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4.危急存亡

 そんなこんなで、短くも幸せな日々はあっという間に過ぎ去り、学院の卒業パーティー前日を迎えた。明日は上級生が学院を卒業する日で、ヘレン様も卒業生のための送辞などを任されているらしく、ここ数日は放課後一緒に過ごせていない。

 ヘレン様に今日も会えず、寂しさを感じる放課後。日直の仕事も終わったし、そろそろ寮に戻るか。そう思い席を立った瞬間、「やあ」と、男の人の声が聞こえてきた。うっ、この声は……。


「殿下……」


「本当に久しぶりだね。私の可愛いハンナ。まぁ、ここじゃなんだし、お茶でもしながら久しぶりに語り合おうではないか」


「はぁ……」


 ここ数ヶ月、ヘレン様のおかげで私に近づけないようになっていたのに、どうして来れたのかしら。というか、語り合おうって、いつも一方的に自慢してきてるだけじゃない!


 とはいえ、ヘレン様と割とフランクに話してたから忘れがちだけど、平民が貴族の誘いを断るなど、よっぽどのことでなければできない。しかもこの人は第1王子だ。断れるはずもあるまい。

 私は、しぶしぶ第1王子と久々のお茶会をすることになった。



「う~ん、やっぱりハンナは可愛らしいな。何かにつけてお小言をくれるあいつとは大違いだ」


 久しぶりに散々自慢を聞かされてげんなりしている私に気づかず、彼は上機嫌にそんなことを言った。彼の言うことに全て「そうなんですか」「へぇ~」と適当に相槌を返していただけなのだが、従順であると気をよくしているらしい。っていうか、あいつってヘレン様のことよね。ヘレン様を馬鹿にするなんて、許せない。


 私が内心ヘレン様を揶揄された怒りで荒れる中、第1王子がとんでもないことを聞いてきた。


「ハンナ、私のことが好きか?」


 ……はい?


 意味が分からない。まさか私を気に入って、浮気しようとしているの?ヘレン様というものがありながら!

 やはりヘレン様にこの男はふさわしくない。こんな浮気野郎より、私の方が何百倍も彼女を想ってるし、幸せにできる自信があるのに!


「えっと……、質問の趣旨がよくわからないのですが……」


 ただ、この質問はとても厄介だ。いいえとばっさり切り捨てるのは、平民と王子という立場上、出来るはずがない。とはいえ、私は第1王子が別に好きではないので、はいとも言えないし言いたくもない。


「質問そのままの意味だ。好きか嫌いか、はっきり答えろ」


 少し興奮しているのだろうか、頬を少し上気させて、やや食い気味にそう言ってくる。顔はイケメンなので、これにやられる貴族令嬢はたくさんいそうだ。ただ私はヘレン様一筋なので、厄介なことになったなという感想しか思い浮かばない。うーん、困ったな。


 「私の口からは、畏れ多すぎてとても申し上げられません……」


 私はそう言ってうつむいた。これなら、好き嫌いをはっきりさせなくても不自然ではあるまい。さすがに第1王子といえども、平民と王族という圧倒的な身分差を分かっていないわけではない。その後も「構わぬ」としつこく聞いてきたが、同じ言葉でゴリ押すと、さすがの第1王子もようやくあきらめたようだ。


「うーん、確かに言えないか。まあでも、否定はしなかったよな」


 第1王子は自分で勝手に納得したようで、「そうだよな!」と満足そうに言う。


「お前の気持ちは、言わずともよくわかったぞ!」


 第1王子はそう言ってうんうんと頷き、ニヤリと笑う。あれ、なんか都合よく解釈してない?


「え? あの、おそらくそういうわけでは……」


「何も言わずともよい。これではっきりした。それでは、明日の卒業パーティーを楽しみにしていてくれ!」


 第1王子は、私の言葉を遮ってそう言うと、鼻歌交じりに席を立った。えぇ……何か勘違いされてない?

 私の制止も聞かず、足早に立ち去った第1王子の後姿を見て、思わずため息がこぼれる。


 こうして、明日の卒業パーティーに何があるのか不安を抱えながら、その日一日が終わった。

 そして今、この婚約破棄騒動の渦中に立たされているというわけだ。











ーーー*---

「な、なぜだ…… は! そうだ。ハンナ、お前は騙されているんだ! 証拠をお前も聞いただろう!?」


 第1王子は、私に拒絶されたショックを引きずりながらも、必死に状況を変えようと叫ぶ。


「証拠って、あのいじめっ子令嬢たちのですか……? あんなの状況証拠でしかありませんわ。それに第一、嫌がらせを止めて下さったのはヘレン様なのですよ」


 私がそう言うと、会場中がええっ、とざわめく。そんな中ヘレン様は大広間の隅に固まっていた件の令嬢たちの方を向くと、私以外には見せたことのない、素晴らしい笑みを浮かべて、「そうですわよね?」と確認する。いつもと違ってその目は全く笑っていなかったが。


