新世界の神になろう
「すみません、さっき何と言いましたか?」
顔に笑顔を作り、田村鏡は疑惑を心に隠し、できるだけ失礼のないように尋ねた。
「人類の幸福のために、異世界の神になってください。ああ、異世界の人々にとっては、外なる神と呼ぶべきかもしれませんね。」
目の前でそう言っているのは、容姿端麗な女性だ。身につけているのはぴったりとした黒いスーツで、眼鏡をかけている。知性的なエリートという感じだ。この「ジーウィメン(G.women)」と名乗る女性は、機密政府部門に勤めていると言って、机の上にある書類を鏡に押し付けた。
書類の表紙には「極秘:外なる神計画二期」と書かれていた。
「……拝見させてください。」
「どうぞ。」
書類のタイトルを見て、鏡は緊張してカップを持ち上げて水を一口飲んだ。動作が大きすぎて少しこぼしてしまった。
外なる神。
この言葉はクトゥルフ神話の物語に出てくる架空の神々の呼び名だったはずだ。
鏡は慎重に書類をめくり始めた。
「…人類を神の化身として異世界に投入し、サンプル採取、文化侵略、新エネルギーの獲得、環境改造という作戦を行う、と。」
「はい。これは倫理委員会や航宙委員会も認可した、人道的で倫理的な作戦ですよ。」
ひどい。
これはどういう冗談だ。
女性の訪問は鏡にとって非常に期待されていたものだった。
訪問の連絡は出版社の編集部から来たものだった。出版の依頼かと思ってわざわざ休暇を取った。
鏡の心は感情で満ちていた。疑惑が五割、怒りが三割、好奇心が二割だ。鏡がまだ目の前の女性に立ち去ってもらうように言わなかったのは、その二割の好奇心のおかげだろう。
でも書類を読み終わったら、その二割の好奇心も消え去ってしまった。
すぐに罵り始めなかったのは、男性が美女に対して半分くらい気が抜けてしまうという哀れな本能だけだ。
鏡は舌を舐めて、心の中で丁寧な断り方を考え始めた。すると女性が突然鏡の手を掴んだ。
「え?」
「口で説明したり書類で見せたりするよりも、直接見せた方がいいかもしれませんね。」
一瞬、女性の背後から強い光が発せられ、鏡は目を閉じざるを得なかった。
目を開けると、目に入ったのは白い色だった。
四方を見回すと、自分は貧弱なアパートではなく、白い部屋にいることに気づいた。部屋の真ん中には白い色の、人間が一人入れるようなカプセルがあった。白い壁には多くの画面があり、見慣れない図表が映し出されていた。
「ここは…」
「ここは外なる神計画三期本部の接続室です。」
「接続室?」
「はい。接続室。ここは異世界ミドガルドと私たちの世界をつなぐ場所です。つまり、世界の境界です。」
混乱する鏡を無視して、女性は壁際の端末に歩み寄り、操作し始めた。画面は女性が端末を操作するにつれて、地球のような青い星を映し出した。
「異世界、ミドガルド。または惑星Z356-Mと呼ばれています。私たちは偶然にもこの世界への接続通路を発見しました。特殊望遠鏡での調査により、私たちはこれが生命のある星であることを確認できました。しかも知性のある生命の星です。」
画面は星に近づき、夜に切り替わった。小さな光が点々と星の表面に現れた。
「これは…」
「人工的な光ですよ。つまり、知性生物の集落です。」
「この光点、全部異世界人が灯したものなんですか…」
「興奮しますよね。これは人類史上初めて、知性生物の痕跡を観測した瞬間です。光の属性や様々なデータから推測して、私たちはこの世界の人々の文明レベルがまだ工業革命を経ておらず、中世にあると判断しました。」
「これらは、CGじゃないんですよね。」
「もちろん。」
「そうですよね。こんなところに一瞬で送ってくれるくらいだから、嘘をつく必要もないですもんね。」
「理解してくれて嬉しいです。」
驚きと何とも言えない感動で心が満ちていた鏡は、ぼんやりと点滅する光点を見つめていた。
そして、鏡の心の感動は疑念に覆われた。
「…そして、私たちは新しい命のある世界に侵攻しようとしているんですね。」
「はい。計画の目的は主に四つあります。」
女性は四本の指を上げた。鏡はその四本の指を見て、さっき読んだ書類の内容を思い出した。
「サンプル採取、文化侵略、環境改造…えっと、あと一つは何でしたっけ?」
「新エネルギー『マナ』の獲得ですよ。」
「マナ?もしかして…」
「そう。ミドガルドは剣と魔法の世界のようです。」
画面はさらに拡大し、街中を歩く人々を映し出した。入り交じる人々の中で、ほとんどの人は地球人と見分けがつかないほどだった。しかし、鏡の目を引いたものがあった。街中には獣耳を持つ人や尖った耳を持つ人、さらには竜のような姿の人もいた。
呆然とする鏡に対して、女性は続けて言った。
「計画の根幹は二つあります。一つ目は、アバターをミドガルドに投影することです。二つ目は、支援基地としての特殊衛星をミッドガルドの軌道に投影すること。田村さんの任務は、調査員としてあの世界に降り立ち、可能ならば現地人と接触し、あの世界に影響を与えることです。現地人が将来的に地球人に対して抵抗感を持たないようにしたり、地球人が住みやすいようにしたりすることです。」
「壮大な侵略計画ですね。」
「そうですね。でも侵略というよりは浸透と言った方がいいでしょう。」
鏡は試しに質問をした。
「あの、なぜ私なんですか?」
「惚れました。」
「え?」
「私はあなたのファンです。田村さんは投稿サイトで『月人』というペンネームで投稿しているんですよね?」
「え?え?ちょっと、どうやって知ったんですか?」
「私はあなたのSF小説が大好きでした。追い詰められた人類が怪物になって異世界に侵攻する物語です。普通はエイリアンが地球に侵略する物語が多いですが、人類が外星に侵略する物語は珍しいですよね。」
「え?あ、ありがとうございます。」
「それで思ったんです。こんな発想ができる田村さんなら、この仕事もできるはずだと。だから候補者の中から、わざわざあなたを選んで来ました。もしかして…迷惑でしたか?」
ファン。
候補者。
わざわざ。
美女が揺れる、不安そうな瞳。
すべてのものが麻薬のように鏡の脳に浸透した。気づく前に、自分の口が動き始めていた。
「いえ、全然迷惑じゃありません。できるなら、この仕事をお願いします。」
「良かった!」
女性の笑顔が花のように咲き開いた。彼女の細い両手が再び鏡の手をしっかりと握った。
「時間がありませんから、早速始めましょう!」
「それってどういう意味…え!?」
暗転。
田村鏡は意識を失った。