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4 サウスバンク・ブック・マーケット

 さて、お腹が満たされたら、再びマーケットに出かけようではないか。


 バラ・マーケットの最寄駅は、実はバラではなくロンドン・ブリッジだ。そう、私たちが良く知っているあの歌に出てくるロンドン・ブリッジ。実際にこのロンドン・ブリッジを見てみると、非常に何の変哲もない橋で、がっかりすること請け合いだ(観光地にありがちなやつ)。どちらかというと、タワー・ブリッジという橋の方が、皆のイメージするロンドン・ブリッジに近いと思う。そのタワー・ブリッジは現役の跳ね橋で、タイミングが良ければ橋が跳ね上がるのを見ることができるだろう。ロンドン塔のすぐ近くにある。


 などと言いつつも、ロンドン・ブリッジ駅には向かわずに、真逆の方向に歩いて行くことにする。目的地はウォーター・ルー橋近くのマーケット。その名も『サウスバンク・ブック・マーケット』だ。


 ブック・マーケットと付くのでわかりやすいが、要するに古本市のようなものだと思って欲しい。

 ウォーター・ルー橋は、テムズ川に1886年に架けられた。名前の由来はワーテル・ロー。ワーテル・ローはフランス語で、英語読みをするとウォーター・ルーになる。ナポレオン・ボナパルト率いるフランス軍に、イギリス軍が勝利した記念に架けた橋で、近くの駅はウォーター・ルー駅。イギリス最大のターミナル駅だそう。今はユーロスター(パリとロンドンを結ぶ、新幹線みたいな列車)の始発駅はセント・パンクラス駅(かの有名な魔法使いの児童文学で、魔法学校に行くときに主人公たちが使うキングス・クロス駅と隣接している駅だ)なのだが、開通の1994年から2007年までは、このウォーター・ルー駅が始発となっていた。当時フランス側からは駅名を変えて欲しいと度々申し入れがあったそうで、セント・パンクラス駅に始発が変わることになったときには、フランス側には「ワーテル・ローは忘れろ!」とナポレオンが叫んでいるポスターが、掲示されたという。なかなか洒落ているじゃないの。


 そんなウォーター・ルーだが、駅自体は先にも述べたように非常に大きい。昔はウォーター・ルー駅の構内はダンジョンのようで、さらに複数路線複数名称の駅が混在し、多くのコメディアンや作家によりジョークのネタになっていたそうだ。日本でいうところの、大阪の梅田駅(梅田ダンジョン)のようなものだろう。今では作り替えられてわかりやすくなっているので、安心して欲しい。


 エリアとしては、映画館や劇場があり、テムズ川沿いの歩道にはバスカー(大道芸人)やストリート・ミュージシャン(なお、アイルランドでは、バスカーというとストリート・ミュージシャンを指す)がいたりして、観光客にも人気のエリアだ。そんなウォーター・ルーの橋の下に、なんとマーケットがある。橋の下なので、雨でも大丈夫。いや、まあ本なので心配ではあるけれどね。毎日開催しているが、そんなわけで外なので、雨だと少し早めに撤収してしまう。


 バラ・マーケットからウォーター・ルーまでは、歩いて最短で30分ほど。だいたい2キロくらいだ。これは大通りを通る場合で、追加で10分ほど見ると、テムズ川沿いの道をのんびり歩くこともできる。そうすると、シェイクスピア・グローブ座やテート・モダンなんかを横目に散策できて、それはそれで楽しい。


 シェイクスピア・グローブ座は、エリザベス一世の時代の劇場であるグローブ座を再現したもので、初代は1599年に作られて、その後火事で消失。一年後の1614年に再建されたが、残念ながら30年後の1644年に取り壊されてしまった。その初代と二代目の建物に関して、残っている資料をもとに再建したのが、今のシェイクスピア・グローブ座だ。屋外シアターなので、夏期しか上演されていない。2015年までは昔の雰囲気をそのままに、スポットライトはなく、日中、もしくは夕方にフラッドライトと呼ばれる広範囲の照明器具を用いて上演していた。マイクやスピーカー、アンプもなく、音楽は全てライブでの演奏だ。私が観たことがあるのはこの頃で、2016年からは、新しい芸術監督が一時的に照明や音響設備を実験的に置き始めたという。どちらにしろ、この劇場で観るシェイクスピアの演目は格別なことだろう。私が観たのは『ウィンザーの陽気な女房たち』だ。もちろん英語はわからないが、日本語で戯曲を読んでいたので、それなりに楽しむことができた。もしもこの劇場で、シェイクスピアを観てみたいという場合は、一度日本で物語に目を通しておくことをお勧めする。それだけで、ぐっと解像度があがるし、イギリス英語自体を楽しむこともできる。ちなみに、イギリス英語は比較的聞き取りやすく、特に演劇だと言葉が伝わりやすいようにはっきり言葉を紡ぐので、思っている以上に話が分かって嬉しくもなるのだ。


 シェイクスピア・グローブ座の前を通り過ぎると、今度はテート・モダンの建物が現れる。

 モダン、と名前がついている通り、建物もなかなかにモダンだ。背の高い煙突が目印のこの建物は、美術館。ロンドンの多くの美術館がそうであるように、このテート・モダンも入場は無料(特別展を除く)で、気軽に入ることができる。なお、テートには『テート・ブリテン』と『テート・モダン』の二種類があり、場所が全然違うので気を付けて貰いたい。ラファエル前派やターナーを見たいという場合には、テート・ブリテンに展示されているので要注意。こちらの川岸ではなくヴィクトリア・ラインのピムリコ駅側の川岸に向かわないといけない。テート・モダンからは、かなり離れている。


