商会乗っ取り計画
「本格的に産業作らないとなぁー。……何が需要ある?」
「武器と、薬、でしょうか?」
あー、戦争してたらその二つは欠かせないな。魔獣退治もあるしな。武器は必要、怪我したときには医療品が必要。
「アイリス、扇角、ポーションの改良製作方法は覚えてるよな?纏めておいて、どこか薬屋を丸め込むことはできるか?」
アイリスが小考する。顎に手を当て、検討している。
「……製造業でレシピが絡まるとなると暗殺強奪は日常茶飯事ですからね。こちらが殺されることはないですが、撃退して変に言い掛かりつけられるとか、そこらの薬屋を相手にするのは得策とは言えませんね。官営工場?でしたっけ。それを作って運営する方が安全、いえ、それでも狙われる可能性が……
面倒だなこれ。金にがめつい商人はこれだから信用ならない。どこで裏切るかも分からない。表面上は取り繕っていても中身は信用ならないから困る。
「なら、王都のマーリナ商会はどうだ?まだあるのじゃろう?妾の時代に一から名を上げた商会だ。腹黒だが、義理堅く信用はできる」
「いえ、最近汚職事件が判明したばかりです」
「なんと‼初代の理念は何処へ捨て去った⁉買収も賄賂もせず、自らが商売するに値すると考えた所とのみ商売するのがマーリナ商会の掟じゃろうて」
汚職ねぇ。まぁ、あるわな。そう言うことも。現代と中世ってどっちの方が汚職とか賄賂とかあるんだ?この世界だと父親からよく聞くけど。現代も巧く隠蔽したりするからな。どっちもどっちか。
「エルフとかその商会にいたら、生きてる可能性は?いたらその初代の理念は受け継がれてたりしないのか?」
「ギリギリ、でしょうか。エルフは寿命差が激しいですからね。五百年程度で死ぬものもいれば、現在の長老はもうすぐ九百歳だったと思います。長老であれば、ナーシェルさんの時代から生きてますが……」
「長寿、といっても温いわね。地球には十億越えてから数えるの止めたとかいう化け物もいるわよ」
シャルルさん、マジっすか。本当に俺たち、地球のこと分かった気でいたのに何も知らないんだな。……案外、国のトップクラスなら知ってたりするのか?
「一人、いたな。その頃の排他主義のエルフには似合わぬ温厚なエルフだったな。名は、……ヒノキ、じゃったか?」
っと、いたか。そいつが生きてるかどうかだな。
「直ぐに行くぞ、二時間以内に片付ける。シャルル、王都にワープできるか?」
「その王都の位置が把握できていないのが曲者ね。できないことはないけど、安全性は保証しないわ。座標把握もなしに適当に空間繋げたら人間だと体が歪んで死ぬかも知れないわよ?私たちはそうならないからあまり気にせず使ってるけど」
「却下ッ‼てめぇアホか。マジで言うとったらぶっ殺すぞ⁉」
「あら、出来るものならしてみなさい?」
勿論、全力全霊で却下。あり得ない。安全第一。死にたくない。そして、シャルルなんて規格外の存在を殺すことは不可能です。と、言うわけで第二の可能性、エドワード君。
「出来るぞ。王都の場所は分かっている」
「よし、行こう」
即断即決。直ぐに地面が光り、魔方陣が現れる。世界がぶれる感覚に陥る。自分がどこにいるかを、無意識的に把握している現在位置を把握できない。気持ち悪い。
「ま、私が創に防護魔術かければよかった話なんだけどね」
転移の瞬間、シャルルが言った。おいこら、速く言えよ‼絶対お前俺をビビらせたかっただけだろ。
「気持ち悪、吐きそうだな」
「ククク、見事に転移酔いしたなぁ」
「経験がなくては仕方なかろう。今は骨ゆえ関係ないが、我も転移は苦手であったぞ?というか転移が使えないのが転移酔いが原因というのもよくあることだ。二人に一人はなるのだから仕方あるまい」
ていうか、風キツいな。ここどこだ?前を見る。空が広がり、山脈が見える。上を見る。清々しい青空だ。
下を見る。街と庭が広がる。
「王城の一番上の旗の棒の切っ先とかふざけとんかバカ!」
「いや、こんなつもりは無かった。土壇場で何か干渉が……」
ニタニタと薄笑いを浮かべているシャルル。お巡りさん、こいつがやりました。と言うわけで発砲。正当な理由があるから問題ない。
ドパンッ
乾いた銃声。拳銃の【アル】の弾丸がが炸裂する。しかし、傷ひとつなく、弾丸がシャルルの肌の上でひしゃげていた。
やっぱりな。このチートの権化みたいな生物の前だと対物ライフルも核ミサイルも無意味だな。
「服が破れちゃったじゃない」
「こと言うにかいて第一声がそれか貴様ァ!」
「別にあなた、スカイツリー平気だったし、中国の透明な橋も平気だったじゃない」
