インフレ・デフレ
領主になってから六日。
「金が、金が足りん。……何とか捻出しねぇとな」
借金だらけのこの領地。国責を発行したところで問題の先送りでしかない。結局は、借金を返済するために新たに借金をしただけ。雪だるま式に膨れ上がるサラ金と変わらない。
「この領地、一大産業とかないの?本当に」
「防衛戦争で忙しすぎてそんな暇が無かったとか……」
アイリスが伝え聞いたことを説明する。つまり、魔獣と帝国の仕業という訳だ。ふざけんな。おいこらブッ飛ばすぞ。
ん?……ぶっ飛ばす?
「シャルル。ワンチャン、機関銃大量生産してミサイル1、2発ぶっぱなしてから突撃させたら落とせるか?」
「私が一人突っ込んで暴れるだけで落とせるわよ?」
「現代兵器をマトモに知ってるからってお前に聞いた俺が馬鹿だった」
シャルルのチートが凄すぎる。が、流石に領地もらって速攻帝国主義で他国落とすってのは流石にな。そもそもミサイル作るって言っても何年かかるか分からんし、機関銃大量生産する金すらない。正直、戦争吹っ掛ける余裕なんてない。
「無いなら作るっていうのがいつもの王道パターンが、……」
「あのな、ティア。金をどう捻出するんだよ。それこそ戦争が一番手っ取り早く儲かるけど、そもそも戦争する余裕なんてないし、俺は戦争なんて可能な限りしたくない」
戦争を全くせずにいられるとは思っていない。武力を示して他国からの攻撃を防ぐというのも有効な手段の一つだし、それを採らざるをえない時もある。が、自分から元亀天正、戦乱の世を作る気はない。
戦争ね。勝てば儲かるのは事実だけど。というか、儲からなきゃ誰も態々戦争なんてしないわな。そりゃ。
「金を大量に発行する、とかかのう?」
「そうだな」
「採れる手段が限られていますからね」
「ニンゲンの貨幣とかは分からんが、金があればモノは買えるのだろう?」
「ハンッ」
「「「「鼻で笑われた⁉」」」」
鼻で笑ってやった。ナーシェル、エドワード、シャルルは流石にこちらに賛成してくれるようだ。政治に関わったり、歴史をしっかり学んでいるからだろう。しかし、グレアも金を発行すればいいじゃない理論に行き着くとは、驚愕だ。
「グレア、お前俺の記憶覗いたんだろ?歴史とか見なかったのか?それとも単なるバカなのか?」
「いや、そこまでは手が回っていない。取り合えず、日本語覚えて科学の話を覚えるので手一杯だった。現状、英語にすら手が回っていない状態だ」
「「「というか、遠回しにバカって言われてる気がする(します)(するのう)」」」
「勿論、そうだが?」
成る程ね。世界史見てたら確実にやったらいけないってのは分かるだろって思ってたが、そもそも見れてなかったのか。そもそも、日本語覚えるの事態が大変なんだよな。正直言って、ゼロベースで覚えるなら、英語の方が覚えやすい。
「英語とかドイツ語、フランス語あたりから覚えた方が早いわよ。発音は日本語より難しいけれど、文法はとても単純で簡単よ」
文法は割りと何でもありな日本語よりもきっちり決まってる。そして俺が散々覚える時に苦労しだ活用アンド変化形。
あれって冷静に考えると、日本語の方が普通に活用の種類とか変形多いんだよな。日本で生まれ育って教育受けたから無意識下で使えるだけで。しかも、それでも割りと日本語の使い方、間違ってる大人も結構いるし。
って、話が逸れかけたな。
「よし、貨幣経済が理解できていない田舎者共、よく聞け。まずは物々交換の常識とか捨てろよ。物が多けりゃそれでいいって訳じゃねえんだ」
ヒグ先生の貨幣経済講座。~インフレとデフレ~
「さてさて、全員注目‼一般職員も注目。質問その1。ある国は大量の借金を抱えていて返済の目処がつきません。お先真っ暗。深淵への道が続いている絶望的な状況。そんな状況を打破すべく、お金を大量に発行しました。さて、この判断、どう考える?いいと思う人、挙手」
