male and female
缶ジュース。
黒い炭酸水、コーラが入っている。
まだ中身が入っているのに、壁に放り投げてしまう。
破裂して、弾けて、部屋が汚くなる。
「何やってんだよ、お前はさ。こういうの、面倒なんだから」
そう言って友達は、雑巾を持ってきて、黒い液体を拭く。
染みがそこら中に残ってしまっている。
ああ、辛い。
そう思ったから、口に出してみることにした。
「ああ、辛い!」
その声を聞いた友人はキョトンとしながら、振り向いた。
「辛いのは、俺のほうだろうが!どこをどう見ても」
ごもっともだ。だが、そう思ってしまったんだから諦めてくれないか。
「あきらめてくれないか」
「はぁ?」
「あきらめてくれないか」
「俺が、お前の好きな子と付き合うことを、やめろっていう意味かな」
「そうじゃない」
「嘘つけ」
「嘘じゃない」
「嘘だろ」
「嘘じゃない。どうだっていいことだろ」
「ふん、強がりが好きだな」
そう言ってから、友人は雑巾を、俺に放り投げた。
俺はなにゆえか悲しくなった。
だけど今度は『悲しい』とわざわざ口には出さなかった。
もう、帰ろうと思った。
何を言っても、理解はしてくれまい。俺から言えることは、かなり限られている。
「今日は帰る」
「帰れ、帰れ」
友人は、俺を追い払う仕草をした。
(このベッドに染み込んでしまった黒い液体は、怒りか悲しみか)
そんなギザったらしいことを考え込んだのは、友人である。
そこに呼び出した彼女が、訪れて。
「入っていいよ」
友人は彼女を気さくな調子で部屋に迎え入れた。
「部屋、どうしたのこれ」
彼女は黒い液体の染みを見て、驚いている。
「いろいろあって」
俺だって、コーラの缶を突然投げられた時は驚いた。なにせ、投げたあいつが一番驚いた顔をしているんだものな。
「ねぇ、私のこと好きって、本当なの?」
彼女はいきなり確信をついた。俺は戸惑う。
「本当のことだよ」
戸惑っているから正直に答えた。すると彼女は少し笑った。
「何笑ってんの。冗談とかじゃないよ」
「はは。いや、ごめん、ごめんね。でもね…君はもしかして私のこと好きなのかなって、前々から何となくそう感じるときがあったの。それが本当に現実になったら……戸惑って笑っちゃうこともあるじゃない」
そう言ってから彼女は手で何か、仕草を始めた。くるくると指を回している。
俺は何だか気に食わない。
俺の感情が見透かされていたような感覚が、ちょっとだけ気に食わない。
だけど、全体的に見たら、この雰囲気は……オッケーなんじゃないのか……いい兆しなのか……もしや!?
「ってことはさ。もしかしてさ、オッケーしてくれるってことなのか!?」
俺がそう叫んだ声は、やけに部屋の中をこだまして、俺はなんだか恥ずかしい。
しかし、彼女は、俺がこんなにも恥ずかしい思いをしたというのに、何も言わない。
唇をギュッと閉じたまま、指を回している。
………何だか、嫌な気分だ。
俺がそう思った瞬間に彼女は口を開いた。
「ねえ、私のこと、君は綺麗だって、思うの?」
お!何だかいい感じに傾いてきたか!?…よし、こっからだな。
「……前から。そりゃもう、ずっと前から君のことは……多分、一目惚れだった。だって君、俺が見たなかでのどんな女の子よりも、綺麗だ。お世辞とかじゃない、そんなでたらめなことじゃない。本当に、綺麗だと思った…し、今でも綺麗だと思ってる」
われながら、決まった。
「本当に、本当にそう思うんだね?」
「本当に、そう思うよ」
これは決定的な一言だと思えた。これは、これは、成功だ。あいつには悪いが、俺は、この子と付き合うことになる!
しかし……おかしい。彼女は、どうしたことだろう、また俯いてしまった。まだ何か心配事があるのだろうか。…性格のことか?いやいや、俺は彼女のことをよく知っているし、彼女も俺の性格は知っているだろう。心配するほどの不安は無いはずだ。無いはずなのに……どうして君は、指を回すんだ?おかしいんじゃないのか?
