鉄と嘘と幸せの形
そこには爆弾魔がいた。鳥達は戦々恐々と鳴き叫び、地中の蟻は跳梁跋扈し逃亡を図るが、死屍累々と積み上げられていく遺骸。しかし数秒後には爆発に散らされ、燃え尽き、消え去る地獄絵図。
果敢に挑んだ錆び取りスライムは爆撃の巻き添えを食らってお亡くなりになられた。その俊足で逃げたら生き残れたのに、無謀にも爆弾魔に突撃してしまった。
豪快に破壊されていく地表。露天掘りと称しているが、実態はほぼ大破壊だ。洞窟や岩石、邪魔なものを全て吹き飛ばしていく。
「奥義、大破壊魔法、ダイナマイト‼」
「絶対魔法とか魔力とか全く関係ないからのう⁉それ完全に物理じゃからのう⁉」
扇角に突っ込まれながらも継続されるダイナマイトの投下。魔法が関わっているのはダイナマイトを爆破したい場所に動かす時にティアの浮遊魔法を使っているだけで、断じて魔法とか魔力とか関係ない。
つまるところ、何徹もして、とうとうテンション爆上がり。完全に頭がイカれてバーサーカー(略してバカ)になったヒグが降臨しただけである。
「大・空・襲!戦争は空を征したものが勝つ‼」
「いや、戦争じゃないと思うんだけど……」
呆れながらも浮遊魔法を使い続けるティアであった。
※※※※※※
「いよぉし、粗方崩したな。いい感じの大きさに成った。ティアは少し休んでろ」
多少テンションが落ち着いてきた。というか一気に眠気が来たから取り合えずカフェイン突っ込んだ。このまま今世でもカフェイン中毒まっしぐら確定だな!
とか適当なこと考えながらも機材設置を進める。って、あ。
べたん
電気配線に引っ掛かった。普段ならこんなミスしないんだが、やっぱり判断力さんが死にかけているみたいだ。レッドリストに俺の判断力を載せるべきだろう。
残業キツい。徹夜イヤだ。
「ところでこれ、何かしら」
「ベルト無しベルトコンベアー式レールガン型鉄鉱石識別マシン」
「ちょっと何言ってるか分からないな。我は死して耳がおかしくなったか?」
「大丈夫よ、ヒュドラ。私も長年生きて知恵を積んだつもりだけど何言ってるか全く分からなかったから。第一、ベルト無しベルトコンベアーってそれベルトコンベアーじゃないじゃない。ただの傾斜よそれ」
バレてしまっては仕方がない。白状しよう。ただの傾斜である。レールガンの部分はほんとだけどベルトコンベアーは言ってみたかっただけ。その場のノリ。
ベルトコンベアーは大量生産の象徴みたいなものだからな。車の大量生産に世界初成功した南北戦争時代の北アメリカ。五大湖とかデトロイトとかあの辺で鉄が大量に採れる。
だから古めのアメ車とかは大体あそこら辺で作ってある。それで機械自動時代の進展。人手が更に要らなくなって奴隷なんて要りませんつって奴隷制度無くす派の北アメリカと、こちとら綿花栽培してんだ奴隷労力要るんだよフザケンナ!っていう南アメリカで対立してたのが南北戦争。
でもただ単に自動化、流れ作業化したから人手イリマセンヨ~ってだけじゃなくて、その頃人権尊重の空気が流れてたヨーロッパの支援受けられるな、というか奴隷とかやってたら非難受けるなっていう打算的な考え方とあったらしいけど。
ほら、よく知らんけど多分フランス人権宣言とかあの辺りの時代だ。当時まだイギリスが世界一位だったからな。北の方のアメリカ人はイギリスとの真っ向からの対立は避けたかったのだろう。
その時に生まれたのが彼の有名な台詞、エイブラハム・リンカーンとかそんな感じの名前のおっさんの人民の、人民による、人民のための政治って言葉。
どんだけ人民大好きなんだよ。
いやまぁ、民主主義賛成だけどね。でも国民がバカだと民主主義は苦労するどころか下手したら国を滅ぼすからな。プロパガンダとかで煽ったら為政者の思い通りに出来たりもするからそこまで完璧な政治形態って訳でもない。
メディアリテラシー大切。
というか最近政治関連の仕事多すぎで脳内が社会科に犯されてる件。完全に考えてることが歴史と公民。……科学の話をするとしよう。理科だ。時代は社会科よりも理科!
