製鉄炉 起動
意外と、製鉄のやり方は簡単だったりする。製法を覚えて、あとは筋力さえ伴えばそこらの小学生だってできる。
鉄鉱石、つまり赤鉄鉱や磁鉄鉱、こちらの世界でいう錆び鉄鉱石、石炭を蒸し焼きにしたコークス、不純物を取り除くための石灰石。
「それを順番に突っ込んで熱風を送り込む。以上‼」
「簡潔じゃのう!?」
「ククク。思ったよりも単純だな」
「あぁ。基本はたたら製法の強化版だからな。俺がやらなくても誰かがたどり着いた筈だ」
砂鉄と木炭を交互にいれて熱することによって鉄を造る方法。古来より行われてきた伝統的な製法がたたら製法だ。
「木炭を石炭コークスにグレードアップさせたのがポイントだな。それから砂鉄から鉄鉱石にすることで格段に生産量が上がる。そして石灰石で上手く不純物を取り除けばOKだ」
「従来の製法で錆び鉄鉱石を加工しても屑鉄しか出来なかったのは木炭を使っていたことと石灰石をいれていなかったことが原因なのですね」
アイリスのキラキラした目。思わず鼻が高くなる。今までの用途不明の科学と違って、アイリスにも馴染み深い鉄という題材だからだろうな。
「それだけじゃなくて炉にも色々な工夫があってな!先ずは──
「あ、それは結構です」
ドライだった。何処のビールだよってくらいにドライ。いや、美味しいけどね。喉乾いたときに一気に飲み干すのが最高。でも流石に冷たすぎやしないか?もう、目が虚ろを通り越して無。光すら映らない……いや、それは死体だから当然か。
「ククク。振られたな。何、自慢話であれば妾が晩酌ついでに付き合うぞ?色々、聞きたい話もあるからな。……貴様の次第によっては世界がガラリと大きく変わるやもしれぬ」
「未知の知識を持ち込んでいる。当然だな。我が覗いた記憶では最早意味不明言語の羅列となっていたぞ」
「今晩は少し休むか。大分タスクも解消したからな。俺は呑めねぇが、晩酌といこう」
さて、本格的に熱風が送り込まれ出したな。そろそろガスマスク装着するか。頑張って作った某星の戦争風黒ガスマスク。
「コー、ホー。コー、ホー」
「その独特な呼吸法、なに?」
「あぁー、あの映画ね」
ティアが疑問符を頭に浮かべながら問う。流石にこれを理解せよというには無理があるな。でもシャルルには確り伝わった。
「と言うか、何故ガスマスクをしたのですか?」
今度はアイリスから。この疑問を抱くのは当然の帰結。突然某星の戦争のダークな人が現れたらそうなるだろう。と言うか、普通は呼吸法よりも先にガスマスク自体を気にする。
たまにティアの感性が……独特?特別?(あえて少し柔らかく、ティア自身の意見を尊重するような表現)まぁそんな感じだ。
「そう言えば、人間って一酸化炭素吸ったら死ぬわね。貧弱だから」
「正解。高炉から出るガスは有害物質含んでる、毒ガスだ。直接吸わなきゃ大丈夫だと思うが、念のためな。グレアが着けれるやつは無いが、ガスマスク、サイズと数は用意してある。着けるんだったら着けろ。……あと貧弱言うな」
一酸化炭素中毒は体の酸素を運ぶ役割をしている赤血球のヘモグロビンに原因がある。だから貧弱とか関係ない。
ヘモグロビンは酸素が多いところでは酸素と結び付き、酸素が少ないところでは酸素を離す性質がある。だから、肺で酸素と結び付いて、体中に酸素が巡る。んで帰りは二酸化炭素と結び付いて帰ってくる。それが肺から排出される。これが一連のサイクル。
某労働細胞の漫画見てくれれば分かる。あれ本当に分かりやすい。
だが、そのヘモグロビン大先生は酸素よりも一酸化炭素と結び付きやすい。一酸化炭素が肺に取り込まれれば一酸化炭素とばかり結び付いて酸素を運ばなくなる。なら体は酸欠になる。そして死ぬ。
「だからヘモグロビンの性質が悪いのであって決して人間が貧弱と言うわけではない。人間が貧弱と言うわけではない!」
「二回言ったな。確か……大事なことだから二回言いましたという奴だな。地球の娯楽作品で見たな」
あー、そう言えばエドワード、色んな本見てたな。寝てないのかよってレベルの本の虫だった。いや、実際に睡眠の必要が無いだけなのだが。当時はそんなことは知らなかったから本気で心配した。
「要は呼吸をしなければ問題ないのだろう?ならば妾とアイリス、グレア殿は問題ないな」
「我ら死体には縁の無い話だな」
「あ、私も呼吸、要らないわよ?」
「アンデット勢は兎も角、何でシャルルは大丈夫なんだよ……」
「すまない、地球の魔界は知らないが、こちらの魔界は環境が劣悪でな。二酸化炭素や一酸化炭素に満ちているから悪魔も問題ない」
