墜ちる女
何かを急かす訳でなし。
ただ一服のお茶を楽しむだけの時間が過ぎてゆきます。
互いに視線を交わすでなし。
言葉を交わす訳でもなし。
そう、わたくしどもは恋仲などではないのですから。
ですが唐突に、毛が三本足りないおサルさんは口を開きましたわ。
「さてキョウカどの、イズモの伯爵さまは商いに強いと言われておる。そなたも商いには敏いのかな?」
「遊ばせていただいております……」
「なるほど、いけぬ口ではないと。それは頼もしいな」
何を言い出すのでしょうか?
つい小首を傾げてしまいましたわ。
なにしろおサルさんが商いのお話を始めましたので。
わたくしの存じているおサルさんというのは、朝に三つ与えたエサを夕方にひとつ増やして与えたら、数が違うと怒り出すようなトンチキな生き物。
そのようなケダモノが商いに興味を示しているのですから、なにやら妙な気分ですわね。
なにをホザいてくださるのか、拝聴してみたいですわね。
「頼もしいと申しますと、リュウゾウさまは何か商いのご予定でも?」
「なに、獲らぬ狸の皮算用さ。名物を拵えれば、客の呼べそうな土地がありましてな」
「リュウゾウさまは商いがお上手ですから、わたくしなど居らずとも成功することでしょう」
「商い上手? 俺がかね?」
「イズモではナンブの括りイモと名を売っておりますが。農産物を同じ重さで箱詰めになさったのは、リュウゾウさまでしょう?」
「あれは俺のとこの知恵者がやったことさ。俺じゃない」
それはそうでしょうね。
おサルさんごときでは、あのような妙案は浮かばないでしょう。
しかもそれを自分の手柄とせずに、部下の手柄としてしまう辺り、なんともこう……。
おバカともうしますか、クソ正直ともうしますか。
「ずいぶんと正直者なのですね、リュウゾウさまは」
「俺はもそっと大きな仕事をしたい。ナンブの領地を富ませて、王国を栄えさせて、男爵家ここにあり!
というところを示したいのだ。そのためにも今はまだ、正直者でなくてはならん」
「貴族社会では長生きできませんわよ?」
「そんときゃそんときよ。親父どんも国王陛下も、俺のことを必要としとらんのだろ」
「というか、リュウゾウさまを亡き者とするには、そうとうな兵隊を動かさなければなりませんわね。剣の上手ということもお聞きしてますわ」
「なんかやったか、俺?」
本気で仰ってますの?
やたらと大きなホラを吹いたかと思えば、自分の手柄をスッポリ忘れてしまったり。
木箱に丸太の手足をくっつけたとリュウゾウさまをたとえましたが、いまは破れたズダ袋とお話してる気分ですわ。
「ナンブさまの南領地では、得物も用いず凶暴な山賊をことごとく生け捕りになさったとか」
「あれも軍師どんの働きじゃ。素手でも勝てるように仕立ててくれた。商いもそうであろう、キョウカどの。商いで成功するには成功するだけの仕込みと見立てをして、それから取り組むのではないのか?」
ま、意外に考えておりますのね。
クソがつくほどの正直者で、自分の手柄など頓着せず。
もっと大きく国のために働きたいだとか。
「いかがなされたかな、キョウカどの? サルのごとき野蛮人が人間らしい口をきいて、驚かれましたかな?」
「意地悪な方ですわね」
そして、意外に鋭いですわ。
「伯爵家の娘が男爵家に嫁ぐ話だ。大上段に構えることは仕方ない。これは当然の読みなので、俺は意地悪などではない」
「そうではありませんわ。わたくしの底意地の悪さを知っていて、丸裸で飛び込んでくるんですもの」
「俺はいつもこうだ。そして女たちには見向きもされぬ」
「そりゃそうでしょうよ、とても扱いきれませんわ。わたくし以外の女には、ね」
「それではキョウカどの」
「婚姻を前提に、お付き合いくださいませ。リュウゾウさま」
「まったく、馬鹿には賢い者がついてくるのぅ」
このような仮面同然の化粧をしてくる娘を気に入ったり、バカのつくほど正直者。
おまけに手柄に頓着せず、野蛮人のクセに商いをしたいなど。
本当にわたくしのような人間でなくては妻は務まりませんわね。
「ときにリュウゾウさま、商いを始めて何を目標としますの?」
「うむ、まずは近い将来起こるであろう、大戦さに備えたい」
やはり、わたくしのダーリンはそれも感じておりましたのね。
「そして民を食わせてやりたい。飢えることなく、ひもじい思いをすることなく過ごせる。そのような領地、国家を築き上げたい」
国家が安定すれば商いが育つ。
商いが育てば国家は安定する。
まさしく理想ですわね。
「そのためにもキョウカどの。俺の子を生んでくれ」
「まだ昼間ですわよ。わたくし化粧も落としてませんし」
「これは俺が焦りすぎた。だが早く嫁に来てくれんと、あっちこっちに俺そっくりな赤ん坊が生まれるぞ?」
「ふふふ、女房焼くほど、亭主モテやせず。ですわ」
そう、リュウゾウさまがリュウゾウさまらしく振る舞う限り、浮気の心配もありませんわね。
案外イイ縁だったのかもしれませんわ。
人間未満の割れ鍋に、人形のような綴じ蓋。
相性はバッチリですわね。




