事後のフォロー、のちにヤブヘビ
あまりにも乱暴に過ぎるナンブ・リュウゾウの交渉。
これではマスター・キララも面白くないだろう。
私が取りなさなければならない。
「マスター・キララ、どうぞ我らの狼藉をお許しください。ですが私どもは近いうちにわが国が戦争に巻き込まれると考えております。国家存亡の危機は足音をひそめるようにして近づいているのです」
「……………………」
「その危機を打破するにはマスター・キララ、貴女の力がどうしても必要なのです。私どもの必死、どうぞ御理解ください」
「そうは申しますが、戦雲いずこ。私たち庶民には戦争の気配は感じられないのですが……」
「なるほどごもっとも。戦さは現在遠い国で行われておりますので。しかし我らを皇国側として敵対勢力を帝国側としましょう。帝国側のゼブラ王国が皇国側のセーラー国に攻め込んだのです。宗教上の解釈というのが表向きの開戦の理由ですが、ゼブラ王国は国土が貧弱で農作物に恵まれておりません。豊かな土壌を欲してセーラー国に攻め入ったのです」
「それでは農作貧乏なゼブラ王国は勝てないでしょうに」
「本来ならば。しかし農作貧乏のゼブラ王国に充分な食料を与える同盟国があれば?」
「……………………」
「一国対一国ならばどちらに転ぶか分からぬ一戦、兵も武器も供給できる同盟国がすぐそばにいたら?」
「……………………」
「どのように同盟国が同盟国を呼び、友軍が友軍を呼んで、戦さは広がり続け、ついには大陸全土を戦場に変えることでしょう。合戦の準備に遅いということは無いのです」
マスター・キララは困惑の色を見せた。
無理も無い。
物価が上昇するなどの不穏な空気が、われらワイマール王国に立ち込めてはいないのだから。
「しかし皇国側の一部では、小麦や油の価格が上昇しているという国もあるのだよ、マスター・キララ」
みちのく屋総裁が重々しく言う。
しかしそれらの不足物資は、我がワイマール王国から輸出するなどしているから、物価高騰には至っていないのである。
総裁の言葉から察するに、みちのく屋はその辺りの商いにもからんでいるようだ。
「そしてマスター、こうした戦さは間もなく、マスターの身にも降りかかりましょう」
「?」
「炭の価格が間もなく上昇します。そんなときにも困らぬよう、いまのうちに物資調達から販売まで、安心価格のみちのく屋を御利用ください」
ちゃっかり商売の宣伝までしている。
「ですが総裁、炭を安く買い付けることができるのは、何故なのですか?」
「こちらが小麦や油に安値をつける。だからお前たちも炭を安く売れと交渉する。どちらも安心できる交渉術です」
「……私は鉄砲の商談中だったはずなのに、魔法使いを味方につけた気分ですね」
「商人を信用してください。信頼の力あれば、商人は城でも皇帝のパンツでも手に入れて御覧にいれましょう」
私の味方であるというのに、マスター・キララに警告を発したくなる。
この男を信用しちゃいけない、と。
悪魔の商人とでも称したくなるような笑みを、みちのく屋総裁は浮かべていた。
こちらからかなり強引なお願いをしていたのだが、マスター・キララの機嫌もなおったようだ。
喜んで協力してくれる、という旨を私やナンブ・リュウゾウではなく、みちのく屋総裁に申し出た。
やはり商人同士、あるいは金を支払う奴に懐く……とおもったが、どうやらそうではない。
マスター・キララの周囲にはキラキラとした雰囲気が漂っていた。
何かな、この我々に似つかわしくない雰囲気は……。
胸に湧いた疑問に、ナンブ・リュウゾウが応えてくれた。
「ヤハラ、面白くねぇな。あの娘っ子、みちのく屋の大将ばっかし見てるぜ」
「ひがんではなりませんぞ、殿。殿には麗しの美少女婚約者がおるでしょうに。学園では今頃、殿に対するやっかみがウズ巻いてるはずです」
「そうは言うがな、ヤハラ。男という者は全世界の女性にモテたいものだぞ?」
「だったらサル顔と木箱に手足の体型どうにかしろ」などとは言えない。
なんだかんだ言って、この男は学園のヒロイン。
伯爵令嬢を射止めた男なのだ。
深追いするとこちらが傷つく。
「というか殿」
「なにかねヤハラくん」
「殿の言い方ではマスターが、あの奇人ミズキに恋をしているかのように受け止めますが」
「どう見たってそうだろう。わからんか?」
口惜しいが、わからない。
「ヤハラくん、君も少しは色恋というものを体験してはどうかね? 仕事ばかり押しつけている俺が言うことではないがな」
それ見ろ、こんな些細なことでマウントを取って来やがる。
それに恋などと言っても、身の回りの女性というのは……。
殿が薦めてくれた親衛隊長、シロガネ・カグヤ。
……はダメだ。
有能すぎるのでこちらが気疲れしてしまう。
忍びのアヤコ。
……処理を頼んだことはあるし、これからも頼むことはあろうが、それだけだ。
特にどうということはない。
あとは誰かいただろうか?
華やかで、一直線な者を思い出す。
無能ではないが、さりとて有能というほどでもない。
しかし、ナンブ・リュウゾウ同様に目が離せない娘がいた。
下町のむすめ、モミジである。
しかし手合わせもしていない娘だ。
それに目が離せないというのは、危なっかしいという意味であり、視線くぎ付けという意味ではない。
「笑い話として聞いてくれ、俺はヤハラ。君がどんな娘に心奪われるか、ちと気になっているのだ」
まったくもって、大きなお世話である。




