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イズモ伯爵の御令嬢

さて、お屋敷の庭園をグルリ囲んでの警護配置。

もちろんナンブ・リュウゾウたちに背中を向けて、侵入者を許さぬ態勢である。

しかしそれは一般的な親衛隊士の話。


私は生け垣の陰からナンブ・リュウゾウを見守る。

あの野郎、樽のような腰掛けに尻を乗せて、まだ状況を把握していないようだ。

男爵さまに対して、「何事ですかな、親父どの。このようにめかし込んで」なんぞとホザいている。


お館さまは親方さまで、「なに、イズモ伯爵がお見えになるのでな」などとはぐらかしていた。

そうでなければあのサルが逃げ出すとか、見合いの席を壊してしまう、とでも考えているのだろう。

執事のじいさまといいお館さまといい、サルの躾には手慣れているのであろう。


「どんな様子だい、リュウの字は?」


クサナギ先生だ。


「はい、どうやら見合いとは知らされていない様子で」


「そりゃ正しい。あれに嫁取りの話なんぞしたら逃亡するに決まってる」


クサナギ先生も心得たものだ。


「殿は日頃から男子たる者、蝶のように花を求め虎のように勇ましくあるべしと申しているからなぁ」


こちらはシロガネ・カグヤ。

護衛の親分が二人とも抜けてきている。

しかし、親衛隊にまかせておけば問題は無い、という信頼の現れである。


「しかしどんな娘さんだろうなぁ、見合いの相手は」


「おそらくイズモ伯爵御息女かと」


「知ってるかい、軍師どの?」


私はかぶりを振る。


「私も知らない」


シロガネ・カグヤも言う。

当然のようにクサナギ先生も知らないそうだ。


「とんでもない醜女だと、さすがにカグヤさんが大変になるなぁ」


「どういうことかな、軍師どの?」


「殿は日頃から伽をカグヤさんに頼んでいる。あんたほどの美形はそうそういないから、さらにカグヤさんを頼りにすることになるぞ?」


「フフッ……バカな話はよそう……」


シロガネ・カグヤは満更でもなさそうな微笑みを浮かべた。


「お、来たようだぞ?」


ナンブ領地特有の「和服」と呼ばれる服装で、袴に裃というイズモ伯爵が現れた。

堂に入っている。

王国にナンブとかイズモという単語は存在しないところから、両家は同族異人種なのかもしれない。

そう見るとイズモ伯爵、ナンブ男爵同様にあっさり目の顔立ちである。


それに続くのは華奢な娘。

桜色の着物だが、布をかぶりおもてを伏せている。


「なるほど、格上の家から娘を出すのだから、容姿の醜美は語らせない、ってことか」


クサナギ先生が解説してくれた。


「しかし立ち居振る舞い、伯爵令嬢たるだけのことはある」


シロガネ・カグヤはその動きに注目していた。

私は……。

ナンブ・リュウゾウの懐からジャコウが香ってくるのが可笑しくて仕方ない。


日焼けして真っ黒い顔のサルが、香りを気にしてめかし込んでいるのだ。

あの人斬り御曹司が、である。

そして娘が現れた途端、嫌なものを感じたのであろう。

急にソワソワとしてじいさまにたしなめられていた。


「ジイ、なんじゃ? 伯爵さまは娘御を連れてきたのか?」


「左様、見合いですからな」


たれのじゃ?」


「お前ぇの見合いだよ、サル!」


「そりゃいかん、俺は帰るぞ」


「伯爵さまの御前ですぞ! 神妙になされい!」


他家の名を出されて、それも格上の家柄を出されては、ナンブ・リュウゾウも逃げられない。

口をへの字に曲げて、仕方なさそうに娘を見ていた。

両家の挨拶が交わされ、若い二人が言葉を交わす。


「拙者ナンブ家三男、北領地御預りのリュウゾウと申します」


いかん、立ち会いのような雰囲気で睨みつけている。

こりゃ破断になりそうだ。


「イズモ家末娘の、キョウカと申します」


布をかぶったまま、イズモ・キョウカは頭を下げた。


「これ、キョウカ。布をとりなさい」


伯爵さまが咎めて、娘は布をとった。

顔を上げると、歌舞伎役者のような隈取がほどこされている。

素顔がまったくわからない。


これには伯爵さまも男爵さまも腰を抜かした。


「キョ、キョ、キョっっっ、キョウカ! なんですかその化粧は! いや、ナンブの。平に、平にお許しくだされ!」


「い、いやイズモさま。お手をお上げくだされ! キョウカさまにはキョウカさまのお考えがあるのでしょう!」


しかしナンブ・リュウゾウは腕組みをして大笑いであった。


「伯爵さま、お嬢さまはこの見合い、お気に召さないのでしょう。なるほど伯爵家から男爵家へ嫁ぐのは、面白くなかろう。しかしだな、キョウカどの」


ズカズカと近づいて顔をのぞき込む。

遠慮の無い男だ。


「俺はそなたが気に入った。他の野郎なんぞにやるのは勿体無い。婚姻を前提に付き合っとくれ」


「考えさせていただきます」


ナンブ・リュウゾウ、さらに大笑い。


「この展開で、まだ考えさせてくれかよ! 相手にされとらんなぁ、俺!」


とかいいながら背中に手を回し、席を勧める。

そして太くて短い指で手ずから茶を淹れた。


「長旅で疲れていよう、茶でも一服どうぞ」


そして日傘で陰をつくってやり、茶菓子も勧めた。


「これ、ジイ。それに親父どの。こういう折には決まり文句があろう」


はたと気付かされた執事のじいさま。


「お館さま、ここからは若いお二人にお任せして」


「う、うむ。そうじゃな……伯爵さま、どうぞこちらへ」


「おぉ、そうですな」


文中ナンブ男爵がイズモ・キョウカを指して「キョウカさま」と呼称していますが、こういった場合なんと呼ぶものか。作者も時代劇の見方が足りていないので、少々不明です。

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