悪い子たちのダンジョン略奪記 ―報酬を独り占めしようとする国より先に、ダンジョンを攻略して世界最強を目指せ!―
今から約十年前。
東京都二十三区外にある山奥で、未知の入り口が発見された。
半透明の長方形な板状になっていて、触れると吸い込まれるように中へと入っていく。
その中に広がっているのは、広大な迷宮だった。
迷宮の中にはモンスターが生息しており、数々のトラップも確認された。
各階層を進み、最下層に到達すると番人の役割をもつモンスターが立ち塞がる。
見事に番人を打倒すと、完全攻略が完了。
街頭条件を満たした者は、人知を超えた特別な『スキル』を与えらえる。
さらには宝物庫への扉が開き、金銀財宝やアーティファクトを手に入れられる。
リスクとスリルで満ちた宝の山を、人々はダンジョンと呼んだ。
◇◇◇
「すぅー……」
「クロ、起きて」
「……まだ夜だ」
「もう朝だよ? 外も眩しい。見てみたら?」
目を開けなくても瞼を通して光は感じる。
彼女の言う通り、外が眩しいくらいに太陽が照ってることくらいわかる。
わかった上で目を開けたくない。
単に眠いから。
「ねぇクロ」
「あと少し寝させてくれ」
「……いいから起きろ」
「うぐっ!」
溝内あたりに衝撃を感じて、思わず両目を開けた。
目を開けて視界に飛び込んできたのは、中学生くらいの銀髪少女が俺の腹に肘を入れている光景だった。
「ごほっ、う……何するんだよエリザ!」
「クロが起きないから悪い」
「だからって急所に肘入れるなよ! 俺を殺す気か?」
「この程度でクロは死なないでしょ? 私と契約してるんだから」
確かにその通り。
彼女と結んだ契約によって、俺の肉体は即死しない限り超速で再生する。
どんな傷も一瞬で癒えてしまう。
「治るからって痛いもんは痛いんだぞ」
「知ってる。だから起きれたでしょ?」
「……はぁ、もうわかった。俺が悪かったよ」
「うん、クロが悪い。昨日も遅くまでゲームばっかりしてたでしょ?」
バレてたのか。
先に寝たから気付いてないと思ってたのに。
「仕方ないだろ? ダンが下手くそすぎて攻略できなかったんだから」
「それは言い訳。クロだってゲームは下手くそ」
「ダンよりは上手いさ」
「どんぐりの背比べって言葉知ってる?」
彼女は皮肉たっぷりな煽りを口にしながら、呆れ顔でこちらを見ている。
出会った時はもっとしょんぼりしてたくせに、慣れてきてサドっぽくなってきたな。
打ち解けたのは良いことだけど、俺への扱いが日に日に雑になってる気がするのはどうしたものか。
「そもそもクロは全部下手くそ。料理も家事も、やったことなかった私より下手」
「う、うるさいな。俺だって今までやったことなかったんだ」
「ダンジョン攻略は一番なのにね?」
「……そうだな」
ダンジョン攻略は得意だ。
だけど、それを誇らしいと思ってはいない。
思っていた時期は、当の昔に通り過ぎてしまったから。
数秒の静寂を挟む。
すると、ガタンと建付けの悪くなった扉の音がして、二メートル近い身長のがっしりした男が入ってきた。
「おうクロ! やっと起きやがったか!」
「ああ、何だダンか」
「何だとは失礼だな~ オレ一応ここのリーダーだぞ?」
「リーダーなら仲間を置いて敵に突っ込む癖をさっさと直しれくれ」
戦力差を考えず、いや考えているのかもしれないけど無謀な突撃が多い。
毎度その度に俺が尻拭いをさせられているし、ちょっとは自分の命を大切にしてほしいものだ。
と言ってもまったく聞いてくれないが。
「まぁ起きたんなら丁度いいぜ! 他の奴らも準備してっから、お前も着替えて出発準備しな」
「出発? どこにだよ?」
「決まってるだろ? オレたちはダンジョンハンターだぜ?」
「――そうだな」
ダンジョンハンター。
