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剣と魔法と科学の世界  作者: インドア猫
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王と皇帝 後編

「ええっと、色々ありましたが、到着されたみたいですよ?」


 やっとか。今日はハレスペルの奴がいきなりやってきてかなり神経をガリガリ削られたが、今からが本命だ。もう疲れ果ててるんだよなぁ。


 やっぱり明日に変えてくれない?え?無理?チッ。使えねぇ。……って、誰に向かってキレてんだ俺。疲れすぎでとうとう頭がご臨終なさったか。カフェイン、カフェイン、ブドウ糖♪


「で、お前らはいつ帰るんだよ。そろそろ客が来るんだが……」

「皇帝よりも優先すンのか?」

「身分云々に関係なく先客を優先するのは社会通念上当然のことだろ」

「綺麗事ね。世の中、早々理想通りにはいかないわ」


 ンンンンンンン。まさに正論!驚くほどド正論過ぎてぐうの音も出ねえよ。そら、中小企業の平社員と大企業の社長だったら、約束の順列なんか関係なしに社長の方を優先するわな。


 だけど、今回は相手が相手。皇帝と並ぶ相手だし、


「そもそもお前はお忍びだから名目上は友人の来訪だしな」

「オォ、悲しいナァ。友人よりその客を優先するというのか!」

「お前、何かと理由つけてオレを困らせたいだけだろ……」


 悪童のような笑みを浮かべるハレスペルの顔。アタリか。って、そうじゃねぇ。俺が和平を結んだとはいえ、王国からすれば帝国は不倶戴天の大敵。その皇帝が堂々と居座っているというのはこちらからすれば大問題


 ゴンゴンゴン


 ってぇ!思ってるそばから!このタイミングで来るかよッ!というかハレスペル!お前はもっと焦れよ。それでも皇帝か。危機管理能力が低すぎるわ!


「兄さん、久しぶり」

「ヒグさん。お久しぶりです」

「来たぞ、息子よ」

「貴様にはいろいろ話したいことがあるが、まずは茶でも出せ」


 ええ。来ちゃいましたね。というか、返事まだしてないだろ!エスタ、エミリアナ、親父、国王、あと後ろにはお袋と王妃。聞いてはいたが、これまた、ずいぶん大所帯だな。最悪のタイミングだよクソ。


 あと国王さん、怒り心頭なのは分かったが、それ横暴だろ。


「って、また新しい人がいるね。こちらは?ここの人かな?」


 親父は幸い、ハレスペルの正体に気付いていない。記録用の魔道具はないことはないが、希少だ。肖像画は出回ってるが、あれって大分盛られてるし、会ったこともない敵国の皇帝の顔なんて知らないか。


「ああ、俺の友達とその娘……っておい?」


 ハレスペルが堂々と軍靴を鳴らしながら歩む。いつの間に取り出したのやら、立派なマントまで羽織り、この国では殿上人である親父とアンゴラウスに膝をつかないどころか、挑発しているような視線だ。


 いや、挑発ってレベルじゃねぇな。相手のことを完全に見下してやがる。おいおいおい。嫌な予感しかしないんですけどおおおおお!


「気づかネェとは、王国の諜報力はその程度か?クハハハハ、ならば名乗ろウ!傾聴せよ!」


 ああクソ、名乗んな!ここから止める方法は……もう手遅れ臭いが!俺だけだと生身戦闘ではあしらわれる。だが発砲しようにも、今詰めてるのは実弾。協力を仰ぐとして、間に合いそうなメンバーは四人。


 でも、ナーシェルとシャルルはこういう時、確実に協力しない。というかむしろ面白くなるように邪魔する。だから、なるべく人前で晒したくはないが、エドワードかグレア。


 って、シャルルお前なにエドワードとグレアを拘束してんだ!やると思ってたけどな畜生!ヤバいぞ……


 「我が名は……しィッ!」


 ガキンッ


 剣戟の音。動いていたのはアイリスだった。見事な抜刀術。居合切り。いつの間に身につけたんだあれ。何はともあれナイスだ。


 ただ、音もないアンデットのパワーでの奇襲に余裕で反応できるハレスペル。冷静に考えてヤバい。完全に死角だったよな。背中に目玉ついてんのかよ。


「チッ。メイド、テメェ何のつもりだ。あ゛ぁ?」

「いえ、こちらにも事情がありますので、その辺りはご理解ご協力のほど、よろしくお願いいたします」

「……中々悪くネェ太刀筋だ。筋力に動きが追い付いてネェ節があるが、技は冴えてる。テメェが殺す気なら、貰ってたロゥな」

「恐縮です」

「いいゼ。今回はそれに免じて勘弁してやる」


 ナイスアイリス!