「で、レールガン型っていうのは?」
「電磁石でまぁ、リニアモーターカーとかレールガンみたいに鉄を移動させる。ほら、ここに分岐路があるだろ?ここで鉄鉱石だけを別のルートに進ませて他のものと分ける」
「成る程。こんな機構もその地球とやらにはあるのか」
「いや、知らんけど。適当にこれで分けられるんじゃね?みたいな軽い気持ちで作ったし、どう分別してるかなんて普通知らんわ」
「超強力電磁石着けたショベルカーのアーム的なの使ってるんじゃない?私も特に興味なくて知らないけど。物質の分別なんて、魔術でなんとかなるし」
基本的に何でも知ってるシャルル先生も、さすがにどうでもいいことは知らない模様。まぁ、今気にするところでは、……
「え、魔法でなんとかなるの?」
「正確に言うと私たちの間では魔術、なんだけど、魔術師でもない普通の人間からすればどちらも同じね。それと、質問の答えなのだけど、フルオートで全て魔術で片付けられるけど、人間には魔力消費が激しすぎて無理ね」
人間には無理ってことは人間以上の力を持つものには可能ということか。この世界で科学が発展しないわけだ。というか、地球は何で魔術?を隠匿してるんだ?
「神秘が薄れるからよ。神秘が知れ渡れば薄まり、魔術の効果は消えていく。それを防ぐためね」
人に知れ渡り過ぎてはいけないとは、何とも困った術だな。一部の者だけがその恩恵を享受できるのでは意味がない。民衆に広く敷くことが出来なければ、っていう考え方の俺とは相容れないらしい。
「寧ろ民衆に魔術が知れ渡って、尚且つここまで人口が多く、神秘が薄れないって、かなりのレアケースよ。他の世界は大体戦争で人口がそこまで多くない世界とかだし。そうね、ここ以外だと、……混沌世界くらいかしら?」
なにその厨二的な名称。でも、本当にあるとしたら何か怖いんですけど。ヤバそうな臭い。
「そんなことより、さっさと作業しましょうよ」
「話を広げて悪かったわね。そこの妖精の言う通り。次は何をするのかしら?」
「まぁ、お前たちが頼みの綱だ。行け、生物ショベルカー!」
「なぁ、それは我らのことか⁉」
「ショベルカーって確か設計図見せてもらったことがあるが、アレって車に巨人の腕くっつけたみたいな化け物みたいな奴じゃなかったかのう⁉あやつらみたいな馬鹿力もしとらんがのう!心外じゃ」
キュプロクスのアンデットそういやいたけど、あれも凄い腕力してたからな。というか巨人って進撃してこない?壁作らなくて大丈夫?
「あー、貴様が何を考えてるかは記憶覗いた故に大体分かるが、心配せずとも問題はない。基本的にあやつらは縄張りからは出ぬ」
「安心した。まぁ冗談はここまで。取り合えず、砕いたやつをこの装置の中にぶち込め。そしたら自動識別だ。ほい、金属探知機」
「あら、そんな便利アイテムまで、……ってこれ、ただの電磁石じゃない」
「そうだけど?」
「どこが金属を探知しているのか是非とも聞きたいのう?」
シャルルと扇角から詰め寄られる。
「いや、でもな?普通に吊るしとけば鉄の大体の在処分かるから充分だろ。結構強力な奴だし、それ」
「とは言うが、これ割といろんな方向に反応するぞ?」
「はい、もう気休め程度だと思っとけ‼開始‼」
パンパンと柏手を叩いて追い立てるように作業の開始を告げる。因みに、露天掘りは基本的にショベルカーで掘ったりするから間違いではない。生物だけどショベルカーと似たようなパワー持ってるから似たようなもんだ。
「よって問題無ァし!」
「イヤイヤ、ソレハオカシイ」
ティアが謎のカタコトで話し出す。何?エセ外国人?
しかしそれは、グレアやシャルルの活躍を見ていると一変する程度の空虚で薄っぺらい意見だった。一瞬にして瓦解する。
「あ、ショベルカーと同類ダネ。パワーがおかしい。あと地味に扇角も力持ち」
「寧ろショベルカー以上なんだよな、アレ。本当に魔術とか魔法とか魔獣って不条理。アレ何なん?」
丁度いい岩に腰掛けてティアと一緒に眺める。緑茶は無いが、紅茶はあるので淹れてみる。これって高いところから淹れた方がいいって聞いたけど、子供の腕で出来る高さなんてたかが知れてる。
将来は隠居して縁側で緑茶呑みながら将棋指して、程ほどに科学でもしていたい。生涯現役と言えるほど元気じゃないしな。65になったら普通に定年退職だ!
この危険な世界でそれだけ生き残れたら充分ではないか?
