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勝ち馬たるや否や?

遠国とはいえ世の情勢、そして近きは国内の実情。

それを憂いての北領の雄、三男坊の冷や飯食らいナンブ・リュウゾウかと思ったが、うっかり信用することはできない。

そのくらい私はこの『バカさま』を下と見ていた。


それは当然と考えていただきたい。

あちらは剣にものを言わせる武の人間。

こちらは智と理を重んじる学問の徒。

いわば水と油の関係だ。


これから何をしでかすのかと、注意して見ておかなければならない。

しかし北の雄のもとに、さっそく人数が集まってしまった。


「親衛隊シロガネ三十名、これに」


長身の娘だ。

シロガネの名の通り美しい銀髪に朱色の鉢巻を締めている。

領長リュウゾウ『さま』と同じく、ゆったりとした乗馬ズボンに帯を締めて、そこに反りのあるナンブ領地特有の片刃の剣を差していた。

剣は両刃という定説があるので、正しくはこの得物『カタナ』という武器である。


しかし便宜上『剣』とさせていただく。

その剣士たちに領長は命じる。


「これよりロカタ町、町長宅へ乗り込む。彼の者不忠不義なことに、国力の支えとなる年貢をごまかしたこと算盤方ヤハラの証言により明白。これよりその真偽を正し、罪を認めれば潔く身を処すよう申しつける」


「認めることなくば?」


銀髪の娘が訊いた。


「申した通り、不忠不義の徒として処断いたす」


まるで芝居でも観ているような感覚であった。

これから人ひとりを罪人として処するという騒動が、現実のものとは感じられなかったのだ。

しかし、親衛隊の娘よりも背の低い領長は私に訊いてくる。


「ヤハラどの、脚は達者か?」


「リュウゾウさまに比べれば、いささか」


「よし、カグヤ! ヤハラどののため馬車を用意いたせ!」


「御意!」


銀髪の娘が目配せすると、親衛隊の末席の者が走った。

どうやらリュウゾウさまの親衛隊というのは、一致団結意思疎通ができているようだ。

しかし領長さま、ヤルのですか? 本当にヤルというのですか?

私には同い年の三男坊の真意が、まだ測れないでいた。


しかしこの男、断行を宣言してしまっている。

ロカタ町町長を処断すると、部下に命じてしまったのだ。

これではもう、後戻りはできない。


私の着任から、ほとんど時間は経っていない。

ということはこの男、私の到着を待っていたというのか?

知者なくしては動かぬというのか?

その胸の裡は確かめておかなくてはならないだろう。


「リュウゾウさま」


「なにかな、ヤハラどの」


「なんとしてもヤルのですかな?」


「うむ、そのためにも君の身柄を殿にねだったのだからな」


「暴挙に過ぎませんか?」


町長断罪が、である。


「ヤハラどのも御存知だろうが、遠国で戦さが始まってしまった。しかもこの戦さ、奇妙なものでな。やがて大乱へと発展するだろう」


あっ、と私も思った。

この男、それを見ているか、と。


「大乱ともなれば、わが国も他人ではいられないだろう。今は富国強兵。国を富ませなければならない時なのだ」


同じものを見ている、この男。

そして行動に移っている。

バカさまと揶揄されるこの男、いつの間にそのようなことを考えるようになったか。


すると私の心を読んだのか、野蛮な貴族は薄く笑った。


「バカのふりをするのも大変だったよ」


曰く、剣術というものは運動などではなく『学問』なのだと。

いかに勝ちをおさめ、いかに国をおさめ、いかに身をおさめるか。

それを学ぶ兵法というものなのだと言った。


勝ち馬かもしれない。

このとき初めて、私は思った。

この男とともにあれば、これまでの憂い、鬱屈、すべて晴らせるかもしれない。


いや、ここは謙遜だ。

この男には私に無いものがあるのやも知れぬ。

理屈屋と腕力主義者。

水と油の関係だとはすでに述べたが、このふたつが交われば、天下に敵は無い。


この馬に乗るか。

いや、推してゆくか!

ヒロ・ヤハラ、一介の算盤者に過ぎぬが、雲を得た竜の気分であった。


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