コノ、ウラギリモノ!そういやそうだよな人間なんて俺しかいないからな。こいつら一見人間に見えても全員人外だから、当然だよな。
「み、自らは着けるかのう?ユニコーンの浄化作用が効くのは基本魔法毒だけじゃからの」
「私もだな。毒耐性の基本は肝臓の強化と魔法毒に対するフィルターなのだからな。上位妖精になったからといって万全ではない」
無茶苦茶気を使われてるんですけど……。まぁいい。今気にすることじゃない。
「で、これは順調なのですか?」
「ん?あぁ。……まだ分からん」
問題はマトモに使える鉄が出てくるかどうかだな。鉄、コークス、石灰石の入れる割合は知らないからちょっと配分変えて何基か高炉使って試してる。何処から一番いいのが出てくるか、検証&検証だな。
「ククク。子供のように無邪気な笑みじゃな。嫌いでは無いが」
「そうよね。創ってたまに凄く純粋無垢で無邪気だわ」
「こうしていると年相応にも見えますね」
「そうじゃのぅ。元服済みの者とは思えんからの」
「初めて創に会ったのが二十年以上前だが、全く変わっていない」
「反抗期は一応有ったみたいだぞ?」
「現在進行形でプチ反抗期みたいな所があるけど……」
順番にナーシェル、シャルル、アイリス、扇角、エドワード、グレア、ティアである。それぞれ、思い思いに、ヒグの人物像について好き勝手自分の見解を語る。
「お前ら完全に馬鹿にしてんだろ!」
「いえ、してないわ。現実的且つ客観的な意見を語っているだけよ?」
「それを侮辱って言うんだよボケ!」
鉄よ。さっさと完成しろッ。
※※※※※※
程なくして、試作品の鉄は出てきた。泥々で発光している鉄を即座に型に流し込み、高炉一基あたり三十個程の鉄のインゴットを作る。
「さて、金属結晶が見れる電子顕微鏡でもあればいいんだが、流石にそんなものは無いからな」
「電子機器弄ったりコンピューター造ったりがメインだったから私の家にも電子顕微鏡は無いわね」
「そりゃそうだ。あんな高価なもんポンポン買えるかよ。……いや、お前の所持金ならいけるのか?」
「一回払い余裕よ?」
まさかの分割払いでも何でもなくキャッシュカード一回払いとは恐れ入る。……流石にそれは金持ちすぎないか、こいつ?
「でも、普段のノリで、無いなら
「作る、ですね」
「作る、じゃのう」
ティアのかけ声に続いてアイリスと扇角が言う。
「気軽に、言って、くれるなぁ。……流石に難易度が桁違いだ。現行の科学じゃどう足掻いても無理だ無理」
「ククク。諦めるとは、らしくない」
「我は汝の諦めの悪いところは美点だと思っていたのだが……」
その言葉を聞いてやれやれと肩を竦め、思わせ振りに溜め息なんて吐いてみる。いっつも作って、造って、創ってるからだろうか、発想が単純化している。
「……他の方法で代用できれば必ずしもその電子顕微鏡とやらを創る必要はないと言うことだな」
「エドワード正解。ほかのメンバー、もっと考えろ。必ずしも絶対必要じゃないんだよ」
「あら、でもいつかは必要。なら今作っても同じでしょうに。それともまさか……出来ないの?」
「無理つったろ。というかシャルル、てめぇ難易度分かっててわざと焚き付けてるだろ」
「フフッ。ニンゲンに試練を与えるのは上位存在の特権よ?」
相も変わらず、タチ悪りぃなこいつ。愉悦と言わんばかりに面白がって嗤ってる所とか、特に。狐みたいにニヤニヤしやがって。美人だから映えるとか思った自分が嫌になる。
「まぁいい。電子顕微鏡はいずれ、な。今は代用品の答え合わせだ」
鉄のインゴットを高炉ごとに別の荷車に載せて移動する。素材のことはその道のプロに質問するのが最も効果的。
アイリスに頼んでいたのは親父と国王宛の手紙だけではない。職人の引き抜き。普通にやったら戦争ものだが、あの領地は人口が多い。それに、親父が贔屓にしてる職人と俺が贔屓にしてる職人は違う。常連の店の職人の数人くらいならまぁいいだろう。
「数人、やはり故郷に留まりたいという者や店は代々受け継いだものだからという理由で、残念ながら」
アイリスが少し申し訳なさそうに言う。やっぱりか
「ま、仕方ない。別にアイリスの落ち度じゃねえから安心しろ。大方、昔気質の薬屋あたりだろ?薬屋はそうなるだろうな。まぁ薬屋に関しては幸い、俺達には頼りになるアテがあるじゃねえか」
「それが……硝子屋も」
「マジか!?」