もし、エミリーの生き写しのような少女、エミリアナとアイリスやシャルルたちと一緒に生きられたら、どれだけ幸せなことだろう。
※※※※※※
「あら、寝てるじゃない。私が働いてるのに、全く、幸せなニンゲンだこと」
「業務で疲れているのだろう。肉体的疲労を魔法で無理矢理癒して無限労働してたが、精神的疲労は休息でしか回復しない。そろそろ限界の頃合いだった」
「それより、膝枕て。抜け駆けは無しと取引したはずじゃがのう!」
「何の事デースか?私サパーリ分かりまセン」
「誤魔化し下手すぎんかのう?」
「元より隠す気等ない。白状しよう。確信犯だ」
「ウラギリモノ‼」
なんかうるさい。意識が朦朧としている。目の前が霞んでいる。そして、いっそ不自然なほどに眠い。
「あ、起きた。おはよう?かな。ヒグは結構寝息が可愛いよな」
「こんにちはじゃね?というかティア、お前完全にバカにしてるだろ」
「あら創、人を働かせといて自分は寝てるとは、いいご身分ね」
「すまん、何分寝てた?」
「五分くらいかのう?」
そんなもんか。おお、露天掘りモドキした土地がちゃんと巨大クレーターみたいになってる。何か巨大ルービックキューブ的な岩の塊が浮いてるけど。
あぁ、シャルルが驚愕で目が点になってる俺を見て嘲笑している。シャーロック・ホームズや某見た目は子供で頭脳は大人な小学生(中身高校生)な子は要らないな。シャルルが犯人なのは確定的に明らか。
「さて、マシンの中にぶち込むが、流石にあのルービックキューブは解体しろ。どう考えても入らん」
神だとか超常的な生物の住処だと言われても信じるな。超前衛的な宮殿。そのくらい謎、怪々奇々にして神聖。未確認飛行物体という部類ではあれもUFOと言えるのか?
確かUは否定のunのはず。unidentifiedで未確認fryingで飛んでいる。物体がobject。略してUFO。
「結構整形に拘ったのだけれど」
「知るか!あんなUFOいつまでも飛ばしとくとか絶対に燃費莫大だろ。そんなことしなくていいから分解そしてマシンに入れろ」
ガガガガガ
絶賛好評稼働中の《ベルト無しベルトコンベアー式レールガン型鉄鉱石識別マシン》が轟音を立てる。何か工場っぽいな。ちょっと県庁所在地的からは遠いけど工場つくって道整備するか。
こう言うときには無限の労働力たるアンデットさんが活躍する。いくら過去にナーシェルの事件(冤罪)があったからっていって、いつまでも禁術にする必要はないと思うんだが。優秀だし。
まぁ、バレなきゃ犯罪じゃないし問題は問題にしなければ問題じゃあない。問題ない。
「詰まったぞ」
「まじで⁉一旦投入ストップして電源切れ。そしたら磁力が無くなって自動的に今識別されてる分はそのまま落ちる筈だ。コンベアが狭いからな。かといって広くすると磁界の届く範囲に限界があるし……何台かつくって少しづつ投入するしかないな」
それこそ、さっき言ってた超強力電磁石を付けたショベルカー的なのを造れればいいんだが、現状では無理だな。俺の凡庸なアイデアで浮かぶ限界がこれだ。
「少しペースが遅いな」
「仕方ねぇよ。ま、気長にやろう」
「そうじゃのう。そこまで急ぐことでもないからのう」
「何なら、もう一眠りするか?」
「今度寝るなら自らが膝枕担当させて貰うがのう‼」
そこ大事、と大声で主張する扇角。でも扇角はどちらかというと膝枕よりも馬形態で毛並みと温かさに包まれながら寝たい。あの時に感じる少し筋肉質な肌質と毛並みに包容されつつ微睡むのは気持ちがいい。
「いや、いいわ。少なかったけど眠り自体は深かったと思う。レム睡眠って奴だ。意識はスッキリしてるし充分休んだ」
夢は見なかった。微睡みだったけれども、何も考える余裕なく、ただひたすらに眠った。
「いいえ、寝なさい。創」
とても懐かしい。前世では何度もシャルルに言われたものだ。あれは、……何時言われたんだ?