文字通りの意味だが、ダンジョン攻略を生業にしている者の総称だ。
一部ではスキル保有者、つまりダンジョン攻略経験者を指す呼び名としても使われている。
約十年前に初めてダンジョンが発見されて以降、世界中で次々に新たなダンジョンが発見された。
ダンジョン発見によって時代は大きく変化し、ダンジョンで得た戦利品の量や質を各国で競い合うようになった。
日本でダンジョンが発見されたエリアは、首都東京の西。
二十三区から大きく外れた田舎の山で見つかり、以降もそのエリア内でしか発見されていない。
政府はダンジョン探査をより効率化するため、該当エリアを急ピッチに開拓、ダンジョン探査特区と名付けた。
「準備はいいか? クロ、エリザ」
「ああ、問題ない」
「私も大丈夫」
俺とエリザはダンジョン探査用の戦闘服に着替えていた。
黒を基調としたロングコートのデザインで、頭にはフードがついていて、首にはゴーグルを装備している。
基本的には身体を守るより、素性を隠す役割が多い。
反対にエリザは露出が多めだ。
彼女の特性上、日の元では肌を晒せないので、地下深くのダンジョンでは羽目を外したいらしい。
俺としてはもう少し露出を控えてほしいところだ。
中学生くらいの背丈で幼稚体系とは言っても、女の子が胸や局部が見えそうな際どい服を着るのはどうかと思う。
「どうしたのクロ? エッチなこと考えてた」
「考えてない」
「嘘が下手」
「嘘じゃないから」
とかいうエリザとのやりとりは日常に起こる。
リーダーのダンも、俺と同様に素性を隠すためにサングラスをしている。
ダンの場合は肉弾戦がメインだから、服もそこまでかさばらないデザインだ。
曰く、裸のほうが戦いやすいらしいが、全力で止めろと言っている。
他の二人も着替え済みだ。
「ほ、本当に行くんですか?」
「あったり前じゃん! あたしらダンジョンハンターだよ!」
「わ、わたしは一般人ですよぉ~ モンスターとなんて戦えないし、やっぱりお留守番してても……」
「良いわけないでしょ! 回復役が現場にいなくてどーすんのよ!」
おどおどしているおさげな女の子がメンディー。
見ての通り臆病な性格だが、チーム唯一の回復スキル持ちなのでダンジョン探査には欠かせない存在だ。
そんな彼女を無理やり引っ張るうるさいギャルがギーコ。
見た目通りのギャル。
主にダンと一緒に戦闘担当をしてくれている。
ダンよりは指示通りに動いてくれるけど、キレやすく飽きやすい性格なのが難点だったり。
他にもメンバーはいるが、今は別件でお仕事中だ。
「行きたくありません~」
「いいから行くの!」
「がっはははは! 相変わらず仲良いなお前ら!」
メンディーを引っ張るギーコと、それを見ながら豪快に笑うダン。
そんな彼らを見ながら俺とエリザは呆れ笑う。
「バラバラだね」
「だな。俺たちらしいよ」
これが俺たちのダンジョン探査チーム。
国に逆らい、出し抜くために、俺たちはダンジョンへ向かう。
◇◇◇
ダンジョン探査特区が成立して八年。
当時の田舎らしい面影はすでになく、都会の街らしい風景が宿る。
一見して栄えている普通の街だが、実情は大きく異なる。
他の街が法の下で自由を約束されているとしたら、この街に自由はない。
一度でも住人になってしまえば、固い法で縛られ、好きに生きていくことすら出来なくなる。
「おいそこのお前!」
「は、はい! 何でしょうか?」
「その大きな荷物は何だ? IDを見せろ!」
「はい」
早朝から武装した公安がせっせと働いているようだ。
ただのスーツケースを持っている男性を、偉そうに上から不審者扱い。
男性がこの街での身分証明書であるIDを見せると、公安の男は小さくため息をこぼして言い放つ。