「足場が少なくて命の危険感じとんねん‼俺は翼や羽もないし魔法で足場も作れへんねん‼」
ちなみにティアとエドワード、そして戦犯のシャルルは羽で飛んでいて、他は全員魔法で足場を作っている。俺だけが旗の先に必死でしがみついている。
「とにかく下ろしてくれ。このままだと死ぬ」
絶対パラシュートは作っておこう。それから投げたら膨らむ巨大クッション的なやつ。絶対に発明する。意地だ意地。
※※※※※※
「魔力を辿った結果、ここに着いた訳じゃが……
大豪邸というべきか、王都内の一等地、貴族エリアに限りなく近い位置に建てられた貴族の別荘とそう大差無い程の立派な建物。家で慣れてもやっぱり庶民が染み付いてるな。なんか気押される感覚がある。
「ほれ、何をしておる。行くぞ?」
「おい、いいのかよ、これ」
「何、あやつが耄碌していなければ知古の仲じゃ。妾クラスともなると最早顔パスよ。顔パス」
何かよく分からねぇがやけに格好いいし頼りがいのある背中だ。これは、……何だろう、期待というよりは……死亡フラグ?
「貴様らは誰だ⁉ここを誰の屋敷とぞ心得る‼」
あ、やっぱりな。死亡フラグ的中。そら、何百年もたってるのに顔パスが通じるわけがないだろ。考えたら直ぐに分かることだ。どうすんだよこれ。
「この館の主とは旧知の仲なのじゃが?」
「出鱈目を!私は二十年以上勤務しておるが、貴様のような奴は見たことないわ」
でもエルフの尺度だと二十年ってかなり短くないか?ナーシェルが人間に見えるからそう言ってるだけか、それともただのおバカさんか。
「エルフの二十年など、人で言う二年と変わらぬというのに。全く、面倒臭い。……まぁ、取りあえず、眠れ」
それ、呪文なのか?流石に適当すぎだろ。何だよ「取りあえず」って。魔法の詠唱であんなの聞いたことないんだが……。詠唱の目的って確か精神の統一、言わばお経みたいなものだった筈だが、精神統一なんてあれで出来るのか?
「本当に寝てるな」
発動するのかよ……。
『ふむ、今の詠唱は精神統一ではなく、魔法に指向性を持たせる、イメージ補完や自己暗示、というのが正しいか』
あぁ、グレアか。何かこうやって話すのは久しぶりだな。いや、実際のところはそんなに日にちは経っていないが……最近は忙しくて一日が長いような短いような、時間感覚が狂う。
『まぁ、そうだな。魔法の詠唱って言うのはいわば暗示だろ。やれる、出来るって言い続けたら本当に出来るっていう風な奴な。あれと同類だ。自己暗示ってのは時に絶大な効果を発揮するっていうのは統計上確かだ』
というか、イメージが確りしてたら威力が上がるって、あれラノベのご都合主義法則じゃなかったんだな。主人公が科学的な理論をイメージしたら無茶苦茶威力が出たりするアレ。てっきり主人公を無双させるための手段だと思ってた。
「ククク、訓練が甘いな。妾なら門番には必ず精神魔法耐性の訓練をつけるわ。んー、こっちじゃな。ついてくるがよい」
いかにも悪巧みしてそうな笑みだな。というかこれ、完全に不法侵入だよな……。
「飛ぶぞ?」
いきなり抱き抱えられてジャンプ。おいこらフザケルナァ‼怖い。ていうか怖い。さっき高所恐怖味わったあと速攻で高所に飛ぶのは止めろぉ‼というか怖い。何が怖いって吹きっさらしで風を感じるとこ。ていうか言葉が口から巧く出ない。
「今度からもっと早く言え」
「なんじゃ?胸が触れておったから役得ではないか?」
「恐怖とお姫様抱っこによる男の沽券の枯渇でそれどころじゃねぇよ。お前の方がよっぽど男らしいじゃねえか。」
にやりと笑うナーシェル。その様はやけに格好いい。男らしい、女らしい、っていうのは地球ではジェンダーレスが叫ばれている昨今では古い価値基準かもしれないが、俺の貧困な語彙では男らしい、という表現しか思い浮かばなかった。
「惚れてもいいぞ?」
「やめろ。お前みたいな美人にそう言われると、本気で惚れそうになる」
「ククク、我が主も隅にはおけぬな」
「「主ぃ!?」」
五月蝿い扇角&ティア。半分冗談だと宥め、窓から侵入する。やってることが盗賊……ゲフンゲフンッ。
「邪魔するぞ、ヒノキ?」
「誰……じゃ」
そこにいたのは嗄れた、今にも死にそうな勢いの老人だった。気迫はある。眼光も鋭い。しかし何と言うべきか、生命力がごっそりと削ぎ落とされているかのような状態。正しく死にかけ。
「……なんじゃ、偉くボロボロになりおって。ククク、精力的だった時の貴様は今の一瞬で短剣でも放っておったろうに。情けない。腑抜けたなぁ」
