王太子殿下、婚約破棄と言われましても私は悪役令嬢の姉上の身代わりです!(※なお、心の中で叫んでいます)
小説家になろうで投稿を始めてから三周年記念で書きました。
三年経っても相変わらず王道を捻じ曲げた芸風ですが、どうぞよろしくお願いいたします。
それは王宮で開かれた華やかなパーティーにて。今夜の主役とも言えるダリオ王太子殿下は、黒いベールとゆったりした黒いドレスを身に着けた私の姿を認めるなり、突然指差し声を張り上げたのです。
「見つけたぞヴィルジーニア・ミネッティ! お前は国母に相応しくない! よってお前との婚約を破棄する!」
「!?」
この言葉を突きつけられた瞬間、私の頭の中に稲光のような白い世界が広がりました。
(……あ!)
そして次の瞬間、私は思い出したのです。私の前世はごく普通の日本人だったことを。そして不慮の事故で亡くなった事も。つまるところ、これは所謂「異世界転生」というやつじゃないか、と思い当たりました。
とはいえ、これがどういう異世界なのかはさっぱりわからず。なにせ前世の私は乙女ゲームはおろか、少女漫画も恋愛小説も殆ど嗜んでいなかったものですから。ここから先、どういう態度を取るのが最善かもわからないまま、声を出せずにおりました。
まあ、前世を思い出す前から声を出すつもりは元々無かったのですが。何故なら私は今日、姉のフリをした身代わりとしてこの夜会に参加させられていたからです。
そんな私の特殊な事情を知るはずもないダリオ殿下はぺらぺらと口上を述べ続けます。
「お前は『星見の聖女』であることを笠に着て好き勝手な行動をしてばかりいる! 今までは大目に見てきたが俺の大切な友人に嫌がらせをし、傷つけるのは絶対に許さん!」
「殿下ぁ……」
殿下はその『大切な友人』とやらの肩を抱いていらっしゃる。抱かれた方の令嬢も甘い声で身体を預け、大きめの胸を殿下に押し付けてさえいますが……これ、どう見ても婚約者がいながら他の女と通じてる図ではありませんか!?
まあ確かにヴィルジーニア・ミネッティ侯爵令嬢……つまり私の姉が日頃から好き勝手な行動をしていて、その能力の高ささえなければ『聖女』の呼び名に相応しくないヤツなのは、誰より私が一番知っていることですが。それとこれとは別なんじゃないですかね、殿下……?
反論したい悔しさと声を出せないもどかしさに、私は黒いベールで覆い隠している唇を噛みました。思わず手も拳の形に握りそうになるも、その手をそっと取る人がいます。驚いて横を見ると私の婚約者が心配そうに青い瞳で見つめていました。
「ク……」
思わず名を呼ぼうとする私に先んじて、婚約者は小さく首を横に振りました。声を出せばバレてしまうと心配しているのでしょう。
ああ愛しのクリス! 私が密かに姉の代理をさせられてこの場に出た為に、クリスは独りで夜会に出なくてはいけない身となったのに、この場においても私の身を案じてくれているなんて。前世を含めても、間違いなく人生最高の恋人です。最高のクリスと離れるなんて考えられません。
「!」
私はそこでハッと気づきました。姉がダリオ王太子殿下との婚約を破棄されてしまえば私とクリスの婚約も無かったことにされてしまうかもしれない! と。
姉が王太子妃になるからこそ、クリスの父君、チェザリス大公は格下であるミネッティ侯爵家との婚約を許したのだろうと推測できるからです。
姉、姉、姉……思えば、私の人生は姉に振り回されてばかりでした。でも彼女は王家に望まれるほどの能力を持つ『星見の聖女』なのですから、私は姉に従わざるを得ないと思っていたのです。
今日この場で、前世の記憶が蘇るまでは。
◇
「星の巡りが良くないわ。私、今度の夜会の参加はとりやめます」
