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使者が来た。

長兄どのからの使者である。

いよいよ酒宴の準備ができたので、北領さまにお越しいただきたい、ということだ。


もちろんそのつもりで南領へやって来たのだ。

ナンブ・リュウゾウ、護衛のシロガネ・カグヤが迎えの馬車に。

クサナギ先生と親衛隊三十名、そして私は徒歩にて追従する。


馬車の歩みはのろい。

私の足でもついて行けるほどだ。

しかし貴族馬車というものは、そういうものらしい。


けっして急がず慌てず、優美エレガントを忘れずに、ということだ。

優雅エレガントなどという精神、ここしばらく私の頭からぬけおちていた。

何故なら優雅の象徴であるはずの貴族は、ナンブ・リュウゾウが一番親しい存在だったからだ。


邸宅に着く。

歓迎の兵士たちが儀仗隊を編制していたが、いかにもとってつけた感がある。

馬車が停まると邸宅の扉が開いて長兄どのが出迎えてくれた。


私は臭いと感じた。

こちらにすっかり油断をさせるためのサル芝居だと決めつけていた。

そして目の奥に暗く燃える野望の灯火も、同時に感じ取った。


ちょうど学園に在席していた頃、第四王子に近づく者たちが、同じ光を瞳に宿していた。ように思う。

とにかく、暗い野望に憑かれた者は眉間や眼差しが暗くなるものである。

ナンブ・リュウゾウをほめちぎる長兄どのは、まさにそのような顔であった。


久しぶりに兄弟水入らず、差し向かいで飲もうと切り出してきた。

もちろんナンブ・リュウゾウには、それを断るなと言い含めてある。

というか、酒を断るような男でもない。


私たちは別室に通された。

私たちとは言っても、アヤコの姿は最初から無い。

すでに邸内へ潜入しているのだ。


おそらくは長兄どのの部屋の屋根裏か、あるいは床下か。

招かれた部屋に入る直前、ナンブ・リュウゾウたちの部屋へ美しく着飾った女たちが入ってゆくのが見えた。

楽器なども抱えていたので、踊り子たちが呼ばれたようだ。


その中の一人が、白粉塗りたくりで本物の大福餅そっくりなアヤコが、シレッと紛れ込んでいる。

こみ上げる笑いを噛み殺し、私は親衛隊諸君とともに大広間に入った。

お付きの者に対しても、なかなか豪勢な食事が用意されている。


「ヤハラさん、この料理は全部大丈夫だ」


いつの間にか、忍びのイズミが私のとなりに立っていた。


「いや、イズミ。こうした場合、長兄どのは私たちまで一人残らず殺すのではないのか?」


「なんで殺さないとならない?」


「長兄どのに報復するためだ」


「長兄どのが大将を殺したという証拠は? 長兄どのはナンブ・リュウゾウの死は自分関係ないと自信を持っているぞ?」


そうだった。

あまりに透けて見えるので忘れていたが、我々は誰ひとりとしてナンブ・リュウゾウが狙われているなどと考えてもいないのだ。

もちろん長兄どのが爵位を継ぐのが当然で、爵位争いなど夢にも思っていないのである。


表面上は、だが。

だから私たちなど長兄どのから見れば、いずれ平民へと身を落とす宿命のナンブ・リュウゾウについている阿呆の集団にしかならないはずだ。

野望を抱き陰謀を駆使しておきながら、じつはとんだ間抜けでしかない。


所詮は貴族のおぼっちゃまかと、笑いたくなってくる。

やはり長兄どのは参謀、小姑、女房役というものを捨てたのが間違いである。

そして、忍びもだ。


「クサナギ先生、忍者はこのように申しておりますが……」


みなに酒や肉を与えてよいものでしょうか?

相談を持ち掛けようとしたが、クサナギ先生はグラスの酒を片手に、鳥のモモ肉にかぶりついていた。


「おう、忍者がそういうなら、間違いあるめぇ。みんなも食え食え!」


ということで、ここ数日兵糧丸と水だけの生活をしていた若い獣たちは、一斉に肉へと襲いかかった。

肉と肉の謝肉祭。

お肉の方が「ごめんなさい」と謝るような肉祭りであった。


しかし、女たちの悲鳴。

イズミが扉を開いた。

親衛隊が出撃する。


今ごろ騒ぎの元では、ナンブ・リュウゾウが死んだ振りをしているはずだ。

ところがナンブ・リュウゾウ、死んだ振りをしているものの、アヤコが長兄どのの腕を捩じ上げひっ捕らえている。

「白状しなさい、ナンブさま! リュウゾウさまのお酒になにを入れました! 私がこの目でしっかり見ていましたよ!」


「ええい、離せ女! 余が何をしたと申すか!」


アヤコは長兄どのの袖に手を差し入れ、紙包みを抜き出した。


「これ、この紙包みこそが動かぬ証拠! 昨日証拠の残らぬ毒と、薬売りから仕入れた毒薬でしょう!」


目の前にポタリと落とす。


「ぬう! き、貴様何奴!」


アヤコは微笑んだ。

しかしそれは艶のある笑みではなく、ドヤリとした笑みだ。


「ある時は謎の美少女薬売り」


誰が美少女だって?


「そしてまたある時は麗しの踊り子」


そういえば私は、性欲処理をコイツに頼んだことがあった。

わりと人生の汚点かもしれない。


「そしてまたある時は美貌の忍び。ナンブ・リュウゾウ配下、不忍のアヤコとは私のことです!」


全然忍ぶ気が無いのは、自覚してるんだな。


「ナンブ・リュウゾウさま殺害の咎で召し捕らせていただきます!」


「おのれ、これまでかっ!」


目の前に落ちていた紙包みを開いて、長兄どのは散薬の残りを頬張った。


「ムッ……グウッ……!」


うなっているが、倒れる気配は無い。

そりゃそうだ、あれはアヤコがすり替えた精力剤なのだから。

それが証拠に、あおむけに倒れた振りのナンブ・リュウゾウ。

股間にお印し程度の盛り上がりが存在を主張していた。


「観念なされぃ、長兄さま」


クサナギ先生が抜いた刀を突きつける。


「いやさ、弟殺しの重罪人」


勝負あり! 長兄どのは膝をついた。


「まあ、こんなとんでもないこと考えにゃならんくらい、近頃のリュウの字は頭角現してたぜえ。でもよ、なんも殺さなくったっていいだろうよ? なあ、リュウの字」


「まったくに御座る、兄上」


ナンブ・リュウゾウはむっくり起き上がった。


「しかし、ことここに至らば、父上の御前にてお取り調べと相成ります。お覚悟を……」


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