 そんなテート・モダンを背にしてテムズ川を見ると、対岸には白く美しいドームを擁した教会が見えるだろう。ロンドンを代表する二大教会の一つ、セント・ポール大聖堂だ。この教会は、故ダイアナ元妃が結婚式を挙げたことでも有名で、あの長いトレーンが映える美しくも長い身廊を持っている。

 セント・ポール大聖堂については、私が話したくてウズウズしてしまうことが一つある。少々横道に逸れるが聞いて欲しい。


 この教会が一番最初に建てられたのは607年のこと。それから何度かの消失にあってきた。そうした中で改めて再建案が出ていたときに、ロンドン大火が起きてしまう。このロンドン大火は1666年だが、当時ヨーロッパでペストが大流行している中、多くの菌が死滅し感染者低減の一因となったとも言われている。また、これをきっかけに世界初の火災保険も生まれた。

 さておき、当時のロンドンは木造で道も狭かったためにどんどんと燃え広がり、ついにはロンドン大火と呼ばれるほどの大火事となってしまう。プディング・レーンのパン屋のかまどから出た火が四日間燃え続け、ロンドン中が燃えた(ロンドン市内の約85パーセントの家屋、13,200戸)というのだから相当だ。時期を同じくして1657年に日本では明暦の大火、俗に言う振袖火事が起きている。日本のそれは死者が最大で10万人以上だったと言われているが、ロンドン大火では5名だったとか……。これは燃えた温度が高すぎて、人骨すら残らなかったからではないか、はたまた当時の庶民以下の者は人としてさして重要視されておらずカウントされなかった、などと言われてもいるが、実際の所はわからない。


 この大火のあとの復興で、都市計画・法制度整備をしたのが、セント・ポール大聖堂を設計したクリストファー・レン。彼の整えた法制度により、ロンドンは木造が禁止され、かつ道幅の規定もされて、こんにちのロンドンの骨格が作られたのだ。


 クリストファー・レンは、ニュートンをしてもっとも優秀な幾何学者の一人と言わしめしたほどの人物である。そんな彼の墓地はセント・ポール大聖堂の地下にあるのだが、そこに書かれている文字が実に格好良い。息子(ちなみに息子の名前もクリストファー。ややこしいからやめて欲しい)が記した墓標を引用しよう。


『我がためではなく、人々の幸福のために生きた。レンの記念碑を探している者は周りを見よ』


 ロンドンの街が全て、クリストファー・レンの記念碑なのである。


 くーっ! 格好良い。こんな風に言われてみたいものだ。建築、しないけど。

 ……話がブック・マーケットから随分と離れてしまった。


 再びテムズ川沿いを歩く。ブラック・フライアーズ橋を横目に、カフェやパブ、大きなホテル(五つ星ホテル!)を通り過ぎると、緑の多い公園と共に、テムズ・ビーチと呼ばれる微妙な砂浜のビーチが現れる。思ったよりも人が砂浜でくつろいでいるが、テムズ川だぞ……? そんな……沖縄の海とかじゃないぞ……? なんて気持ちになる。でもいつか私も、そこでぼんやりとテムズ川を眺めてみたい。それなりに楽しそうだ。


 それを過ぎると、コンクリート造りのナショナル・シアターが現れる。ここはシェイクスピアの演目やストレートプレイを多く上演する、新しい劇場だ。この建物を見ると、建物と橋が繋がっているように見える。そう。この橋こそ、待望のウォーター・ルー橋だ。


 その橋の下が、お目当てのマーケット。サウスバンク・ブック・マーケットという名前が、テムズ沿いにモザイク画で架けられているので、チェックして欲しい。

 橋の下には、会議室のような長テーブルが幾列にも並び、その上に本が載る。ハードカバーからペーパーバック、写真集に絵本、レシピ集まであるのだ。もちろん英語の本だが、ジャケ買いするのも良いし、絵本や写真集などは言葉がわからなくても大丈夫。また、ポスターも売っている。ポスターというか、古い本の表紙や挿絵ページを個包装したものだ。おしゃれな雰囲気なので、自分へのお土産にも良い。


 値段は本の後ろのページに鉛筆で書き込まれていることが多く、それもどこか懐かしい気持ちにさせてくれる。クレジットカードも使えるので、ついつい買い込んでも大丈夫だが、本は意外と重いので気を付けて欲しい。帰りの飛行機で、うっかり重量オーバーにならないように……。え? 経験があるのかって? ある……。ありますよ……。そのときは海外の航空会社だったので、最初何を言われているのかわからなかった。重量オーバーと気付き慌てて中身を幾つかのバッグに入れ替えて分散させたんだよね。それ以来、手持ちのラゲッジ・スケール(カバンの重さを量れるもの)を持ち込むようにしている。特にLCCを使う向きには、気を付けて貰いたい。


 このブック・マーケット。始まったのは1982年だというので、ロンドンのマーケットの中では新しい方なのかもしれない。けれど、ロンドンの古本屋街と言われているチャーリング・クロスの辺りから、古書店がどんどんと消えていったことを考えると、こうして40年もの間ブック・マーケットとして残っているのは、ありがたい限りだ。店舗と違って、入りやすいのもとても良い。


「地図があるじゃん……」


 古い、どこの街の地図ともしれないものを見つけた。

 友人で、こうしたものが好きな子がいるので、良い土産を見つけたとばかりに購入する。なんと3ポンド。掘り出し物を見つけると、それが自分用でなくとも嬉しくなる。この日は自分用のお気に入りは見つけられなかったけれど、収穫はあったと思って、ご機嫌でホテルに戻ることができた。

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