その瞳を見た瞬間、意識がまた朦朧として
「え、寝た?」
「眠らせたわ。強制的にね。下手に魂の強度が強いと低ランクの睡眠暗示が効かなくて面倒ね。魅了を使うなんていつ以来かしら」
「先程ヒグが寝ていたのも貴様が原因か」
「ヒュドラ、大正解♪」
茶目っ気溢れる口調でドンドンパフパフと、器用に魔術で正解のファンファーレを鳴らしながら手を叩くシャルル。
その姿を見ていた扇角が、ふと思い立ったように顔を上げる。
「その割りには、寝ていたことに対して文句を言っていた気もするがのう?」
「まぁ、ちょっとのうのうと寝てる顔見たらムカついてね」
行動に矛盾があることには当然気づかれる。だが、それを悪びれもせずに堂々と通すシャルル。
多神教の神話の神に悪性の神や気紛れな神がいるように、超常の力持つ超越者たる彼等彼女等は気分屋で、時折、下々の者には思い付かぬような行為に至ることがある。
理由を聞いても気分気紛れ偶々偶然。それは突如として前振りなく訪れる天災のようなものであり、巻き込まれたら最後、運が悪かったと言うしかない。
今回は少しムカついてからかっただけだが、場合によってはいとも簡単に命が消失することもあり得る、子供の我が儘のような最悪の理不尽だ。
「なぜ強制的に睡眠させる等ということを?確かに、我からしても明らかにヒグは不眠だが、本人が充分と言っているならば……」
「さっきの大正解を取り消したくなるくらいの馬鹿ね。創は暴走機関車よ?ある程度無理矢理じゃないと止まらないわ。集中しだしたら死ぬ寸前まで労働し続ける大馬鹿野郎が創よ。何回か救急車呼んだり人魚の生き血飲ませたり。吸血鬼が血を飲ませるって何よ。本当に」
またも違和感ある発言を受け、ティアと扇角が記憶を丁重に探るように思い出す。
「んー?今まで何かと無理はしてたけど、そこまで瀕死ってことは無かったような……」
「そうじゃのう。休息は不足気味だったが、死ぬ寸前まで?」
両者ともに疑問符。恐らくアイリスに聞いたとしても、同じ解答が返ってくるだろう。彼女等の中にあるヒグ・ベルレイズとシャルルの持つ桜田創の像の差。それは、
「年齢、ね。子供の体は肉体の悲鳴を無視できるほど強くないわ。割と小さな疲労で壊れてたからこそよ。無理をしなかったんじゃない。無理ができなかった」
創も昔はここまで熱中してやり過ぎたり、死にかけたりはしなかったと言っていたわ、等と続ける。
「それは、そうだな。少なくとも記憶では無理が出来るようになったのは中学からだ。つまりあれか。段々と肉体が丈夫になったお陰で感覚が麻痺してしまったという訳だな」
「正解ね」
「中学生、というのは確か十三から十五才ではなかったかのう?」
「この世界は地球に比べて過酷だから、遺伝子的に肉体が頑強だから、八歳程度でもいけるんじゃない?そもそも、創は小学五、六年の時は親友の死のショックで無気力に過ごしていたみたいだし、その時期にはもう体が形成されていたと考えれば、更に年齢誤差は低くなるわ」
サービス残業やりがい搾取のブラック領地を治め、廻すには、道理を殺して無理を通すしかなかった。
「さて、それはいいから貴方たちは作業しなさ……
ガキッ
「あ、壊れたぞ」
「え⁉どうするの?ヒグ起こす⁉」
「中の電磁石まで壊れとるのう。勢いのつけすぎかの?」
「妖精、焦ることないわよ。私を誰だと思っているの?ニンゲンの造った機械くらい直せるわ」
そう言うと、シャルルは工具片手に機械をいきなり触って
「関係ないとこ分解し出したがのう⁉」
「煩いわね。多分創のことだからこの辺りに予備パーツと遊びがあるはずよ」
機械には俗に、「遊び」と呼ばれるものがある。別になくても作動するようなパーツを敢えて入れることによって、マシン全体に余裕を持たせ、寿命を延ばすことが出来る。
ヒグは壊れる、ということを異様に嫌うため、遊びを入れ、少し壊れても直ぐに修繕できるように予備パーツを用意する。
「しかし、これはいつ造ったんだ?」
「我が知っている限りでは、かなり前から鉄の大量生産の準備はしていたぞ?我が侵攻を仕掛ける前から造っていた筈だ」
「そういえば、廃材をガチャガチャ組み立てていたのう」
予備パーツのコイルを取りだし、壊れた電磁石を取り外して交換する。配線はさっと錬金術で熔接してから、漆をかけて包む。
「なぁ、全部錬金術で片付けた方が早いのではないか?」
