黒幕
マスター・キララの件は解決してくれそうに見えた。
しかし強引な手段を用いれば、マスターの拐かしは成立してしまう。
「殿、ここはやはり件の間者を始末してしまうのが得策かと」
キッチリカタをつけて幕引きしなければ、やはり決まりが悪い。
私も軍師の身として、見過ごすことはできない。
「ではヤハラどの、どのようにいたす? 仮にも間者とて、他所の家臣である。それを討つとなればワイマール全体が一枚岩となれぬことになるぞ」
「間者は忍び。討たれても文句は言えませぬ。それよりもイズモにおいてマスターがいない方が都合の良い人物を探るのが得策かと……」
「なるほど、その者がマスター疾走を企てた張本人であるというのか」
そう、その者が手引きしてマスターとの接触を演出したと考えるのが筋であろう。
「ヤハラどの、目星はついているのか?」
「いえ、皆目」
それはこれから調べさせる。
イズミとアヤコ、二人の忍びにだ。
イズミは早速姿を消した。
口笛に似た、トンビの鳴き声がする。
しかし見上げても、トンビの姿は無い。
忍び特有の合図であろう。
つまりこの件は、しばらくの間忍びの二人にまかせておけばいいということだ。
「殿、忍びたちにはのちほど格別の褒美を」
「財布の中身は大丈夫かね?」
「鉄砲が格安で手に入りましたので」
とはいえ財政など、算盤方の目で見ればいつでもケツカッチンである。
ギリギリの綱渡りをするのは、算盤方の役割だ。
その上で続ける。
「殿が今宵の酒を控えれば、どうとでもなります」
私の目の前で、初めてナンブ・リュウゾウが嫌な顔をした、ように思う。
「ヤハラどの、今宵は兄者の傷心を慰める席だ。遅れをとる訳にはいかん」
そう言ってベロンベロンになるまで飲み腐るのがお前の悪いところだ、とは言わない。
「でしたら早々にダイスケさまを潰す方策を考えることですな。とんがらしを酒に振れば酔いはテキメンと聞きますぞ」
「それじゃ俺が飲めんだろ?」
「飲むなっつってんだよサル!」
つい本音が出た。
マスターも大笑いである。
「聞いてくだされ兄者、ウチの小姑はこのように俺をいじめるのですぞ」
「俺が妹の婿を手助けすると思ってるのか、ザマア見ろと言ってやる」
さすがダイスケさま、アレの家臣でなければこのヤハラ、ダイスケさまについていきます……というのはウソだ。
妹大好きな上に幼な娘大好きな上司など、絶対に冠したくない。
というかどうして私の周りには、こんな男しかいないのか?
それともワイマールの貴族はすべからく、息子の教育を誤ってしまったのか?
教育の専門家、学園の理事長でもあるみちのく屋総裁に訊いてみる。
「いや、両者とも立派な大丈夫である。何ひとつ間違ったところなど無い!」
アンタに訊いた俺が馬鹿だったよ。
やはりこの国は教育からして間違っているようだ。
「ですが、私を拐かして得する人間などいるのでしょうか……?」
マスター・キララはどこまでも職人な、あるいは仕事以外に興味が無さそうな顔で訊いてきた。
私は答える。
「鉄砲に活躍されては困る連中もいます。例えば剣士団長、あるいは騎士隊長。弓兵の隊長も怪しいですね」
「それでは城下の戦士みなさんが怪しいことになりますよ?」
「貴女の発明は、それほどまでに驚異なんです。他所者の私たちが鉄砲の買い付けをしなければならないくらいにね」
「まったく、自覚の無い人物は困るのぉ」
ナンブ・リュウゾウは笑っていたが、自分の身分や立場をわきまえずに斬り合いをするようなヤツにそんなことは言われたくない。
「まあそれでも、商談そのものはまとまったのだ。マスター・キララの鉄砲制作が順調にいくよう祈念して、ゴリッと飲みに行くかね!」
みちのく屋総裁の仕切りに、真っ先に手を挙げたのはマスター・キララであった。
私たちは宿に帰り……マスター・キララの護衛も一時合流……一階のバーでビールとなった。
みちのく屋総裁のとなりにはマスター・キララが就いた。
そして飲み会となるといつの間にか、私のとなりでアヤコが飲み食いしていた。
それも、当たり前という顔でだ。
「これアヤコ、敵の間者の調査はどうなった?」
「ふぁい、イフヒふぁんのよふぉーふぉーり」
「口の中のものを飲み込んでからにせよ」
アヤコは頬張った肉の塊をビールで流し込んだ。
「はい、イズミさんの予想通り、敵の間者は騎士団長さんの邸宅に入りました」
「なるほど、騎士団長の邸宅が拠点となっているのか。それで、騎士団長につけ入る隙でもあったのか?」
「はい、やはり騎士団以上の活躍を見せそうな鉄砲の存在が気に入らなかったこと。それに……」
「それに?」
「騎士団の予算食い、金食い虫っぷりが気になっていたようです」




