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1.婚約破棄騒動

「ヘレン・プレスコット公爵令嬢! 貴様との婚約を破棄させてもらう!」



 広々とした大広間に、ライバッハ王国の第1王子であるレイモンド・ライバッハ様の声が響く。王立学院の卒業パーティーに集まった、多くの有力貴族の子弟たちの注目が公爵令嬢・ヘレン様に注がれる中、第1王子は声高に続ける。


「貴様はハンナ・リントンへの嫌がらせを画策し、彼女を陥れてきただろう!? 言い逃れようとしても無駄だ! ここに証拠がたくさんあるからな!」


 そういって、第1王子は書類の束を従者に取り出させて読ませた。いわく、ヘレン様は、取り巻きの令嬢に圧力をかけ、自分は直接手を下さずに、陰から私への嫌がらせを主導していた()()()。そこには、ヘレン様に嫌がらせを命じられたという令嬢たちの証言と証拠が記されているようだ。

 従者がそれらを読み終えると、第1王子は「これで言い逃れできまいな?」と勝ち誇った表情で言い、従者から受け取った書類をバサッと床にばら撒いた。


 会場からは「え、あのヘレン様が?」「やっぱり噂は本当だったのか……」など、ひそひそと囁き合う声があふれる。

 ちなみに、当事者である私の感想はというと、


 ……は? 何これ、意味が分からない。


 これに尽きる。

 ヘレン様が私をいじめたことなんてないことを、私は知っているし、何なら彼女は嫌がらせから救ってくれた恩人なのだ。

 そんな大切な人が、謂れのない罪で責められている様に、私は居ても立っても居られない。


 そうだ、ヘレン様は大丈夫なのか。私は視線をヘレン様の方に向ける。

 ヘレン様は、美しい金色の髪を肩まで伸ばし、ルビーのような真紅の瞳の、見る者をくぎ付けにする気品に満ちた美少女だ。

 ややきついつり目で、しかも大抵は無表情で感情の起伏に乏しいためか、他の貴族たちからは「氷の女王」などと陰で呼ばれている。実際には、人の心に寄り添えるとても優しい子で、表情豊かな愛らしい方なのだが。


 そんなヘレン様は、第1王子に散々「王国の恥晒し」だの「嫉妬に狂った陰湿女」だのひどい罵倒を受け、会場中の好奇の視線やひそひそ聞こえる陰口を一身に浴びせられた。それでも、普段と変わらず凛として、静かに第1王子の話を聞く様は、堂々としていて何ともかっこいい。


 ふと、ヘレン様の視線が私のそれと交わった。すると、それまで無表情で話を聞いていた彼女の顔が少し動揺の色を見せ、そのすぐ後には、一瞬ではあるがほんのり赤く色づいたのがわかった。


 はうっ、そんな、可愛すぎる……!


 そのあまりの可愛さに、私は直視できなくなり、ついプイと横を向いてしまった。それを見たヘレン様の表情が、これまた一瞬ではあるが、とても哀しそうに曇ってしまった。

ああ、ごめんなさい……。そんなつもりじゃなかったのに!


 そんな私たちの一瞬のやり取りは、高揚して罵倒に没頭する第1王子の目には入っていなかったようだ。よかった、ヘレン様の愛らしい表情をこんな男に見られなくて!



 第1王子は罵倒が一区切りつくと、ゴホン、とわざとらしく咳払いをして、こう言った。


「このような不届きものを将来の王妃にすることなどできん。そこで、ヘレンとの婚約を解消し、その代わりに、私が見染めた、新たな婚約者をここで皆に発表したい」


 第1王子は、今のところ思い通りな展開に満足しているようで、喜色満面だ。胸に手なんか当てちゃってるし。

 それはともかく、何となくこの後の展開が予想できちゃうんだけど、いやまさかね……。


 第1王子は、ざわつくギャラリーをまたも咳払いで静めると、大声で宣言する。


「新たに、ハンナ・リントンを我が婚約者とする!」


 ……はい!?

 今までの経緯から、正直こうなるんじゃないかと薄々感づいてはいたけど、まさか本当にしでかすとは思わず、さすがにびっくりした。

 すっかり有頂天になっている第1王子には申し訳ないが、私が彼の伴侶になるなんて冗談じゃない。もしそれで、彼の機嫌を損ねて、首を刎ねられるとしても、絶対にお断りだ。

 だって、私が本当に好きなのは……


「……失礼ですが殿下、一言申し上げたいのですが」


「いいぞ、こっちへ来て言ってくれ」


 私が努めて冷静にそう言うと、第1王子は嬉しそうに私を彼らがいる大広間中央へ手招きする。この後どうなるのかも知らずに。

 

 私はその言葉を聞いて、一礼してからゆっくりと歩きだす。

会場中の視線が私に全集中しているのはいたたまれないが、この茶番にさっさと決着をつけるためだ。強い意志と覚悟を持って、今日の舞台へと歩を進める。


 大広間の中央に着くと、彼は気色の悪い笑みを浮かべながら、私を抱き寄せようと手を伸ばしてくる。うん、ここが人生最大の正念場だ。


 パシッ!