「嫌よ。何百重にも巻かれた銅線を正確に直すなんて、面倒だもの。それに、銅線を包んでいた漆やゴムも剥がれているわ。植物系統操作の魔術は出来ないことはないけど専門外よ。ゴムなんて硫黄やらなんやら混ぜられた品は神秘が希薄すぎて非効率極まるわ」
「出来ない、とは言わないのか。流石だな」
お誉めに預かり恐悦至極、等と微塵も思っていないことを嘯きながら作業を進めるシャルル。
「あら、でもここは遊び云々関係なしにただの無駄ね。少し改造しようかしら」
ウキウキと、レンチ片手に分解組み立てする。遊びを残しつつも無駄を極限に省き、効率化を極め、両立する様はまるでその道数十年の職人のそれだ。
※※※※※※
見苦しい嘘を吐いた。少女を守るため、少年を騙した。
バレてもおかしくない不自然な嘘。
それを信頼と罪悪感を盾に押し通した。
告げれば裏切り、告げなくとも裏切り。
きっと告げれば少年にとっても少女にとっても幸せが訪れるのだろう。
あの少年はそういう人間だ。
他者を幸せにする機運のようなものがある。
神に祝福された訳でも、超常の加護を得ている訳でもないのに。
ただ必死なだけなのに。
だけど少女はその幸せを恐れた。
自分は幸せに値しない、少年に幸せにしてもらう権利はないと。
少年は少女を幸せに出来なかったと自分を責めている。
自分はか弱い少女一人救えない矮小な人間だと。
本当は沢山のものを救っているのに。
彼はそれに目を向けることが出来ない。
きっと少女は少年の手で幸せに成るだろう。
そして彼女は罪悪感に押し潰されながら生きていくことになるのだ。
罪悪感は決して手を話してくれない。
自分が幸せになればなるほど肥大化し、のし掛かる悪夢だ。
だから、少年に嘘を吐くしかなかった。
少年には本当に、悪いことをした。
されど少女は悪くない。
どっち付かずで恩義も返せない私が一番悪いのだ。
発覚した日には私が腹を切ろう。
あぁ、本当に汚い。
私は穢れている。
だって、そんな私すら少年は幸せにしてくれることを見越しているのだから。
切腹する私を止め、きっと彼は私を幸せにする。
私も平等に救われるに違いない。
だって少年は彼だから。
本当は私に、自殺する勇気すら無いのに。
自殺するフリだけして、救われるのだろう。
※※※※※※
あぁ、幸せだった。
あれほど私に幸せになる権利などないと戒めたのに。
幸せにされてしまった。
彼はそういう存在だと知っていたのに。
甘えてしまった。
私は弱くて醜い。
それを、沢山の嘘と虚飾でラベリングしただけ。
彼に並び立つ資格などない。
なのに、昔のように、彼に手を差しのべられた途端。
その手をとってしまった。
何で。何で。何で。何で。何で。何で。何で‼
決まってる。
私が弱く、彼が強いから。
真珠のような幸せの涙が溢れ出て、罪悪感の荒波が内で暴走する。
枕が一面汚れても、それは止まらない。
幸せで幸せで幸せで幸せで幸せで幸せで幸せで、辛い。
彼とまた会うことになった。
会いたい。
でも会うのが怖い。
自分が身勝手で我が儘で。
それなのに幸せを求めてて。
嫌になる。
彼を突き放したい。
でも突き放せない。
だからせめて嘘を吐き続けよう。
彼の近くには彼が救ってきた魅力的な女性や、彼が変えた美しい女性が沢山いる。
全員、私なんかよりもよっぽど彼に相応しい。
だから彼の幸せのために嘘を吐く。
彼は私に拘る必要性はない。
それがただの自己満足でも。
それが彼の幸せになると信じて。
※※※※※※
あぁ、夢だ。これは夢だ。はっきり認知する。
とても幸せな夢。
臆病ゆえに救えなかった少女が笑っている。
自分の弱さが殺した少女が隣にいて、微笑みかけてくる。
その手を取り、共に野原に寝転がる。
そこには森の人と妖精が舞い、幻想生物が佇み、悪性の使者でさえ幸せに包まれている。
覚めたくない夢。
故に、現実ではないと強く認識する。
望んでも手に入らない甘い果実。
だからこそ、今度こそその幻想を現実に引きずり下ろさねばならない。
今度こそ、今度こそ、彼女を救うのだ。
たとえ他人の空似であろうとも、本当に彼女ではなくとも。
巡り会えない者に巡り会えた奇跡を授かったのだから。
自己満足だとしても。
やり遂げなければならない。
それが俺に出来る、唯一の罪滅ぼしだ。
元ネタ開設。
時代は社会よりも理科
赤セイバーさんから。
時代は青よりも赤。