結果はいいと思う派の圧勝。ここまで分かっていないとは……全く、どうやって今までこの領地を切り盛りしてきていたんだ。逆に不思議だ。死んだ前任者はどうやって、借金まみれでギリギリたが、何とか切り盛りできていたのだか……。普通に滅亡しててもおかしくないぞここ。
前任者って余程能力が高かったのか?謎だな。
「はい、今手を挙げた奴、できれば全員解雇したいくらいだ」
そういった瞬間反感の声。子供ごときがとか、ガキに何が分かるとか言ってくる奴等の多いこと多いこと。全く、こんな程度のガキの言葉で癇癪起こすとか、どっちがガキだ。
「てめぇら、一旦落ち着け。はい、これから理由説明な。しっかりよく聞け」
ナーシェルにカモン、カモンと手を振って何か電波的な脳波的な何かを送る。
……端的にいうと普通に視線を送って手招きした。
「どうかしたのかえ?」
「君、俺の助手になってよ。……ということでよろしく頼むわ」
「いや、どういう……?というか先程の台詞はなんじゃ?」
「いや、まぁ、台詞については同僚に薦められた俺の世界の小説丸パクリだが、取り合えず、だ。説明するにしても助手がいた方が便利だと思ってな。頼むわ」
渋々顔だがオーケー貰えたし大丈夫だろう。よし。まぁ、実際のところ、きちんと経済理解してる奴で、尚且つ人間の感覚に近い奴と言えばこいつしかいない。エドワードとシャルルは人外だからとは言わねぇが、感覚に人間とのズレを感じる。
シャルルの場合はちょっとどころじゃなく完全にズレてるな。そもそもこいつからしたら人間なんて所詮は只の血袋なわけだから、下等生物とか見下して最早飯としか思っていない。最近少し修正されているように感じるが、……やはり不安が残るな。
「まず、金を増やしまくったらどうなる?」
「儲けてウハウハ、ですか?」
「ククク、先程の流れでそれはあるまい。正解は金の価値が下がり、物価があがる、だ」
アイリスの意見をばっさりと一刀両断。切り捨て正解を告げるナーシェル。正解だ。
「さて、そうなる過程を説明するぞ。まず、皆が金を持てば?
「貯める奴もいるじゃろうが、多くの場合
「「使う。物を買う」」
察しのいい奴がちらほらと気付きだしたな。いい傾向だし、素養はあるようだ。貨幣経済の「か」の字も無かったのにこんな短時間で理解してくれるとは。
教育がなっていないだけで決して地頭が悪いわけではない。むしろ、もとの世界よりも少し知恵が回る。発想力とか応用力が特に。
毎日の生活が死と隣り合わせの世界だと、知恵を絞らないと生き残れないのかもしれないな。
「それの何が悪いのかって顔してる奴がいるな。使いまくるとな、物は無くなって物価が上がる。ポンポンお金出されるものだから金の価値が下がる。金は信用で動いているんだが、その信用をも無くす」
「結果として、物価が高騰しすぎていて、それに追い付けなくなる、ということじゃな」
「そう、これが超インフレ状態だ」
インフレ、という単語に戸惑っているな。まぁ、地球でいう『インフレ』に当たる言葉が無かったからそれに近い言葉を繋げて作った創作単語だからな。それも当然だ。
元々、俺が作るものは全部、この世界に無かった物だから創作単語を作る必要があるんだよな。硫酸とかは、いい感じの言葉が出なかったから最早創作諦めて日本語の発音で硫酸って言ってるけど……。元々ネーミングセンスがあるわけでもないからな。
「あー、分かりにくい単語使ってすまん。まぁ、物価が上がって市民が金を持っている状態をインフレ。逆に物価が下がって市民が金を持っていない状態をデフレっていう。聞いたところだと矛盾してそうだが、これが成り立つんだな」
物価が上がってもお金を市民が持っている理由は、ぶっちゃけ、売る商品の値段あげたら儲かるからだ。だからお金を持っている。
これを繰り返してどんどん物価が上がった結末が、有名な所で二つ、例がある。
「これを繰り返して失敗した国の例を二つ挙げよう」
「ほぅ、そんな国が……」
助手を忘れて普通に素直に聞き入ってるナーシェルにトーンを落として囁き声で伝える。
「……地球、俺が元いた世界の国の話だ……」