「はぁ、次からは不審がられないように行動しろ。わかったな?」
「はい。すみませんでした……」
男性は申し訳なさそうに頭を下げた。
それを横脇で見ていた俺たちは、全員が同じことを思う。
「何よあれ、あの人別に悪くないじゃん」
「そうだな。悪くない。悪くはないが……あれが公安だ」
いつも声が大きいダンも、公安が行き交う街中では小声で悪態をつく。
この街はおかしい。
外から来た人なら、間違いなく感じることだろう。
ダンジョンという宝の山が発見され、そこから得られる力と財宝を効率よく回収するために、この街は作られた。
ダンジョンで得た力や財宝は、個人で所有するにはあまりに危険である。
故に厳重な管理下、正しく活用されなければならない。
これが国の示している意志。
表向きはダンジョンを国が統括、管理することでスキル保有者の権利を守り、各国との友好な関係を継続する目的の一環とされている。
しかし実際は、ダンジョンの報酬を国が独占し、個人や一般企業へ流出しないようにするための法。
この街に住む人々は、国の許可がなければ自由に街から出られない。
スキルを保有者は特に、人間として最低限の権利すら怪しい。
「腐ってるよな、この街は」
「ああ。だから俺たちが変えるんだろ」
「おう」
俺とダンは決意を新たに、発見されたというダンジョンの入口へと足を進めた。
情報屋から得た情報によれば、新しく発見されたダンジョンは山の洞窟にあるらしい。
道中、ダンが俺たちに情報を伝えながら歩く。
「今朝の段階じゃ、まだ公安も動いてなかったらしいぜ。上手くいけば、公安と鉢合わせずにすむかもな」
「て言っていっつもバトルになるじゃんか!」
「仕方ねーだろ? 向こうだってそれなりの情報網を持ってんだ。ほっときゃいつか見つける」
「うぇ~」
あからさまに嫌そうな顔をするギーコ。
人気のない山道に入った途端、普段のうるさい感じが戻ってきた。
最初は嫌がっていたメンディーも、今は腹を括ったのか落ち着いている。
「あのダンさん」
「何だ? メンディー」
「そのダンジョンって何等級なんですか?」
「えっと、一応は二等級以上だな」
メンディーが尋ねた等級とは、ダンジョンの難易度を現す単語だ。
ダンジョンの難易度は基本的に階層の多さで決まる。
階層が多いほど深く、出現するモンスターも多く強い。
特に最後に待ち構える番人は、深い階層にいるほどやっかいな攻撃手段をもったり、特殊な能力を持っている。
五階層までが第一等級。
六から十階層までが第二等級。
十一から二十階層が第三等級で、以降十階層ごとに一ずつ等級が上がっていく。
二人の会話を聞きながら、俺はぼそりと呟く。
「二等級以上ってことは、スキルが出るかもな」
「そうだね」
「スッキル~ どんなスキルか楽しみだな~」
エリザが淡泊な返事を返したあとで、ギーコがはしゃぐようにステップを踏みながら歩く。
「なーにが楽しみだよ。お前もオレもとっくに取得上限じゃねーか」
「わかってるけどさ~ やっぱり新しいスキルってきくとワクワクするじゃん!」
「お前……ずっとそんなんだな。子供か」
「大人の女ですけど?」
むふっと色気を醸し出す様に微笑むギーコ。
それを見たダンは鼻で笑った。
ダンの反応にムカついたギーコが、思いっきりダンのお尻を蹴り飛ばす。
「何だその顔は!」
「はごっ! てめぇリーダーに何しやがる!」
「ふ、二人とも落ち着いてくださいー」
喧嘩を始める二人を止めようとするメンディーだが、弱々しい彼女の声は二人に届かない。
あわあわと慌てるメンディーを見かねた俺は、隣を歩くエリザに目で訴える。
「クロ?」
「悪いけど頼む」
「こんな所でエッチなことはちょっと……」
「違う! あの二人を止めろって言ってるんだ!」
