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ショートホラー

夕日に残るもの

作者: まかろに






毎日夕暮れになると、ここへ来る。

この季節は特にお気に入りだ。



昼間を地獄のようにたぎらせ、燃え尽きそうな斜陽。

その光が駅舎の白い壁を真っ赤に染め上げる。

そして夜に沈みだすと、藍色へと変わっていく。

時折列車が通り抜ける様もなかなか面白い。





黄昏時は、常世と現世が混ざる時。


この時間は常世のものが人に悪さをしに来たり、反対に人が常世に迷い混んだりする。


そして駅が建つこの場所は、特別二つの世界が繋がりやすい、いわば関所だ。



黄昏時に私がいることで、人は自然と寄り付かないし、常世のものが悪さをすることも無い。


かつてこの場所は、開墾されることなく松の木が鬱蒼と生えていた。


平地で何も無いこの場所は、駅を作るのに丁度良かったのだろう。

永らく変わらない風景が一瞬で様変わりしたときは、驚き半分興味津々だった。


ただ、住民が私を慕い建ててくれた祠を壊したのは、少しどうかと思う。










この黄昏時の駅に、いつしか橙色のもんぺを履き、やつれた女が立つようになった。



生まれたばかりだろうか。しわしわの赤ん坊が赤い糸で刺繍された布にくるまれている。

その子をあやしながら女は時折線路の先を見るのだ。



私と目が合うこともあるが、女には私が見えていない。





彼女らは人に幽霊と呼ばれている。

現世に未練を残し、常世へ移ることのが出来ない囚われしもの。


大抵はふよふよと漂っていたり、ある場所に自縛していたり。

時には人にちゃかされた幽霊が仕返ししていることもある。





この場所に幽霊が、しかも黄昏に現れるのは初めてだ。


戯れに、私は女に話しかけてみることにした。



「よい、ここで何している。列車に乗るわけでも無し、人を化かすのでも無し。」


ひっと驚いた女がこちらを凝視している。


「ああ、怖がりなさんな。私もあんたとおんなじ様なものだ。」


そら、いきなり幽霊みたいなのが出てきたら驚くわな。



女性は赤ん坊を守るように深く抱きしめ、答えた。


「主人が帰るのを待っておるのです。

御国のために戦い、傷つき、無念であろう主人を誰よりも早く迎えたい…。

いいえ、本当は私がただ会いたいだけです。」



それは静かに何か我慢するような声。




「あの、少し私の話を聞いてくださいませんか。」











「主人は、知らない土地へ嫁に来た私に、誰よりも優しくして下さいました。


一緒にいられたのは、ほんのひと月。

赤紙が届き主人は戦地へ行かれました。

その後すぐ、娘を身籠っているのが分かったのです。



食い物もまともになく、恐らく栄養失調だったのです。

娘はこの通り、生まれてすぐ私と一緒に死にました。



お義母さんは、刺し終わらず渡せなかった千人針に、私たちがどうか安らかに眠ってくれるよう願いを込め、一緒に焼いて下さいました。


死ぬのは怖くなかったです。

あのような時代で、必死に産もうと、生きようとして…。娘もそういう運命だったのでしょう。

ただ、主人に二度と会えない事が、どうしても悲しくて…。



戦争が終わっても、あの人がいない絶望と、この駅で待っていればきっと会える。そんな幽かな希望が、


会いたいという思いが、私を縛り苦しいのです。」









「聞いてくれてありがとうございます。ずっと誰にも言えなくて、我慢してて…でも、もういいですよね。」



スッキリしたような、だが悲しそうにな笑顔。

その女の頬を涙が伝っていった。












あれから幾年経ったか。



人の思いというのは、忘れ去られ消えるのが常。


それが辛く苦しい思念ならば消えてしまうのも、また幸福なことなのかもしれない。


あの女も段々と現れなくなり、最近はとんと見なくなった。





だが次世代が不幸を産まぬよう、負の轍を残すというのもまた人の常である。








本日も黄昏の番をしつつ、風景を眺める。


おや珍しく、客が二人もいるようだ。



一人は現世に生きる子供。学生だ。


この時分に…いや、あやつ昨日もいたな。

列車に乗り損ねて残念がったり、暑さでへたっていたかと思えば、駅員に頭に水をかけてもらって喜んだり。

表情がころころ変わり、見ていて中々面白い。






もう一人は、あのときの女だ。




「また出てきたのか。折角消えていたのに勿体無い。」


「はい。でも今日は、あの時のような感覚です。

不安で不安で仕方なくて、でも今度こそきっと会える。そう思えるのです。」



そう話す女は線路の先ではなく、魅いるように駅舎の待合室を見ている。



私もそっちを向くと、さっきの子供が下を向いているのが見える。何か読んでいるようだ。





おや?

こちらと繋がる物を持っている。



待合室へ行き、子供の書物を覗いた。

子供にも私は見えていない。


それには戦時中の様子や女性たちの心境が書かれているようで、子供は彼女がかつて語った話を読んでいた。




読み終わり顔を上げた子供は、待合室の窓から夕日に照らされる女を見つけた。幻を見ているかのように目を擦った。



女が導かれるように駅舎の待合室へ入って来た。



驚き腰を抜かす子供。


それを見て思わず笑いが込み上げる。




子供は恐怖からかしばらく動けずにいたが、書物に書かれている人物だと思ったのか、恐る恐る女に話しかけた。


女はそこで初めて子供に気づいたようで、驚くように子供を見る。



見つめる女に何かを察したのか、



「…会えますよ。絶対。」


そう彼女に言った。







その陳腐な一言は女の不安を取り除き、希望を持たせるのに十分だった。


彼女は安心したかのように笑うと、子供に礼を述べた。






遠くからぽーっという汽笛が聞こえてくる。

懐かしい音だ。



駅舎の前には古い機関車が停まっていた。



客室には軍服を着た男が一人。


扉が開き、男が手を差し出す。


女は駆け出して男の胸に飛び込んだ。





扉が閉まると、煩い汽笛を鳴らして列車は何処かへ行ってしまった。


今度は消えるのではなく、家族と一緒に常世へ行くのだろう。
















ついでにあれも持っていってくれると良かったのだが。



こんなものがあると折角の景色も台無しだ。

現世のものだし、私にはどうすることも出来ない。











駅舎の向かい側。夕日の中に影が一つ。








残留思念、というより怨念だな。





耐え忍び心深くに隠していた、「会いたい」という強い思い。

絶望の末、小さな希望にこびりついていたが、願いが叶い共に消えたはずのもの。



その欲望が何処ぞの誰かに書物に残されたことで、掘り起こされて引き剥がされて、負の轍となり、勝手に独り歩きを始めたのだ。




負の思いを封じ込めていた器はもういない。


今は惰性で人の形を保っているが、そのうち絶望を糧とし、欲望のままに動き出すだろう。














お、案外早かったな。



真っ黒なそれは、希望を与えた子供に向かって

すがり付こうと蠢き出した。











夏のホラー2020投稿作品です。


本作は、前作「向かい側」の対、裏側、捕捉のような話として書きました。

どちらが先でも1話だけでも大丈夫ですが、「向かい側」も読まれると、よりお楽しみいただけるかと思います。

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