 普段は無表情でクールな彼女の、人を殺せるのではないかと思える恐ろしい眼光と、それとは明らかに釣り合っていないまぶしい笑顔を見て、令嬢たちは「ひっ……すみませんでした!!」と叫びながら会場から逃げて行った。その顔は真っ青を通り越して紫がかってさえいた。いやいや、恐ろしすぎるよ……。


「なぜ……。このまま黙っていれば、私と結婚できたのだぞ! 王妃になれたのだぞ! いや、それ以上に、私のことが好きだったのではなかったのか!?」


 やっぱりか。どうやら第1王子は、私と両思いだと思い込んでいたらしい。いい機会だし、ここで全てすっきりさせちゃおう。


「いえ、殿下のことは全く好きではありません。私が本当にお慕いしているのは……」


 そう言って、私はヘレン様の方を振り返る。私と目が合って、瞬間ヘレン様の顔が真っ赤に染めあがった。


 つかつかとヘレン様との距離を詰める。ドク、ドク。心臓の鼓動がうるさい。ああもう、大事な時なんだから静かにしてよ。

 ヘレン様を見上げる。あわあわと慌てるヘレン様に向かって、ゆっくりと背伸びをして……


 私は、ヘレン様の唇を奪った。


 唇を通して、密着した体を通じて、ヘレン様の熱が伝わる。私の心臓も破裂寸前レベルで鼓動を刻む。熱い、熱すぎる。


 永遠のような一瞬を終えて、私はヘレン様から唇を離す。ヘレン様は耳まで真っ赤でフラフラだ。それでも、離した瞬間の、ヘレン様の「あっ……」という名残惜しそうな声を私は聞き逃さなかった。

 

 やっぱり両思いじゃない!!


 私は力強く確信する。そもそも、私のことが好きでなければ、キスしようとした段階で拒絶してただろうし、それ以前に私と体を密着してた時とかも顔を真っ赤にして照れてたしね。一応この後で聞いてみるつもりではあるけど。


「バ、バカな…… こんなことがあっていいはずが……」


 第1王子は現実を受け入れられてないのか、何やらぶつぶつ呟いている。すると、


「もうよい、レイモンド。お前には失望した。」


 突如として、威厳に満ちた声が会場の隅から聞こえてくる。そのあたりから、群衆が次々と跪き、そちらの様子がはっきり見えてくる。あれは……


「ち、父上……」

「王様!?」


 なんと、ライバッハ王国国王・エドワード・ライバッハ様がいらっしゃった。

 立派な口ひげを蓄えた、威厳と貫禄のある方だ。私は実物を見るのはこれが初めてである。

 国王の姿を確認すると、私を含めその場の全員が跪く。国王は「構わぬ、楽にせよ」と言って、皆を元の姿勢に戻させた。


「さきほどの言葉は、一体どういうことでしょうか……?」


 第1王子の顔はやっぱり真っ青だ。プルプル震えているところを見ると、父を本当に恐れていることがわかる。


「そのままだ。ヘレン嬢の密告を受けて調べてみれば、貴様の計画が簡単に割れたよ。よくもあんな三文芝居を打てたものだ。偽造した証拠もしっかり足がついているからな。」


 第1王子はそれを聞くと、いよいよ平静を失って、あわあわと震え始めた。

 ……っていうか、ヘレン様こうなること知ってたの!?

 ヘレン様の方を見ると、ウインクしながらペロッと舌を出すヘレン様。はうっ、そんなお茶目な顔、反則だよっ……!


 私がヘレン様とこっそりいちゃついていると、王様はそれを知ってか知らずか、言葉を続ける。


「貴様のような未熟者に我が国の最高権力を持たせるわけにはいかぬ。ただ今を持って、レイモンドを廃嫡とし、王位は次男のサミュエルに継がせるものとする! レイモンドに関しては、公平な裁きが下されるであろう」


 国王がそう宣言し、第1王子の廃嫡と拘束が決定する。多少可哀そうな気がしないでもないが、ヘレン様を陥れようとしたのだから、当然の報いだろう。


 こうして、全てが無事に収まった。ヘレン様との関係が周知の事実になってしまったことや、私の告白の返事とかが気になるけど、今はいいか。これにて、めでたし、めでた……





「ふざッ……けるな……!」


 これですべて終わったと再びざわめき出す会場に、第1王子の声が不気味に響く。憎悪に満ちた声に驚いてその顔を見ると、目は据わり真っ赤に充血していて、額には青筋がはっきりと浮かんでいる。これは正気ではない。


「ヘレ……ン!! 貴様のせいだ、貴様のせいでェ……!!」


 第1王子は、ヘレン様をにらみつけると、憎しみのこもった声でそう叫ぶ。なんだそれ、逆恨みもいいところだ。ただ、注視すべきは、第1王子が両手を向かい合わせに、何かエネルギーのようなものを生みだしていることだ。めらめらと激しい音がして、彼の周囲の温度が急上昇する。