 私はその手を強く(はた)き落とした。

「な……!?」途端、第1王子の顔がみるみる青ざめていく。理解できないと言わんばかりに、愕然と呆けていて、折角のイケメンが見る影もない。


「ハンナちゃん! 来てくれたのですね……!」


 驚きながらも、嬉しそうに頬を緩めるヘレン様の顔を見て、私は気持ちをより高ぶらせた。

 

 呆然とする第1王子とざわめきだすギャラリーを無視して、私はヘレン様の美しい真紅の瞳を一瞥した後、会場全体に響き渡るほど大きな声で、こう叫んだ。



「この話は全てでたらめです! 私は、ヘレン様に嫌がらせをされたことなど全くありません!」











ーーーー*----


 私の名前は、ハンナ・リントン。王都郊外の小さな町で平民の子として生まれた女の子だ。見た目も頭脳も平凡な一平民でしかない私がなぜ王立学院に入学できたのかというと、5歳の時に国でも滅多にいない魔力保有者であることが判明したからだ。


 この国では、ごくまれに魔力を持つ子が生まれることがある。といっても、ほとんどは王族か公爵クラスの高貴な人間にしか宿らない。貴族ですらほとんどいないのに、平民の私がなぜ魔力を持っているのか、本当に不思議だ。


 そんな珍しい魔力保持者は、当然だが魔法を扱うことができる。ただし、この魔法というのが、実にめんどくさい。というのも、使える魔法は1人につき1つだけで、これは生まれた時から決まっているらしい。しかも、発動するのに制限があり、自由に使えるわけではないのだ。つまり、魔法を使えるといっても、その人によって異なる、限られた制約のもとでだけ、特定の魔法が使えるに過ぎないというわけ。……うーん、いまいち使い勝手が悪い。


 ちなみに私は、なんと生まれてこの方一度も魔法を発動できたことは無い。適性検査では魔力の有無がわかるだけで、どんなものなのか、いつ使えるのかといった情報はわからないのだそうだ。だから、他の貴族たちより優れている点をいまいち実感できず、学院に対してどこか居心地の悪さを感じていた。



 そんなこんなで15歳を迎え、いよいよ王立学院に入学することになった。不安と場違い感でいっぱいの私を待っていたのは、当然ながら、同級生の貴族令嬢たちからの蔑視と嫌がらせだった。


 入学初日に「ごめんあそばせ」と足を引っかけられ転ばされたのを皮切りに、「平民の分際で……」といった陰口は日常茶飯事、時には面と向かって「平民風情が誇り高き王立学園にいるなんて、身の程を知りなさい! あなたの存在が学園を穢していることに気づかないの!?」などと罵倒されることもあった。


 最初は私の持つ魔力への妬みや、平民への見下しによるものと思われる、軽い嫌がらせが多かった。ところが、ある日に第1王子からお茶のお誘いを頂いてしまってから、状況がさらに悪化した。平民が王族の誘いを断れるわけもなく、放課後に一対一でお茶をすることになったのだが、厄介なことに私のことを気に入ってしまったらしく、放課後になると「私の可愛いハンナ、今日も私と共に過ごそうではないか」などと声をかけられるようになってしまったのだ。


 それを目の当たりにした貴族令嬢たちの反応は言うまでもないだろう。嫌がらせは急激にエスカレートし、階段から突き飛ばされたり、ものを壊されたりと、実害が出るようになり、「王子を誘惑した淫売」と罵られるようになった。


 私だって、第1王子の相手を好き好んでやっているわけではない。身分の差がありすぎて、誘いを断れないだけなのだ。金髪碧眼のイケメンではあるが、人の気持ちを察せられず、自分勝手なことばかりなあいつに、私はかえって嫌悪感さえ抱いていた。とはいえ、そんなことを公言できるはずもなく、嫌がらせに日々耐えるしかなかった。


 勉強やスポーツは努力でカバーできても、これに関してはどうしようもない。そんな日々が続いて、さすがに私も気持ちが鬱になってきて、食べ物もあまり食べられなくなってしまうほどに気が滅入ってしまった。


 そんなこんなで入学から3か月程が経ったある日、いつものように貴族令嬢たちに罵倒され、中庭のベンチで一人涙をこらえていた。ここは人通りも少なく、温かな日差しが差し込め、色とりどりの花々が咲き誇るのを眺められる、学院随一のお気に入りスポットだ。


 そうしてベンチでうつむいていると、一人の女の子が近づいてくるのがわかった。足音を聞いて顔を上げる。見ると、その子は短くまとめた黒髪に、透き通るような赤い瞳の、ふんわりかわいらしい女の子だった。ただ、その所作には微かではあるが気品があふれているようにも感じられる。あれ、こんな子この学院にいたかな?