硝子は化学作業には絶対必須の薬品耐性激強素材だぞ。石油がまだ手に入ってなくて薬品に強いプラスチックをロクに作れない今じゃ必須アイテム。その加工職人を一から探さないといけないのは何気に厄介。流石に手間だな。
「惑星間輸入、する?」
「流石にしねぇよ。それに何回も頼ったら惰性で加速度的にダメ人間になる気がする。───というか今、すげぇ言葉出たな。というかここってそもそもアンドロメダ銀河?」
「あー、創が住んでいた銀河とは別の場所の筈だ」
「ええ。ソンブレロ銀河よ?」
「惑星間どころか最早銀河レベル!?」
エドワードとシャルルのやつ、しれっと何気なく言いやがったが距離の桁が違う。新天地探して航海して輸入輸出商売しようとしてたクリストファー・コロンブスやバスコ=ダ=ガマも白目剥くレベル。地球一周を成し遂げたマゼラン一行やフランシス・ドレイクもドン引きだ。
光の速さですら到底たどり着けない絶望的な差。光よりも更に速いというタキオン粒子でもない限り人間の寿命じゃたどり着けない領域だ。
いや、タキオン粒子とかあんまり詳しくないけども。そっちの方は専門外だし。名前だけ知ってたから使ってみただけ。あれだ。ほら、名前は結構かっこいいと思うし?
誰に言い訳してるんだ俺……。
「別に距離は関係ないわよ?座標さえ分かればそれで。ワームホールと同じ理論だから」
「転移魔法ってワームホールを無理矢理抉じ開けてるのか」
「ワーム、
「ホール?」
最近なんかティアと扇角がワンセット感してきたな。同じタイミングで同じ方向にほぼ同じ角度で首をかしげている。もう計ってるんじゃねぇのってレベルで。
いやまぁ、そんなことはどうでもいい。
「ワームホール。ま、ワープだ。ワームホールの語源自体はそのままミミズの穴でいいのか?専門外の事が多い。こう言う宇宙関連は存在するってされてるだけで確認された、確証があるって訳じゃない。元々存在が不正確な上に専門外ときた。そら記憶もあやふやだわ。ちなみにシャルル先生は説明手伝ってくれたり……
「…………(無言の微笑み)」
見とれてる場合じゃねえよ畜生。この鬼畜、悪魔、人でなし‼てめぇみたいなやつが「自害せよ、ランサー」なんて宣うんだよクソがッ。いや、悪魔じゃなくて吸血鬼だし人間じゃないから人でなしで正解なんだけども。
「エドワード……お前は
「すまない。ただただ全力を尽くせば出来るが、感性というかフィーリングでな」
最近エドワードが謝りすぎてて言動がナチュラルにすまないさん染みてる件。魔剣バルムンクとか持ったりするのか?
「仕方ない。ここまできたら全員気になるだろうし、嘘情報とか似非情報が入ってるかも知れないが、まぁ、集合の場所までの雑談余談程度に聞いとけ」
エドワードが押している荷台に乗ると、紙と鉛筆を取り出して離れた二つの点を描く。
「この紙が世界。この二点が世界のある特定の位置。この二つを繋げる最短ルート、分かるか?」
「いや、普通に直線を引く、ですよね?」
「ククク。ハハハ。馬鹿にしているのかえ?ならば流石に怒るぞ」
ゾッとするほど冷たい声。いや、ナーシェル流石に怒りすぎじゃね?というか、怒るぞというよりはもう現在完了形で怒っているが正解だろ。
「いや、謎かけの類い?でも球の上でもないただの長方形の紙の上……」
「何かトンチかも知れぬのぅ」
ティア扇角ちょっと近づいてきたな。流石に直線なんて簡単な答えの問題は出さない。グレア、エドワードはもう完全に分かってる顔。シャルルは相変わらずニヤニヤと笑ってる。
「んじゃ、正解発表~。……答えはこうだ」
そういうと、紙を折り曲げて二点を繋げる。いや、くっつける。ゼロ距離の正真正銘、最速最短ルート。
「別に馬鹿にしてねぇぞ。つまり、ワープっていうのはこういうこと。無理矢理法則ねじ曲げ繋がる。ワームホールもそんな感じだった筈。多分。いや正解かどうかは分かんねぇけど。といってもワームホールってかなり小さい筈だからどうにかして広げているんだろうが。……その代償が先日の空間の断裂か?」
疑問を解決すると付属してくる新しい疑問。疑問の連鎖。だがそれを解明することこそが科学者の役目であり責務だ。
だからまぁ、こんなとこで分からんって言って匙投げたり諦めたりしちゃ駄目だよな。
「ま、お前らが何気なくやってることはそんぐらい滅茶苦茶だっつーイメージ持ってくれたらそれでいい」
そういって解説を締めくくり、シャルル先生の顔色を伺う。さてどうだ。
さっきよりも微笑みが和らいでいる。悪女のような妖艶な微笑みから無邪気な笑みへと変わった。合格でいいのか、これ?