「ククク、成程。道理で可能性で論じられていた話をまるで見てきたかのように話すわけだな。大した虚言師だと感心していたが、貴様の世界で実在したとは、その国はバカなのか?」
ガクッ、と力が抜け、ボディーブローを鳩尾にもらったかのように崩れ落ちる。それは、俺に効く。何せ、その例の一つが日本なのだから。
「……あー、一つ目は、話すのがちょっと憂鬱なんだが、ニホンって国のバブル経済の話だ」
我らが祖国日本。膨れ上がったバブル経済の話だ。あのパーリーピーポーな感じのキラキラしたアレな。詳しくは知らんけど。
「いい時代でもあったな。働けば働くほど給料は上がり、努力は実り易く、報われる。ボーナスで膨大な金をもらい、週末となれば皆が遊びに出掛けた」
「それの何が悪いのか、聞いてもよいか?」
ナーシェルが助手っぽいことやってる。驚愕。大抵のことはやれば出来るような才能、知能、努力時間が膨大さがあればこの程度、朝飯前だろうな。
「まぁ、それだけなら良かったんだがな。皆が儲けて、使って、儲けて、使って、結果として経済が成長しすぎた」
「バブル、泡、ということは、大方、成長しすぎて弾けた、ということを表しているのだな。豊かさを極めた結末が破滅、か」
「そうだな。誰も追い付けないくらいものが高くなって。そこそこの規模の都市数個を合わせたら大国が買えるレベルの値段になってたんだぜ。笑えるだろ」
これが日本のお話。といっても、詳しくは知らないし、今となっては知る手段がない……こともないな。シャルルにちょっと惑星間を移動してもらえばいい話だな。
しかし、「ちょっと惑星間を移動」って凄いワードの筈なのに特に何も感じないあたり、非常識に洗脳されているのか?
「Japanの話をしたってことは、次はGermanyね。ドイツランドと言った方がいいかしら?確か正式な発音は…」
「そこらは今度でいいだろ。ドイツの話だな。こっちの方が、現状の延長線上に近いな」
第一次世界大戦後の世界史の話だ。しかし、何故か歴史が好きな人は大体幕末以降、割りと最近の歴史を好む傾向にある気がする。何でだろう?やっぱり引き付ける魅力があるのだろうか。
科学史も最近の時代で荒波のように新しい知識が押し寄せ、どんどんと発明がなされているから、その一貫でそこそこ詳しい。
科学の歴史は戦争の歴史でもあったりするしな。銃、毒ガス、航空機通信機、人工衛星、ロケットとか。どれもこれも完全に負の歴史だけども。
でも、戦争の発明が人の役にたっていることもあるからな。一概に、戦争で作られた物を全て悪とは言えない。
まぁ、そこは一先ずおいておこう。
「まずドイツって国が凄い大戦引き起こしてな。最初は強かったけども、ドイツを危険視した連合軍に殺られた。過程は話すと長いから省略する。その後、ドイツは賠償金やら領土やら、流石に取りすぎじゃないかってぐらいに搾り取られた。賠償金払うために大量の借金をして、それが膨れ上がった」
「それを返済するために、金を大量に発行したということじゃな。確かに、現状には一番似てるといえる」
ナーシェルの言葉に肯定の意をこめて頷く。
「結果としてな、例えば、……百コインで買えるパンが三十万コインになったりした」
正確には何がどのくらい値上げされたのかなんて知らないけど、とにかく多いってことが伝われば十分だ。面々がドン引きしてるのが分かる。
「アレは酷かったわね。子供が戦前なら大金と呼べる量の金で積み木みたいに使って遊んでるのよ。それくらい、価値が暴落したわ」
シャルルが、まるで見てきたかのように語る。いや、数えきれない程の悠久の時を生きるこいつならば、もしかしたら実際に見たことがあるのかもしれない。もしくは、子供が札束でピラミッドを作る有名な写真があるから、そのことを言っているのか。
「しかもだな、そんな価値が低い金なんていらん、って感じで借金返済を認められなかった。だから無闇矢鱈に金を発行なんて今すぐやめろって訳だ」




