Society5.0
「なんだ、お前は……。何が、やりたい」
てっきり、この手の質問はレールエスト辺りから投げ掛けられると思っていたのだが、まさか国王からとはな。
「何がって言われてもなぁ……。最終的な話をするなら、Society5.0。メタバースの時代まで科学文明を建築する!」
まぁ、Society3.0、産業革命は既に終えている。となれば次の目標は当然、Society4.0、コンピューター化とインターネットによって世界中が繋がる。情報社会の設立だ。
しかし、これがまた面倒だ。今、圧倒的に足りてないのが半導体、つまりまぁシリコン、その原料になる砂だったり。あとは絶対不可欠な石油、それから各種レアメタル。
親父からぶん取ったレアメタルじゃ、量も種類も足りない。クロムとかはあったが……ビスマスがねぇとヒューズが作れないし、他にも……
「なぁ、よく分かんネェが、一つだけ正直に答えろ。……ソレッておもしれェのか?」
「さぁな。その人次第だ。戦争は数が減るけど大規模になる。やたらと警戒することが増えてややこしく、面倒になるかもな。少なくとも、今の社会よりは複雑になる」
ネットでのプライバシーの守護。配慮に欠けた発言は直ぐに叩かれ、無知は見下され利用され、人権人権、コンプライアンスやらハラスメントやら、色々と煩い社会だ。
この他、欠点を挙げだしたらきりがない。その代わり、それ相応の利点もあるが。エアコン、冷蔵庫、洗濯機、電子レンジ。日常生活は圧倒的に楽になるだろうな。そして、
「……だが少なくとも、娯楽にはこと欠かねぇよ」
「ならば好しッ」
俺が言えたことじゃないんだが、……こいつも大概享楽的だな。楽しければOK的な思想?嫌いじゃないな。それが変な方向に突っ切らなければの話だが。
「いや、何が良いのだ。分かるように説明せよ!」
「そ、そさ?何?」
「Society5.0な。メタバースの世界。ここじゃないもう一つの実在しない世界を創るッ」
VRとか仮想現実とか言ったところで、どうせコイツらには伝わらないだろうしな。こう表現するしかない。
「それは、神の御業ではないのか?」
そりゃ、こんな大層な表現をすればこの質問が飛んでくるのは予想できたことだが……。レールエストてめぇ、天使がそんなに簡単に神の名前出していいのか?
「……いいや、神の所業なんて大層なものじゃない。魔術も魔法も使わない、人間の所業だ」
※※※※※※
「防音は?」
「結界を張りました。問題ない……筈ですが、あの化け物達相手にこんなものが通じるかどうか……」
「魔力で文字を書くか?」
「余計に感知されるのがオチでしょう」
ガナラチア領、領主所在地の豪華なホテルの一室にて、コソコソとしながら会話を始める。そこにヒグらの姿はない。
「おい、お前の息子、アレはどうなっている?」
男は重々しげに、目の前の男に対して問う。その口振りは、どこか触れてはいけない禁忌につ語るような、そんな遠慮と少しばかりの恐怖が混じっている。
そして、質問に対する答えはない。目の前の男も、重く、口を開かない。かの芥川龍之介であれば、おしのように黙る、とでも表現するのだろうか。
おし、という言葉は現代では差別的だと使われなくなり、最早存在を知っている者すら少ないのだが。
「……アレに領地を与えたのは、過酷な環境を一度体感させるためだった。ベルレイズ領の跡を継ぐのはもっと大変だと、教えるためだったッ……」
答えのない質問を放棄し、男は独り語りを始める。ぽつぽつと、木魚を叩くかのようなリズムで、文が口から吐露される。
「……それがどうだ?…ははッ。アレは帝国と和睦を結び、街をがらりと変え、……天使と悪魔まで同時に引き入れた」
嗤う声はどこか空虚だ。沸き上がる後悔と、未だ残る不信。否、正確には、信じたくないとでも言うべきか。
全て、真夏の夜の夢であってほしい。「ここで起きたことは全て夢幻、何一つ真実に値しないのです」とでも言ってほしいという、ただの願望だ。
「今後、何をしでかすか分からんぞ?……今のところは国益になっているがな。……なぁ、どうする?酒の席でもし上手くいったならあの領土をくれてやってもいいと言ったが、こんなの想定外だ!どう、……すれば?なぁ、レオン!」
頭を掻き、グラスを叩き付けて怒鳴る。が、直ぐにそんな元気もなくなる。目の前にいる友にして悩みの現況の父親に語りかけるが、レオンも黙りこむ。
「あの、兄さんの行動ってそんなに不味いんですか?」
「んー、今の現状を見るとそんなに悪いって訳じゃないけど、彼に乗るのって結構な賭けなのよね。綱渡りっていうか、サイレムとレザナリアとの関係が彼一人の裁量と運にかかってるからねぇ……」
エスタの質問に王妃が答える。が、それでもエスタにとって、兄が早々失敗するとは考えづらく、アンゴラウスの怒りもあまり実感できない。
アンゴラウスは友のレオンとは異なり、確実ではない賭けが嫌いだ。確かなことでないと安心できない。今回ヒグに領地を預けた際にも、様々な布石と保険を打っていた。
だが、今後はどう転ぶかは分からない。布石の打ちようもない混沌にはどうしようもない。その不安がのし掛かる。
「なぁ、アレは本当に、お前の息子なのか?」
「そのはずだ。その筈、なんだがなぁ……」
父親の筈のレオンですら確信がない。そう、言うなれば、別世界のドッペルゲンガーが息子のフリをして生活しているような、そんな感覚だ。
「領地を取り上げ、というのは?」
「アメリア、それなら直ぐに帝国と戦争再開だ」
「元々預ける予定だったシュレンガー公は?彼なら防衛戦は大得意でしょう?」
王妃、アメリアが更なる案を提案するが、アンゴラウスはそれでも首を横に振る。
「天使と悪魔をどうする。それに、最悪のパターンは、ヒグが王国を裏切って帝国と組むことだ。帝都を攻めた手法以外にも、どんな策を頭に秘めているのやら」
「流石に親のいる国を攻め滅ぼしたりはしないんじゃない?」
親子の情も、流石にある筈だとアメリアは主張する。ソレには流石のアンゴラウスも頷いたが、別方向から射撃が入る。
「どうだろう……。優しいけど、何処までも合理主義だし……」
「エミリアナちゃん?……それって、どういう?」
※※※※※※
「成る程ね。驚くほどの野心家だわ、彼。彼自身にその自覚はないのだろうけど、欲望がすさまじい」
「だろうな。ソレでこそヤツだ」
帝国への帰路。ルクナリエは行きとは違い落ち着いた馬車の中で考察する。
「詳しい意味までははかり損ねたけど、世界を確変しようという意思だけは伝わった。帝国でもあんなのいないわ」
「あ゛ぁ。そうだな」
ヴァルヴァベートが寝静まっている横で、流石は親子というべきか、示し合わせたように同時に、ニヤリと広角を上げる。
「決めた。私とヴァルで、どんな手を使っても彼を引き留める。……いえ、引き入れるわ」
「ハッ。言うと思ってたゼ。宜しく頼んだぞ」
「……言っておくけどお父様、貴方のためではないから」
一閃、短刀がハレスペルの首を正確に狙うも、片手白羽取りであえなく止められてしまう。
「ちっ……」
「女の身で帝位を取ろうってか!?あ゛ぁ?」
「ええ、そうよ」
「いいじゃネェか!面白レェ。やれるモンならヤってみろ!」