一体どうしてそんな発想が出るのか。
エリザの思考回路は未だに謎ばかりだ。
「何だ……違うんだ」
「ガッカリするなよ……」
本当によくわからない。
俺のことをからかっているのか、はたまた本心……はないか。
「大体お前はリーダーに対する尊敬をもっとだな!」
「はぁーん? 身体と態度は大きい癖にあっちは小さくてよく尊敬とか言えるよね~」
「な、ち、小っちゃくねーよ!」
二人は相変わらず言い合っている。
もはや小学生同士の喧嘩だ。
「とにかく頼む。俺じゃ怪我させるし」
「仕方がない。後で頭なでなでして」
「お、おう」
言い合う二人の前にエリザがひょこっと顔を出す。
そのまま目が合った直後に、普段通りの表情のまま一言。
「二人とも、静かにして」
スキル『威圧』を発動。
二人は背筋が凍るような寒気を感じたはずだ。
「わかった?」
「「は、はい……」」
エリザの威圧に圧倒されて、二人ともしょぼんと小さくなった。
一先ずこれで落ち着いてくれただろう。
「ダン、ギーコ。一応公安がいるかもしれないんだから」
「クロ、頭なでなで」
「わかった。だからもう少し緊張感をもってくれ」
「ふにゅ~」
二人の呆れた視線が刺さる。
言いたいことはよくわかるから。
気を取り直して、俺たちはダンジョン入り口があるという洞窟に向った。
洞窟自体は開けた場所に合ってわかりやすい。
今さら発見されたということは、どこかのダンジョンが閉じて新しく入り口が開いたのだろう。
洞窟の中に入ると、明らかな人の気配を感じた。
ガサガサと奥から音が聞こえる。
俺たちは岩陰に隠れて様子を伺う。
「暗くて見えないよ~ ねぇクロ君」
「わかってる。少し待ってくれ」
肉眼では暗く、距離もあって確認できない。
ここで俺が持つスキルが役立つ。
使用するのは二つ、『暗視』と『千里眼』だ。
暗視は暗い場所が見える眼、千里眼は遠方を見渡す眼。
この二つを同時に発動すれば、洞窟の中も隅々まで観察できる。
「公安がいる。一、二、三……十二人。全員武装してる」
「マジか~ 先越されてたパターンか?」
「いや、もう少し待ってくれ」
俺はさらにスキルを発動する。
スキル『能力透視』を使えば、誰がどの能力を持っているか視認できる。
公安の武装部隊全員を観察したが、反応するスキルはなかった。
「ダンジョンハンターがいない。たぶん先に場所の確認だけしてるか、ハンターが後から合流するんだと思う」
「なるほどな。んじゃ強行突破して攻略しちまうか」
「ああ、それが良い」
「よーしよし! そんじゃまぁ――」
俺とダンの視線が、メンディーに向く。
「頼むぜメンディー! パパっとやっちまってくれ!」
「え、えぇ……私ですか……」
「メンディーのスキルが一番効率的で安全なんだ。頼むよ」
「うぅ……わかりましたよ~」
嫌そうな顔をしながらメンディーは岩陰から出て行く。
無防備に出て行くが、彼女のスキルなら問題ない。
スキル『透明化』を発動。
彼女と、彼女が触れてる物を五分間だけ透明化することが出来る。
これで気付かれることなく公安に接触が可能。
そしてお次のスキルは――
「ごめんなさい!」
「な、何だ? 煙?」
「す、吸い込むな! これは睡眠……」
バタリ……バタリと倒れていく。
彼女のスキル『薬物生成』によって生成された特殊睡眠ガスによって、公安の部隊がまとめて昏睡した。
彼らもヘルメットはしていたが、メンディーが生成したガスはガスマスクすら通り抜ける。
さすがに防げないだろう。
「お、終わりましたぁ~」
「さっすがメンディー! 鮮やかな手口じゃん!」
「そ、そんな言い方しないでくださいよ~ 犯罪者みたいじゃないですか~」
「みたいじゃなくてそうなの! あたしたちは法に触れてる……でも、あたしたちが正しいんだから」