※※※※※※




「で、あれは誰だったのだ。というかこの娘たちは……」


 探索してくると言ったきり、ハレスペルはどこかへ消えた。マッチョハゲジジイもいつの間にかいない。消えられるは消えられるで困るんだが。


 エドワードに内密に探ってもらおう。エスタいるってことは、あの天使も確実にいる。ならエドワードは席を外しておいた方がいい。ちょっと仕事押し付け気味だから、あとで特別手当、出しておこう。


 というか、娘を置いていくなよ。ルクナリエはが関せずって感じで紅茶飲んでて、ヴァルヴァベートは子犬みたいに部屋の調度品を見て回ってる。王国の調度品が珍しいのか?帝国のと大差ないと思うが……


 マジでこれどうすればいいんだ?混沌とし過ぎてるだろ。混沌がカオスとか、何言ってるのか全く意味のわからない言葉が頭に浮かんだ辺り、もう手遅れだな。119番通報だけさせてくれ。


「えぇっと、コイツらは……何て説明したらいいか……」


 皇女殿下たちです、何て正直に真実を言える筈もなく。かといって、適当な嘘が見当たらない。


 頑張れ俺のボキャブラリー!こう、何か、ふわっと正体を(ぼか)せるような、そんなワードを探すんだ。


「まぁ、ちょっとした知り合いの娘で……

「われはヒグ・ベルレイズの妻とな……むぐっ!何をするのじゃたわけー!」


 扇角が咄嗟にヴァルヴァベートの口を抑える。何か、背中に怨念みたいなスタ◯ドがいるような気がするけど取り合えずナイスプレーだ。というかヴァルヴァベート、貴様はァ!


 これ絶対話が拗れるだろ。ろくでもないことしやがって……。ハレスペルといい、こいつといい、サイレム家、フリーダムというか、自己中心的過ぎるだろ。


「……ねぇ、さっきの、なに?」

「ほぅ、我が娘がありながら貴様、よもや他に女をつくるか?」

「兄さん、最低……」


 い、妹よ、兄貴特効攻撃とクリティカル殴りのコンボは止めようか。それは俺の心臓に効く。


「ねぇ、ねぇ、説明してよ。アレ何?ねぇ!」


 やだ、この子ヤンデレ?っていうか怖ぇよ。純粋に怖ぇ。完全に這い寄り方がホラー映画なんだが……。やっぱりエミリーとエミリアナは恐ろしいぐらいの他人の空似なだけか?


 というか、捕まれてる手がミシミシと痛むんですけど。無意識下の強化魔術だな。魔術に造詣が無い者でも、危機的状況に無意識下で強化を使うことがある。


 俺はできないがな!


 しかし、無意識で強化魔術とか、相当怒ってらっしゃるようだ。まぁ、王女様との婚約を一か月で破棄とか、王国史に残るレベルの大事件。その行為は王家の看板に泥を塗るようなもの。到底、看過できないだろうな。


「いや、あれは誤解っていうかな?一旦手を離してくれ。説明する。ちゃんと説明するから、な?」


 じゃないとそろそろ俺の腕が死にます。……そういえば、前にアイリスに腕折られたな。懐かしい。いや、懐かしむようなことでもないんだけれども……。


「婚約はまだ成立してないし、俺は断ってるからな?向こうがアレなだけで……」

「あら、お父様は相当乗り気よ。ヴァルもそうだし、(わたくし)も、貴方に興味はあるわ」


 いつの間にかソファーから立ち上がり、作業用のゲーミングチェアモドキに座っている俺を押し倒すようにして寄ってきたルクナリエ。


 仕草の一つ一つは妖艶だが、顔には猫の皮ごときでは隠し切れない、悪魔よりも悪魔じみた邪悪な笑みが浮かんでいる。これ絶対、さっき負けた八つ当たりだろ。洒落にならねぇタイミングで!


「ふーん。ふーん!」


 知らんぷりのようなものをしながらも怒りを隠せないエミリアナ。何この生物、かわええ。あれだな、姪っ子ができたら多分こんな感じだ。知らんけど。


「あらあら、これは三角関係かしら!」

「まぁまぁ、最近の子は大胆ねぇ!」


 俺の気も知らないで、ニヤニヤと姦しいお袋、王妃にナーシェルとシャルル。一方、憤怒の化身の如きスタ○ドを出現させる扇角、ティア、エミリアナ。エミリアナの形相が可愛らしいの範疇を超えてきた。