俺がそんなことを思っている時に、彼女は口を開いた。
そうして俺は、衝撃に打ちのめされて、腰をぬかしてしまった。
「わたし、男なんだよね」
そうして数日後。俺は友人にまたもや呼び出された。
まだコーラの染みが残っている部屋で、あいつは奇妙な微笑みを浮かべながら、俺を迎え入れた。
「なあ…こんなことってさ、あるもんなんだな」
俺はその言葉を聞いた瞬間、ちょっとだけ心が震えた。…とりあえず、話を聞くことにする。
「あんな綺麗な子が、だよ?……おっと。まだこの事実をお前に伝えるわけにはいかないな。もっとお前が、心を落ち着かせた状態で聞かせてやりたいからな。優しいだろう?……何せ、俺はあまりの衝撃に腰をぬかしたんだ。初めてだったよ、腰をぬかすなんて経験は」
(ああ)と、俺は心の中で嘆いた。何てこった。
しかし今は何でもない顔をしていよう。そうするのが吉だ。
「そんなにすごい秘密があったのか?あの子に?……お前、自分がフラれたからって、俺に告白させないようにするつもりだろ」
俺は白々しいことを言った。……こいつが言いたいことがそういうことでないことを、『私は知っている』。
友人は俺の白々しさにはまるで気が付いていないらしい。何か俺にいいたそうな、ムズムズした表情をしている。
「なあ、教えて欲しいか?……その秘密」
いやらしい顔をする野郎だ、まったく。そうやってもったいぶられると、知っている俺からしたら、リアクションを作るのが面倒じゃないか。
……まあ、今はとりあえず演技だ。
「別に何を言われたって、俺があの子のことを好きなのは、変わらないけどな」
そう、それは事実だ。……何を言われたって、『俺が彼女を嫌いになるわけは無い』。
友人はまたニヤける。
先程よりも、さらにイヤらしい顔つきになっている。
「ふぅん。はたして、それはどうかな。……まあいい、じゃあ教えてやるよ」
そう言って友人は俺の方に近づいてきた。そして、俺の耳元に口を近づけて、『既に俺が知っている素っ頓狂な事実』を、俺に伝えた。
つまり、彼女が男であった、ということ。
耳元でごにょごにょ言ったあとの友人は、俺の顔をじっくりと眺め回していた。
仕方がないから、驚いた顔つきを作って、
「え、まじかよ!」
と叫んでみる。すると彼は予想よりも対したリアクションでないことに不満を感じたのだろう。
あまりいい表情ではない。
「…ふん。これで、お前も告白する気が失せただろう?俺はもう萎えたよ。いくら美人でも、俺は女じゃなきゃイヤだ」
ごもっともな話である。そりゃ、おれだって異性の方が好きだ。
にしても、こいつの得意気な顔、気に食わないな。
……よし、教えてやるとするか。
別に、ばれちまったって、仕方の無いことだ。それに、『彼』がそのことを言ったのならば、『私』だって、そのことを言わなくちゃ。
「ねえ、面白いこと教えてあげよっか?」
俺は久しぶりに、高めの声を上げた。喋り方もわざと変えてみた。
あいつは面白いほど引きつった表情で、私のことを眺めた。私の顔をまじまじと見た。
「……な、なんだよ……」
友人もある程度、何か異質な空気を察したみたいで、数歩、私から身をひいた。
何だかそれが面白くて仕方の無い私は、友人に数歩、近づいた。
「とっても面白いことだよ。もしかしたら、また腰痛めちゃうかも」
友人はしどろもどろ。面白くて仕方が無い。
友人が焦った様子で喋る。
「まさか……お前、お前。自分のこと、『女』だって、言うんじゃ、ないだろうな?」
「その、まさかよ」
私はものすごくうきうきした。もしかしたら私は、この一言を言うのをずっと楽しみにしていたのかもしれない。
「私の性別……生まれつき、女なの」
………友人は腰を痛めて、次の日学校を休んだ。
ありがとうございます。微妙に挑戦作です。
今までごちゃごちゃした文体が多かったので、簡潔になるよう努力してみたのですが……なんだか、人称がごちゃごちゃしたかもしれないですね。
感想がありましたら酷評でもよろしいので、どんどん送りつけてくだされば、ありがたいです。