三日前の夜。バルコニーに出た私の姉、ヴィルジーニアは空を見上げるなりそう言いました。こちらを振り向いた彼女に満天の星々が祝福を与えるかのように星明かりを降り注ぎ、彼女の美しい顔をぼんやりと浮かび上がらせています。
ヴィルジーニアは星の巡りを見ることで様々な出来事を予見できるのです。些細な事から、凶作豊作などの大きな出来事までぴたりと言い当てて見せ、それは星占いの域を越えて神より与えられた聖なる力だと思わせるほどの正確さでありました。
姉は小さい頃からその力の片鱗を既に見せていましたが、皆に広く知られる事になったのは彼女が11歳の時の事です。領地でかつてないほどの大規模な嵐が起きると予言し、彼女は領主である父、ミネッティ侯爵に「領民を丈夫な石造りの建物に避難させて」と助言をしました。
果たしてそれは現実となりました。木造の小屋が幾つもなぎ倒され、吹き飛ばされるほど激しい嵐だったのです。ヴィルジーニアのお陰で被害は最小限ですみました。
それ以来、彼女は多くの民の命を救った『星見の聖女』と呼ばれています。
その評判は瞬く間に拡がり両親はおろか近隣の領主までもが、まだ子供のヴィルジーニアに助言を求めるほどになりました。彼女はその度に皆の期待に応えて見せ、更に名を上げる事を繰り返していきます。そして当然の成り行きと言えばそうなのでしょうが、姉はやがて王太子の婚約者、つまりは未来の国王の正妃となり、国を支えるよう直々に王命を賜ったのです。
その彼女に「星の巡りが良くない」と言われれば、首を縦に振るしかありません。……が、私は口を濁しました。
「しかし、今回は流石に欠席は……」
なにせ三日後の夜会は王宮で開かれるのです。ダリオ王太子殿下の婚約者である姉は表向きは招待客ですが、かなりホスト側に近い立ち位置でしょう。普段から星見の聖女である事を笠に着てワガママ放題のヴィルジーニアであっても、夜会を欠席をすればただではすまないのでは。
私の懸念を読み取ったかのように彼女は微笑みます。まるで美しき悪魔の如く。
「私はとりやめると言ったわ」
「はい?」
「ねえアレッサ。私の代わりに夜会に出て頂戴」
「え? 私が姉上の名代に?」
「いいえ、代わりによ」
姉はすっと歩み寄ってくると私の頬に手を伸ばします。
「ねぇ、私たち、いつも『まるで双子のよう』って言われるほど良く似ているでしょう?」
「は!?」
「だから声さえ出さなければ私の替え玉になってもバレないと思うの」
「な、何を!? 無理に決まっています!!」
確かに私たちは非常によく似ています。夜空色とも言える深い藍の長く真っ直ぐな髪。白くきめ細かな肌に端正な顔立ち。しかし『まるで双子のよう』というのはあくまでも比喩であって、一度会っただけの人間ならともかく近しい人から見れば一目でバレるに違いありません。
「大丈夫よ。私、ここ2年は公の場ではベールを着けているもの。皆、私の顔なんてぼんやりとしか覚えていないし、今回もベールで隠したらわからないわ」
「うっ」
確かに姉は「夜空を見る目を守る為」と言って日中や眩しく灯りを焚く場所では黒いベールを身に着けていました。
「そもそも背の高さが違います!」
「あら、そんなものヒールの高さ調整で何とでもなるわよ」
「た、体型が!」
姉は豊かな胸とくびれたウエストの持ち主ですが、私は同年代に比べかなりガリガ……細身なのがコンプレックスだったのです。
「胸なんて詰め物でいいでしょ。それに私のドレス、ゆったりしてるデザインだから体型の違いも誤魔化せるわ」
「……!!」
「ねえ、あなたならきっとやりおおせるわ。私の可愛いアレッサ、あなたはいつだって私にイエスとしか言わなかったでしょう?」
姉は微笑み、私の背中に腕を回して抱きしめました。
こうして私は逃げ道をすべて塞がれ、密かに姉の身代わりとなるしかなかったのです。
◇
……でも、でも!!