 とはいえ、貴族に散々いじめられてきた私は、ああ、また嫌がらせをされるのだなと、すぐに絶望に落ち込んだ。私に近づいてくる人なんて、嫌がらせ目的ぐらいのものだろう……。


 ところが、その子は静かに私の隣に腰掛けると、何も喋らない。風に揺れる美しい黒髪をただ眺めるだけで、そのまま1分程が過ぎ去った。さすがに気まずくなってきたし、それより何よりこの子が誰で何をしに来たのかに興味が湧いてきた。誰かに興味を持つなんて、一体いつぶりだったろうか。


「あの……。どちら様でしょうか……? 私に何か御用ですか……?」


 恐る恐る聞いてみても、その子は何も話してくれなかった。代わりに、にこっと柔らかく微笑んで、その手を大きく広げた。その笑顔に思わずドキッとなってしまったが、それよりもなぜ手を広げているのだろう?


 私が困惑して固まっていると、その子は困ったような顔で、おいで、おいで、と手招きをした。なるほど、抱きしめてあげるよ、ってことか……。って、ええ!?

 だって、今初めて会ったばっかりだよ!? こんな見ず知らずの他人を抱きしめようだなんて、なんて大胆な……! っていうかどうして!?

 

 いろいろ疑問が浮かんではきたが、度重なる嫌がらせで心が衰弱しきっていた私にとって、久しぶりの人からの善意はあまりにも大きかった。さっきまでの警戒心はどこへやら、ふらふらと足がその子に吸い寄せられてしまう。私が彼女と密着すると、彼女はギュッと優しく抱きしめてくれた。


 ああ、温かい……。


 彼女のやわらかい肌が私の体を包み込む。ふわっと香るいい匂い。安心する匂いってたまに聞くけど、まさしくこれだ。


 優しい笑顔で抱きしめながら、彼女は私の肩をポン、ポン、とたたいてくれた。心臓の鼓動も合わせて、まるでいい子、いい子、と言ってくれているかのようだ。

 安らぎを感じて、ふと緊張の糸が緩み始める。それと同時に涙があふれそうになった。


 あ、泣きそう……。


 こぼれそうな涙を必死で抑えようとするが、段々視界が滲んで見えなくなってきた。涙がこぼれないように顔を上げると、彼女と目が合った。涙でいっぱいの私の顔に一瞬驚いたようだったが、すぐに優しい笑顔で頭をなでてくれた。だめ、もう限界……。


「うわぁぁぁぁん!!!」


 堰を切ったかのように、私は激しく号泣した。自分でも泣きながら驚いていた。涙が大雨のように激しくこぼれ、決壊した感情で胸がいっぱいになる。

 その子は、そんな私の髪を優しくなでながら、私の絶叫を静かに聞いてくれた。


「私だって頑張ってるのに……! 貴族のみんなは私が平民なことしか見てくれない……! 表でも陰でも悪口ばかり言われるし、物は壊されるし、突き飛ばされるし……。私が何したって言うのよぉ……!!」


 その後も、先生たちは見て見ぬふりをするばかりで何もしてくれないこと、第1王子からやたら絡まれるようになってから嫌がらせがエスカレートしたこと、その第1王子は自分の話ばかりで、私の話や境遇になど一切興味を示してくれないことなど、これまでの三か月間で溜まっていた鬱憤を吐き出していた。

 かなり大声で喚いてしまったが、幸い付近には誰もいなかったようだ。


 ひとしきり泣いて涙も枯れ、声もかすれてくると、気持ちがだいぶすっきりしてきた。心が少し楽になったと同時に、赤ちゃんみたいに泣き叫んでいたことへの羞恥心が湧いてきて、顔が熱くなってきた。うう、初めて会ったばかりの子なのに、恥ずかしい……。


 そんな私の様子を見て、その子はくすっと笑った。


「うっ、笑わなくたっていいじゃない……」


 私がそういうと、その子はごめん、ごめん、と、どこか楽しそうに笑う。私はむぅっとほっぺを膨らませながら、胸を満たす温かさとなぜか感じる心地よいドキドキを味わっていた。


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