「推定八百才越えだからのう、生きていることが奇跡。ボロボロなのは仕方ないのではないかのぅ、ナーシェル殿?」
「八百才ごときで死ぬって、脆いわね。せめて千五百年くらいは生きなさいな」
「いえ、貴女方の観念がおかしいだけですからね‼」
というか、他人の前でなに茶番劇やってんだよ。こっちが恥ずかしいわ。ほら、ティアとエドワードが頭抱えだしたぞ。というか俺も頭抱えてるしな。頼むから恥の上塗りは止めてくれ。
「まさか、ナーシェル……殿、でしょうか?」
「腑抜けたなぁ。貴様の眼は節穴かえ?魔力を見れば分かろうに」
「これは、……なんと⁉お姿は同じでも、……前よりまして、……強く。いやはや、……失礼を。ごほっ、ごほっ。お噂では、死の迷宮……に、引きこもって、おらっしゃる……と、お聞きしたもので」
疑念が確信に代わったヒノキを見て、ナーシェルがニタニタと笑う。ドッキリ大成功、といった感じだろうか。
「それで、この老骨になんの……ご用で」
「いやなに、クレヴァロッソの理念を忘れたアホゥがこの商会を経営していると聞いてなぁ?まさか貴様は関与しておらぬだろうな?んんっ?もし、関与しておったらクレヴァロッソの霊でも呼んでやろうか?」
苦虫を噛み潰したような顔をするヒノキ。その表情は嫌悪を通り越して憎悪というのが正しい。若干、自虐が籠っている気もするが。
身から出た錆を憎むような表情だ。何本も抜け、削れ、ボロボロになっている歯がそれでもギシギシと音が出るまで噛み締められている。
「いやはや、お恥ずかしい……話。甘やかされて、育った、……愚か者が失礼蛮行を。全て、我々の…監督……不行き届き」
「報告が遅い。面倒じゃ。念話を繋げるぞ」
ナーシェルの返事は聞いているのか分からないほどに論点が逸れた言葉だった。いや、確かに遅いし鬱陶しいけども。そこまで言わずともいいのではないか?
『そうですな。ははっ。念話であれば思考が伝わるゆえ、問題ないでしょう』
適応能力高いなおい。それだけナーシェルの傍若無人さは日常茶飯事だったっていうことか。怒っても言い場面だろうに。
『さて、続きでしたな。昔から、現当主ルーダロッソは幼い頃から大商家の家で育った故、甘やかされ、高慢が染み付いています。全く、あの賢人二人からどうすればあのような欲の塊が出来上がるのか……』
成る程、貴族と同じだな。人間の成長には遺伝的要因と環境的要因の二つがあると言われている。今回の場合は遺伝じゃなくて環境が成育に影響を与えたのだろう。
『愚痴は要らぬ。閑話休題、本題を続けよ』
『ははは、これは手厳しい。そうですな。あやつは強欲でありますが、あんな奴でも商家の息子。商才だけはありました。特に、金の動きを見る目が』
『で、賄賂癒着、か。成る程。つまり殺るか』
全員で即座に身柄確保。じゃないと本当に処刑しに行きかねない。そう、暗殺ではなく処刑だ。公然の面前で堂々と殺しかねない。まだ付き合いは浅いが、直感的にそう感じる。ヤバイ。
「ええぃッ、離さぬか。何、人の命が一つ消えるだけだ、然したる問題は無かろう‼」
「大問題だよ!ティア‼」
「了解」
ティアが鎖でナーシェルを縛って浮遊魔法を使って浮かせる。サーカスの時の魔物用の丈夫な鎖だから早々壊れわしないと思う。多分。下位のドラゴン位なら縛れる奴だし。大丈夫な……筈。
「落ち着け。あー、何でそんなに協力的というか積極的というか、必死なんだ?」
「友の教えを守らぬ子孫を戒めて悪いか?友の名を汚されて黙っていよと申すのか?」
「んにゃ、そうは言わねぇが……。せめて公開処刑は止めろ。追い出すか、暗殺かの二択だ。なぁ、そのルーダロッソとやらを追い出して、跡継ぎはいるのか?」
そこが問題だ。勢い余って追い出したり殺したりして跡継ぎ争いで会社が潰れましたなんて冗談じゃない。なるべく穏便に済ませたかったのだが、ナーシェルの暴走を見る限り、そうは言ってられないしな。
『一応、私のように古参の者や、現在の状況を嘆く者達で派閥を作っております。ルーダロッソ派を一息に追い出せば、此方の派閥が優位に立ち、そのまま商会を乗っとることが可能だ。しかし、利権を優先する者が多く、数は二百名いる商会の中で五十名程。残念ながら我々は押されぎみです』
「そりゃありがたい。さて、どうすっかな要はそのルーダロッソ勢力を潰せれば全部解決めでたしめでたしってわけなんだが……」
「暗殺か」
ナーシェルが又もや血走る。殺す方向にどうしても持っていきたいようだ。しっかし、商会に協力してもらおうって話がどうしてここまで拗れたんだか……。ん?待てよ?