(あの……あんの! クソ女ぁぁぁ!! 何が「私の可愛いアレッサ」だよ!!)
前世の記憶が蘇った私は心の中で酷い悪態をつきました。いつも姉の言いなりだった今までの自分では、およそ考えもしないことだったでしょう。でも日本人としての知識がある自分は、今の状況が姉にハメられたと理解できます。
きっと彼女は身代わりの提案をした三日前ではなく、ずっと前からダリオ殿下の裏切りを知っていたに違いありません。そして今日のこの日の為に、前々からベールを被ったり体型を隠すドレスを着ていたのでしょう。
そして彼女の美しいけれどもつり目でちょっとだけきつそうな顔と、抜群のスタイル。更には王太子殿下からの婚約破棄。……流石に女性向けの流行りに疎い私でもなんとなくわかります。恐らくヴィルジーニアは「悪役令嬢」という役割なのではないでしょうか。
問題は誠の『悪』なのか、それとも『悪役』と言われる立場だけれど実はここから逆転する『主人公』なのか。それによってこの先私は破滅するのか救われるのかの分かれ目だと思われます。
姉の名前がVirginiaなのは主人公っぽい。乙女ですよ乙女。きっとこの婚約破棄に異を唱えるイケメンが聖なる乙女を救ってくれる展開なのでは? ほら、あそこで護衛の任に就いているのは騎士団の第一隊長のマッチョなイケメンですし! あと今日の夜会は隣国の皇子がメインゲストだったはず! きっとどちらかが……
「お前のような女は目に入れるのも不快だ! 国外への追放を言い渡す!!」
ダリオ殿下の言葉に、夜会の会場はしんと静まり返りました。私は固唾を呑んで救いの手が差しのべられるのを待ちます。
……。
…………。
……………………!!
どっ、どっちも助けてくれないぃぃぃ!!
ちょっと! 第一隊長なんて横に居る部下と一緒に笑いを堪えていませんか!? 隣国の皇子様なんて姿すら見せませんがどこにいるんですか!?
そりゃそうか!! 乙女だなんて名前が皮肉の塊だと思えるほど、そもそも姉はワガママ放題好き勝手な人間でした!! まごうかたなき『悪役令嬢』……いえ『悪の華』なのでしょう。
「さあこの女を引っ捕らえよ!!」
ダリオ殿下は騎士団員に命令します。ああ、絶体絶命です!……と思いましたが、あれ?
「えぇ……」
「ですが……」
これには騎士団員の方々も少し躊躇われているようです。予見により国益に大いに貢献している『星見の聖女』を今の情報だけで捕らえるというのは流石に無理があります。が、殿下が「早く!」と圧をかけると命令に逆らえない下級兵士がおずおずと数人出てきました。
ああ、やはりこのままでは彼らに捕まってしまう。ここは恥を忍んでベールを剥がし、私は別人だと言うしかありませんね。しかしそれでは私もただでは済まないでしょう……
「お待ちなさい!!」
私を囲もうとした兵士の前に立ちはだかり、両手を広げたひとの背中はとても小さく……しかしそこに弱さは感じられません。むしろ金の髪がシャンデリアの灯りを受けて煌めいているのがベール越しにも見え、神々しささえ生み出していました。
ああ、ああ、愛しのクリス!!
彼女に守ってもらうなんて。なんて私は情けない男なのでしょう。
下級兵士たちも公女であるクリスには手を出せないと尻込みしている間に、彼女はダリオ王太子殿下に向き直り、強い口調で切り出しました。
「殿下……いえ、敢えて昔のように呼ばせていただきますわ。ダリオお兄様。いい加減になさいませ。ヴィルジーニアお義姉様をこれ以上貶めるのは私が許しません!」
「く、クリスチアナ! お前、俺に逆らう気か!!」
「寧ろ私だから逆らうのです。ダリオお兄様の従妹であり、最も王家に近しい臣下の娘として、いくら王族の言葉でも間違っている事は間違っているときちんとお伝えするのが私の務めというものです」
「な、なにっ!」
「確かにヴィルジーニアお義姉様は自由奔放で、将来王太子妃になる者としては目に余るところもございます。けれどもそこのご令嬢に嫌がらせなど決して致しません。このクリスチアナ・チェザリスが請け合いますわ!!」
クリスカッコいい……可愛くて美人なだけじゃなくてカッコいい属性まで持ち合わせてるなんて私の婚約者最高では? 神がお造りたもうた人類最高傑作では???