いつもふざけているギーコが、珍しく真剣な顔をした。
彼女の言う様に、俺たちは法に触れている。
悪い子の自覚はある。
それでも、俺たちのやっていることが間違いだとは思わない。
だから進んでいく。
新たなダンジョンの入り口を。
◇◇◇
ダンジョン内部の構造はバラバラだ。
洞窟のように不定形でゴツゴツしているダンジョンもあれば、遺跡のような構造になっているダンジョンもある。
中には中世ヨーロッパの城内のように、煌びやかな内装をしている場合も。
一体誰が何の目的で作ったのか。
どうして今になって発見され、その次々に姿を現したのか。
ダンジョンについての謎は深まるばかりで、未だほとんどが解明されていない。
気になることは多々あるが、俺たちにとっては関係ない。
謎の解明は学舎の仕事で、俺たちダンジョンハンターの仕事は、ダンジョンを攻略すること。
と言っても俺たちの場合は、正規の手続きを踏んでいない違法ハンターなんだけど。
四階層へ向かう階段を下りながら、エリザが俺に尋ねる。
「次で三階層?」
「ああ。そろそろモンスターが出てくるぞ」
「ようやくかよ! 歩いてばっかで飽きてきたから丁度いいぜ」
「ホントだよ~ ストレス発散しなきゃね!」
ダンとギーコは戦闘好きだな……
そんなことを考えて四階層に降りると、さっそく赤い目がぎろぎろと複数見えた。
「お、何だコボルトか。雑魚じゃねーか」
「四階層なんだしそんなものじゃん? あったしは好きにバッサリできれば何でもいいよ!」
「二人とも少しは緊張感をもてって」
余裕があることは良いことだが、ありすぎるのも問題だな。
まぁコボルト数体が相手なら、多少の油断も何とかあるだろうが。
「んじゃいくぜ!」
「はいはーい!」
ダンとギーコの二人が前にでる。
二人ともスキルを発動して、両目が青く光る。
ダンがコボルトに猛ダッシュして、至近距離で乱暴に殴り飛ばす。
「オラオラ! もうちっと歯ごたえねーのか!」
彼のスキルは『表皮硬化』、『筋力増強』、『痛覚鈍化』、『超反応』の四つ。
肉弾戦に特化したスキルは、彼の好戦的で大雑把な性格とも相性が良い。
本気になれば銃弾も弾き飛ばせる。
「綺麗に三枚おろし! いっくよー!」
対してギーコはもっとわかりやすい。
両手に持った剣は、刃がノコギリ状になっている。
斬り裂いた傷口の治癒を遅らせる『回復遅延・斬』と、ダンと同じ『超反応』、そして剣術を知らなくても達人ばりな動きが出来る『剣客』のスキル。
これらを使い熟し、豪快かつ俊敏な動きでモンスターを斬り刻む。
コボルト相手なら二人で十分だろう。
「やることないね」
「そうでもないぞ。後ろから面倒なのがきてる」
コボルトの背後に複数の羽音。
よーく目を凝らせば肉眼でも見える距離に来ている。
「デビルバッド?」
「ああ。それも三十匹はいるぞ」
デビルバッドは巨大吸血コウモリのモンスター。
二十以上の群れで行動して、相手にかみつき血を吸う代わりに、肉を溶かす猛毒を注射してくる。
噛まれたらかなり厄介だ。
ダンの硬化も、デビルバッドの体液を浴びれば溶けてダメージを負う。
「援護するぞ」
「うん」
俺は腰から黒曜石のように黒いハンドガンを取り出す。
見た目通り普通の銃ではなく、あるダンジョンで手に入れたアーティファクト。
現代の科学では解明できない超技術で作られた兵器の一つ。
この黒い銃は、使用者の血液を媒体に弾丸を生成、発射することが出来る。
弾丸が鋼鉄を難なく貫通する威力で、俺の意志で曲げたり飛距離を伸ばしたりも可能だ。
「おとっと! おいクロ! あぶねえだろ!」
「当たらないように撃ってる。気にするな」
「気にするだろ! 目の前を弾が通り過ぎたら――ってこんどはエリザか!」
