たいして秘伝とも言えないけど知りたい人には至高の技術
ナンブ・リュウゾウに注目する、その続き。
まだ気配すら見せぬ産業革命の影に戦慄していると、和装に袴、二本差しの男が現れた。
巌のごとき巨漢である。
そして裃を着けているところから、高い身分であることがうかがわれた。
「大将、あれが伯爵さまの次男坊ダイスケだぜ」
「ふむ、使えぬ男ではないな」
ナンブ・リュウゾウはそういう人物評をする。
使えぬとは仕事ができぬ、という意味ではない。
剣の達者かどうか? という意味である。
しかもこのナンブ・リュウゾウが「使えぬ男ではない」と評するからには、度胸もある。
あるいは肝が据わっている、という意味合いである。
「おそらくは恵まれた体躯を活かして、道場で敵無しというところだな。技前ではリュウゾウ、お前が上だよ」
クサナギ先生は、剣術師範であるだけあって、やはり厳しい。
足取りや肩、腕のありようだけで、そのように見た。
「それにあいつは、どこか次男坊というかお人好しに見える。お前やヤハラくんのように、鬼にはなれんさ」
「先生の目から見て、他に鬼になれる人物はありますか?」
「みちのく屋だね。あれはお前に近い、根っからの鬼だろうよ」
「気に留めておきましょう」
そう言っているうちに、ダイスケはマスター・キララの鉄砲店に入っていった。
あとを追うようにして、リュウゾウたちも中に入る。
ちょうどカウンターに、マスター・キララが現れたところだ。
マスター・キララは洋装である。
エプロンドレスというやつだ。
そして髪が長く、前髪が目を隠していた。
おまけにクラウンが高くツバの広いハットを頭にのせているものだから、やはりどこか怪人的な雰囲気がある。
そしてチンチクリンである。
キョウカどのと比べて、どちらが背が低いかな?
こころならずもリュウゾウはキョウカと比較してしまった。
ただ、キョウカが大輪の花ならば、作業で煤けたマスター・キララは野の花といえる。
働く娘の輝き、労働によってこの国を支えてくれる、輝かしい民の一人に見えた。
「ダイスケさま? 毎日毎日の御来店は嬉しいのですが、そろそろ鉄砲の一丁もお買い上げくださいませんか?」
「いやいやマスター・キララ。どれほど金貨を積んでも、きみの笑顔は買うことができないからね」
岩石みたいな男が、よく言うぜ。
リュウゾウは小さくもらした。
「それにダイスケさま、今日は他にもお客さまがお見えのようですから、愛の詩は後回しでお願いします」
カウンターから出てきたマスターは、リュウゾウたちに向き合ってくれた。
「お客さま、どのような鉄砲を御所望でしょうか?」
「神器が生まれたと聞き及んでいる。見せてくれないか?」
リュウゾウが言うと、店内の空気がガラリと変わった。
どこからその話を? あるいは密偵か? 場合によっちゃ生かして帰せねぇぜ。
そんな雰囲気がイズモ・ダイスケとマスター・キララから殺気となって浴びせられる。
しかしナンブ・リュウゾウである。
涼しい顔で続けた。
「予算に合えば、三十丁揃えたい」
野郎、戦争でもおっ始めるつもりか!
