意外に見ている男
さまざまな思いを込めて、北領到着。
これからは『さま』をつけて呼ばなければならない同期が準備してくれた使用人たちが、家財道具を寮に運び込んでくれる。
おかげで私は到着そうそうに同期へ着任の挨拶をしなくてはならない。
寮は同期の邸宅兼北領支所の敷地内にある。
つまり歩いてヤツに合うことができて、問題が起これば「スープも冷めない距離だから」ということで呼び出されるのだ。
ヤツの身辺を警護する衛士に案内されて、執務室へ。
ノックは三回、衛士が声をかける。
「ヒロ・ヤハラさまが着任の御挨拶にお見えです」
「おう、早かったな。まあ入れや」
学生時代から変わらぬ声が返ってきた。
ドアを開けて入室。
想像通り、リュウゾウのアホは木剣を振っていたようだ。
あの頃と同じく、木箱に丸太で手足をつけたような体型。
シャツを脱いだ上半身は汗で黒光りしている。
「おう、ヤハラくん。久しいな! どうだ、お家の方は」
「えぇ、まあ……。それなりに……」
私は言葉を濁した。
するとバカさまは正面の執務机を指した。
書類の綴りが山と積まれている。
「目を通してくれ。しおりの入っているところだけでいい」
綴りを手にした。
北領の市町村からの報告書であった。
主に金銭がらみ、というかこれこれの事情で上納金(年貢)が少なくなってますという言い訳書類の綴りであった。
それが、三年分。
というか、これが私が言葉を濁した理由である。
つまり男爵さまは、息子たちに領地をまかせた途端、税のアガリが悪くなっていると嘆いておられたのだ。
いま現在、遠方ではあるが戦さが始まっている。
小国同士の小競り合いに過ぎない規模だが、これは未曾有の大戦さに発展するものと私は見ている。
一国対一国の戦がで、それぞれの近隣諸国が資金面や人員面で援助を行っているというのだ。
表面だけは「私は戦争に加担してません。中立と平和を望むものです」とか言っておきながら、きっちりと武器食料兵員の援助を惜しみなくおこなっているのだ。
そんな真似が、いつまでも通るものではない。A国とB国の戦争にC国が援助をしている。
ならば目の前の敵よりもC国を討った方が早い。
そんな展開が必ず来るのだ。
援助国は次々と戦さに巻き込まれ、この地域全体が戦場となることは間違いない。
ならば富国強兵だ。
いまはそれが最上の策であり、中央の方針だ。
それだというのにナンブ領の市町村長は年貢をごまかし私腹を肥やすことにのみ血眼になっている。
実情を嘆かわしいと感じ、焦りや怒りを覚えるこの数年であったのだが、こうもあからさまに脱税の証拠を見せられてはほとばしるものがある。
「君の意見を聞きたい。ヤハラ、どう思う?」
「ナメてますね、完全に。北領長のことを」
「証拠としては十分かな?」
「百回は処刑できます」
「そうか」
言ったあとでハッと気づいたが、遅かった。
領長ナンブリュウゾウはポンポンと手を打ち、人を呼んでいた。
「親衛隊を集めよ。これより出撃する」
なにを始める気か?
いや、そんなことはわかっている。
私が目を通していた綴りの提出者、ロカタ町の町長のもとへ赴くのだ。