 修羅場というのは、インドの帝釈天と阿修羅が戦った場の苛烈さに由来するらしい。そんなことが思い浮かぶくらいには空気が混沌なカオスで修羅場ってる。


「OHANASHI、しよ?」

「待て、俺は悪くない……」


 濁り、澱み、ギスギスとし始めた空気を打ち破ったのは大笑い。


「クハハハハハハ!何だ、少し見ない間にコレは!愉快だ」

「何やってんだよハレス……、お前」


 あっぶね!危な!うっかり名前言いかけたよ。いや、もうほとんど言っちゃったようなものだけどな。帝国皇帝の名前は不味い。非常に不味い。


 しかし何だろう。ハレスペルのおかげで最悪の展開を回避できたのは確かだし、ありがたいんだがな。素直に感謝する気にならないというか、恨み言の方が先に出てくる


「いや、闘技場とかコロシアムとかネェのか?」

「あぁ、剣闘士奴隷と魔獣が戦うとこなら。案内をつけるから、見たいなら見てこい」

「見るンじゃネェンだよ。余は戦いテェ!」


 我儘過ぎんだろこのフリーダムおっさん!いや、人間の中だとトップクラスに地位は高いんだが……。どうして世界はこんな奴に地位を与えてしまったんだ。


「あんな剣技見せられて、ンで訓練場は期待外れで?不満なンだよ」

「あんな剣技……あぁ、アイリスのアレか」


 これだから戦闘狂の神経は知れない。特にこいつの場合は末期症状だな。もう手のつけようもない、あらゆる霊薬も効かない。戦闘狂が魂まで根を張って染みついている。


「ふむ、そう言えば、丁度よいな」


 悪魔の嗤い声が聞こえた。ナーシェルの言葉がどうしようもなく嫌な予感を心臓に植え付ける。


「今日の戦闘訓練、二講目、開始と行こうか」



※※※※※※



 ブォン 音を立てて拳が振るわれるのをギリギリで回避、零距離で実弾を叩き込み、出来た間隙をぬぐってエドワードから距離をとる。冷汗がどっと背筋を流れる。


 全くなんで今日はこんなに戦ってるんだ!ッって⁉ハレスペルまで参戦しやがった!テメェはそっちでアイリスとよろしくやってろよ!……いや、参戦じゃないな。戦いの規模がデカくなってこっちまで巻き込んだって感じだ。


 どう考えても両手サイズの斧を片手で振るい、重い攻撃を縦横無尽に連打するハレスペル。対するアイリスは刀で攻撃を捌きつつ、着実に距離を詰める。


「何他のことを考えておる。ほれ、早う逃げんか」


 ナーシェルから容赦なく降り注ぐ魔術の連撃。走って走って走って逃げて……本当に戦闘訓練か?避難訓練の間違いだろ。



※※※※※※




「クハハハハハハ、好い、好いナァ、テメェ!」

「教悦至極です……ッ!」


 最早、余人の立ち入れぬ達人の領域。互いに人間のスペックの限界を圧倒的に超越した腕力、速度、体力、魔力。その全てをぶつけ合った衝撃波が地を蹂躙する。


 だが、当初活かされていた斧の間合いは徐々に詰められつつある。後一歩で刀の間合い。上から下に、重力を断ち切るようにして振るわれた斧を回避。舞踊のように片足を軸に回転しながら切りつける。


(捕ったッ)


 誰もがそう思った。だが、ハレスペルだけは違った。彼の心臓を起点に閃光が迸る。それは刀の峰が彼の首に過たず届くよりも早く、一帯を吹き飛ばした。


 自爆魔術。否。ハレスペル自身には傷一つない。アイリスが爆発で吹き飛ばされるよりも早く蹴り、肋骨を叩き割る。風魔術で衝撃を逃がし、着地するアイリス。だが、剣が間隙を入れずに目の前に飛んでくる。


 咄嗟に刀を振り上げて防御。しかしながら、受け流す時間はない。無二斎から受け継いだ名刀は折れなかったものの、吹き飛ばされ、手がジンジンと痺れる。


 太陽を隠す影。貰ったとばかりに斧を振り下ろすハレスペル。王国兵に恐怖を刻み込んだその武勇を前に、アイリスは一歩も怯まなかった。徒手空拳の構え。斧を柄を掴み、手の上を滑らせるようにして移動させ、投げる!


 寸前でハレスペルは手を離したものの、投げられたエネルギーを空中で相殺することはできず、受け身を取って着地。


 これで互いに一撃。負傷の重さで言えば、肋骨を折られたアイリスの方が劣勢に見える。が、彼女は疲れも痛みも知らぬアンデット。このままやり合えば、いつかはハレスペルが不利になる。


 互いに武器を失くし、徒手空拳。アイリスは太陽国流、ハレスペルは帝国流に構え、睨みあう。弦を引くように足にエネルギーがため込まれ、爆発する。


 速い。おおよそ、人型の生物の出せる速度ではない。アイリスの掌底、ハレスペルの拳。そこには覆せない差がある。……即ち、身長差。アイリスは身を捻り、拳を避けて掌底を叩き込もうとするも、それすら彼は読んでいた。


 圧倒的筋力によって無理矢理に捻じ曲げられた拳の軌道。完全にアイリスの鳩尾に極まる。


「両者そこまでだ!」


 格差あるスペックを覆し、ハレスペルが勝利した。彼がヒグに負けたのは銃という未知数の武器相手だったからであり、戦いなれた剣、槍、刀相手に敗北する道理はない。


「しかしエルフ、テメェも中々やる。この皇帝ハレスペル相手にここまでやるとはな!」


「「「「「「……あ、」」」」」」


 堂々とした言葉は当然、王国勢にも聞こえていた。

元々は王と皇帝は一話で納めるつもりが……

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