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2.あの子の正体は……

 あの日から、私たちは学院のある日には毎日会うようになっていた。私が放課後ベンチに座っていると、どこからかあの子がやってきて、おしゃべりが始まる。といっても、なぜか彼女は全く喋らないので、私が一方的に話しているだけなのだが。


 話す内容は、今日一日どうだったかとか、好きな食べ物の話だとか、私が学院に来る前の思い出話とか、そんな他愛のないことばかりだった。そんな話の一つ一つを、あの子は興味深そうに聞いてくれた。面白そうに笑ったり、悲しそうに顔を曇らせ、時には一緒に泣いてくれたり。私が少しからかうと、ぷくっと頬を膨らませて怒ったり。

 ああ、なんて可愛いのかしら……。彼女のコロコロ変わる表情を見ていると、私は幸せで胸がいっぱいになる。


 そうして30分が経つと、彼女はスッと席を立つ、これがお別れの合図だ。なぜか毎回時間ぴったりに立ち去ろうとする彼女に対し、名残惜し気に「また明日ね!」という。それに彼女は笑顔で手を振る。ここまでが私たちの毎日のルーティーンだ。



 名前もわからない彼女に出会ってからというもの、私の学院生活は不思議と激変した。まず、それまでひどかった嫌がらせが激減したのだ。ものを壊されたりなどの実害がなくなり、表立って罵倒されることもなくなった。未だに陰口を聞えよがしにたたかれることはあるが、それでも今までに比べると信じられないほど環境が改善されたと言える。


 また、うっとうしく絡んできた第1王子からの誘いもなくなった。どうやら最近放課後は、王族の仕事に忙殺されるようになったらしい。これも嫌がらせが沈静化した原因の一つだとは思うが、それ以上にあの子と過ごす時間の邪魔がなくなったのが大きい。


 

 彼女は不思議な人だ。なぜ、何も話さないんだろう。何か喋ってとお願いしても、困ったように笑いながら首を横に振るだけ。

 でも、彼女と過ごす時間は、言葉なんか無くてもいつだって幸せだった。手をつなごうとそっと手を伸ばすと、彼女はいつも顔を赤くして照れながら、それでも優しく私の手を握ってくれる。

 彼女の体温を感じると、胸がトクン、となって、頭が熱くなる。彼女が微笑むと、心の底から元気が湧いてくるのがわかった。ああ、私って、彼女が好きなんだな。

 

 一緒にいるときの安らぎが、好き。

 悲しい時には一緒に涙を流してくれる、その優しさが、好き。

 楽しい時には笑っててくれるのが、好き。

 意外と心配性なところも、好き。

 ふんわり香る、優しい匂いが、好き。

 艶やかな黒髪が、きれいなルビーの瞳が、控えめなスタイルが、小動物みたいな愛らしさが、好き。


 何より、その優しい笑顔が一番好き。

 

 

 



 そんな幸せな日々は、卒業パーティーの1か月前位に急変した。

 ある日、いつものように中庭に向かって廊下を歩いていると、向こうから女の子が歩いてくるのが見えた。長い金髪に真っ赤な瞳、気品を溢れさせながらも鋭い目つきで威圧感を感じさせるあの方は……


(ヘレン・プレスコット様……)

 

 ヘレン様。公爵令嬢であり、威圧感がありながらも、圧倒的な美貌と絶大な気品を誇る方。性格は自他どちらに対しても厳しく、常に無表情でクールな方だ。取り巻き以外の貴族たちからは、私とは別の意味で一歩引かれている印象。


(今日は珍しくお一人なのね……)


 どうしようかな。私は少し困惑していた。直接嫌がらせをされたことこそ無いものの、噂によると、私への嫌がらせは、第1王子と親密になりつつある私への制裁と警告を兼ねて、彼女が仕組んだものだという。彼女自身は下世話な噂話には我関せずの立場で、結果的にこの噂を否定していないため、概ね真実と生徒一般に認識されている。

 

(相手は嫌がらせの黒幕かもしれない人……。うう、嫌だなぁ……)