「あれ。これ商会乗っ取る必要なくね⁉」
「どう言うことか説明してくれないか?出ないとナーシェル殿がヒグを殺しかねん。魔法の制御が危ういぞ」
ティアは脂汗をかきながらギリギリの表情。ナーシェルがフザケルナ、ルーダロッソを殺るゾって感じでこっちを見ている。無二斎もそうだったけどナーシェルって、友達を大切にするタイプだな。
「はぁ、落ち着きなさい」
「魔法は引き継ごう。君は休憩したまえ」
シャルルがナーシェルと目を合わせ、そう言うと、プツリと糸が切れたかのように落ち着く。ティアは魔法をエドワードに任せると、息も絶え絶え、座り込んだ。
「ほい。魔力回復薬。というか、エドワード、その魔法大丈夫か?何か禍々しいけど……」
「妖精の魔法は独特でな。じっくり解析したが使うには我々悪魔では効率が悪い。故に、悪魔の得意とする闇魔法の中の一部、混沌魔法や災厄魔法と言われる魔法で似たような真似事をしただけだ」
「混沌とか災厄とか、字面が完全にやべぇ。中二病もいいところだな、おい」
完全危険物臭い魔法は放っておくとしよう。ナーシェルの催眠みたいなあれ?あれは地球で警察とナンパ相手にやってたからもう気にしない。
本当に、なんか妙に警察が言うこと聞くから警察相手に太いパイプでも持ってるのかと思っていたが、まさか魔法とは。魔法が無いって固定観念に支配されていたんだな。思い込みって怖いな。
『乗っ取らなくていい理由……。要は目的は製薬のノウハウを持つ人材の大量確保なのだから、ルーダロッソ派は放っておいて現体制反対派を分離独立させればいい、ということか?』
「イエス、正解だグレア。よく分かったな。俺の記憶覗いただけある。他はよく聞け。つまりだ、ヒノキさん。あんた達が良ければ、俺の領地で商売しないか?薬師の仕事は呆れるほど余ってるし、優遇、斡旋するぞ?」
新しい会社を建てる上で懸念材料となるのは人員、初期費用、土地、物を売るための信用。人員は現体制反対派閥でOK。初期費用は多少持ち込んでもらわないといけないが、土地代は俺の領地だから用意できる。丸々タダだ。
信用?雇うのは俺だから関係ないな。うむ。完璧プラン。後は本人たちの気持ち次第。
『確かに、それでもいいかもしれませぬな。クレヴァロッソ様への恩義で仕えておりましたが、最早ルーダロッソはどうしようも御座いません。見限るのも一手でしょう』
「駄目だ」
ヒノキの言葉に間髪入れずナーシェルの反論が飛ぶ。
「駄目だ。それでは何も解決しない。それではクレヴァロッソ・ホーレスの名は汚されたままではないかッ‼」
「………」
「これだから、遺志の強いアンデット支配は面倒ね」
催眠を振り切ってのナーシェルの怒声。シャルルが白々しい。この展開を予測してわざと手を抜いたか。基本的にシャルルは困難に立ち向かう者の姿を見るのが好きだからな。ありえる。
「ったく。しょうがねえなぁ。さて、どうやって会社を奪うか。どう考えても専門外なんだけどなぁッ⁉」
「ヒグ様がやると決めたなら」
「やるしかないのう」
「だな。休憩はこれで充分だ」
さて、やりますか。