「ごめん。手が滑った」
彼女の場合は確信犯だろう。
エリザが操っているのは血液だ。
血液を刃の様に変化させ、ダンの股下を通してデビルバットを斬り裂いていた。
彼女の血液操作はスキルではなく、生まれ持った力。
純粋な人間ではなく、人間と吸血鬼のハーフである彼女は、自身の血を自在に操る。
「あと少しだ。集中しろダン」
「わーってるよ!」
最後のコボルトをダンが、デビルバッドを俺が撃ち抜く。
周囲にモンスターの反応はない。
戦闘が終了し、俺たちは一か所に集まる。
「おっつかれ~ メンディーちょっと切っちゃったから治して~」
「はい。少しそのままで」
ギーコは怪我をした腕をメンディーに見せた。
メンディーが傷口に手をかざすと、淡い光がほわほわと出現する。
彼女の『癒しの光』は、俺たちのチーム唯一の回復手段。
光に照らされた箇所を治癒することが出来る。
かすり傷程度なら一秒も必要ない。
「さっ! 公安が起きる前にさっさと攻略しようぜ!」
「おー!」
戦闘が終わっても元気な二人の後ろから、俺たち三人が歩く。
事前の情報ではダンジョンは五階層以上。
いかに情報屋でも正確な階層まではわからないため、以上という表記になる。
俺たちは順調に突き進み、現在第七階層を突破。
続く第八階層の階段を下ると、長い一本の廊下が目の前に現れる。
「これ、最終階層だよな」
「おそらくな。気を引き締めて――」
背後から殺気を感じ取る。
俺だけではなく、エリザも。
「クロ!」
「わかってる!」
咄嗟に振り返った俺は、地面を思いっきり踏みつけ土の壁を張る。
壁は一瞬で破壊されてしまったが、攻撃は俺たちまで届かなかった。
「今のは……風の刃か?」
「ご名答! 政府に歯向かう愚か者にしてはやるじゃないか」
パチパチパチと拍手の音が響く。
俺たちは警戒して、全員が腰を低く構える。
現れた男は目立つ金髪に、全身白の服というハッキリいってダサい格好をしていた。
しかし俺の視線は服装ではなく、彼の眼にいく。
「公安のダンジョンハンター。しかも赤い目……セカンドか」
人間が保有できるスキル数には限度がある。
個人差はるが、大体の限度は三から五個で、所持するスキル数によって発動時の瞳の色が異なる。
五個以下のファーストフェーズ青、十個以下のセカンドフェーズは赤。
六個を超えることが出来るのは一部の天才のみ。
世界で確認されているダンジョンハンターの中で、セカンドに到達したのは五パーセントを満たない。
「ダン、こいつは俺が相手する。八階層の番人程度なら、俺がいなくても平気だろ?」
「了解だ。んじゃ頼む」
「ああ」
俺を残し、ダンたちが先へ進む。
「エリザも行ってくれ」
「……気を付けて」
「わかってる。そっちもな」
エリザはこくりと頷き、ダンたちの元へ走っていく。
俺は真っ白な公安のダンジョンハンターを見る。
「おやおや? 君は逃げないのかい?」
「俺まで行ったら、誰が番人戦の邪魔をするだろ? させないさ」
「ふっ、まさか君一人で僕を止められると? 僕は公安のエース! 『雹風』の天童カナメだよ? たかが一撃を防いだくらいで調子に乗らないほうが良い」
天童の周囲を突風が吹き荒れる。
突風は風の刃と化し、俺へと放たれた。
縦に長い廊下で、左右は狭く壁に挟まれている状況。
逃げ道はない。
「ちっ」
俺は初撃と同じように地面を蹴り、土の壁を生成して防御する。
自身から半径一メートル以内の地面を操作する『地形操作』スキル。
一先ず攻撃は防げるが、こちらの攻撃は届かない。
銃の弾丸は彼の手前で弾かれる。
目には見えない無数の風邪の刃を、彼は結界のように張っている。
「おっと、それはアーティファクトだね? そんな高価な物まで盗んで……本当に悪い奴らだな君たちは」