……いや、そうじゃなくて(そうだけど!)ヴィルジーニアが嫌がらせなど決してしないって言うのはいくら擁護の為でもちょっと厳しいんじゃないでしょうか。現に私は今こうして手の込んだ嫌がらせを受けてる真っ最中ですし、クリスもたまにイタズラされてましたよね?
「クリスチアナ、お前はヴィルジーニアの弟と婚約しているからあの女を庇っているんだろう。だがあいつはその弟にも、お前にも嫌がらせをしていたじゃないか!」
「そっ、そうですわぁ! だから私の持ち物を壊したり、階段で身体を押すなどの嫌がらせをしてぇ……」
(ん? 持ち物を壊す? 階段で押す?)
殿下の浮気相手(でいいですよね?)のご令嬢の言葉が耳に入り、それは違うんじゃ……と首を傾げる前にクリスの言葉が飛んできました。
「お義姉様は致しませんと言ったでしょう!!」
その迫力に場の空気が一段とピリリと締まります。流石王家の血を引く公女。その威厳は生まれた時から備わった物なのでしょう。
彼女の言葉に王太子殿下と浮気相手が口をつぐむと、クリスは急に柔らかい口調になりました。
「ダリオお兄様、まだわかりませんの? お義姉様は、お兄様にも嫌がらせをしたことはないはずでしょう?」
「えっ? そ、それはそうだろう。王族に嫌がらせなど不敬だからな!」
「違いますわ。お義姉様は気に入った人にしかイタズラを仕掛けませんの。ですから主なターゲットは弟のアレッサンドロ様と私ですのよ。そこにいる……」
クリスの声が氷のように冷たくなります。
「出鱈目の嘘をついて異性の気を引くような、令嬢としての誇りを微塵も持たない女性など、嫌がらせをするどころか名前も覚えていないでしょう。勿論、私もそちらの女性の名前を覚えておりませんわ」
「えっ……あ、あの……」
浮気相手の令嬢が今まで桃色に染めていた頬を真っ青にしてあたふたし始めました。流石クリス。図星のようですね。
「……そして、ダリオお兄様に対しても、イタズラをするほど親しい仲にはなかったという事ですわ。それでもヴィルジーニアお義姉様は歩み寄りはされていたはずです。時折私にも、どうやったら婚約者と仲良くなれるかと相談してくださっていましたもの」
「そ、そんな! 俺には何も……おい、なんとか言え、ヴィルジーニア!!」
クリスの反論に何も言い返せず、焦ったのかダリオ殿下がこちらに詰め寄ろうとしてきました。ど、どうしましょうか。私はガリガリの身体で武術は苦手なほうなんですが、多分ダリオ殿下は私以上に武の心得がなさそうなのが歩き方でわかります。殿下が私を捕まえようとするのをさっとかわすと、彼はカッとなりました。
「ヴィルジーニア、お前……!」
「あーっははははは!!!」
突如として夜会の会場に響き渡る女性の笑い声。周りの皆も呆気にとられます。それはそうでしょう。殿下を嗤うなど不敬も良いところです。
「あははははは!! おっかしい! そんなに至近距離でも気づかないなんて、どれだけ私の顔を覚えていないのかしら!!」
「その声は!!」
遠巻きに様子を見ていた招待客の中から笑い声の主が陽気に飛び出してきたかと思うと、被っていた栗色の鬘を豪快に外し、勢いそのままにダリオ殿下に投げつけました。隠されていた藍の髪がさらりと揺れます。殿下は私の横で「ひゃあ」と変な声をあげてますが鬘ひとつでビビりすぎでしょう。
「あははは! ダメ男殿下、ご機嫌麗しゅう。ヴィルジーニア・ミネッティ、ただいまここに参じました♪」
今なんて!? どさくさ紛れに物凄く失礼な呼び方しましたよこの人!?
