表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/193

伯爵令嬢イズモ・キョウカの素晴らしき夕べ

午後の授業も終わり、華麗なる乙女たちの行水の時間。

入浴タイムとか、サービスシーンと呼ばれるものである。

もちろん全員一斉に入浴すると人でゴチャゴチャになってしまうので、生徒の半分はチャンコ部屋へ先に入っている。


フジヒラ・トヨムは日焼け肌ではない。

全身くまなく綺麗に褐色であった。

そして全裸になるとわかるのだが、トヨムの手脚は長い。


背丈はキョウカと同じくらいなのに、腰の位置に違いがあるのだ。

そして戦士もかくやとばかりに引き締まっている。

何度か触らせてもらった筋肉は細い身体の中に詰め込まれ、密度も高くみっしりとしているのだ。


だからトヨムは見た目以上に体重がある。

そして関節が驚くほど柔軟であった。

生まれつきなのですわね。


キョウカはそのように納得していたが、それでも身体能力でトヨムには歯が立たず、身体のスタイルでも完敗を喫しているとなれば、コンプレックスのひとつも抱きたくなる。

今夜もまた、不躾な視線でトヨムの身体をまじまじと眺めてしまうのであった。


「キョ、キョーカ……女の子にそこまで熱心な視線を送られると、アタイも恥ずかしいぞ?」


「何をおっしゃいますの、トヨムさん。それほどまでに鑑賞に耐えうる肉体をお持ちなのですから、見られて当然ですわ。ジ〜〜ッ」


「チキショー! そんならアタイもキョーカの裸、じっくりと拝んでやる! ジ〜〜ッ」


「どうぞ御鑑賞あれ、トヨムさん。女は見られて美をみがきますのよ」


「なんでだろ、キョーカの白い肌を見てたら涙が出てきそうだ」


「トヨムさんの小麦色の肌を鑑賞してますと、ため息が出てしまいますわ……嗚呼、素敵……」


「ホメてくれるのはキョーカくらいなもんだよ……みんなアタイのことコゲ茶色とかカブトムシのサナギ色だとかさ……」


「わたくしにはヤッカミにしか聞こえませんわね。美しいですわよ、トヨムさん……」


「えっへっへっ……でもな、キョーカ。だからったって見すぎだぞ?」


「あら、わたくしとしたことがはしたない……」


そして湯を出て夕食。

さすがにこの時間帯ならばキョウカも食がすすむ。

とはいえ元来が少食なので普通の半分も食べられない。

いつものようにトヨムに手伝ってもらうことになる。


そして自室へ二人でもどり、本日の授業の復習と明日の予習をして眠る。

……のだが。


「トヨムさん?」


「なんだ、キョーカ?」


「本日はこのような物を用意いたしましたわ」


「おーー、こいつはワインだな?」


「淑女たる者、お酒ごときで乱れてはいけませんことよ?」


「つまり酒の稽古だな?」


小さな灯りだけで向かい合い、秘密を分かち合う。

それは二人だけの秘密の儀式。

キョウカはそっと、音を立てることすらはばかれるかのように栓を抜いた。


用意していたグラスにワインを注ぐと、トクトクと気持ちのいい音がした。

この時代、この世界である。

未成年の飲酒が御法度ということは無いが、それは労働に従事している者のみ、という不文律があった。


つまり学生である二人の飲酒は眉をひそめられるし、学則においても違反であった。

だが、伯爵令嬢のキョウカがグラスに口をつける。

そしてホゥ、と甘いため息をついた。


「……よい仕事をしていますわね」


「そんじゃアタイも。……ぐびっ……カーーッ、悪く無いねぇ!」


「さらにトヨムさん、今宵はこのようなものも用意いたしましてよ?」


「こりゃ……チーズかい?」


「この脂っこいチーズで口の中を汚して、ワインで洗い流す……ホゥ、美味ですわね……」


夕食後にこんなことをしているから、キョウカの食は細い。

そんなことに気づいていない二人は、チーズとワインを交互に口へ運んだ。


「なーキョーカー……そろそろ塩いものが欲しくないか?」


「では先日、わたくしの婚約者フィアンセさまが送ってくださった、シカの干し肉がございますわ」


「おぉっ! こりゃまた香りが違うなぁ!」


「わたくしの婚約者、リュウゾウさまが手ずから仕留めたシカを、これまたリュウゾウさま御自身が加工してくださった逸品ですわ」


「こりゃまた噛めば噛むほど……ちょっと青臭いかな?」


「さすがトヨムさん、この時期のシカは餌とする草の香りが強いそうですのよ?」


「キョーカも食べなよ……」


少しく酔いが回ったか、トヨムの強い口調が柔らかくなった。


「ですがトヨムさん、わたくしには干し肉は塩辛すぎますわ」


「それなら……ほら……」


細かく千切った干し肉を可愛らしい唇にはさみ、トヨムは差し出してきた。

キョウカはそれに応える。

最初は干し肉をはみ、少しずつ咀嚼して、お互いの鼻が接触して。


イズモ・キョウカはナンブ・リュウゾウを愛している。

だが、恋はフジヒラ・トヨムのものだ。

嗚呼、恋というものは素敵なものですのね。

塩辛い干し肉さえも、こんなに甘くしてしまいますわ。


恋をする伯爵令嬢を見下ろしていたのは、ただ細く身を削った月だけであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