学園首席、絶望の春の巻
予告なし新連載です。以後よろしくお願いします。
私の名はヒロ・ヤハラ。
そのとき春爛漫の季節、邸内の桜も満開なこの季節。
私は男爵さまの執務室へと向かっていた。
学園を首席で出て三年。
ナンブ男爵に仕えることとなったときには『ハズレをひいた』と目まいを感じたものだ。
正直に申し上げるならば学園を首席で卒業しているのだから、王室もしくは悪くても公爵家にお仕えすることを希望していたのだ。
それがグッと格下の男爵家。
目まいのあまり卒倒してしまわなかった自分を褒めてやりたいくらいであった。
しかも、しかもだ。
第四位とはいえ王子さまと席を同じくするという幸運にまで、学園では恵まれていたのにだ。
よくぞ堪えた、当時の私。
偉かったぞ、当時の私。
しかしその第四王子御自身が、私をナンブ男爵に推挙したという話を聞くに及んで、とうとう膝を着いたものだ。
しかし後に考えてもみれば、学園首席といっても毎年誰かがなるものである。
就職先があっただけでもめっけもんという考え方もできる。
そのように自分を慰めながら、ナンブ男爵に三年間仕えてきたのである。
そして人事異動の季節。
これはいよいよ中央辺りからお呼びがかかったものかと、内心期待をしながら執務室のドアをノックした。
「入りなさい」
男爵さまの声だ。
入室し、ドアを締めてあたまを下げる。
「お呼びでしょうか、男爵さま」
「うむ、ヤハラくん。今日呼んだのは他でもない」
マホガニーの執務机の向こうで、異人種の男爵さまは鷹揚にうなずいた。
「君はこれまでこのナンブのため、ひいては王国のため大いに働いてくれたな」
「微力にすぎません」
「謙遜するものではない。その手腕を見込んでのことだ、ひとつ頼まれて欲しい」
そら来た。
もはや私の目の前には栄華栄達、出世街道をひた走る自分の姿しか浮かんでいない。
それこそ頬が緩むのをこらえきれぬほどであった。
「ヤハラくん、北地区へ行ってリュウゾウの片腕になってくれ」
「は?」
ナニヲオッシャルノデスカ……ダンシャクサマ……。
私の脳髄は活動を停止した。
いや、理解を拒んだと言った方が正しい。
男爵さまには男子が三人おられた。
その一人ひとり、学園を卒業と同時に領内の土地を管理するよう命じられていた。
長兄は作物が一番見込める南地区、次男には東地区。
そして三男、冷や飯食らいのリュウゾウさまには豊作の期待も薄い北地区を任せておられた。
そこへ私にゆけと仰る?
なにゆえに?
そりゃあ確かに、リュウゾウさまは学園で席を並べた、これまた御学友。
しかし人事異動が情けや人付き合いなどで決められては、男爵家は傾きますぞ!
「いやなに、リュウゾウの野郎もやるもんでな。学園の同期の王子さまを通じて、ヤハラを寄越せと来やがったのさ。……男爵の三男坊じゃ王子さまと交流なんぞできねぇはずだが、どうやったもんだかよ」
同感である。
しかし何をどのように騒いだところで、私の北地区島流しは動かないようだ。
それだけはわかる。
わかるからこそ、私は『あのときの目まい』を感じてしまった。
夢も希望も崩れ去るような、あの絶望感を、である。
男爵さまの前であるからそのようなことはしないが、膝を着いてしまいそうになったのは確かだ。
ナンブ男爵三男坊、リュウゾウさま。
王子と同期ということは、すなわち私の同期でもある。
だからこそ、その人となりは心得ていた。
「若さま」ならぬ「バカさま」なのだ。
学園に在席していても学業や人脈形成などどこ吹く風。
剣術だ柔術だと野蛮な稽古にのめり込み、貴族流儀『シンカゲ流』で終わっておけばいいところを町道場へ出入りしてまで汗を流す始末。
国政まつり事など頭にはなく、「剣ひと振りにて王国に尽くす」などと数代前の武人のような、時代遅れも甚だしいことを吹聴して歩いていた男だ。
これには理由がある、と私は踏んでいた。
先に述べた通り、ナンブ男爵さまは異人種である。
それが数代前の王国建立のための大戦さの折、ひとかどならぬ武功を立てたというのだ。
本来ならばそのような武張った家は『騎士爵』という一代限りの爵位に終わるところだというのに、男爵を許されているのだ。
この一事をもって、ナンブ家というものを御理解いただきたい。
そして先祖の武勇というものも、代を重ねれば薄れるはずなのだが、たまにトンマが生まれるようである。
そのトンマがナンブリュウゾウという、私の同期なのだ。
トンマの片腕。
それが学年首席の進路。
私の絶望感がどれほどのものであったか、これで想像していただけよう。
学年首席、ヒロ・ヤハラ。
北風に打たれるようにしての旅立ちであった。