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帰ってきた大福餅

そして長兄どのとの約束前夜。

私たちはすでに南領へ入っていた。

幸いにしてここまで襲撃者、刺客の類いが現れることはなかったのだが、現れたとしても親衛隊の三十名が護衛についているのだ。


刺客ごときのつけ入る隙などない。

そしてナンブ・リュウゾウ、こちらも南領に入って以降は、飲食をまったくしていない。

すでに敵地と心得ているのだ。


とはいえ北領で汲んできた水筒の水は口にするし、兵糧丸で餓えを凌いではいる。

毒ばかり心配して、いざ刀剣による格闘となったときに、燃料切れで動けないということのないようにである。

酒宴は明日の昼食時に催されるが、その前に邸宅を訪れることになる。


その際にはこの宿へ使者が来て、案内してくれる手筈となっている。

そうなると私としては宿の者に金を握らせておかなければならない。

ナンブ・リュウゾウとその一行は、今晩の夕食と明日の朝食を残さず平らげた、と証言させるためだ。


長兄どの指定の宿なので、すでに鼻薬が効かされているだろうか? とも思ったが、主は金を握らされてもキョトンとしていたので、その心配は無用であった。


「とりあえずナンブさまの長兄の者がそのように訊いてきたならば、酒も料理も残さず平らげたと言うのだ」


まあ、いまさら説明するまでもないが、こちらが長兄どのの企みに気付いている。

というのを悟られないためにである。

それを悟られては、向こうが一服盛ってこなくなるやもしれぬ。


そうなると毒を警戒しているナンブ・リュウゾウは、「兄のもてなしにニコリともしない無礼者」と、無用な減点をもらってしまうことになってしまう。

宿に入って以来、ロウソクがジリッと燃えるような時間が過ぎてゆく。

みな洋間の殿の部屋に集まり、車座になって座っていた。


「まあ、明日のことは明日のことだ。まだ早いかもしれんが、寝るとするか」


大した打ち合わせも無いまま、その夜はお開きとなった。

私が最後に部屋を出る。

振り返ると、ナンブ・リュウゾウは毛布を丸めて掛け布団の下に突っ込んでいた。

そして自身はベッドの下、床板に直に寝転がる。


夜襲に備えてのことか。

剣を執っては豪の者、ナンブ・リュウゾウがこれだけ用心しているのだ。

簡単に獲られることはあるまい。

私も安心して眠ることにした。


寝込みを襲うような刺客も訪れず、翌朝。

北領の水と兵糧丸の食事で朝を済ませる。

すると薬売りに扮したアヤコが戻ってきた。


長兄どのはうかつにも、薬売りアヤコに毒薬の存在を打ち明け、それよりも良い毒をと所望してしまったそうだ。


「それにしてもお兄さまによる大将の評価というのも、散々でしたね。剣しか能が無い阿呆とか、親の世話にならねば嫁もとれぬウツケとか……」


その評価を聞いて、長兄どのが冷静さを失い、単なる亡者に成り下がっていると私は感じた。


「吉兆に御座る、殿。長年かけて積み上げてきた、殿の『ウツケ芝居』、大きく花開いておりますぞ」


「あの兄上が、ずいぶんと間抜けなことをしたな」


「それこそアヤコの手柄に御座る」


私は大福餅のような頬の忍びを、ナンブ・リュウゾウの前に座らせた。


「殿、これより死地へと赴く御身なれど、この大福顔を見て、なお緊張感が保てますかな?」


「難しいこと言うねぇ、俺の女房役は」


緊張感などまるで無い、旧知の友達と会話するような口調である。


「左様、アヤコには人を無防備にする才がございます。ともすれば、忍びという正体がバレても、『アヤコがそのようなことするはず無い』とかばう者も出て来かねぬほどに」


故に長兄どのも密事をアヤコにもらしてしまったのだろう。

俺には才覚がある。

俺には人を見る目がある。

俺は賢い、などと信じている者ほど陥る罠である。


せめて参謀なり軍師なり、女房役といったウルサイのがそばにいれば、そんなことにもならなかったろうに。

それを置かなかったのは、長兄どのの失策であり驕りでしかないのだ。

この時点で『勝負あり!』であるというのに、アヤコはオマケをつけてくれた。


「危険回避のため、先に入手してあった毒薬と交換、ということで精力剤を渡しておきました。もちろん、酒に溶かせば無味無臭。証拠まで溶かしてしまうとつけ加えて」


「で? 長兄どのの態度は?」


「小躍りせんばかりに喜んでおりました」


あの男、気が狂ったのではないのか?

思わずそう感じてしまった。

いや、気が狂うほどに、最近頭角を現してきた三男坊のことが嫌いだったのかもしれない。


そうでなければ肉親を、弟を殺めようなどと、人間は考えもしないものである。

と、私は思いたい。

もしかしたら正気を保ったまま、悪魔に魂を売ったとも考えられるが……。


アヤコは残っていた精力剤を殿に舐めさせた。

長兄どのにはあのように言ったが、実際には味が酒に残っているそうだ。

同じ味がしたらそれは精力剤なので、グッといった方が芝居をうちやすいという。


見かけによらず、なかなか賢い忍びである。


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