彼は風だけではなく、氷塊も生成。
氷柱の様に先端が鋭利な氷塊を無数に待機させる。
「お仕置きが必要だね?」
そのまま俺に向けて高速で発射する。
風の刃と氷の氷柱。
二つの脅威が一直線の廊下を覆い、土の壁なんて簡単に破壊する。
俺は瞬時に防御から回避へ思考を変更。
『身体強化』スキルを発動させ、迫る攻撃の雨を回避する。
確認した限り、彼のスキルは合計七個。
うち五つは戦闘向けじゃない。
メインは二つ、『風刃』と『氷塊操生』だ。
どちらもシンプルな中距離スキルだが、地形と相まって隙が無い。
訓練された強さも感じる。
「……なぁお前、今まで何人殺した?」
「何のことだい?」
「惚けなくて良い。それだけの力があれば裏の仕事もしてるはずだろ?」
「……へぇ」
彼はニヤリと笑う。
「博識だね! それとも殺されないか不安なのかな?」
「……辛くはないのか? 人を殺して」
「ふっ、ないね! 彼らは反逆者、危険分子だ! 国の未来のためには仕方がないことだよ」
「……そうか」
あの頃の思い出す。
命令通りに殺して、殺して、殺し続けた日々。
そんな日々が俺は――
「我慢ならなかったよ」
スキル発動――『影縫い』。
足元の影が濃くなり、盛り上がって水の様に周囲に溢れる。
あふれ出た影は刃となって、風と氷を粉砕した。
「なっ……馬鹿な……あり得ない」
天童が驚いているのは、自身の攻撃が防がれたことにではない。
彼が見ていたのは、俺の眼だ。
スキルを発動した時、その眼は所持数に応じた色に変化する。
ファーストなら青、セカンドなら赤。
しかしそのさらに上がある。
スキル所持数十一以上の瞳は……紫色に光る。
「サードだと? そんな、なぜ反逆者ごときが臨界に至っている!」
「焦り過ぎだ。お前は公安のエースなんだろ? 俺の後釜にしては随分と幼稚だな」
「後釜……ま、まさかお前、お前がそうなのか?」
天童の顔が暗がりでもわかるくらい青くなる。
足元の影は次第に広がり、廊下を覆い隠そうとしていた。
彼は恐怖しながら口にする。
「元公安のトップハンターで、十五のスキルを持つ怪物……悪へ寝返った裏切者『死神』!」
「死神か……その名前は好きじゃないんだ」
あの頃の自分を思い出すから。
俺は彼に向けて右手をかざし、拳を握る。
「眠れ」
「がはっ……」
四方に囲まれた影から、無数の刃が天童を襲う。
風刃の防御を斬り裂き穿ち、四肢の腱ごと断ち切られて倒れ込む。
「なぜ……だ? どうして……正義を捨て悪に染まった……」
「どうしてか?」
思い浮かべたのは、公安のハンターとして最後の仕事。
全てが終わり、今が始まった瞬間。
◇◇◇
ダンジョンの管理は全て国が行っている。
一般企業や個人での介入は出来ず、仮に行った場合は重い罰が下される。
スキルを所持している可能性もあるため、最悪の場合は死罪となることだってあった。
それでも罪を犯す者はいる。
国に抗う者たちがいる。
それほどダンジョンは魅力的で、強大な力を持っていた。
そんな者たちを制圧、粛清するのことが、一部の公安ダンジョンハンターが請け負う裏の仕事だった。
「ど、どうして? 我々はまだ何もしてない!」
「するつもりがあるからダメなんだよ。その時点で粛清対象だ」
「ふ、ふざけるな公安の犬め! 我々は――がっ……」
公安ハンターのトップ。
世界でも三人しかいないサードのスキル保持者だった俺は、高難度のダンジョン攻略以外には参加しない。
それ以外の時は、国にたてつく反逆者を粛清する役目を担っていた。
彼らは平和を脅かす危険分子だ。
放っておけば、平穏に暮らす人々の害となる。
だから、そうなる前に殺すしかない。
それは正しいことだから。
正しいから殺す。
本当に?