 それに、ヘレン様と私は、今まで一度も言葉を交わしたことがない、普段は、私が立ち止まって挨拶をしようとしても、取り巻きが事前に察知して彼女の注意を逸らしてしまうからだ。平民ごときに公爵令嬢さまに挨拶などさせない、といったところだろうか。


 とはいえ、今は普段と状況が違う。一対一ですれ違っているのに挨拶をしないのも不自然だ。

 私は、自分への嫌がらせの元凶かもしれない人物のために立ち止まり、頭を深々と下げた。


「ごきげんよう、プレスコット様」


「……ごきげんよう、リントンさん」


 クラスが違うため、彼女の声をちゃんと聴いたのはこれが初めてだった。よく透き通ったきれいで、そして意外にも安心する声。

 私は、思わず顔を上げてしまった。彼女の真紅の瞳に思わず視線が吸い寄せられる。そのルビーのごとく綺麗な瞳に、時間を忘れてじーっと見入ってしまった。あれ?なんか、どこかで見覚えがあるような……


「な、なんでしょうか……?」


「あ、いえ……!」


 戸惑いながらもなぜかほんのりと頬をそめる彼女に、今度は私の方がしどろもどろになってしまった。

 頭は真っ白で、でも顔はやけに熱くて、まるで黒髪のあの子と会った時みたいな心地よいドキドキと温かさを感じる。わけがわからない。


「不躾な質問ですが、プレスコット様とどこかでお会いしたことがありましたでしょうか……?」


 しどろもどろな中でなぜかこの質問が口を出た。うーん、この人と初めて会った気がしないから、こんなにも胸がざわめいているのかなぁ?


「い……いえ、お会いしたことはないはずですわ……」


 ヘレン様は、どこか決まりが悪そうに、歯切れ悪くそう答えた。噂で聞く、「氷の女王」のイメージとは違って、どこか動揺して緊張しているようにも見える。


「も、もういいですか? わたくし、急いでますので!」


「あっ……」


 そう言って、ヘレン様は慌てたように速足で行ってしまった。会話が終わってしまったことをなぜか少し残念に思う。と同時に、圧倒的に身分の違う高貴な方に、どうしてあんなに積極的に話しかけたのだろうかと、自分でも不思議に思っていた。


 そうして視線を落とすと、ふと、目の前にハンカチが落ちているのに気付いた。拾って見てみると、小さく金色の、公爵家の紋章と思われる刺繍が施されているのに気付く。ヘレン様が落としたものだろうか。


 もっとヘレン様とお話ししたかったのもあって、いい口実を見つけた私は、急いでヘレン様の去った方へと駆けていった。この時には、ヘレン様が嫌がらせの元凶ではないかといった疑念は、とっくに私の頭から霧散していた。


 しばらく走っていると、ある空き教室に入っていくヘレン様の姿が見えた。普段は使われていない倉庫代わりの教室なんだけど、なにか用でもあるのかな?


「はうっ、ハンナちゃんがわたくしのことをあんなに見つめて……。心臓が破裂するかと思いましたわ……!」


 空き教室の前に着くと中からヘレン様の声が聞こえてくる。やっぱりここで間違いなさそうだ。

 何を話そうか全く考えてなかったけど、とりあえずは落とし物を返そう。そう思い私が扉をガラッと開けると、


 ピカッ!!


 突如、一瞬ではあったが激しい光が空き教室の中央から起こり、思いっきり目を開けていた私はまぶしい閃光に目つぶしを食らってしまった。突然のことに思わずキャッ!っと小さく悲鳴を上げる。

 目が元に戻るまで、しばらく目をつぶっていた。もう、一体何なのよ!?

 少しして、もうそろそろ大丈夫かな、と、恐る恐る目を開ける。するとそこには、ヘレン様の姿はなく、代わりに、いつも放課後一緒のあの子の姿が……、って、ええ!?


「え、なんであなたが!? ヘレン様は!?」


 彼女は青ざめた顔でうつむいていた。何も話せなくとも、その顔を見れば何となく全てが察せられる。

 私は、おずおずと、でもどこか確信をもって彼女に問う。


「もしかしてあなた……、ヘレン様?」


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