「うふふふ、まさか婚約者を他の人と間違えた上、そのままご自身が他の令嬢と浮気しているところを見せつけるなんて想像もしませんでしたわ~」
どの口が言うか。全部わかってたくせに。というか、多分『星見の聖女』の力も聖なる力じゃないんでは。貴族令嬢らしくない性格に、全てを見通す能力……彼女も転生者と考えた方が辻褄が合います。
「ヴィ、ヴィルジーニアが……二人?」
「じゃあ、そっちのベールを被った人は!?」
「もう良いわよアレッサ」
姉に言われ、私は渋々ベールを上げます。周囲からどよめきが上がりました。
恥ずかしい……姉の命令とは言え、女装した姿をこの場の全員に見られるなどアレッサンドロ・ミネッティ、一生の恥!! しかし横で殿下がわーわー言ってるので若干聞こえづらいのですが「やだ綺麗」とか「意外とアリだな」とか言ってる人がいませんか!?
「殿下、クリスチアナの言う通り、私はこういったイタズラを仕掛けはしても他人の持ち物を壊し、ましてや怪我をさせようとなんて致しません。そんな嘘を何故信じてしまわれましたの?」
「違う! 違うんだヴィルジーニア……!!」
そう言う殿下の視線は派手なドレスの上側……つまり彼女の豊かな胸に釘付けになっております。はぁ、なるほど。通じていた女性も胸が大きかったですし、姉は今まで体型を隠す服を着ていましたからね。何とわかりやすいのでしょう。正直なところ、臣下としてはかなりガッカリです。同じことを考えている人も多いのではないでしょうか。
「ダリオ王太子殿下、私ヴィルジーニア・ミネッティは婚約の解消に同意致します。追放すると仰るならばこの国も出て行きますわ。でも、そちらの女性の色香に惑わされ『星見の聖女』を簡単に追放した事、きっと後悔しましてよ? もうすぐ国王陛下と王妃殿下もいらっしゃるようですから、存分にお話し合いをなさいませ」
「待てヴィルジ……」
「ご機嫌よう! ざまぁですわー!! おーっほっほっほ!!」
姉は言いたいことだけ言うとさっさとその場から立ち去りました。これだけの混乱を引き起こしておいて後始末もしないなんて!! なんという人なのでしょう……。
◆
それから先? それはもう大変でしたよ。
ダリオ殿下は陛下と妃殿下との「話し合い」で散々絞られたらしく、げっそりとお窶れに。『星見の聖女』を手放すなどありえないから当然ですよね。でも公の場で恥をかかされたという理由で婚約破棄の取り消しは父と姉が拒否しました。
結果、ダリオ殿下は廃嫡。王太子の座を降ろされました。まあ私以外の人間も、あの場での殿下の人間としての浅さに引いてましたからね。彼が国を率いる王になったら、たとえ『星見の聖女』が居てもヤバイだろうと皆が考えたはずです。
そしてヴィルジーニアはと言うと。王宮お抱えの聖女……もとい、占い師になりました。
「おっかしーなー。あの後は隣国でモテモテ逆ハーレムのハズだったのよ?」
彼女は私の執務室でお菓子を食べながらゴロゴロしてそう言います。指を折って男性を数え始めました。
「隣国の皇子様でしょ。神官でしょ、魔法師団長でしょ……。騎士団の第一隊長なんて国外追放された私を追いかけて国を出る設定だったのよ。なんで誰も私に言い寄ってこないの!?」
「今もある意味モテモテでしょう。皆が予見をしてくれって毎日姉上に会いにくるじゃないですか」
「それは『星見の聖女』の能力をアテにしているだけじゃない!」
私は書類を書く手を止めこそしませんでしたが、思わずふふっと笑いました。前世を思い出してからと言うもの、私も姉にやられっぱなしではなくなったのです。
「逆に聞きたいのですが『星見の聖女』でない貴女に、男性を寄り付かせる魅力がおありと?」