疑問を感じながらも、俺は自分がやっていることが正しいと信じて生きた。
殺して、殺し続けた。
そんなる日、公安から裏切りを受けた。
十五というスキル所持数を誇る俺は、すでに個人として危険人物となっていたんだ。
これ以上強く成られては制御できない。
そうなる前に処理するべきと、国は判断したらしい。
初めて理解した。
彼らにとってダンジョンハンターは人間ではなく、ただの兵器なのだと。
当時最高難易度だったダンジョン攻略中に裏切られ、俺は混乱しながらも彼らを制圧した。
ボロボロになりながらたどり着いた最下層で、俺は彼女に出会った。
透明な結晶に閉じ込められた銀色の髪の少女に。
「あなた……誰?」
その出会い以降、俺は国が支配する現状を間違いだったと悟った。
自分がやってきたことも全て。
法は正義で、それに背くものは悪とされる。
けれでも、正義が正しくて、悪が間違っているとは限らない。
世の中にはあるんだ。
間違っている正義と、正しい悪が。
◇◇◇
どうして?
その答えは一つに決まっている。
「お前たちが正義で、俺たちが悪だからだよ」
正義の反対は悪だ。
彼らが正義だと言うならば、俺たちは喜んで悪になろう。
それが正しいと信じているから。
気絶した天童を放置して、俺は急いで最深部へ向かった。
すると――
「クロ」
「お? もう終わったのか!」
「おっつかれー こっちもばっりだよ~」
「け、怪我はありませんか?」
四人とも元気な姿で出迎えてくれた。
どうやら予想通り、番人は難なく倒せたらしい。
大丈夫だとは思いながら、やっぱり多少の心配はするらしい。
俺はみんなを見てホッとした。
トコトコとエリザが歩み寄る。
「大丈夫だった?」
「ああ、俺はもう大丈夫だよ」
殺し続けた日々は、ずっと一人だった。
誰かと語り合うことも、触れ合うこともなかった。
当時はわからなかったけど、今ならハッキリと感じ取れる。
一人は孤独で、寂しいんだ。
「さーて! お宝はどの程度かな~」
「いつも言ってるがあんまベタベタは触んなよ! あとでブラックマーケットで売るんだからな?」
「知ってる知ってる! あーでもスキルない外れだったのは残念。エロいスキルならメンディーに使ってもらいたかったのに!」
「なんで私なんですかー!」
相変わらず能天気な会話だ。
一応まだダンジョン内だというのに。
でも、こういう気の抜けた奴らと一緒にいると、俺も楽しくいられる。
彼らと出会ったお陰で俺は、生きることが楽しいと思えるようになったんだ。
そして――
「行こう? クロ」
「ああ」
誰かと触れ合う温かさを、彼女から教えてもらえた。
俺たちは反逆する。
国より先にダンジョンを制覇して、いずれ世界に知らしめよう。
ダンジョンは誰の者でもないと。
そしてダンジョンハンターは兵器ではなく、一人の人間なんだということを。
俺たちは戦い続ける。
俺たちの悪が、間違った正義を打ち砕くまで。
初めてのローファンですがいかがでしたか?
一応これも連載候補になります。
ブクマ、評価はモチベーション維持、向上につながります。
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