店内の緊張感はいやでも増した。
というか、こいつ何者? という疑念も招いている。
「申し訳ございません、お客さま。鉄砲は部品のひとつひとつを鉄の塊から削り出す、手作業で制作しておりますので。右から左へという訳には」
「つまり、神器と呼べる新兵器は存在する、ということだな? 見せてくれ」
簡単な口車であった。
それにマスターも次男坊も簡単に引っかかっている。
この辺りがクサナギ先生の言う、「技前はリュウゾウが上」というところだ。
簡単に引っかかったダイスケが、リュウゾウに問いかける。
「失礼ながらお客人、拙者当領地を統べるイズモ家次男ダイスケという者。穏やかならぬ買い物故、御身分を明らかに願いたい」
浪人姿のリュウゾウとクサナギ・シロウだ。
身分を明かせと詰められるのも無理は無い。
そしてダイスケの左手は、すでに刀の鞘を掴んでいる。
「拙者隣領ナンブ家……」
リュウゾウも静かに、そしてダイスケのことなど見もせずに明かす。
「……三男、ナンブ・リュウゾウにござ」
みなまで言わせず。
ダイスケが斬りかかってきた。
リュウゾウは危うく刀の棟で受け止める。
クサナギ先生はああ評したが、なんの鬼の抜き付けである。
リュウゾウの背中に、冷たい汗がドッと流れた。
というかリュウゾウとしては、イズモの者に斬りかかられる言われは無い。
「手前ぇかっ! 可愛い可愛い俺のキョウカと婚約したとかいうサルは! この場で叩っ斬って婚約解消してやるから、覚悟しやがれ!」
「それがお前の抜く理由かよ! でけぇ図体しやがって、シスコンも大概にしやがれ!」
言い返してやったものの、鬼のような力だ。
棟で受け止めたリュウゾウの刀を片手で押し込んで来ようとする。
片手でもこの力、それが左手を添える。
必殺の刃がググッとリュウゾウに迫った。
しかしそこは技のリュウゾウ。
実は半分だけ抜いた刀の柄にかけた右手、これを上方向へ伸ばしている。
そして鯉口を掴んだ左手は下方向へ力をかけていた。
これだと力負けすることは無い。
間違った例え話をするならば、手拭いの両端を握った右手と左手。
これをお互いに引き離すようにピンと張れば、刀の一撃をも受け止める。
正しい話をするならば、腕を伸ばした状態で真っ向から受け止めても、この技は成立する。
腕の上腕三頭筋しか使っていないからだ。
しかし肘を曲げた状態だと、たちまち押し込まれてしまう。
屈筋である上腕二頭筋の作用が腕を伸ばそうとする作業の邪魔となり、敵の力に加勢してしまうからだ。
そしてリュウゾウは腰と一体化した鞘を、左手で刀ごと掴んでいる。
全身が刀身と一体化しているのである。
腕力のみで目的を果たそうとするダイスケと、全身でそれを受け止めるリュウゾウ。
どちらが強いかは明白である。
そして己の力の通じぬリュウゾウに対して、巨漢ダイスケは背中に冷たい汗を流していた。
押し斬れぬ。
そして押し切れぬ。
堂々たる体躯と無双の腕力をもってしても、このエテ公もどきを斬って捨てられぬ。
ダイスケとて、剣術は旦那芸ではない。
北星神道の太刀は鍛えに鍛えて、シゴかれにシゴかれて得た技である。
これまでも他流の道場破りや、一手御指南をと頭を垂れてきた者たちを、師匠に代わって散々な目に逢わせてきたのだ。
それがこんなチビを押し込めずに……いや、押し返されている⁉
グイと力強く、ダイスケの目方の半分ほどしかない小男が、押し返してきたのだ!
賢明なる読者諸兄にはすでに御理解いただけていることとおもうが、現在のダイスケは刀を媒体としてリュウゾウに乗っかっている……もしくは寄りかかっているだけにすぎない。
しかしナンブ・リュウゾウはその小兵の身を活かして、ダイスケをドッコラショと担いでいるだけなのだ。
ダイスケは踏ん張ることすらできずに乗っかっている。
リュウゾウは鍛え上げた足腰に力を込めて、刀を受け止めている。
勝敗はすでに決していた。
だが、リュウゾウは鞘を刀から抜いた。
刀を支えていた左手の力を手放したのだ。
当然リュウゾウの刀は押し負けて、切っ先が流れる。
しかしダイスケは、流れた切っ先の方向へ身体を崩してしまった。
お互いの力の均衡が崩れたのだから当然だ。
ただリュウゾウは足の技を使って、あくまで流れる刀の陰に隠れている。
コースケの太刀を浴びることはない。
そして物打ちにダイスケの目方がかかったとき、刀を頭上で旋回させた。
ピタリとダイスケの首筋で刃を止める。
興味のある方は動画サイトで「居合 受け流し」と検索していただきたい。
ナンブ・リュウゾウがどのような動きをしたか、それなりに御理解いただけるはずだ。