「失礼ね! この美貌があるでしょう!」
「その美貌をベールで隠していましたから、婚約破棄騒ぎまで誰も知りませんでしたよね?」
「ふぇ、フェロモンも凄いでしょ。ボンキュッボンで! 大人の女の魅力はアレッサにはわからないかもしれないけど?」
「そのフェロモンも女性らしい体つきもゆったりしたドレスでお隠しになってましたね。だから婚約破棄の時に誰も助けに来なかったのでは?」
「う……ほら『乙女』なのはほんとよ! 純潔は守ってるもの」
「それは流石に魅力と言うのは無理があるのでは。未婚の淑女なら当然でしょう」
「……明るくて裏表の無い性格……」
「ご自分で言ってて苦しいの、わかってますよね?」
「うっ」
ヴィルジーニアが言葉に詰まったところに合わせ、私はペンを走らせながらサラッと言います。
「姉上。おそらくですが、2年前にベールや体型を隠すドレスを着始めた時点でシナリオが崩壊し始めていたんでは? ですからどなたも姉上に言い寄らないのかと」
中の人の性格がアレな時点で崩壊していそうだ……という言葉は流石に呑み込み、服装の事についてのみ言及すると彼女は唇をすぼませ、情けない顔になりました。
「だってぇ……仕方なかったのよ! アレッサと入れ替わるの、すっごい無理だと思ったんだもん! 身長も顔も違うし! やせ型だけどやっぱり男の子だから肩幅あるし! 小説だったらたった一行『そっくりな弟と入れ替わった』って書けばいいだけだったのに~!!」
予想通りヴィルジーニアも転生者だったのですが、予想外過ぎたのはここが彼女が書いた異世界恋愛小説の世界だったという事。どうりで些細な事まで予見できたわけです。この世界を創造した神なら納得。
ところが神にもままならない事はあるようで。ヴィルジーニア(の中の人)はどうでもいい設定は凝りまくって沢山考えていた割に、登場人物の外見設定は髪の色と目の色を決める程度であとは全部「すごい美形」のひとことで終わらせていたようなのです。画像イメージが頭に浮かばないタイプの創造者だったんですね。
つまり私、アレッサンドロ・ミネッティは「姉と双子のようだと言われるすごい美形の弟」で、実際はベールやドレスで隠し、低いヒールで身長を誤魔化さないと男女の身代わりまでは成立しない程度の類似だったというわけです。
私が持論に満足し、そろそろ仕事に集中しようとした時です。姉は首を傾げこう言いました。
「うーん、でもシナリオ崩壊って程かしら。私がモテないだけで他は全部小説の通りなのよ? あ、アレッサが転生者って設定はなかったけど」
「え!?」
思わずペンを持つ手が止まりました。
「え!? 今のこの状況が設定どおりなんですか!?」
先ほどまで余裕を見せていた私が酷く驚いたので、ヴィルジーニアはちょっと得意げな顔になりました。
「それはそうでしょう? だって『星見の聖女』が隣国に行っちゃった後、ダリオがその失態を責められて廃嫡されたらこの国は大混乱になるのよ? ちゃーんと落としどころを決めておいたんだから!」
「は……」
なるほど……ダリオ元殿下の他にこの国の王子はおらず、他の王女は全て他国の王族との結婚または婚約済み。今まで王位継承権を放棄し臣下となっていた王弟殿下……つまりチェザリス大公がやむなく王籍に返り咲き、次の王を継ぐ予定となりました。
それに伴いクリスも再び王家の人間となったのです。先日の夜会でダリオ元殿下相手に一歩も退かず、むしろ向こうを圧倒する迫力を見せた事で、彼女は「いずれ女王となるに相応しい威厳と品格を既に備えている」と貴族階級から評されているようです。
「ええ、つまり……」
「アレッサ、あなたは将来物静かで目立たない存在でありながら、陰でしっかりと女王を支える、女装の似合う王配殿下になるってワケ」
