キョウカの視点
わたくしの名はイズモ・キョウカ。
伯爵家、イズモの末子。
いわゆるひとり娘ですわ。
イズモのお家は商いに明るく、わたくしも幼いころからその道を学ばされました。
しかし女子というものはいずれ嫁がされる身。
それ故にわたくし、商いの道は必死に学びましたわ。
おかげさまでわたくし、学生の身分でありながら荷役のギルドをひとつ構えることができましたの。
おかげさまで利益を資金に小規模ながら両替商も営むことができまして、学費はおろか生活費まで自前でまかなっても、なお貯め込むことができておりましたわ。
ですが時の流れは残酷なもの。
わたくしも齢十五。
政略結婚の道具として機能する年頃になりましたの。
王都で寮制の学び舎で太いパイプを築いている最中、父上である伯爵さまから帰郷のお沙汰がとどけられましたわ。
なんでもお見合いのお話だとか。
それくらいでしたら覚悟はしておりましたが、なんとお相手は格下の男爵家。
のみならず三男坊だとか。
なんでもこの殿方、近年稀に見る傑物と、伯爵さまの大のお気に入りとか。
さらに申し上げるならば、お父上の伯爵さまとあちらの男爵さまは学生時代に席を並べた御学友。
というかもう「貴様」「俺」の間柄だとか。
まあそうでもなければ、家柄を越えた婚姻など……よくありますわね。
ですがお父上の文によりますと、わたくしが興味を持ちそうな部分は農作物を木箱に詰めて、目方を均一にして出荷しているところだけ。
他は武勇のお話ばかりで、目も当てられないような野蛮人。
野蛮人も勿体無いですわね。
暴力、腕力で支配しようとするおサルさん。
毛が三本足りないというのがわたくしの初見でしたの。
されど見合いの日取りは近づき、いかに破談に持ち込むか、妙案も浮かばぬまま当日を迎えてしまいましたの。
「キョウカ、リュウゾウどのがお見えになったぞ。早う支度をいたせ」
お父上はそのように急かしますが、わたくしとしては気乗りしないことはなはだしく。
憂鬱な気分のまま白粉を手にしましたわ。
ですが窮すればひらめくもの。
かつて激有名な軍略家に嫁ぐ娘が、奇抜な装束で破談に持ち込もうとした故事を思い出しましたの。
いけますわ! これこそが天佑というものですわね!
故事の娘は結局軍略家に嫁いだという史実はそっちのけ。
顔面に白粉を塗りたくり、紅で隈取を描きましたの。
激怒確実、破談は確定。
誰が格下の男爵家、それも三男坊、さらには野蛮な人間未満。
そんなところに嫁ぎたいと言いますの?
お父上に膝詰めでじっくりとうかがってみたいものですわ。
薄絹をかぶりナンブ家のおサルさんの前へ、しずしずと出向きましたところ。
なるほど、寸胴の木箱に丸太で手足をつけたような体躯。
しかも袖からのぞく小手にはミミズでも貼り付けたような……。
あれは刀傷ですわね。
おぉ、嫌だ嫌だ。
しかもジャコウで臭いを誤魔化しておりますが、臭いこと臭いこと。
ケダモノは血の臭いで、めかし込んでもすぐにわかりますわ。
「拙者ナンブ家三男、北領地御預りのリュウゾウと申します」
さすがはケダモノ。
わたくしでさえゾクリとくるような目つきですわね。
「イズモ家末娘の、キョウカと申します」
布をかぶったまま、わたくしも頭を下げましたわ。
「これ、キョウカ。布をとりなさい」
です伯爵さまに咎められて、わたくしもは布をとりましたの。
もちろん素顔がまったくわからない隈取の顔ですわ。
さすがに伯爵さまも男爵さまも仰天、椅子から転げて腰を抜かしましたわ。
「キョ、キョ、キョっっっ、キョウカ! なんですかその化粧は! いや、ナンブの。平に、平にお許しくだされ!」
「い、いやイズモさま。お手をお上げくだされ! キョウカさまにはキョウカさまのお考えがあるのでしょう!」
えぇ、わたくしにはわたくしの考え、このような人間未満に嫁ぐ気は無いことを表現してますの。
ですがリュウゾウさまは腕組みをして大笑い。
「伯爵さま、お嬢さまはこの見合い、お気に召さないのでしょう。なるほど伯爵家から男爵家へ嫁ぐのは、面白くなかろう。しかしだな、キョウカどの」
ズカズカと近づいて顔をのぞき込んで来やがりましたわね。
遠慮の無い男ですわ。
「俺はそなたが気に入った。他の野郎なんぞにやるのは勿体無い。婚姻を前提に付き合っとくれ」
馬鹿ですの?
馬鹿ですわねあなた!
そうでなければこの顔の娘など、真っ直ぐに見つめられる訳がありませんわ!
「考えさせていただきます」
わたくし即答。
なのにおサルの親分、さらに大笑い。
「この展開で、まだ考えさせてくれ、かよ! 相手にされとらんなぁ、俺!」
さすがにわたくしの意図は汲んでいますわね。
とかいいながら背中に手を回してきて、さりげなく席を勧めて来やがりますわ。
太くて短い指ですわね。
そんな手で、不器用にお茶を淹れてくれましたわ。
「長旅で疲れていよう、茶でも一服どうぞ」
そしてなにかと気遣いしてくださって。
ふ、ふん! 女の扱いは慣れてるようですわね。
どうせ家臣に世話してもらってるんでしょうよ!
あら?
家臣の女に世話させているなら、このような気遣い、できようはずもなく。
グルグルグルグル。
おかしいですわね、霧でもかかったように、頭が回りませんわ。
「これ、ジイ。それに親父どの。こういう折には決まり文句があろう」
はたと気付かされた執事さん。
「お館さま、ここからは若いお二人にお任せして」
「う、うむ。そうじゃな……伯爵さま、どうぞこちらへ」
「おぉ、そうですな」
そのようにもうされますと、わたくしたちは二人きりにさせられましたわ。