「あれは……、火の魔法!?」


 私はそれを見て思わず叫んだ。

 魔法なんてめったに見れるものではないためか、不思議そうに見つめる人が多かったが、私は最近ヘレン様に魔法を見せられたので、これが魔法だとすぐに直感できた。おそらく、怒りの感情が頂点に達した時、その怒りを具体的な火に転化して生成するのだろう。


 そうこうしている間にも、第1王子の手の間には、バスケットボール大にまでなった火の球が出来上がっていた。青色に輝くその火球はすさまじい熱を帯びていて、彼の周囲の視界が揺らめいて見える。


「直ちにレイモンドを捕らえろ!」


 国王がとっさに命令を下すが、騎兵と第1王子のいる場所には少し距離があり、たどり着くまでに間に合いそうもない。


 ヘレン様を睨みつける第1王子に対し、当のヘレン様は、どこか悲しそうな顔で見つめ返していた。仮にも元婚約者で、共に国を担っていくはずだった人が正気を失って、自分を害そうとしているのだ。その心中は察するに余りある。


「レイモンド様……」


 ヘレン様の悲しそうな声すらも、第1王子の怒りに火を注いだだけだったようだ。


「ッ……! 死ねェ、ヘレン!!!」


 危ない!!


 第1王子は、作り上げた燃え盛る火球を、至近距離にいるヘレン様に投げようとする。私はすぐにヘレン様をかばおうと走り出すが、だめだ、間に合わない……!


 ヘレン様は目をぎゅっと閉じている。距離が近すぎて、避けたり防いだりするのは不可能だと判断したのだろう。このままでは、ヘレン様が第1王子の道連れにされてしまう……!



 ヘレン様が死んじゃう……?


 そのことに思い至ると、体の奥底が急に熱くなってきた。体中の血が煮えたぎっていて、心臓が急速に鼓動を早める。比喩ではなく本気で体が爆発しそうだ。


 ダメ…… そんなの絶対ダメ……!!


 ああ、もう耐えられない。私は真っ白になった頭で、無意識に天を仰いでこう絶叫した。


「ヘレン様ぁーーー!!!!」



 ゴロゴロゴロ……


私の叫びとほぼ同時に、窓の外が一気に暗くなり、外から叩きつけるような雨音がし始め、さらには低く不気味なうなり声が聞こえてきた。


「な、なんだ!?」「きゃあ!」会場中が騒然とする中、ピカッと目の前が光で真っ白になる。これは……と漠然と考え始めたその瞬間。


  ドォーン!!

 

 未だかつて見たことがないほどの巨大な雷が、すさまじい勢いで目の前に落ちてきた。


 「ぐわぁー!!」第1王子は絶叫した後、すぐに全身黒焦げになってその場に倒れる。その後、雷で壊れた天井から猛烈に降り注ぐ大雨によって、火球もすんでのところで消滅した。


 私を含め、会場中が唖然となる。一体、何が起こったのだろう。

 それでも、少しして第1王子が駆け付けた騎兵によって運び出されると、会場の皆は正気に戻ったようで、喧々諤々の大騒ぎとなった。


私はというと、運び出される第1王子を見ながら、あれってまだ生きてるのかなぁ、と妙に冷静に思っていたのだが、すぐにはっと気付いて、ヘレン様の方に再び駆け出す。

 さっきの雷が何だったのかとか、気になることはたくさんあるけれど、一番はヘレン様よ!


 私が駆け寄ると、それまで呆然としていたヘレン様がはっと我に返る。と同時に、彼女の目に涙が浮かんだ。当たり前だろう、あんな怖い目にあったのだから。


「わたくし、助かって……?」


「ヘレン様!」


 私は勢いよくヘレン様に抱きつく。勢いあまって少し強めにぶつかってしまったが、今はそんなこと気にならない。

 私の体温が伝わると、ヘレン様は微かに震えながら言葉を漏らす。

 

「ハンナ…… ハンナちゃん……! わたくし、わたくし……!」


「いいよ、今は。泣きたいだけ泣い、て……」


 言いながら、私の声も嗚咽交じりになってきた。だめ、私はヘレン様を安心させなきゃいけないんだから……


「うぅ…… うわぁぁぁん!!」


 でも結局、私の方が先に号泣してしまった。なにやってるんだろ、私。泣きたいのはひどい目に遭わされたヘレン様の方なのに。


 それでも、ヘレン様は私を抱きしめ返してくれて、初めて会った日みたいに背中をぽん、ぽん、とたたいてくれた。本人も涙を流しながら、それでも私を慰めてくれる。その優しさに、私の涙はさらに加速していく。


 こうして、その後もしばらく私たちは抱き合って泣き続けたのだった。


次話で最終回となります。

どうぞ、最後までお付き合いください。

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