「マジか……」
おっといけない、つい前世の言葉が出てしまいました。あと「女装の似合う」は余計な一言ですよ。
「因みに、アレッサって日本では何やってたの?」
「大学の農学部で地質改良と肥料の研究をしてましたが」
「あら! やっぱり設定にドンピシャじゃない! 王配殿下のお陰でこの国の農業は盛んになる未来なのよ! 前世の知識があればチートでしょ!」
「はぁ……まあ確かに」
カラカラと笑う『星見の聖女』の未来の予言を聞きながら私は呆れのため息をつきました。つまり、シナリオが崩壊しているのはヴィルジーニアがモテモテになっていないところだけで、それってやっぱり中の人の性格が貴族令嬢に全く相応しくないせいなんじゃ……。
「あら、ため息なんてついて。この未来がご不満?」
「いいえ、とんでもない!」
私がそう答えた直後に執務室の扉が開けられ、人生最高の恋人、麗しの、愛しの、「すごい美形」のクリスが入ってきました。
「ああ……嫌になっちゃう。なんであんなに無駄な会議をするのかしら」
「お疲れ様、クリス。お茶でも飲もう」
私は侍女に目配せをし、すぐに彼女好みのお茶を用意させます。その用意の間に私はクリスの横に座ると彼女の手を取り、手のツボをマッサージしました。大学でずっとパソコンとにらめっこをしていると肩が凝るので、自分で刺激できるツボを前世で覚えたのです。
「はぁ……疲れが溶けていくようだわ……最高ぉ……」
とろんとした目をして私の肩に頭をコテンともたせかけるクリスのなんて可愛く、愛らしく、美しい事。私は彼女のその赤い唇に口づけをしたい誘惑をぐっとこらえます。姉の前でそんな事をしたら、絶対にこの人はニヤニヤして揶揄うにきまってますからね。
「クリス、大丈夫かい? もし疲れてるならちょっと寝たらいいんじゃないか?」
「でも……まだ目を通す書類が残って……」
「ああ、それなら僕が代行できるものは目を通してサインしておいたよ」
「え? あ、ありがとうアレッサ……」
「どう致しまして。愛する君の為なら、こんな事なんでもないよ」
まあ実際、前世の記憶がある自分にとっては、この程度の書類は大学のレポートより簡単なくらいですから。これも転生チートってやつでしょうか。
ここで彼女をお姫様抱っこでもして寝室に運べれば、完璧な男だったのでしょうが……。
「ふんっ!」
……と力を込めてみてもクリスの身体は持ち上がりませんでした。うん、ちょっとガリガリすぎるんだよなぁ、現世の僕の身体。執務の合間に筋トレでもしてみるか。そしたらクリスがもっと僕のことを好きになってくれるかもしれないし。
「クリス、立てる? 隣の部屋で休もうか」
「うん……ありがとう……大好きよ、アレッサ」
ふらふらしながらも大好きと伝えてくれるクリスにきゅん、と胸を躍らせた僕は、できるだけ彼女の胸も躍らせたいと願いながら愛の言葉を囁きます。
「僕も、愛してるよ。僕の人生を全て君に捧げたい」
「ひゅーひゅー♪ お熱いわねぇ!」
後ろでヴィルジーニアが囃し立てます。この人、そんな事してていいのだろうか。このまま一生モテない王宮お抱え占い師で終わったらバッドエンドじゃないのか?
まあ、僕は大ハッピーエンドだから別に気にしないけど。
お読み頂き、ありがとうございました!
いかがでしたでしょうか。婚約破棄を突きつけられたヒロインを救うヒーローという構図の、男女逆転バージョンを書いてみたくてこうなりました。
面白い!と思って頂けたなら、↓のお星様に色を付けて☆→★にしてもらえると嬉しいです。
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