隣国のドルボンド
隣国ドルボンド国が国債を大量に発行し、税金を大幅に上げている。
イズモ・キョウカからナンブ・リュウゾウへの手紙にはそうしたためられていた。
それを戦争の準備ではないかと私は端的に感じ、それを口にしてしまった。
「やはりキョウカどのの文は、戦さの予感を記したものだろうか?」
「殿、その判断は早計に御座います」
「そうかね?」
ワイマール王国の隣国ドルボンド国は、こちら側の陣営……西側諸国陣営としよう……に入っている。
そして敵陣営を帝国軍としよう。
我々とともにあちらと敵対しているはずだ。
そしてドルボンド国は、周囲を西側の国々に囲まれている。
それが戦さの準備となると、その意図は測りかねる。
周囲を西側諸国に囲まれている以上、近隣諸国に合戦を挑めば、袋叩きにあうことは必定。
国が滅ぶ事態である。
だからドルボンド国が合戦準備のために国債発行と税の値上げをしたというのは、あまりに早計と言えた。
そのように伝えるとナンブ・リュウゾウは、「ならばヤハラどの。ドルボンド国が戦さにはやらねばならぬ理由と、対戦相手を予想してみよ」と無茶振りをしてきた。
「そうですなぁ、ドルボンド国が西側諸国連合を裏切る理由を考えるならば……」
ドルボンド国は西側きっての貧乏な国である。
農作物が上手く育たず、食料の需給を輸入に頼っていると聞いたことがある。
その国が、「西側陣営についてても良いことねぇや! 国の存亡を一戦に賭けてみようぜ!」とか言い出したらどうだろう?
攻めるべき国は、農作物の実り豊かな国となるだろう。
それで国民を餓えから救うと考えるかもしれない。
そうなると狙うは、我らがワイマール王国が一番の標的である。
そして何故いまかを考えれば、西側陣営と帝国陣営が、遠い地で争っている最中だ。
各国の眼差しは、遠国へ向いているからとなる。
そんな時にワイマール王国を平らげたならば、ドルボンドの国力は倍増。
勢いに乗ってもうひとつ小国を平げることも容易い。
そうなれば西側は力を失う。
帝国陣営が西側諸国陣営を駆逐するだろう。
それが成った時点で、ドルボンドは大国となっているし、帝国陣営の功労者として押しも押されぬ地位に登り詰めるだろう。
そのような仮設をナンブ・リュウゾウに述べてみた。
「あまりにも夢想的、かつ妄想的だな」
「ですがいかれた支配者というものはそういうものです。窮状にありながら税を上げるなど、一発勝負の博打にすぎません」
それを可能とする支配者の条件は?
ナンブ・リュウゾウがしつこく訊いてきた。
民を夢うつつに陥れる魔性の能力を持つ者と、私は答えた。
ではドルボンドの指導者は、いかなる者か?
まだナンブ・リュウゾウはこだわっている。
その指導者を思い出すと、私の方が青ざめる次第となった。
「アドルフなる者にございます……その者、まさに魔性……」
と、ここまで述べた上で読者諸兄は「バカじゃないの?」と思うかもしれない。
読者諸兄の時代、世界では国が貧乏な場合金をひっかき集めて「確実に儲かる方法」を考えるはずだ。
それは次世代の経済を支えるための投資かもしれない。
それとも、いま売れ筋の商業に力を入れて国益とするかもしれない。
少なくとも、よその国を滅ぼして乗っ取り、自分たちのものにしようとはしないだろう。
だがこの時代、この世界ではまだそのような非文明的、かつ非生産的な倫理理論がまかり通るのだ。
貴族などという連中がふんぞり返っている身分制度、王室などというものが国を支配している封建社会では、こうした思想によって世界が成り立っている。
そしてここまでナンブ・リュウゾウに説明した私は、自分で説明していながら肝の冷える思いであった。
戦雲、にわかに頭上へ立ち込める。
もう戦さというものが、遠国のどこかで起こっているもの、ではなくなったのだ。
まずは男爵さまに報告を、とうながす。
男爵さまから一番親しいイズモ伯爵へ。
ただ、こちらはすでに学園に寄宿する愛娘、イズモ・キョウカから知らされているやもしれぬ。
そして伯爵さまから王室へ御注進となれば、ワイマールも出遅れることはあるまい。
とりあえず南区画の管理をまかせる老役人コシダ・ゲンジロウを呼び、事情を説明した。
「ゲン爺、いざとなったら兵をまとめて北へ来てくれ、頼りにしておるぞ」
ナンブ・リュウゾウは、戦さの香りを放つ笑みでニヤリと笑った。




