に見ていられそうだ。その牧場を左に折れると、念願のピーターシャム・ナーサリーズ。

 大きな木でできた観音扉が開かれ、自転車のそれよりも大きな車輪のついたワゴンが置かれている。そのワゴンには鉢植えの花や草がみっしりと載せられていて、逸る心を抑えきれなくなる。中に入るとガラス作りの温室と、所狭しと置かれた苗のポットがひしめき合っていた。黒板にライフスタイル・ショップ、レストラン、ガーデン・ショップ、あとは知らない単語が書かれて矢印が付けられている。案内看板までお洒落だ。


「かわいい」「おしゃれ」「すごっ」「ほしい」


 そんな言葉をずっと呟いてしまう。広い敷地だからか、人にあまり会わないので、心置きなく独り言を言ってしまっている。急に人とすれ違ったら、ヤバイ人間違いなしだ。気を付けよう。


 ガーデン・ショップに入ると、10センチ角の小さな紙の袋が壁にみっしりと掛けられている。何かと思ったら種らしい。種の売り方までかわいいが、小さな写真かイラストしか載っていないので、これはわかりやすくはないな? と思ってもみる。日本の種は袋全体に写真が入っているので、とてもわかりやすいのだ。まぁ……ダサいけど。それでも、知らない花の種を買う場合は、やはりわかりやすい写真が欲しい。そう、レストランのメニューと同じで──。

 大きく育った草花が立ち並ぶ通路は、コスモスやダリア、薔薇が風に揺れていた。


「あ、これ原種に近いアネモネだ」


 普段見慣れないような花も、たくさん並んでいる。見ているだけで幸せな気持ちになってくるから不思議だ。

 通路を歩いていると、日本語が聞こえてきた。不思議に思ってそちらに近付く。そこでは日本人の女性たちが数人、井戸端会議を開いていた。エリア的に、おそらく海外赴任してきた人か、その夫に付いてきた奥様方だろう(この地域はそうした日本人が多いらしい)。


「こんにちは」


 そう告げると、皆さんびっくりしつつも笑顔で返してくれた。


「この辺に住んでいらっしゃるの?」

「いえ、今日は旅行で」

「そうなの。私たちはここに住んでて良く来るのよ」

「良い場所ですねぇ」

「そう。ずっといられちゃう」


 そんな、当たり障りのない会話をいくつか交わし、別れた。去った後後ろで「ここ、日本で結構紹介してるみたいよ」なんて声が聞こえてきた。そうなんです。だから知ったんですよ、と思いながらも、予期せぬ同胞との出会いに少々浮かれてしまった。


 ライフスタイル・ショップに足を向けると、そこには花瓶や食器、写真フレームや額縁などが並ぶ。その中で、木でできたハガキに水彩で花の絵が描かれているポストカードを見つけた。これは日本の母と伯母に送ってあげると良いかもしれない。二枚買って手持ちの現金を渡すと、


「オゥ、ペーパーキャッシュ」


 店員のお姉さんが、小さくそう言った。ここで初めてこの単語を知ることとなる。ちなみに、パディントン駅にあるクマのパディントンのショップでは、現金は使えなかったので、それだけ現金が珍しいのだろう。プラスチック製のお札を出したので、素材が紙だからという訳ではなさそうだ。


「お茶がしたいんだけど」

「だったら、そこの出口を出て左側から入って。奥のカフェの入口があるわ」


 イギリスにしては珍しく、丁寧に一枚ずつ薄い紙に包んでくれた。高級住宅地にある店だからだろうか。

 奥にあるカフェは、入口でバラのアーチが出迎えてくれた。そこを入るとガーデンカフェになっている。温室の中の席もあるようだが、せっかく天気も良いのでガーデンでお茶をすることにした。適当な席に座ると、店員さんがやってくる。お茶だけで良かったので、オリジナルブレンドを頼んだ。鳥の声が聞こえる。青空に飛行機雲がちぎれた。手元に届けられたポットから紅茶を注ぐと、心地良い香りがする。


「早く飲みたいなぁ」


 私が口にするまで、あと数分はかかるだろう。

 ──猫舌なのだ。

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