伯爵令嬢イズモ・キョウカの優雅なる午後
そして昼食。
イズモ・キョウカにとってはまたもや試練のひとときであった。
寮に戻り食堂に入る。
理事長がどのようなセンスをしているのか、食堂は『チャンコ部屋』と呼ばれている。
そして燃え盛る日輪のこの季節、暑い昼間の食事だというのに、鍋が出てきた。
一人ひと鍋である。
これを平らげるまで、拷問部屋に等しいこのチャンコ部屋から逃れることはできない。
そして相席は、いつものようにトヨムであった。
「あの……トヨムさん……?」
「あぁ、いいぞキョーカ。アタイにまかせておけ!」
そう言ってトヨムはキョウカの鍋に、具材をどっちゃりと放り込んだ。
そして自分の鍋にも、どぼどぼと具材を注ぎ込む。
まったく遠慮のない手際だ。
熱くたぎっていたスープはいったんそのほとばしりを抑えたが、すこしずつ、そして熱は通ると地獄の釜もかくやとばかりにあぶくを立てる。
「よしよし、キタな! それじゃあ、いっただっきま〜〜す♪」
褐色の親友は飢えたケダモノもかくや、とばかり猛然と鍋に挑みかかる。
キョウカはというと、端っこに浮いた葉野菜の欠片をひとつまみ、フーフーと一生懸命息を吹きかけて冷まし、もちょもちょといただくのであった。
「キョーカ、お魚! お魚も食べ頃だぞ!」
「そうですわね、トヨムさん。いただいてみますわね」
魚の肉片をつまむと、向かいのトヨムは骨についた肉片をしゃぶるようにして削ぎとっていた。
キョウカが五口も食べた頃には、鍋の中身は半分になっていた。
キョウカの鍋も、トヨムの鍋もである。
そして、もうお腹一杯ですわと箸を置いたときには、スープまですべて干されていて、最後の葉野菜をトヨムが咀嚼しているところだった。
「相変わらず見ていて気持ちのよくなる食べっぷりですわね、トヨムさん。まるでスーパーマンですわ」
「アタイからすれば少食でも生きていけるキョウカが羨ましいよ。食糧難になったら、アタイ三日で死んじゃう」
「座して死を待つトヨムさんでもありますまいに」
「まあね、たぶんアタイ、食糧難になったら人でも頭からムシャリといくんだろうね」
「その生命力こそが、トヨムさんの魅力ですわ」
生命力。
それはかの野蛮な貴族、ナンブ・リュウゾウにも共通することであった。
しかし彼は単なる腕力主義者ではない。
腕力で交渉することもあろうが、民を見ている。
戦うことに、民の幸せを考えている。
いまはまだ個人でしかないフジヒラ・トヨムという娘。
彼女が広い視野と、能力に相応しい地位や財を得たら、どこまでおおきな存在となるやら。
キョウカとしては背筋の凍る重いであった。
「ところでさ、キョーカ。先生はなんでキョーカの婚約者さんのこと怖がってたんだ?」
「さて、何故でしょうか? トヨムさんに似た素敵な殿方ですのに……。ただ……」
「ただ?」
「白い肌をした鼻の高い種族のみなさまが崇める神さまのことが、大ッキライだとかなんとか、先生方は話してらっしゃいましたわ」
「アタイもあの神さまは好きになれないね」
貧困層出身の娘は言った。
「なんでアタイみたいな人間を作ったんだ? なんでこんなに金持ちと貧乏人の差があるんだ?
こんなこと言いたかないけど、アタイ、本当はキョーカと仲良くしちゃいけない人間なんだぞ?」
あらまぁ、という顔でキョウカは聞いていた。
「アタイにも、イヤな過去はあるさ。キョーカにも言えない、言っちゃいけない。キョーカだからこそ話せないこともあるんだ」
「その過去があるから、今のトヨムさんは素敵なのですわ。過去も今も、そして未来も。トヨムさんはわたくしの中では永遠のスーパーレディですわ」
「キョーカって……すっごく恥ずかしいこと平気で言うよな」
「それこそが貴族でしてよ、トヨムさん! これこそが越えられない身分の差ですわ! オ~~ッホッホッホッ!」
「チキショー、悪党貴族め! 今夜こそベッドで泣かしてやっかんな!」
「返り討ちのコテンパンにしてさしあげますわ! 貴族の女学問、甘く見ないことですわね!」
とまあ、身分だ階級だなどというものを忘れさせてくれる友だち。
イズモ・キョウカにとってフジヒラ・トヨムという娘は他に代えられない宝物と言えた。