「ええ。細かなところは違うけれど、というか説明としてはかなり適当だけれども、ワームホールに対する何となくの理解ならそんなものでいいわ。ワープ。法則無視の正真正銘、真性の魔法ね。人間には使用不可能な品」
その口から出た言葉に安堵しつつも多少の疑問を抱く。
「ん?使えてるだろ、転移装置とかあるじゃねぇか」
「装置があれば、ね。しかも私がみるにアレ、人間が造ったものじゃないわよ?」
「じゃあ誰が造ったんだよ?」
「真人とか仙人、その類いね。人の上位互換。いえ、貴方たちが寧ろ先祖の下位劣化していった姿、なのかもしれないわね」
下位劣化ねぇ。仮にそれが事実だとして、何故?人口が増えたから?全体の数が増えれば個人が強くなくていい。あとは平和とか。実際、地球では昔の人間の方が丈夫で力強かったっていうのは最早常識。平和ボケして弱ったのか……。
古代文明の方が栄えてたとか、都市伝説ではよく聞くけどな。今はまぁ、どうでもいい。
「雑談も程々にしてくださいね。そろそろ到着しますよ?」
※※※※※※
「んじゃ、鍛治屋と細工屋、これはマトモに使えそうか?」
「えっらい抽象的な言葉やなぁ」
「というか、あの領主の子息がまさかこの歳で別の領地を治めるとは」
そこは当の本人の俺が一番吃驚している。まぁこいつらの目で分からないなら分からないで別の手段があるんだが。
「加工してみてええか?」
「別にいいけど、鍛造は止めろよ?鍛造されると製鉄炉で不純物が消えたのか、鍛造過程で不純物が飛んだのか分からなくなる」
「私は細工だからいいが、流石に鍛治師に鍛造するなというのは無理がないか?」
細工屋の言葉は火の玉ストレートでドストライクのド正論。ごもっとも過ぎて反論の余地も取り付く島もすがる藁さえもない。
ここは本人の意見を仰ぐとしよう。
「……ん?別にエエで。人に売るっちゅう訳やのうてあくまで素材のテストなんやろ?なら素材本来の性能が分からんと確かに意味ないわ」
逆に言えば人に売るものであれば矜持が許さないのだろう。とはいえ、流石に軍の下級兵士なんかは鋳造の大量生産品を使わないとな。鍛造品で全部揃えようとすると、コストが頭おかしいことになる。
「じゃ、自由に弄って意見くれ。俺は書類見てるから何かあったら言ってくれ」
※※※※※※
様々な実験の結果、無事鉄の生産も順調に起動し始めた。二日程、貴重な時間を捧げたが、それに見合うだけの充分な成果は得られた。
さて、次は
「ヒノキさんの所ですね。薬屋さんの収賄汚職問題」
「全く、嘆かわしい。はぁ。初代のやつはあんなにも、それこそ心配になるほどにお人好しで実直、正義を体現したようなやつじゃったというのにッ」
忌々しそうに毒づくナーシェル。その鬼気迫る姿は嘆きというよりは怒り。より明確に言うなればそう。殺意。
それだけの思い入れがあるのだろう。余人の入る余地のない大切な何かがあるのだろう。……知らんけど。
「荒れるな。落ち着け。それに、今からそれを取り戻しに行くのだろう?初代の信念とやらを」
「……ククク。そうだ。そうであった。忝ない、エドワード殿」
「消えたなら取り戻せばいい。叛逆の火種はある。ならばそれが燃え盛るために少し薪をくべてやるとしよう」
グレアが格好つけて粋なセリフを吐き出す。
「さて、腹黒狸どもの怨念泥々会議に行くとしますか」




